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もう少し置いてからアップしようと思っていたのですが
9月4日に開設したeternityも3ヶ月目に突入致しました。
ご覧下さり本当にありがとうございました。

「永遠の誓い」が不定期更新になってしまいますので、
「天使が啼いた夜 堂本紫苑」のアップに踏み切りました。

小冊子が届く予定の方は内容が被ってしまいますので一応お知らせしておきますネ。
冊子を先にと思っておられる方は、今回は目を閉じて下さい^^


では、堂本紫苑を楽しんで下さいませ♪♪


  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「どうしても駄目なの?」
「ああ駄目だ・・今更新入社員扱いする事は無いだろう?」

ここの所ずっと同じ話で紫苑と紫龍は揉めていた。
「きちんと4月の新入社員として改めて採用してくれ」と言う紫苑と
「去年から社員扱いなのだから、その必要は無い」という紫龍

そんな二人のやり取りを浅田は溜息を吐きながら聞いていた。
だがその話し合いも紫苑の一言で形勢逆転になった。
「そんな事したら、僕には同期と呼べる仲間が居ない・・」
寂しそうに肩を落とす紫苑を見る紫龍の目の色が変わった。

浅田は心の中で『紫苑君の勝ち』と呟いた。

「同期・・・そうか・・・判ったよ」
「紫龍ありがとう」嬉しそうな紫苑の顔に一抹の不安を覚えない訳では無いが
実際同期が会社に居ないのは拙い、そう紫龍も思った。
「その代わり何かトラブルが起きたら即刻此処に戻すからな」
「はいっ!」
その紫苑の笑顔にもう腑抜けになってしまってる紫龍だ。

「ありがとうって礼を述べるって事は、お返しを期待していいのかな?」
紫龍の言う『お返し』の意味はひとつしか無いのに、相変わらずの紫苑は
「はい、何がいいですか?僕の出来る事なら何でも!」
「ちょっと耳を貸して」
そう言われ、紫龍に近寄り身を寄せる紫苑の耳元で囁いた。

その途端に紫苑の頬が染まり目がうるうるして来た。
「駄目っ・・出来ない」
「大丈夫だよ、やれば出来る」
「駄目・・そんな上になって自分で挿れるなんて無理っ」

浅田の耳を意識してわざわざ耳元で囁いたのに
動揺のあまり紫苑は、すっかり内容を口にしてしまっている。
「そういう事は家に帰ってからにして下さい、そろそろお客様がお見えになりますから」
浅田に釘を刺され「あれ何か約束あったか?」と確認していると
部屋の外が急にざわついているようだった。

コンコンとノックの音に浅田がドアノブに手を掛け
「いらしゃいませ、会長、奥様」と恭しく頭を下げていた。
「おやじ、じゃない・・会長如何されました?」
今は会長職に就き会社に顔を出す事などめったにない父だった。
それが母親まで同伴とは何事だろうと紫龍が考えていると

「紫苑ちゃん、久しぶり~」
「紫龍まま、久しぶりです、お元気でしたか?」
相変わらず女の友達同士のように、ひしっと抱き合っていた。
そして呆然としている息子に向かい
「今日は紫苑ちゃんの就職祝いのスーツを買いに行くのよ」
「はぁ・・だから二人でいらしたのですか?」
「あぁこの人は何の役にも立ちそうにないけど、来たいって言うから」
全く夫婦して紫苑には激甘な二人だった。

「さあ紫苑ちゃん行きましょうか?」
「あ、俺は?」
「あなたはしっかり仕事なさい」
母の冷たい言葉にがっくり肩を落とすが、午後のスケジュールも詰まっていた。

「あ、紫苑ちゃん今夜はうちに泊まりなさい」
「え?いいんですか?はい!嬉しいです」
その会話に口を挟もうとして、会長である父に目で『何も言うな』と合図を送られた。

会長夫妻と紫苑が出て行くと、紫龍は・・・
「あ~あ、上にさせて挿れさせて・・・あ~あ」と一人項垂れていた。
「そんな事言ってないで、さっさと仕事して下さい」
浅田に叱責されながらも、紫苑の居ない夜を考えると気が滅入る。

だが紫龍は主の居なくなった部屋のプレートをちらっと見て口角を上げた。
先月までは其処には「SAKURAI」のプレートが掛けてあったが
今は「D・SION」のプレートに掛け変えられていた。


結局その夜紫龍は夜遊びもしないで、仕事が終わって真っ直ぐに帰宅した。
紫苑のいない部屋に帰るのは1日たりとも我慢出来ない気がしていたが
最近は外で飲んでも面白くも無い、部屋で紫苑の手料理で酒を飲んだ方がずっと旨い。

紫龍が部屋を開けて一歩足を踏み入れると、暗い筈の部屋が明るかった。
「お帰りなさーい」エプロン姿の紫苑に出迎えられ、
思わずその場で押し倒したくなったのを抑えながら
「あれ?泊まって来るんじゃなかったのか?」と聞いてみると
「だ・だって・・・お返しが・・・」
『やっぱり押し倒していいですか?』

「紫苑ベッドに行こう」
いきなり紫苑の手を引き歩き出すと
「駄目ですっ!食事をきちんと済ませて、お風呂に入ってから」
と思った通りの言葉が返ってきた。

「今日の飯は?」
「まだ寒いから湯豆腐です」
「おお良いな・・日本酒?」
「鱈は入ってる?春菊は?」
子供のように問い掛ける紫龍に向かって
「勿論」にっこり笑う紫苑をやっぱり押し倒したい・・・

食事をしながら、スーツを紫龍ママとパパに買って貰った報告を受けた。
「スーツに20万円も・・・こんなスーツ見た事も無い」
そう言う紫苑に『お前が普段着ているのも3万円で買える吊るしじゃないから』
と言いたいぐらいだった。
だが自分の親と張り合っても仕方ないから、言うのを止めた。
『俺はあなた達の知らない紫苑の顔を知ってるんだ・・』
結局何処かで親に張り合って優越感を感じている紫龍だった。

湯豆腐を突付きながら紫龍が感慨深げに言った。
「いよいよ来月から本格的に社会人か・・・楽しみだな」
「はい、宜しくお願いします」

去年の夏にアルバイトに来た紫苑をひと目で気に入って、傍に置くようになり
そして紫苑の辛い過去も全部受け止めたいと思った。
それ以降も辛い経験もしたが、思った以上に紫苑という人間は強かった。
他人の苦しみを自分の立場で受け止め、自分に出来る精一杯の事をやるような奴だった。
自分が傷ついても他人を守ろうとするような紫苑だから、俺が紫苑を守って行く。
そんな愛しい紫苑とずっと一緒に居られる。

「堂本紫苑・・・」紫龍はそう呟いた。
「はい」3月に入って念願の養子縁組を終えたばかりだった。
本当は紫苑の祖母の喪が明けてからが良かったのだが、
社会に出る時の方が色々な意味で都合が良かったから、
少し早いが回りの勧めもあり、入籍を済ませたのだった。

「紫苑・・・ベッドに行こうか?」
「ん・・・此処片付けたら」何度からだを重ねても紫苑の恥じらいは、
初めての頃と変わらなかった。片付けをする紫苑の後ろに回りぎゅっと抱き締めた。

「紫苑・・・早く欲しい」
「だ・駄目・・片付けが終わって、お風呂に入ってからじゃないと無理だから」
「じゃ風呂一緒に入る?風呂の中で解そう?」
その言葉に紫苑が顔を染めながら
「こ・こんな明るいキッチンでそんな事言わないで」と抗う。

もう耳まで赤くなってる紫苑の項に唇を這わせる。
「あっ」小さく喘ぐくせに洗い物の手を止めようとしない紫苑の体を改めて
後ろからそっと抱き締めた。



        2010-11-1-sion.jpg
         
 イラスト undercooled pioさま
イラストの無断転写・複製はご遠慮下さいませ。





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「社長、もう少し顔を引き締めて下さい」
斜め後ろから浅田が紫龍に注意をしている。
こんなしまりのない顔が我が社の長たる者だとは思いたくはなかった。
「今日は役員の方々も、会長も出席されてるのですから」
そんな事を言いながらちらっと会長に視線を投げかけた。
「・・・・ふぅ」
浅田が見た会長の顔はこの堂本紫龍に負けず劣らずしまりのない顔だった・・・

「浅田文句ばかり言ってないで、舞台の上を見てみろ」
そう、その舞台の上で新入社員代表の挨拶を緊張する事なく
綺麗な言葉で語っているのは『堂本紫苑』であった。
毎年入社試験でトップを取った者だけが上がれる壇上だ。

来賓席に目を向けると、会長婦人と名古屋の相田夫妻も列席している。
『はぁ・・・幼稚園の入園式でもあるまいに・・』
関係者ではあるので来るなとは言えないが、多すぎる・・
去年は会長婦人の顔は見なかった。
そしてその会長夫人は『うちの子偉いでしょう?』と自慢げな顔をし
相田夫人は心配そうに両手を胸で当てていた。

浅田が人間観察をしている間に入社式はつつがなく終了した。
殆どの会社が入社式の時に配属先を通達するが、ここDOMOTOでは
3ヶ月の研修期間を経た後に配属を決めるのが慣わしだった。
全ての部署で研修を受けながら、自分の希望の部署を選ぶ。
それは雇う側も同じであった。
まるで集団見合いみたいなものだった。
研修期間に新人の仕事ぶり人柄を見て人選をするのだった。

だからここDOMOTOでは五月病という言葉を聞くことが無い。
他の会社の新人が『こんなはずじゃ無かった・・』とか
逆に下手に慣れて簡単な仕事だと思い込み、
そして直ぐに壁にぶち当たってしまうような事は無かった。

研修期間の3ヶ月の間に希望の部署に自己アピールするのも大事な事だ。
『下克上』という言葉が一番ぴったりくる会社であった。
力のある者は上に上がれる。それがこの会社の魅力であり活力なのだ。
だから新人も既に社員になっている者もこの研修期間が勝負であった。


入社式が終われば解散だ。
先輩社員を訪ね社内を案内してもらうも良し、
新入社員同士で親睦を深めるも良し・・・
殆どの者が大学の先輩を頼って案内してもらったり、場合によっては
使いっ走りさせられる者も出てくるようだ。

来賓客に挨拶をする堂本社長について回る。
手短に済まそうとする社長の脇腹を突付いて浅田はゆっくりと会場を回った。
だがそこには会長夫妻も相田夫妻も姿は見えなかった。
既に社長室に戻っていると思われる。
紫龍は早く紫苑に会って今日の事を褒めてあげたいのに、
なかなか体が自由にならない。

紫龍が開放されたのは式が終わって1時間も過ぎた頃だった。
「おい、浅田もう少し気を利かせてくれよ」情けない声の社長に向かって
「あなたは今日がどんなに大事な日か判っているのですか?」
来賓の殆どが大株主か、主要取引先だったりしてるのだ。

「判ってるさ!今日は紫苑の晴れ舞台の日だ」
『やっぱり判ってない・・・・』
そう思いながら急ぎ足で社長室に向かう堂本の後について行った。
社長室を開けてもシンとしていたが隣の紫苑の部屋から賑やかな声が聞こえてくる。

「すまん紫苑遅くなった」
紫龍が勢い良くドアを開けて中に入ると、
決して狭くない紫苑の部屋がぎゅうぎゅう詰めの状態になっている。
「あ・・会長ここにいらしたのですか?」
挨拶回りの時にどうりで顔を見なかったはずだ。

テーブルの上には紫龍の母である会長夫人と相田夫人が持ち込んだのだろうか?
和食洋食とデザート、フルーツと所狭しと並べられていた。
「何だか凄いご馳走ですね・・・」
紫龍と浅田が同時に腹を鳴らした。

「お疲れ様です、さぁどうぞ」
紫苑が嬉しそうな顔で席を用意してくれた。
「紫苑、今日は代表の挨拶立派だったぞ」
『あぁ二人きりならぎゅっとしてチュッとするのに・・・』
「ありがとうございます。緊張しました」
そう答える紫苑に向かって「そんな事ないじゃないか、堂々としてたぞ」と
声を掛けたのは統括の深田だった。

「ふ・深田!どうしてここに?・・・広海もいたのか・・・」
「・・今頃気付く?」広海が呆れたような声で肩を竦める。
「どうしてお前らまでここに居る?」不機嫌そうな紫龍に向かって
「だって櫻井君にお呼ばれしたんだもん」平然と広海がそう言ってのける。

途端に紫龍の顔が曇った。
「櫻井じゃないだろう?」
「あ・・っごめんなさい」素直に広海が謝った。
「でもとうとう社長の養子になったのか・・」ちょっと寂しそうに深田が呟くと

「あ・・僕社長の養子じゃなくて・・・・」
言いにくそうに紫苑が口ごもった。
「そうよ、紫苑ちゃんはうちの子になったのよ」
会長夫人の言葉に紫苑と紫龍以外は驚いた。
皆の視線が次の言葉を促すように会長夫人に集まった。

「紫苑ちゃんはね、紫龍の立場を考えて養子にはなれないって言ってたの・・
だから色々話し合って、私と主人の養子って事にしたのよ。
ま、紫龍と義兄弟になっちゃったけど今の日本の法律ではどちらにしろ結婚は出来ない。
もし出来るようになったら、また戸籍を弄ればいい事よ」

簡単に言っているが4人で一番良い方法を時間を掛けて話し合ったのだろう・・・
「要するに、縁が切れなきゃいいのよ」
会長夫人のその一言に全てが凝縮されている気がした・・ここにいる誰もがそう感じた。





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深田は会長夫人に近寄った。
「はじめまして、統括の深田です」
「あら、こんにちはお若いのに統括?」
「あ、はい宜しくお願いします」
機嫌の良い会長夫人に深田は言葉を選びながらも聞いてみた。

「あの・・理解あるんですね・・その社長と櫻井・・いえ紫苑の事に」
男同士の付き合いに眉を顰めるどころか、応援している紫龍の母親だったから。
「あの二人は、生まれた時から縁があったのよ、
紫苑ちゃんの名前も紫龍の紫を使ってるほどにね」
そう言って、紫苑の母親と自分たちの関係を説明してくれた。

「紫苑ちゃんが男でも女でもそういう運命にあったと思うわ」
「そうですね・・女性の紫苑も捨てがたいですが、あの二人は違和感がないですね」
深田の言葉に頷きながら「あなたは広海の良い人ね」と断言された。

「え・・あ?バレてましたか・・俺は広海と付き合ってます」
真っ直ぐ夫人の目を見て答える深田に優しい眼差しを向け
「広海が最近変わったのは貴方のお陰なのね」
「いえ・・俺っていうか、元々は紫苑のお陰なんですが・・」
「広海も何かあったみたいで・・・ずっと荒れてたけど、良い子になったわ」

広海が荒れてた理由までは知らないみたいだが、変わった事は気付いていたみたいだ。
「はい、明るくていい奴です」
「深田さんも広海と生涯を共にしたいと思ってるのかしら?」
「はい」即答に夫人は頷いた。

「そう、別に籍を同じにしなくても、気持ち次第よ」
「・・・・俺はまだ親に打ち明ける勇気が無いんです」
「普通はそうよ、気に病む事はないわよ」
自分達は紫苑を気に入って、紫苑の育った環境も家族も知っていたから
受け入れやすかったし、受け入れる事に何の違和感も嫌悪感も無かった。
深田は、そう言う夫人からずっと視線を外せなかった。

「焦る事は無いわよ、本当に縁のある相手なら必ずその時は来るわ」
「ありがとうございます。そうですよね」
会長夫人の言葉に深田は癒される気がした。
このまま広海とずるずると長く付き合う事に少し不安を持っていた深田は
その言葉のままに時を待とうと思った。

「深田さん、食べてますか?」
そう言って紫苑が近づいて来た。
「ああ、凄いご馳走だな、呼んでくれてありがとう」
そう言いながら、深田は背広の内ポケットから包みを取り出した。

「これ、俺と広海からの就職祝い」
「えっ?深田さんと広海さんから?そんな・・気を使わないで下さい」
そう言いながらも紫苑の顔は嬉しそうに綻んでいた。
「そんな遠慮するような高価な物じゃないから」
深田と紫苑の様子を見て広海が近寄って来た。
「そうだよ、僕達からのお祝いの品だから遠慮なく受け取ってよ」

「ありがとうございます、開けていいですか?」
紫苑が丁寧にその包装を解いていった。
「ああ、万年筆だ!」
紫苑が手にしたのは万年筆で有名なM社の製品だった。
「ああ嬉しい・・・欲しかったんですこんなのが、でも高くて手が出なくて・・」
相変わらず自分の持ち物に関しては、贅沢をしない紫苑だった。

今にも頬摺りをしそうな勢いで万年筆を愛でていた。
「あ、名前が刻んである・・・堂本紫苑・・」
本当は深田と広海にとって少々痛い金額ではあったが、
こんなに紫苑が喜んでくれるのなら安いもんだと二人心の中で思った。

「どうしたんだ?」なかなか二人っきりになれない紫龍が様子を伺いに来た。
「紫龍・・見てこれ!深田さんと広海さんからの就職祝い」
紫龍は喜ぶ紫苑の顔を見れば、その万年筆をどんなに気に入ったか判る。
「良かったな、大事にしろよ」そう言いながら紫苑の頭を撫でている。
そして深田と広海に向き直り
「二人とも、ありがとう!」
その姿はまるで父親のようだ・・・
深田と広海は多分同じ事を考えてるな、
とお互いの心中を察して目で言葉を交わして微笑んでいた。

深田たちが仕事に戻った後も暫く会食は続いたが
流石に3時を過ぎると相田夫婦も会長夫婦も予定が入っていると
名残惜しそうな顔をして帰って行った。

「この荷物・・・」紫苑が困ったような顔で紫龍を見た。
相田夫妻からの贈り物であるスーツが入っているだろう箱が5箱もある。
それ以外にネクタイやワイシャツも山ほどあった。
紫苑には判らないだろうが、その総額は100万を超えているだろうと
思いながら紫龍も溜息を吐いた。
「彩子さん凄い張り切りようだな・・」
「・・はい、こんなにしてもらって僕は本当に幸せ者です」
紫苑は10歳で亡くなった彩子の息子を思うと切なくなった。

「紫苑・・」紫龍の手が優しく肩に置かれた。
何も言わずともお互いの気持ちが判る二人だった。
「紫龍・・・」肩に置かれた手をそっと握った。

「あー!折角の所お邪魔しますが?この荷物は社長の車に運べば宜しいんですか?」
こんな所で熱い視線を絡ませ合ってもらったら
困ると言わんばかりに浅田が声を掛けてきた。
「あ、すみません・・僕運びます」
そう言って立ち上がった紫苑に向かって浅田は
「誰かに運ばせますから、堂本君はいいですよ」
ここへは相田夫妻の運転手が二度ほど行き来して運び入れた。

流石秘書室長という立場か紫苑を「堂本君」と呼ぶ切り替えは早かった。
「いえ自分で運びますから、今日は時間もありますし」
自分で頂いた物を他の人に運んでもらうのは申し訳ない。
「社長車の鍵貸して下さい」
堂本君と呼ばれた事で紫苑の頭もここが会社だと切り替えが出来た。

そんな紫苑に頼もしいような寂しいような思いで車の鍵を渡した。
「社長は仕事が待ってます、ここの片付けは堂本君にお願いして構いませんか?」
「はい勿論です!」
「じゃ紫苑、夕方には俺も終わるから、ゆっくり片付けろ」
そう言い残して紫苑の部屋を出て、自分の机に座りながら

「浅田、お前ちょっと紫苑に厳しくないか?」
「社長が甘過ぎるんです」
きっぱりと言い返され反論できない紫龍だった。
浅田は紫苑を自分の後釜となる立派な秘書に育て上げたかった。
社会人としての自覚を持って欲しかった。
だがその自覚は紫苑本人よりも、この堂本紫龍という男に持たせるべきたとも思っていた。


そして3ヶ月の研修が終わる頃には、
その浅田の思惑も、紫龍の楽しみも全部泡となって消える事態が起きたのだった。





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研修期間が終わった6月の末日。
明日正式な人事が発表される。
人事部はここ1週間残業しながら配属先を決める仕事に追われた。
研修終了1週間前には、新入社員が希望の配属先を書いた書類を提出する。
そして各部署からの指名と照らし合わせ、なるべく希望に沿うように配置するのだが
これがなかなか一致しないのが毎年の悩みの種だった。

やはり地味な部署は人気が無く、そこに配属する為に新人をある程度納得させなければならないのも人事の大きな仕事だった。
やはり1番人気は営業1課だった。
営業部は大きく3つに分かれている。

新規開拓が主な営業1課と、取引がある会社の更なる開拓とフォローの2課。
そして深田などが居る営業1課と2課を取りまとめ、
そして営業成績の悪い下請けや系列会社のフォローに当たる
権限の大きな統括課に分かれている。

営業1課は実際キツイ職場だったが、やり甲斐もある上に
出世しやすい部署でもあった。
ここで力を認めて貰えれば一気に統括に上がれる。
だから自分に自信があり、やる気のある者は1課を希望する者が多い。

問題は地味な部署だった。
新人を入れる事はあまり無く、そういう専門の知識を持った2年目3年目
で初めて経験するような部署でもあった。
だが今年は珍しい事に総務部でも新人を1名希望していた。

7月からの配属先が記載された書類が秘書課に届けられた。
これは秘書課にというよりも、社長の堂本宛の書類であった。
いくら社長とはいえ人事不介入は決まりきった事だった。
だが一足先にその結果を見せる事は例年通りの事だ。

にこにこして開封する紫龍の前に浅田が立って様子を伺っていた。
その紫龍の顔がだんだんと険しいものに変わり、浅田が声を掛ける頃には
その怒りはマックスに到達していた。

「これはどういう事だ!」怒りを抑えた声で紫龍がその書類を投げ出した。
「失礼しますよ」そう言って浅田がその書類に目を通すと、
秘書課への配属は『斉藤麗華』と書かれている。
「これはどういう事ですか?」紫龍と同じ言葉が飛び出した。

「俺が聞いてるんだが?」
「・・・堂本君がここを希望しなかったって事ですか?」
「まさか!」絶対そんな事は無いと紫龍は思った。
「確認したのですか?希望を出す時に?」
「そんなの確認しなくても・・・・」
「しなかったんですね?」

黙った紫龍に向かって「で、堂本君は何処へ決まったのですか?」
「あっ!」それを確認する前に怒り沸騰した紫龍に
「全く・・・」呆れた顔で浅田がその先を見ている。

「総務部・・・福利厚生課、堂本紫苑」
「はあ?福利厚生?!」
紫龍の呆れたような驚きの声にその紙面を差し出して見せた。

「沖田清春・・・」忌々しそうに紫龍が呟いた。

この沖田という男は紫龍と浅田の同期でちょっと変わり者だった
『精神保健福祉士』という国家資格を持ってる。
だがこの会社に入社して最初の配属は紫龍と同じ営業1課だった。
入社2年目の頃から営業成績を競い合っていた。

紫龍には堂本という名前があった・・・
その名前を利用した事は無かったが、相手が影響されない筈が無いとも思っていた。
だから紫龍も必死に頑張ったが、必ず自分の後に沖田が居たのだ。
それも涼しい顔で・・・
成績では勝っていたが、本当の意味で勝ったような気がしていなかった。

そして入社4年目くらいに沖田は統括からの誘いを断って
総務部に配属を希望して今に至っている。
総務部部長代理と福利厚生課課長の兼任だった。
沖田の年齢を考えるとかなりの出世組だ。

沖田のスキルは今の部署は多少勿体無い気はするがピッタリでもあった。
だがそれが今回の人事とは関係ない。
どうして紫苑が沖田の下に付かなければならないのか、全く理解出来なかった。

「うちも堂本君を指名しました、でも堂本君が総務に配属されたって事は?」
「紫苑が総務を希望したから・・・か?」
そういう仕組みになっている。
そういう風に変えたのは社長になった当時の堂本本人だった。

紫龍は机の上で頭を抱え込んだ。
「信じられない・・・」
せっかく紫苑と一緒に仕事が出来ると・・・
公私混同していたのは紫龍本人だったわけだ。

「まあ決まった事ですから仕方ないでしょう、2・3年は諦めて下さい」
浅田の切り替えはいつの時でも早かった。
「部屋に帰ってもあまり堂本君を苛めないで下さいよ」
浅田に念を押され余計に不機嫌になる紫龍だった。

腕時計を見て時間を確認すると、それをしっかり浅田にチェックされ
「あと2時間は帰れませんから、早く帰りたかったら頑張って下さい」
「はぁ・・・本当にお前は冷たいなぁ」溜息混じりに言うと
「仕事は仕事ですから」
実際浅田も今回の人事には紫龍と違う意味ショックを覚えていた。

堂本という人間は仕事も出来、経営者としてのセンスも抜群だと思う。
紫苑が傍にいる事でより一層安定し落ち着いた仕事をしてくれると目論んでいた。
勿論紫苑自身にも魅力はある、彼の記憶力は抜群だ。
社長のスケジュールも1週間分なら分刻みで記憶できる。
大雑把な予定なら1ヶ月分は大丈夫だ。

そして何よりもあの癒しの力は最高だ・・・
『福利厚生課か・・・ぴったりかもしれないな・・・』
流石にこれは社長の前では言葉にするのは止めた。




あぁ・・・部屋に帰ったら大変な事になりそうですね・・・


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「ただいま・・・」
その声は幾分元気が無かった。
「お帰りなさい!」それに引き換え迎える紫苑の明るくて元気な事・・・
小さく溜息を吐いた紫龍に向かって元気が無いけどどうしたのか?と聞くが
「別に・・」返って来た返事は実に大人気ないものだった。

「食事は?」
「食欲無い」
「お風呂は?」
「後でいい」

「そうですか、じゃ僕は食事させてもらいますね」
そう言うと紫苑はさっさとキッチンに消えて行った。
今口を開くともっと大人気ない言葉を吐きそうで紫龍は口を噤んだ。
キッチンから何かを揚げる音が聞こえてくる。
食欲無いと言った手前顔を覗かせるのも躊躇われた。

暫くした後「頂きます」という紫苑の声が聞こえる。
リビングのソファに一人ふんぞり返っていても落ち着かなくて
紫龍はとうとうダイニングに顔を出した。
揚げ物の正体が判って、ごくっと唾を飲み込んだ。
それなのに紫苑はそんな事はお構いなしに美味しそうに天ぷらを口に運んでいた。

何も言わない紫龍に向かって
「今日は帰りにママさんの所に寄って、採れたての夏野菜を分けてもらって来たんです」
と言いながら、美味しそうに茄子の天ぷらを食べていた。
「ふ・・ん」
気の無い素振りで冷蔵庫からビールを取り出してプルトップを開けた。

「沢山揚げてしまったんだ・・・深田さん達に御裾分けしてこようかな?」
元々紫苑が住んでいた部屋には店子として深田と広海が住んでいたのだった。
「・・・俺が喰うから」
深田なんかに食べさせてなるものか・・・なんて言葉には出せない紫龍だったが
「はい、これ・・熱いから気をつけて下さいよ」
そう言いながら大根おろしと生姜の入った天ツユの小鉢を紫龍の前に置いてくれた。

紫苑の料理を目の前にすると意地も何処かに飛んで行ってしまった。
「美味い!」自然と出た言葉に紫苑が嬉しそうな顔を見せてくれた。
紫苑はそっと立ち上がり、紫龍の飲みかけの缶ビールをグラスに移している。

「ねぇ紫龍・・・僕はDOMOTOって会社がとても好きだよ。
だから一種の受験も止めて紫龍の会社に入ろうと思った。
僕に秘書の仕事はまだ早いと思う。
それよりも会社の事をもっと知りたい、いきなり上からじゃなくて
もっと社員に近い所から始めたいんだよ」

優しく諭すように言われるが紫龍がそれだけで納得した訳じゃない。
「それが福利厚生課か?」
「そうだよ、せっかく取った資格も生かしたいし・・」
「資格?」何の資格を生かそうと言うのか?
そもそも何かの資格を取ったなどとは聞いてはいなかった。

「メンタルケア心理士って資格を取ったんだよ」
「メンタルケア心理士?」
「紫龍だって企業のトップの人なら知ってるでしょう?
これからの企業はこういう事にもっと力を入れなくてはならない事を・・」
「それはそうだが・・・」
「僕は企業戦士の心をケアする仕事でこの会社に貢献したい・・・」

紫龍は紫苑が密かにそういう資格を取っていた事もショックだが
側面から会社の事を考えている紫苑にも感動もした・・・だけど
もう自分の助けなど要らないんじゃないか?
それくらい大人になった紫苑を少し寂しく思った。

「DOMOTOの社長としては凄く嬉しい・・・」
「紫龍としたら寂しい?」
「ああ・・・」紫苑の問いかけに素直に頷いた。
そっと立ち上がった紫苑が紫龍の椅子の後ろに回り椅子ごと紫龍を後ろから抱き締めた。

「紫龍・・勝手な事してごめんね、本当は凄く怒られるんじゃないかと思ってた」
紫苑にそんな体勢で抱き締められるとは思ってもいなかったし、初めてだった。
「紫龍ありがとう・・・」そう言った後に小さな声で
「だから・・早く食事を済ませて・・・今日はいっぱいシテ」
紫苑の囁きに掴んだ茄子を落としそうなくらい驚いた。

『あぁこんなに誘い上手になって・・・余計に心配だ・・・』

「僕・・先にお風呂入ってくるね」

逃げ出すようにダイニングから出て行く紫苑の首筋が赤く染まっていたのは見逃さなかった。
自分からあんな事を言うなんて、紫苑にとっては本当は凄い勇気が必要だったらしい。
『神様・・今夜は獣になってもいいですか?』


それから40分後の寝室で紫苑が紫龍の上にさせられ必死に抗っていた。
「駄目ッ出来ない・・・」
「駄目だ、今夜は許さないから」
明日からの事を考えると紫龍の言う事を素直に聞いた方がいいのは判っているが
「あん・・・紫龍お願い・・降ろして」
泣きそうな顔で何度懇願しても降ろして貰えない紫苑は心を決めた。

紫龍の熱い杭に手を添え、そっと自分の解された蕾に当てがった。
「紫苑、ゆっくり腰を落としてごらん」
言われるがままに、ゆっくりと腰を沈める。
「あぁっ!」
何度も自分を貫いたそれは、位置が変わるだけで違うモノのように感じられた。
「紫龍・・・怖い」
「大丈夫だ、ゆっくり来てごらん」

「やあっ」紫苑の悲鳴のような喘ぎ声と共に頭の部分が紫苑の体の中に挿いった。
「ほら、後はゆっくり体重掛けて」
もう何度も体を繋げているのに、初めての相手に教えているようだった。
半分ほど飲み込んだ時点で紫苑が大きく息を吐き、そして紫龍を見つめた。
下から見上げながら紫龍は「愛してるよ」と囁く。

少しだけまだ強張った顔で「僕も愛してる・・」と紫苑が言葉を返す。
その顔を見て紫苑の中のモノが一回り嵩を増した。
「だめぇ・・・」そう言いながらも紫龍のモノを咥え込んで離さない。
少しだけ大人になった紫苑の夜は結局紫苑が意識を手放す事で終息を迎えたのであった。





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紫苑はいつものように朝6時前に目が覚めた。
そっとベッドを抜け出す。
「う・・・」床に足を着いた時に体の奥に鈍い痛みを感じた。
昨夜は自分から誘い、そして無理矢理上にさせられた・・・
だけど最終的に快楽の海に沈んだのは自分だった。

眠る紫龍の顔を眺め『僕がどんなに貴方を愛してるか知ってる?』と心で問うた。
毎朝先に起きるのは紫苑だ、そして毎朝紫龍の寝顔を眺める。
幸せな顔で眠る紫龍を見る事が紫苑の1日の始まりだった。

そんな紫龍が目覚める頃にはすっかり朝食の支度が整い
紫苑はワイシャツにネクタイを締めた姿だった。
ここ3ヶ月、毎朝見る紫苑のネクタイ姿
見慣れても見飽きる事は無かった。
紫苑の笑顔で迎えられる朝を紫龍はいつも幸せに感じる。
『俺がどんなに紫苑を愛してるか知ってるか?』

「おはよう」
「おはようございます」
「体・・大丈夫か?」
すっかり獣になった昨夜を思い出す。
「大丈夫です」はにかむ姿に紫龍の中の獣が目を覚まさないように抑えた。

「いよいよ今日からだな」
「はい!」満面の笑顔に紫龍も苦笑しながら
「頑張ってくれよ」と声を掛けた。

毎朝紫龍の車で通勤する。
最初は拒んだ紫苑だったが、朝の満員電車に紫苑を乗せる訳に行かないと
これだけは紫龍は譲らなかった。
結局会社の手前歩いて5分程の所で紫苑を降ろす。
3分程の所に地下鉄の出口があるから、そこで多くの社員と合流するような形になる。
本当はそのまま地下の駐車場に入ってしまえば誰にも気付かれる事は無いのに、そこは紫龍が折れた。

3階の会議室に配属先を記した一覧表が貼り出される予定だった。
その後配属先で正式な辞令を受け取る事になっている。
希望の部署に入れた者、入れなかった者たちが一覧表の前でざわついていた。
紫苑はちらっとそれを見ただけで、小さく頷き満足の行く顔をした。

他の新人も紫苑のそんな動きを見て、一覧に紫苑の名前を探す。
トップの成績で新入社員代表の挨拶も上手にこなし、更に一流国立大を出た紫苑の配属先が皆気になったようだった。

「福利厚生課!?」数人が口々に驚いた声を上げていた。
「何かの間違い?」とまで言い出す奴もいる。
でも当の紫苑はそんな視線も笑顔で跳ね返している。

「おっ、紫苑どうだった?」
紫苑の背後から深田の声がする。
つい先日まで『櫻井』と呼んでいた深田も流石エリート切り替えは早かった。
でも流石に『堂本』と呼び捨てするのには抵抗があったらしい。

「はい、希望の所に決まりました!」
「そうか、勿論秘書課?」紫苑が社長から離れるとは思わなかった。
「いえ、福利厚生課です」
「ふ・福利厚生?」
「深田さん、声が大きいです」紫苑が周りを気にして深田をたしなめる。
「ごめん・・・あんまり意外だったから」
そう言うと深田は声を潜めて紫苑の耳元で囁くように聞いた。

「社長知ってるのか?」紫苑が小さく頷いたが
「大丈夫だったのか?」と心配そうな顔で聞いてきた。
「は・はい・・・」深田の視線の先にある紫苑の耳が染まった事が
大丈夫になった事を物語っているようだった。
「そっか、頑張れよ、あそこの沖田部長代理凄い良い人だから」
ぽんと紫苑の肩を叩いて、じゃ又と行って深田が仕事に戻って行った。

紫苑も3階の奥の方にある総務部に向かった。
「おはようございます!本日からこちらに配属になりました堂本紫苑です」
そう頭を下げて、顔を上げ見回すと席に座っていた数名が立ち上がって紫苑を迎えてくれた。
「この課に新入社員なんて何年振りかしら?」
迎えてくれた女性社員は30代くらいの女性3名ともう少し上らしい女性、
それに20代だろうと思われる女性・・・

5人の先輩女性社員に囲まれて紫苑は質問攻めにあった。
「新入社員代表だって?」
「東大だって?」
「社長の親戚だって?」
「どうして総務部へ?」
などと答える前にドンドン質問され紫苑は女性パワーに圧倒されていた。

そうだ、ここでは堂本紫苑は社長の遠縁という事になっていたのだ。
会長の養子で、社長の恋人だとは絶対知られてはならなかった。
人事部長だけが、手続きの都合上、会長の養子だという事だけは知っていた。

「堂本って事は会長の方の親戚なのね?」
そう聞かれ「はい・・遠縁ですが・・」と言葉を濁した。
「社長のお宅に居候してるんですって?」
女性社員の好奇心と情報の多さに驚きながらも「ええ」と曖昧な笑みを浮かべた。
「すてきー!社長ってお宅でもあんなに格好良いの?」

そうだ、世の中の女性は本当の紫龍を知らない・・・
見た目も地位もある紫龍に興味を持たないはずは無かった。
そう思うとキュンと心臓が痛くなった。

紫苑が紫龍との養子縁組を望まなかった理由はそこにもあった。
『もし紫龍が将来誰かと結婚したいと思ったら・・・』
その時背後から「はーい、親睦会は後日やるからね」
と元気な声が聞こえた。
「あ、部長代理!おはようございます」一斉に皆が振り返り頭を下げる。
「はい、おはよう今朝も元気そうですね?」

紫苑はその声の主を振り返って息を呑んだ。






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「どうしましたか?私の顔に何か付いていますか?」
穏やかに微笑むその顔をただ呆然と見ていた。
「堂本君ですよね?」
「あ、はい!堂本紫苑です。今回こちらの部署に配属されました」
「研修の時は留守にしてて申し訳なかったね、私が沖田です宜しく」
「初めまして・・・宜しくお願い致します」
両手の指をきちんと伸ばして頭を下げる紫苑を口元を緩め沖田は見ていた。

「じゃ早速だけど、堂本君の仕事場はこっちだから」
そう言って紫苑を別の部屋に案内すべく総務部を出て行った。
紫苑はその背中を見ながら後に続いて歩いた。

『父さま・・・・』
紫苑は沖田の顔・・というか目を見た瞬間父を思った。
彫りの深い顔の、目が特に似ていた。
紫苑の記憶の中にある父はまだ30半ば・・・もう年齢を重ねない父だった。

前を歩きながら沖田が「誰かと似ていますか?」と振り向かないまま尋ねてきた。
流石多くの人のカウンセリングをしてきただけはある、
紫苑が沖田の容姿に見惚れた訳では無いと直ぐに察したらしい。

「あ・・はい・・父に目が良く似ています」
紫苑の父はアメリカ系のクォーターだった。
色素の薄い瞳の色も良く似ていた。
その事を紫苑はつい話してしまった。

「そうですかお父様と・・・確か堂本君のご両親は・・」
「はい、僕が10歳の時に火事で二人一緒に亡くなりました」
紫苑に両親が不在な事は履歴書で把握できた。
だが、亡くなった原因やその後の生活の様子などは何も判らない。

「早くにご両親を亡くされて、苦労しましたか?」
「・・いえ、母方の祖母が育ててくれましたので苦労してはいないと思います」
沖田の言う所の苦労の意味が判らないが、苦労はしていない。
寂しいと感じる事が無かったとは言えないが、それは世間の言う苦労では無いと思っていた。
何不自由なく祖母に育ててもらった、愛されていた。

両親の眠る家が目の前で焼け落ちるのを見て、気を失いそれ以降泣く事が出来なかった事は
紫龍と出会った頃に解き放たれていた。
それは心の問題で、苦労とは言えないような気がしていた。


「そうでしたか、でも堂本家の家系にそのような方がいらしたとは初耳ですね」
「あ・・っ!」
紫苑は内心『しまった、しゃべり過ぎた』と思った。
父に似た沖田につい余計な事まで話してしまった事に気付いたが
今更言葉を撤回は出来なかった。

「着きました、この部屋です」
沖田が立ち止まった部屋のプレートは『white room』
「ホワイトルーム?」紫苑は口に出して読んでみた。
「そうです、さあどうぞ」
沖田が開けた扉の中はまさに白の世界だった。

会社の中の一室とは思えぬ雰囲気に思わず目を見張った。
「素敵です!」だが直ぐに紫苑の口からそんな言葉が飛び出した。
白と言ってもホフホワイトの白木の床に壁
木目を生かした素材はとても温かく人を迎えてくれる。

「私がここを任されるようになってから改造してもらったのですよ」
ここには無機質なスチールの机も本棚も無い。
全ての備品が白木とナチュラルな色目の木製品だった。

「気に入ってもらえましたか?」
「はい」
「では改めて宜しく」そう言って右手を差し出され
「こちらこそ宜しくお願い致します」そう言って紫苑も右手を差し出した。

「この部屋を訪ねて来る人間は、皆何かに悩み傷ついている、
その心の負担を軽くしてやるのが私たちの仕事だよ」
「はい」
「堂本君はまだ若いし、エリートだ、まだ挫折という事を経験した事はないだろうけど
ここには人に言えない事や、吐き出す相手のいない人間・・色々なタイプの者が尋ねて来るんだ、君も色々勉強して来たと思うが宜しく頼むよ」
「はい」

「掛けて」と促され、落ち着いた色のソファに座った。
ハーブティを淹れてもらってその香りを楽しんでいる紫苑に向かって
「その前にまず、堂本君の改造だな・・」と少し揶揄するように言われた。

「僕の改造?」
「ええ・・」

コン!コン!!
沖田が話しを続けようとした時、ドアをノックする音に遮られた。
「はいどうぞ」沖田が立ち上がり声を掛けると同時にその扉が大きく開かれた。
『あ・・っ』紫苑が胸の心の中で声を上げた。

「おや社長、珍しいですね貴方がこんな所に見えるなんて」
それは社長を敬っているような口調でも言葉でも無かった。
「失礼するぞ」横柄に声を掛け紫苑の隣に腰を降ろした。
その行動にビックリして立ち上がろうとした紫苑の手を引いて座らせる。

そしてその社長の為に新たにハーブティを淹れながら
「今回は社長の経営方針に感謝しますよ、適材適所・・素晴らしいですね」と言い
眉間に皺を寄せた紫龍に「はいどうぞ、落ち着きますよ」とカップを差し出した。
「相変わらず人を喰ったような奴だな」
「貴方は喰えませんがね」
二人の会話に紫苑がはらはらした視線を送る。

「大丈夫だ、こいつとは同期でな・・別に喧嘩している訳じゃないから」
そう言いながら紫苑の頭を撫でる紫龍に向かって
「遠縁と聞きましたが、随分仲が宜しいのですね」と皮肉な言葉を吐いた。
「親戚同士、仲が悪いよりはいいだろう」
紫苑の頭を撫でたのは拙かったかな?と思いながらも惚けた。

「ところでここへは何の用事で?もしかして新入社員一人一人に労いの言葉を掛けて回っているとか?」
「沖田、お前は本当にそんなんでカウンセリングなんか出来るのか?」
「おや?ここ数年心身症やストレスで会社を辞めた者などいましたか?」
「・・・居ないよ!」憎らしげに紫龍が言葉を吐く。
「で・・?」沖田が問いかけの答えを再び求めた。

紫龍は沖田を無視するように紫苑に向かって
「メール見たか?」と優しく聞いた。
「あ、まだ・・・」マナーモードにされた携帯は背広のポケットの中だった。
「昼間でに見て返事して」
そう言うと紫龍は出されたハーブティを一気に飲み干し嵐のように部屋を出て行った。

閉まった扉を見ながら小さく溜息を吐いて沖田が呟いた。
「君も大変ですね、あんなヤキモチ妬きの恋人が居たんじゃ」
さらりと凄い事を言われティーカップを手に持ったまま固まってしまった紫苑だった。




あ・・・30000・・・ありがとうございます。
キリ番過ぎてしまった^^;
よーし!次は33333踏んでください!


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「え・・あっ・・・恋・・」
ここは否定すべきなのか、肯定していいのか突然の事で紫苑は返事に詰まった。
「いいですよ、答えなくても。でもあいつは昔から判り易かったですからね」
そう言ってから
「あ、社長の事アイツだなんて失礼ですね」と沖田は笑った。
紫苑が釣られて苦笑いすると
「さあちょっと出かけましょうか?」と言われた。
「はい?外ですか?」
「そう、ちょっと付き合って下さい、私は君を改造するって言ったでしょう?」
「あ・・はい」

自分が何を改造されるのか、何処に連れて行かれるのか少々不安だったが
信用出来ない相手では無いと思い、一緒に立ち上がった。
沖田はまず、地下の駐車場に向かった。
課長以上の地位の社員は車通勤が認められていた。

「私の車はちょっと奥の方ですがね」
ちらっとエレベーターの近くに停めてあったジャガーに視線を走らせて沖田が苦笑しながら言った。
車を降りてからあまり歩かなくて良い一等地に紫龍の車は停めてあったのだ。
「あ、あの白のセダンです」
そこには、国産の中堅クラスのセダンタイプの車が停めてあった。

車の右側に行こうとする紫苑に向かって
「あれ堂本君が運転してくれるんですか?」と揶揄した。
「あっ!」
紫龍の運転する左ハンドルの助手席に乗り慣れた紫苑は国産車の運転席の方に向かったのだ。
その動作はさっきの沖田の問いかけを肯定しているようなものだった。
慌てて紫苑は車の左側に移動した。
「すみません・・・」
紫苑は自分の行動が一挙一動墓穴を掘っているようで、情けなかった。

「大丈夫ですよ、そんなに身構えなくても」
緊張した面持ちで助手席に座る紫苑に慰めるような言葉を掛けてから
沖田は車を発進させた。

「あの・・・何処に行くんですか?」
「まぁ黙って着いて来なさい」
「はい・・」
「ところで、今の大卒の初任給は勿論知ってますよね?」
「はい」突然初任給の話などしだした沖田の意図が判らなかったが
4月から新入社員として給料をもらっている、判らないはずが無かった。

「堂本君、その時計は自分で買ったのですか?」
「いえ、祖母が成人の祝いにくれた物です」
「じゃ価格とかは知らないのですか?」
「はい」
普通は貰った物の価格を調べたりするものかもしれないが
祖母から貰った物だし、あまりそういう事に興味のない紫苑は何も知らなかった。

「そうですか・・・社長も同じブランドの時計をしていますよね?」
「はい、偶然ですが・・・」
それは本当に偶然だった。
「あ・・・これって高価な物なんですね・・・」
今更ながら自分が社長クラスの人間と同じ時計をしている事の意味を知った。
「そうですね、普通のサラリーマンじゃ簡単に手が出ませんんね、中型だったら新車が買えますから」
「え・・・」
「200万円はするはずですよ、その時計」
紫苑の腕に巻かれた祖母からの贈り物のカラトラバは見た目も派手では無く、
扱いやすい時計だったから紫苑も愛用していた。

「お祖母様からの贈り物ですか・・・大切な物ですね」
「はい・・・」紫苑は左手に嵌められた時計をそっと押さえた。
『おばあ様、ありがとうございます。大事にします』
紫苑のその言葉に嬉しそうに微笑んだ祖母・・・今は居ない

だがお金に執着の無い紫苑も流石に200万円の価格には驚いた。
「3年4ヶ月分・・・・」
小さく呟いた紫苑に「え?何がですか?」と今度は沖田が聞いてきた。
「食費です・・・月5万円の食費・・3年4ヶ月分なんです200万って」
そう思うと紫苑はこの時計の高価さが判る気がした。

「社長と二人で暮らしているんですよね?二人で5万円の食費?」
「はい・・・」それが多いのか少ないのかも紫苑には判らなかった。
相変わらず買出しはママチャリで駅と反対側の今も千秋が勤めているスーパーに行く。
野菜は採れたての物を紫龍ママから貰って来る。
但し外食の時には紫龍が払う・・・5万円あれば充分だった。

「やりくり上手ですね」と褒められそれは少し嬉しかった。
「今時の若い人は200万と聞けば、車が買えるだのブランドのバッグや服が買えるだのと考えるのですが・・・面白い人ですね」と言われ
「そういうものなんですか?」と紫苑が逆に質問したぐらいだった。

「着きましたよ」紫苑が連れて行かれた先は大きな何屋さんか判らないような店だった。
店頭には一見高価に見える時計が1980円の値段で売られていた。
中に入り見回すと、様々なタイプの時計が並んでいた。
「この辺のがいいかな?」と沖田が取り出したのは国外でも有名な日本のブランドだった。
安い物なら2万円しないである。
沖田の手には白い文字盤のステンレスのごく普通の時計が握られていた。
「ちょっと嵌めてみて」と言われ紫苑は大人しくその時計を嵌めてみた。

慣れないステンの感触が冷たかったが、何となく今時の若者になったような気もした。
「どうですか、こういうのは?」
「はい、いいですね、似合いますか?」
今までの革ベルトよりは装着に便利だった。
「似合いますよ」そう沖田は微笑んで「これにしましょう」と言い
その時計をレジに持って行った。

「あ、僕が・・・」
「これは私からの就職祝いとして受け取ってもらいたいのですが?」
「で・でも・・」
上司になる沖田に時計を買ってもらうのも可笑しな話だと流石の紫苑も辞退するが
「これから貢献してもらうんです・・・安い物ですが、受け取ってはもらえませんか?」
父によく似た目でじっと見つめられると錯覚しそうだった。
「それとも恋人に怒られてしまうかな?」揶揄する言葉に
「本当に頂いていいんですか?」紫苑が遠慮がちに言うと
「勿論です、良かった」と又父に似た笑顔を向けられた。

時計店を出ると「次はスーツを買いましょう、勿論スーツは自腹で買ってもらいますが?」
と沖田が次の買い物の予定を紫苑に告げた。
「スーツなら沢山・・・」と言いかけて自分の体に視線を落とした。
今着ているスーツは名古屋の相田夫人からプレゼントされた物だ・・・
黙り込んだ紫苑に「少し判って来ましたか?堂本君のネクタイ1本と20代のサラリーマンが着ているスーツ1着が同じ位の価格ですよ」と沖田が言った。

「はい・・・」相変わらず紫苑はそのスーツの価格は知らないが、相田夫人の事だ、安い物など贈らないだろうとは察した。

「上から下まで250万近い物を身につけた自分よりも年下の人間に悩みを相談出来ると思いますか?」優しい口調だったが厳しい言葉だった。
その言葉でやっと沖田のこの行動の意味を判った紫苑は、自分が情け無くもあり、そして恥ずかしくもあった。
よくもこんな自分が側面から会社の為になりたいと言えたものだ・・・
改めて紫苑は自分が社会人になったんだ、と思い知らされたのだった。





今11時58分です。
書き始めたのが遅かったのに、2700文字という普段よりもかなり多くなってしまいました^^;

すみません、コメントのお返事遅くなってしまいます。

あ、59分・・・・


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追記  「通りすがりの男」  以前独り言に載せた話です。

紫苑のママチャリの話で、ちょっと思い出したのでこちらにもアプしてみました^^


2-sion.gif


3-sion-2bu.gif


4-eien.gif

箱庭の常連様が文字入れをして下さいました。
沢山パターンを作ってくださったのですが、これに決めました。
ブログバナーではないので、目次に使わせてもらおうと思っています。

ありがとうございました!


紫苑は途中で銀行に寄ってもらうようにお願いした。
以前バイトしていた分、そして深田たちが払う家賃、
そして社会人になってからの給料が振り込まれる口座のキャッシュカードは
いつも財布に入っている。
社会人になっても相変わらず南條弁護士は毎月10万円の生活費を持ってくる。
殆どの現金は部屋に置いてあるので、紫苑は普段は夕飯の買い物をするのに
困らない程度のお金しか持って歩かなかった。

「あの・・・幾ら引き出せばスーツ買えますか?」
紫苑の質問に苦笑しながら
「そうですね、とりあえず5万円程あれば・・・キャッシュで大丈夫ですか?
クレジットカードを持っているのなら、カード払いでも分割でも出来ますが?」
「カードは持ってますが・・まだ使った事は無いです・・・」
自分名義のカードはゴールドだが、今まで使う必要も機会もなかった。

「カード使ってみますか?」
「えっ、はい!」
紫苑は何となくクレジットカードを使う事が大人になったような気分でもあった。
「あ・・・やっぱりキャッシュにします・・・」
紫苑はこのカードが引き落とされる口座を知らない。
自分の給料が振り込まれる口座では無い事だけは、口座開設した時期を考えれば判る。

自分の給料から引き落とされないと、自分で買った事にはならないのだ。
「自分の給料で払います」
「そう、いいことですね」
沖田に褒められて嬉しそうな顔をする紫苑を見ながら
目尻を下げてしまう自分に沖田は少々戸惑った。

『そうか・・この笑顔が過保護の元凶か・・・』苦笑してしまう。

銀行の駐車場に停め「ここで待ってるから」と言う沖田に紫苑が困った顔を見せた。
「あの・・・」
「どうしました?」
「すみません・・銀行でお金を引き出した事が無いんです」
「え・・・・・」この言葉には流石の沖田も驚きの声を上げた。

櫻井紫苑から堂本紫苑への名義変更も全部南條弁護士が手続きしてくれた。
欲しい物は現金でもらう生活費で充分に買えたし、
紫龍と一緒に生活するようになって、今まで以上に紫苑は一般的な生活から離れて行っていた。

「もしかして銀行に来るのも初めてとか?」
「・・・はい」紫苑は自分が社会人として全く機能していない事が恥ずかしかった。
「じゃ給料もまだ使っていないんですか?」
「はい・・・」

その時ポケットの中の携帯が振動した。
一瞬躊躇う紫苑に「出ても良いですよ」と沖田が促した。
着信の液晶を見ると『紫龍』の名前が表示されている。

「・・もしもし」
「今どこだ?」
「えっと・・外です」
「何をしている?」
「えっと・・・・」

そんな紫苑に沖田が横から口を挟んだ。
「ちょっと変わりましょうか?貸して下さい」
紫苑は差し出された手に携帯を渡した。

「もしもし、沖田です」
「何でお前が紫苑と一緒にいる?」
「社会勉強ですよ、それに私は彼の上司ですからね」
「何でお前と社会勉強で外出しなくっちゃならない?」
「たまには無菌室から外に出る事も必要ですよ、じゃ失礼」
最後にきつい一言を残して沖田は紫苑の携帯の電源を切った。

「さて・・」と一言呟くとシートに凭れかかった。
無菌室から連れ出したはいいけど、想像以上の世間知らずにどうしたもんか、と考えていた。
そんな沖田に「僕、一人で行ってきます」
そう紫苑は言うと沖田の返事も聞かずにドアを開け車から降りて行った。

「あ・・、まっいいか・・検討を祈る」そう小さく呟いて紫苑が戻るのを待ってみた。
そしてこの『堂本紫苑』という青年に新たな興味を持った。
15分ほど待ったが帰って来ない紫苑の様子を見に行こうと思って
ドアに手を掛けた時に、向こうから小走りに掛けて来る紫苑の姿を見つけた。

「す・すみません遅くなって」
幾分かその声が弾んでいる事が判って内心ほっとしながら
「大丈夫でしかた?」と聞いてみた。
「はい!最初は少し戸惑いましたが、ちゃんとお金引き出せました」
その顔は緊張から開放され何とも言えない嬉しそうな顔だった。

つい釣られて沖田も嬉しそうな顔になり、はっと我に返った。
『これか・・・』
紫苑が世間知らずで生きてこられた理由が判ったような気がした。

「じゃ行きますか?」
「はい」
そして紫苑が次に連れて行かれたのは、紳士服の量販店だった。
「あ・・・ここ」
そこは紫苑が以前一度だけ来た事があり、あまり良い思い出のない店だった。
「おや、来た事があるんですか?」
「え・・ちょっと以前に・・でも買うのに失敗しました」
「失敗ですか・・・」
何をやらかしたのか聞きたい気持ちを押さえて
「じゃ入りますか?」と紫苑を促して店内に入った。

「凄いですね、スーツ沢山・・」
紫苑は初めて来た時よりも冷静に店内を眺められる自分を感じていた。
そして以前憧れたツルシのスーツを今日買えるんだ、とうきうきしていた。
だからポケットの中の携帯の電源が落とされている事をすっかり忘れていた紫苑だった。

(以前のツルシの話はこちらです、思い出して貼ってみました)




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二人が店内に入ると、さっと上から下へと視線を走らせた店長らしき男が寄って来た。
「いらっしゃいませ、本日はどのような物を?」
そう言いながら近くでスーツの質を観察しているようだった。
「この子に夏用のビジネススーツを」沖田がそう言うと
「畏まりました」と頭を下げ紫苑を案内したのは、オーダー生地のコーナーだった。

「いや、既製品で頼みます」と沖田の言葉を意外そうな顔でもう一度見てから
「こちらへどうぞ」と大量のスーツが掛けられたコーナーへと案内した。

流石プロだと思わせる対応で、紫苑の体に合いそうなサイズを出して
「これなどは如何でしょう?」と紫苑に当てている。
「イヤ、もう少し明るい色がいいでしょう」
沖田の言葉に濃紺から明るめの紺に色が変えられる。

その間、紫苑は珍しそうに店内を見回しているが
「試着してごらん」という沖田の言葉に
「あ、はい」と慌てて答え来ていた背広を脱いだ。
その背広を受け取りながらその店長らしき男は「ほぅ」という目をしたのを沖田は見逃さなかった。
しっかりと紫苑の脱いだ背広のチェックをしていた。

紫苑が試着を繰り返す間、沖田は近くの椅子に座りその様子を眺めていた。
そしていつの間にか脳内で音楽が流れている。
『私はリチャード・ギアか・・・』
苦笑するが脳内の『オー・プリティ・ウーマン』は止むことは無かった。

「これは?」と言う紫苑に首を振ると又試着室に消える。
そして何度目かの時に沖田はにっこり微笑んで「いいですね」と言葉を発した。
『私はリチャード・ギアじゃない・・・』もう一度一人で突っ込みを入れて立ち上がった。
そして自分がリチャード・ギアと全く反対の事をしている事に苦笑した。

「ウエストを詰めますか?」そう聞かれた紫苑は
「大丈夫です・・」生まれて初めてのツルシの服は少し違和感はあったが
それでも自分がやっと本当のサラリーマンになれたような気がして嬉しかった。
「素材が宜しいですから、何を着てもお似合いですね」
とって付けたように店員は言うが、一流のオーダー品に敵う筈もなかった。

「あの、シャツ見てもいいですか?時間大丈夫でしょうか?」
「いいですよ、ゆっくり見て来なさい」
紫苑は沖田がそう答えると嬉しそうな顔をしてシャツ売り場の方に歩いて行った。
そして何かを発見したように、その場から動かない。

「凄い・・・・」
紫苑が足を止め見入ったコーナーは形態安定加工したノンアイロンのシャツのコーナーだった。
「これって、アイロン要らないって事ですよね?」
「そうです」定員の声に「幾らですか?」と聞いた。
「3990円です」
驚いた顔が嬉しそうな顔に変わり店員も釣られて微笑んだ。
「あの、さっきのスーツは?」
「29500円です」

頭の中で紫苑がそろばんを弾いている。
そして紫苑はシャツを選び始めた。
沖田はそんな紫苑に何も言わずにただ眺めていた。
紫苑はシャツを3着選んでから
「あの・・僕のシャツのサイズって判りますか?」
紫苑の問いかけに流石に驚いた顔をした店員が、紫苑の首周りと裄丈を測っている。

『今手にしているシャツは何なんだ?』その言葉を沖田は飲み込んだ。
紫苑は自分のサイズを聞いてシャツを2着選んで
「では、これでお願いします」と定員に渡した。
「あの、こちらの3着はサイズが大きいかと思いますが?」
「あ、いいんです・・それは自分用ではありませんから」
少し照れたような顔で紫苑が答えていた。

「では、49450円になります」そう言われて紫苑は会計で5万円のお金を支払った。
そして帰りの車の中、沖田は気になっていた事を聞いた。
「あのシャツは誰のって聞かなくても判りますが、自分のサイズすら知らない貴方がどうしてそのシャツのサイズを知っているのですか?」
「え・・あぁ・・毎日見ているからですよ」そう微笑む紫苑。

「貴方が社長にシャツを着せているのですか?」
昔は亭主の靴下まで履かせる女房がいたらしいと聞いた事があった。
つい頭の中で、そんな紫苑を想像してしまった沖田だったが
「まさか、しりゅ・・・社長は自分でシャツを着れますよ」
その返答も少しおかしいと思いながらも「ではどうして?」

「アイロンです、毎日アイロン掛けしますから、でもこれで時々手抜きが出来ます」
「毎日って・・そもそもクリーニングには出さないんですか?」
「最初は出していたんですけど、糊加減が合わないみたいで・・・」
『な・なんて我侭な・・・』
それに何十枚も持ってるだろうに、毎日だなんて・・・

紫苑はもうすっかり社長が恋人だと認めているようなものだった・・・
「堂本社長の世話も大変ですね」
「は・・いえ・・・あっ・・・」
すっかり沖田の言葉に乗せられていた自分に気付くが遅かった。
「少し遅くなりましたが、昼食を食べましょう」
「はい」

沖田に連れて行かれたのは、ラフな雰囲気のイタリアンレストランだった。
内心沖田は迷ったのだ・・・
本当はサラリーマンの行くような蕎麦やか、安い値段の定食やか・・・
だけど今日だけは・・と思ってイタリアンに決めたのだ。
自分もかなり甘いかもしれない・・と思いながら。

食事をしながら「今度食べに来る時は蕎麦か何かにしましょうね」そう言うと
紫苑が目を輝かせて「お蕎麦!はい、勉強になります」
どうして蕎麦が勉強になるのか沖田が聞くと
「僕、蕎麦自分で打つんです」はにかみながら紫苑は答えた。
「おや意外ですね、そんな事も出来るんですか・・」
内心全く意外では無いとも思った、毎日ワイシャツにアイロンを掛けて
蕎麦まで打って・・・いったいこの子は?自分の知らない紫苑がまだまだ居る。
もしかして、自分が紫苑を普通のサラリーマンのように変えて行こうとしているのは間違っているのではないか?と思う程だった。

食事が終わると「さあ、あとは本屋に寄って帰りましょう」
本屋に寄ると二人で専門書や関連の本を読み漁った。
凛とした横顔は、さっきまでのふあふあっとした優しい顔では無く真剣で厳しい顔だった。
『この子は良いカウンセラーになる』沖田が確信した瞬間でもあった。

購入する本選びは楽しかった、経費で落ちるからと言う沖田に安心して
紫苑は本選びに専念した。
好きな事をしている時間はあっという間に過ぎる。
随分と長い時間を本屋で過ごしたようだった。

「堂本君、もう5時過ぎてしまいました。」沖田が失敗したという顔で紫苑に声を掛けた。
「え、もう?」
「君はこのまま帰ってもいいですよ」そう言ってから紫苑の荷物を考えて
「荷物が多いですから、私が送りましょう」と沖田が言った。
「いえ、大丈夫です」遠慮する紫苑に
「今回だけですから」と沖田は肩を竦め笑った。

釣られた紫苑も笑顔で「すみません、ではお願いします」と答える。
実際ここからなら車で帰った方が断然早い。
そして紫苑を送っていく途中で沖田が口を開いた。

「そろそろ、携帯の電源を入れておいた方がいいですよ」と。
「え・・っ?」電源が落としてある事など知らない紫苑の顔がみるみる青褪める。
昼までにメールを返信してと言われていたのも忘れてた上に
電源も入ってなかったとなると・・・

『どうしよう・・・怒ってるかな?』紫苑がそう思っている頃に
5時になっても会社に戻って来ない、連絡も取れない紫苑を心配しながらも怒っていた紫龍が「堪忍袋の緒が切れた」と繋がらない携帯を憎らしそうに睨んで呟いた。

「沖田部長代理には電話されたんですか?」浅田の冷静な言葉に
「あ・・・」と情けない声を漏らした紫龍だった。




3016文字・・・何だか日々長くなってくるような気がする^^
そのうち長すぎる!って苦情が来るかもしれない(笑)


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