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僕の背に口付けを 序章「-雅-」1

 07, 2011 00:00
「おい、ちょっと待ってよ」
「俺はもう決めたんだ!」
「僕に一言ぐらい相談してくれてもいいだろう?」
「お前が反対しても、俺の決心は変わらないから」

急ぎ足で歩く雅の後を追って歩いていた優希の足が、止まった。
「別に反対なんかしないけど……でも」
大学を辞める事を知人の口から聞くまで優希は知らなかった。
自分が雅の一番近くにいる人間だと思っていた。

「……やっぱり雅は僕の事、汚いって思っているんだね」
数歩前を歩いていた雅が戻って来て、優希の腕を乱暴に掴んだ。
「ふざけんじゃないぞ!誰がそんな事言った?」
ただでさえ、無愛想で冷たいイメージなのに、それが怒ったら身が竦むようだった。

だけど優希もここで負ける訳には行かない。
「あぁもういいよ、僕これから新宿にでも行って、慰めてくれる人でも探すから」
投げやりな言い方に雅が、その腕を放し「勝手にしろ!」そう言って、又足早に去って行った。

「……雅」残された優希は、もうこんな苦しい恋は止めよう……そう思って、ひとりトボトボ歩き出した。
門を潜って右に曲がると駅がある。新宿に行くのなら右に曲がらなくてはならない。
そして左に曲がると、自分が借りているアパートがある。だが優希は、ゆっくりと左に曲がって歩き出した。一分程歩くと、そこには塀に凭れて煙草を吸っている雅が居た。
「ま・雅……」
煙たそうな顔でふーっと紫煙を吐く雅に、「遅いぞ」と一言だけ言われた。
「うん……」そして優希は、ただ黙って雅の後をついて歩いた。

そして着いた先は優希のアパートだった。
「じゃあな」雅が片手を挙げて何でもないように別れの言葉を吐いた。
「……うんじゃあ」
このまま帰ろうとしている好きな男を止める言葉を優希は持ってなかった。
ぽろっと頬に冷たい物を感じ、自分が泣いている事に気づいた。そんな優希を見ていた雅が近づいて来て「全く面倒くさい奴だなぁ」と溜息を吐くように呟いた。

泣いた事を誤魔化すように優希は「アハッ……」とおどけて笑って「じゃ」と片手を挙げた。
「ちっ!」と雅の小さな舌打ちが聞こえ、打ちのめされる。
雅に背中を向けアパートの階段に足を掛けた時に「来い!」と腕を引かれ、雅に引き摺られる様に歩いた。

通りまで出ると、雅はやっと優希の腕を離し、そしてタクシーを留めた。「渋谷まで」一言だけ命令するように運転手に言うと、後は面倒くさそうな顔で又黙った。
優希も黙って雅の後に続いてタクシーに乗り込んだ。

タクシーを降りた雅は優希に何か言う事も無く、すたすたと歩き出した。その通りには点々とホテルが立ち並んでいた。
躊躇いもせずに雅がその中のひとつのホテルのビニールの暖簾を潜った。慣れた風に小さな窓を覗いて「泊まり」とだけ無愛想に言った。

会計を済ませた雅は部屋のキーを受け取り、エレベーターに乗り込む。
『早く来いよ』目がそう語っている。優希は雅の後に続き、雅と並んでその箱に納まった。

「此処か」部屋の番号を確認し、キーを差込み雅は扉を開けた。
優希はラブホテルなんて来るのは生まれて初めてだ……
だが一方慣れているような雅に少し気持ちが沈んでしまう。
「ビール飲むか?」
備え付けの冷蔵庫から缶ビールを出し、優希に尋ねる。
優希は黙って頷いた。酒でも飲まなければ……この状況に付いていけないような気がしていた。

缶ビールのプルトップをいい音をたて雅が開けた。ごくごくっと小気味良く喉が上下している。
早々に一缶飲み干すと、「シャワー浴びてくる」と言う雅に「どうして此処に来たの?」と思い切って尋ねてみた。その答えを聞かないと、優希はもう一歩も先に進めない気がした。

「お前を抱くためだ」潔い言葉に眩暈がしそうだった。
それだけ言うと、雅はシャワーを浴びに部屋を出て行く。
『お前を抱くためだ……』その言葉が優希の頭の中でリフレインしている。
五分もすると雅が腰にタオルを巻いた姿で出てきた。

「お前も入るか?」
「う……うん」優希は縺れるような足取りで浴室に向かった。
優希はシャワーを浴びながら自分の震える体を抱きしめた。
好きな男に抱かれる喜びと怖さ……
それでも優希は、自分が雑誌とかで得た情報の全てを思い起こし準備をした。
受け入れる器官では無い所に受け入れる準備を―――

優希も雅と同じように腰にタオルを巻いてシャワー室から出た。
だいぶ時間が掛かっただろうけど、それに対して雅が文句を言う事はなかった。
優希は、雅が腰掛けるソファの隣に腰を降ろした。
「優希、腹は減ってないか?」
こんな状況で腹が減っていても食べられる訳は無い。
「大丈夫……」と小さく返事をした。

「そうか……来いよ」雅が先に立ってベッドに向かった。
優希は温くなったビールを一口飲み、その後に続いた。

雅はベッドの縁に腰掛けているが、優希はベッドに上がって座った。
「優希……俺は彫り物師になる」
雅が大学を中退する理由も勿論それだった。
優希は雅がずっとその世界に憧れていたのも、そして勉強していたのも知っている。
「うん……」

「やっと弟子入りが認められた」
ずっと弟子にして欲しいと通っていたのも知っていた。
「うん……良かったな」
「ああ、だがこれで喰って行けるまで何年掛かるか判らない」
「厳しい世界だものな……」
「別に俺がヤクザになるわけじゃないが、ヤクザな世界に足を突っ込むのは確かだ」

それはそうだ、刺青なんて素人が入れる筈は無い。ヤクザ者と繋がりが出来てもそれは仕方ない。
「俺の傍に居たって何もいい事なんか無いぞ」
「別にいい事なんか望んでいない……ただ……」
「危険な目に合うかもしれないぞ」
「別に危険な目に合うのは素人だって同じだ」

そう言うと優希は一年前の忌まわしい事件を思い出し眉間に皺を寄せた。
女に纏わり付かれるのが嫌で、大学に入ると早々にゲイである事をカムアウトした。
告白してくる女を傷付けないで断るには、これが一番効果あった。
だが、そういう噂はあっという間に大学中に知れ渡る。

「別に本当の事だからいいや」くらいにしか思ってなかったし、逆に密かに自分もゲイである事を優希に打ち明けて来る奴もいた。ある日、優希は「好きな奴が男だ、相談に乗ってくれ」と言われ自分で判る事があれば、とその先輩のマンションに付いて行った。

「緊張しているから飲んでもいいか?」と聞かれ承諾をすると、優希にもビールを勧めて来た。優希は一杯だけと言って、そのビールに口を付けた。

その後優希はいつの間にか意識を失い、気が付いた時には全裸に剥かれ、ベッドに四肢を拘束された状態だった。




■同人誌掲載分ですが、ブログに再アップする際にもう一度加筆修正しました。
粗が多くて、本当に申し訳ございません!

本日は帰宅が遅く「悲願花」の更新が出来ませんでしたので、
「雅」を急遽アップしました。明日以降「悲願花」の更新が出来ても
毎日「雅」は上げて行きます。

「僕の背に口付けを」が下げたままで、読みたいというメールも頂くのですが、
今回は「雅」を先に上げる事にしました。ご理解お願い致します!
(文字数に関係なく、内容で区切りを入れて行きます)


スミマセン^^一応貼ってもいいですか?……
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僕の背に口付けを 序章「-雅-」2

 08, 2011 22:59
「目が覚めた?」そう声を掛けてきたのは、さっきまでオドオドと、真面目な青年を装っていた男だった。
「ちょっと、先輩これ何ですか?放して下さい!」
優希が身を捩って逃れようとするが、両手両足に填まった手錠のような物はガチャガチャと音をたてるだけで、ビクともしなかった。
「良かったよ、君が簡単に罠に嵌ってくれて」
「……信じられない」こういう事をするこの男も、簡単に罠に嵌る自分も。
「こんな事して、何をしたいんですか?」

優希の質問に呆れたような顔で「やる事は決まっているだろ?君だって本当は望んでいる筈だ」
確信を持ったような物言いに「冗談じゃない!僕が望んでいるのはお前じゃない!」
そう叫んだが、その男はそんな事は全く気にならない様子で「僕はずっと君みたいな綺麗な男の体が欲しかったんだよ」と微笑んだ。

「あんたはオカシイ!」と優希はもう一度叫んだが「君の体もおかしくしてあげるから」とその男は口角を上げた。
「止めろ、今すぐこの鎖を外してくれたら不問にするからっ!」
男は優希の悲痛な叫びには答えず、ベッドの空いているスペースに腰を降ろして来た。

手には何かの瓶を持っている。それを優希の胸の上で傾けた。
「ひっ!」冷たい液が優希の胸の突起に掛かる。
その液を胸に塗り付けるように、その突起の周りを指で撫でられた。

「やめろっ!気持ち悪い!」
「こういう優しいのは嫌い?もっと痛い方がいいのかな?」
そう言われて、優希は身が竦んだ。


男は優希の体を、玩具を使って弄り続けた。だが玩具を抜き取り男の熱い性器が宛がわれた時に優希は激しく抵抗を見せた。
「やだっ……やめろっ……お前のなんか入れるな!!」
まだ玩具の方がマシだ、好きでもない男の熱など受け入れたくは無い。

唇を噛み締め、目を瞑ると好きな男の顔が浮かぶ。
(雅……雅……)
心の中で好きな男の名を呼んだ時に、体に違う男の熱い楔が押し入って来た。
「ああ――――っ!」
メリメリと音をたてながら挿入されるそれは、体の痛みよりも優希の心に大きな傷を作った。
抵抗出来ない体は、時間をかけその男の全部を銜え込んだ。


その次に優希が目を覚ました時には、四肢の拘束は解かれてはいたが、今度は後ろ手に腕が拘束されていて、男は優希の腰を掴み、激しい抽挿を繰り返していた。
「ああぁぁぁ……もうだめ……」
「駄目じゃないよ、中凄い……熱くて蕩けそうだ……」

何度気を失っても優希が目覚める時は、男と繋がっているか玩具が挿入されているかの、どちらかだった。
「もっ……やめて、お願い……」抵抗する声も弱弱しい。もう心も体も限界だった。

「うっ!」小さく呻いて男が優希の中で果てる。
いったい何回分の精液が自分の体の中には溜まっているのだろうか?朦朧とする頭はそんな事を考えていた。
ずるっと男の物が引き抜かれた。そしてその感覚に優希も何度目か判らない精を放った。

(もう目が覚めなくてもいいです……雅ごめん……愛しているよ)
今一番望む事はこのまま死んでしまう事だった。
そう思いながら、優希は又意識を手放した。



次に目が覚めた時、優希は後孔に異物感がない事に安堵して目を開けた。
「えっ……?まさ……」
「おう気が付いたか……」
「ははっ、ここは地獄?あぁでも雅が居るから天国かな?」
力なく言う優希に向かって雅が「俺と一緒なら天国でも地獄でも構わないだろう?」と言う。

そう言われて「そうだね……」と答えたような気がした。そしてまた優希は深い眠りに堕ちて行った。

(今日は何日?あの悪魔のような男はどうしたんだろう?イヤあれは夢だったのかもしれない。)
だけど、体に感じる鈍痛と、左手に刺された点滴の針が、事実だった事を優希に教えてくれた。

「優希……大丈夫か?」珍しく雅が優しい言葉を掛けてくれる。
「ここは?」
「俺のアパートだ」
「僕はどうして此処に?あの男は?」
「全く質問の多い奴だな……」雅が眉間に皺を寄せながら答えた。

「あの男の事はもう忘れろ、もうお前の前には現れる事は無いから」
優希は雅がそう言うなら、もう何も聞かないでおこうと思った。
雅の手が優希の額に触れた。
「熱も下がったようだ」その声に深い安堵の色を見た。
「僕はどの位眠っていたの?」と優希が聞いた。

「此処に連れて来てからは三日だ、お前が行方不明になっていたのは二日間だ」
「そう……」優希は二日もあの男に拘束され暴行されていた事を知った。
どういう風に助けられ、あの男がどうなったのか……もうどうでも良かった。
ただ今目の前に居る雅だけが全てで、現実だったからだ。

「おかゆ食えるか?」
「ん……」
「点滴で痛み止めと栄養剤は投与してもらった」
知り合いの医師を引っ張ってきたから大丈夫だと、付け加えられた。
「雅……ごめん迷惑かけて」

「ああ」もういつもの無愛想な雅に戻っていた、逆に優希はそれが嬉しかった。
下手に同情されるのも辛かった。でも、もう少しだけ甘えてみたかった。「雅……おかゆ食べたい」と。

あの日から一年が過ぎて、優希と雅はそれでも友達を続けていた。
嫌われては居ないと思ってはいたが、それが男同士の友情なのか、もっと違う意味の情愛なのかは判らない。
―――聞くのが怖かった。



「大丈夫か?」
今、優希は渋谷のラブホテルで雅と向き合っている。
「俺と一緒だと地獄見る日が来るかもしれないぞ」
これが最後と言うような雅の言葉だった。

「あの日……あの日『天国でも地獄でも俺と一緒なら構わないだろう』そう言ったのは雅だ」
優希の言葉に「お前覚えていたのか?」と驚いた目を向けた。
「あ…当たり前だ……あんな事言われて忘れられる訳が無いだろう」

雅がふっと口元を緩めた。
優希は、そんな雅の顔が大好きだった。
「雅こそ大丈夫?僕を本当に抱ける?」優希のその言葉には色々な意味が含まれていた。

「ああ」
「男だし……それに……」
「男だろうが女だろうが、優希だから抱けるんだ」
「雅……ありがとう……僕初めてじゃなくてゴメン……」
「愛の無いSEXはSEXのうちに入らないんだよ」
「……まさ」

もう黙れと言わんばかりに雅の唇が優希に重なる。
その熱を感じながら、優希は黙って目を閉じた。


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■すみません、昨日はPCを開く間もなく寝落ちしてしまいました。
昨日分の更新です。
3話は急いで準備して0時に間に合わそうと思っております。

2話の内容が少し変わっています。
優希が男に凌辱される部分を1000文字程削除しました。
ずっとこの部分に違和感がありました。だから思い切って削除です。

かと言っても凌辱された事実は変わらないんですが……

僕の背に口付けを 序章「-雅-」3

 09, 2011 00:23
「はうっ……」
十分に解された後孔だったけど、雅のそれを受け入れるにはかなり苦しかった。
ゆっくりと労わるように、そして傷付けぬように雅が体を沈めてきた。

「ああっ……っ」
優希の呻き声にも止まる事の無い挿入に、雅の覚悟を感じた。
一度決めたら手は抜かない……雅らしい繋がり方だった。
慎重に優希の体を味わうように埋め込まれる。

無意識に体は抗うが、心はこれ以上に無いほどの喜びを感じていた。
雅の動きが止まって、全てを受け入れた事が判った。
「はぁ……っ」優希がやっと息を吐き出せた。
本当は吐きながらの方が体は楽だと知識では知っていたが、そんな事は緊張している体が言う事を聞いてくれはしない。

「優希、お前の肌は綺麗だな、きめ細かくて吸い付くようだ」
世辞など言わない男だ、きっと本当に綺麗なのだろうと優希は、他人事のように思った。
「雅……気持ちいい」甘い言葉を吐いたが「嘘を吐くな……まだ苦しいのだろ?」見透かされる。
「ち…違うよ……体はまだ辛いけど……心が気持ちいいんだよ」
「そうか、俺はどっちも気持ちいい」そんな雅の言葉に腰がズクンと疼いた。
「雅……動かないの?動いていいよ」
そう優希が言うと、「いやまだだ、もう少しお前を味わっていたい……どんだけ俺が待ったと思うんだ?」
「雅……待っていてくれたんだ……」
待っていたと言われて嬉しいが、申し訳ないという気持ちの方が大きかった。
「そんな顔をするな、これは俺なりのケジメだ」そう言うと雅はゆっくりと腰を引いた。

「あぁぁ……っ……あぁ雅ぁ……」
中の熱い内壁を擦られて、繋がっているという実感が一層深まった。
「雅ぁ……あぁぁぁ、嬉しい、やっと雅と……あぁっ」
好きな男と繋がる事がこんなに気持ち良く、そして嬉しい事だと初めて知った。

何度も抽送され優希も限界に来ていた。
「あぁっ……雅もうイキたい……」
自分の性器に手を伸ばしたが、それは雅に阻止された。
「俺の手でイかせてやるよ」
そう囁くように言うと、雅は優希の性器を扱き始めた。
そんな事をされたら、優希はもう堪らない。
後ろを貫かれ、前も扱かれる……この喜びを与えるのは全部好きな男の体だ。
「あああああぁぁぁ……雅っ!イクッ!」優希の嬌声に雅の動きも速くなった。
「もっ……もっ」喘ぐ優希に雅が「優希、一度しか言わないから良く聞け」

その言葉に優希は自分で根元を掴んでイクのを我慢した。
そんな優希に一瞬口元を緩めた雅が「優希、お前を愛している」と囁いた。
その瞬間緩んだ手が、自分の吐き出した熱い白濁を感じた。

「雅……」多分この男の口からその言葉を聞く事は、一生ないだろうと思った。
嬉しくて、嬉しくて優希は零れる涙を止める事が出来なかった。
その間も優希の体はドクンドクンと精液を吐き出しながら痙攣していた。
「器用な奴だな、射精しながら泣いて……」雅に揶揄されてしまう。
「だ…だって雅があんな事言うとは思わないから……」
「ああ一生に一度だけだ……俺もイクぞ」
そう言うと、優希の腰を掴んで抽挿を激しいものに変えて行った。

「あああぁぁぁ……雅っまだっ……あ―――っ」
雅の動きにイったばかりの優希の体が反応し始める。
「ああっ……あっ……あっ……あぁぁ……雅ぁ……又イクッ!」
「優希一緒にイクぞ」
雅が大きく抜けるギリギリまで中の物を抜き、そして勢い良く腰を打ちつけた。
「あ――――――ぁぁイク――ッ」
吐き出される熱い物を中に感じながら優希も又精を吐き出した。

その後体位を変えながらも何度も繋がった。
何かにとり憑かれたように二人は抱き合った。
次の朝ホテルを出た時に本当に太陽が黄色く見えた。雅もそう感じたんだろう。
「太陽が黄色く見えるなぁ……」感心したように呟いている。
「ほら、帰るぞ」と一言だけ優希に声を掛け歩き出した。


雅の広い背中を見ながら歩いた、優希二十歳の朝だった。

あの日から七年優希は相変わらず雅と付き合っていた。


優希は大学を卒業し銀行に勤務している。雅はまだ修行の身だ。
忙しい雅と会えるのは週に一度くらいだったが、雅の修行を邪魔する事はしたくなかった。
雅の部屋で会う事は殆ど無かった。体が空いた時に雅が訪ねて来る。それでも優希は充分満足した生活を送っていた。

そんな週末珍しく高揚した顔で雅がやって来た。
「優希、俺は独立する」と、きっぱりと言い切った。
「雅……」その言葉は雅の修行が終わった事を意味している。

「雅おめでとう……終わったんだね」
「ああ」
七年という修行期間は短いのか長いのかは優希には判らないが、雅のことだ納得した技術を身に付けたのだろう。

その夜雅は激しく優希を貫いた。
馴染んだ体は、優希の良い所も全部知っている。
「はぁ……っ雅……」
後ろから貫いていた雅が背骨に沿って何度も口付けを落として来た。
敏感になった体はその感触だけでも震えてしまう。

「まさ……もっと……」
その言葉に雅が優希の体を仰向けにひっくり返す。
「あぁぁ」
体の中で雅の性器がぐるっと回る。
「優希……気持ち良さそうだな」揶揄する口元には余裕の笑みが浮かんでいる。

腹に付きそうな優希の性器を握られ、優希は直ぐにもイキそうになってしまう。
「まさぁ……凄くいい……」
ゆっくりと抜き差ししながら、その動きに合わせるように手で扱かれる。
「あああぁぁぁ……気持ちイイ……」
「ああ、俺もだ」
「もうイク……」
だが雅の手はその言葉に逆らうように、優希の性器の根元をぐっと締め付けた。
「やぁあ……ダメ……雅イキたい……」
「もう少し我慢しろ」
雅は優希の放出を堰き止め、そして激しく腰を動かし始めた。

「あああぁぁぁ……雅ぁ!」
イケない性器の感覚が後孔に流れてしまう。後ろだけが快感を捜し求める。
「あああ――――っ、まさぁ―――」優希は頭が真っ白になり呼吸が荒くなった。
「雅!イクッ!あああ………」

後孔が激しくうねっているのが自分でも判る。
「優希……」雅の声も熱っぽく、それが又自分の快感に新しい火を点ける。
優希の腰は自分の意思に反して、上下に動いてしまう。
「ああぁぁぁ……雅……気持ちイイ……」

蠢く中を味わった後に雅が動き出した。
まだ開放されない優希は、もう苦しくて……そしてその苦しさが又絶頂へと繋がる。
「あぁ雅……又イク――」
何度かそれを繰り返した後、やっと開放された優希の性器からはいつまでも精液が零れ続けた。
「雅……愛している」優希は意識を手放す前にそう言ったような気がするが、雅はあの初めての日以来優希にそんな甘い言葉を吐く事は無かった。
だが優希を見る目を見れば、言わなくても判る。

翌朝、優希はだるい体を労わりながら、朝飯の仕度をした。
「いい匂いだ……」味噌汁の匂いに釣られて、雅が台所に顔を出した。
嬉しそうに眼鏡の奥の目が笑っている。
そんな顔を見ただけで優希は幸せだった。

その夜雅が帰った後、優希は会社に辞職願を書いた。
雅にはまだ話すつもりは無い。雅が怒る事は承知の上だ、だけど優希の決意は変わらない。

―――ただ優希は雅の初めてになりたいだけだった。

雅は中古の一軒家を借りて引越しを済ませた。
それに合わせて優希もその近所にアパートを借りて引っ越した。本当は雅と一緒に住みたい……だけど絶対駄目だと言われるのを判っていたから口に出す事はしなかった。
これから雅の所に出入りする人種を考えれば、雅の考えも充分理解できる。

引越し後の掃除も兼ねて珍しく雅の家に行った。沢山の絵画や風景、刺青の本や写真集までもある。優希は雅の描いたデザイン画を色々眺めていた。

「僕はやっぱりこれが好きだな……」
それは牙をむき鋭い目で天に昇る竜の姿だった。
そんな優希を一瞥し「好きだなぁ」と呆れたように雅は苦笑いをしていた。

優希はその竜は雅に似ていると思っていた。
目的に向かって脇目も振らずに突き進む姿が、雅と同じだと優希は思っていた。
夕飯の後、和室で酒を飲んでいる雅の前に優希は座る。
そして用意していた茶封筒を雅の前に差し出した。
「何だ、これは?」
その封筒の形で中を想像できたのだろう……雅の目が途端に厳しくなった。

「雅……俺に刺青を彫って……」
「!」
「俺に竜の絵を……」


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僕の背に口付けを 序章「-雅-」4

 10, 2011 08:13
「雅…俺に刺青を彫って……」
「!」
「俺に竜の絵を……」

そこまで言った時に、雅に突然胸倉を掴まれた。
「ふざけんじゃねぇよ!」
雅が本気で凄く怒っているのが判るが、優希も引くつもりは無かった。
雅は、優希の真剣な目を見て、掴んだ手を乱暴に離した。
「真面目な銀行員が刺青?馬鹿な事言っているんじゃねぇ」

「銀行は半年前に辞めたよ、今は不動産会社の契約社員だ」
優希は雅が独立を決めた翌日に退職願いを提出し、そしてひと月後に退職した。
その後、銀行員時代に取得した「宅地建物取引業主任者」の資格を生かして不動産会社に再就職した。
これは全て優希の計画通り高度成長期の波に乗り、不動産関連の会社は人手不足の上、契約に立ち会える主任者が不足していた。
名義貸しは違法だ……だから名義と共に契約時に立ち会うなどの約束の上、優希は月十五万円の報酬に加え、分譲物件の成立の際の歩合で不動産会社と契約した。
表向きは正社員だが、優希は自由な時間が必要だったから実質契約社員という形をとった。

バブルの今、分譲も土地も凄い勢いで売れるから、優希の歩合もかなりの金額になる。
賞与は無いが、銀行員時代よりも年収は上がるだろう……


「銀行を辞めた?お前はいったい何を考えている?」
「俺はちゃんと考えているよ、俺の今までの全ての行動は、今日のこの日の為だったんだ」
優希は雅が彫師になると決めた時から、自分の人生設計を組み替えた。

「駄目だ!」
「雅っ!」

そして同じやり取りがひと月も続いた。
「ああぁぁ…雅……」
後ろから雅に貫かれている。久しぶりの交わりだった。
あの日以来雅は優希を抱こうとしなかった。

「あぁ――――っ、まさっ」熱い昂ぶりが何度も抜き差しされる。
直ぐにでも射精しそうだったが、今夜の優希の性器はしっかりと紐で縛られていた。
それなのに雅は中の良い所を集中的に突いてくる。

「やだぁ………雅っ…もうイカせて――」
それでも自分の腰が貪欲に動き、もっと雅を感じようとしている。
「ああぁぁぁぁ…ああぁぁあ………」
雅の手が優希の腰に固く回され優希の腰を引きながら、そして自分の腰を激しく打ち付けた。

優希の、目の奥で火花が弾ける。
「あああ―――イクッ!まさぁ――イク―――」
どっくん、どっくんと内壁が蠢いている。痙攣しながら雅の芯をギュウギュウ締め付けて、雅の芯の硬さを再認識してしまう。
「まさぁ…ああぁぁぁ……」
一度後ろだけで達したら後は、ほんの少しの刺激……背中を撫で回す雅の手の平にも感じてしまう。

「……痛いぞ」ぽつんと雅が呟いた。
「…………」
「半年近くはかかるぞ」
「…………」
「この綺麗な肌が隠れてしまうぞ」
「………いい雅が覚えていてくれるのならいい」

初めて雅に抱かれた時に肌が綺麗だと囁かれたのがついこの前のような気がする。
「彫り終わるまで、抱かないぞ……」
「………うん」優希はそう言われるような気がしていた。

そこまで言うと雅は背中のいたる所を舐めるようにキスし、そして優希を堰き止めている紐をそっと解いた。
大きく腰を抜かれ、求めるように腰が動いてしまう。
その途端激しく突き上げられ、優希は悲鳴のような声を上げ、触れてもいない性器から白濁を放ちながら、何度目か判らない程の絶頂を迎えた。

――――優希二十八歳、熱くて長い夜だった。


それから三日後に優希は雅の初めての客になった。
布団の上で腹ばいになる優希の背中に針が刺さる。
「うっ」覚悟はしていたものの、やはり呻き声が漏れてしまう。
「止めるなら今だぞ」揶揄するような雅の声に、優希は大きく被りを振った。

普通は褌を締めるそうだが、何故か優希の場合は全裸だった。
その事を言うと「今更」それだけが返って来た。
たったそれだけの事なのに、自分は特別だという気がして優希は嬉しくなる。

呻き声が漏れないように、タオルを咥える事も覚えた。
腫れ具合や体調を見ながらゆっくりと進められて行く。
だが二週間程経つ頃に自分が全裸だった事を後悔した。
二週間以上の禁欲生活だ、シーツに押し付けられ擦られるペニスが反応しだした。
背中に圧が掛かるたびに刺激も強くなる。

そんな優希の状況を知っているのか知らないのか雅は、足を広げさせその間に体を置いて彫って行く。そして関係ないのに、時々尻の肉を撫でるように掴んだりする。
「雅っ……」
「どうした?」と雅が惚けた声を出す。
「何でも無い……」声が上擦っているのが自分でも判った。
「今日は此処までだ」背中に滲んだ血を拭きながら雅が声を掛けた。
「えっ?」今日は時間の経つのが早かった気がする。
下半身の事情に気をとられていたせいか、普段よりも痛みを感じなかった。

だが直ぐに起き上がれない事情の優希に向かって雅が声を掛けた。
「何時まで寝ているつもりだ?」
―――絶対に気づいている。
「もう少し休んでいる……」優希はそう答えるしか無かった。

だが優希は、腹の下で熱を持っているペニスを持て余してしまう。
「辛いか?」雅の突然の言葉に驚いて顔を見上げた。
「いや…もう痛みにも慣れた……というか麻痺してきた?」
そう答えると、雅は「そうか」と言いながら何故か優希の尻をまた撫でている。

「あ……っ」今はそれだけの刺激でも止めて欲しかった。
尻を撫で回されるだけで、腹の下の芯が固さを増してしまう。
「雅…やめっ……あっ」雅の手が太腿の内側に下りて来て、優希は我慢できずに甘い声を漏らしてしまった。
「優希……辛いなら出せ」

雅がさっき辛いか?と聞いてきたのは……こっちの事か?
それに気づいた途端、顔が熱くなり耳まで赤くなってしまうのが自分でも判った。
「……いい、全て終わるまで我慢する………」優希の言葉に雅がふっと小さく笑った。

そして四ヶ月後「終わりだ」と言う雅の言葉を背中で聞いた。
優希は雅の「全部彫り終わるまで見るな」と言う約束を守っていた。
そして終わりの言葉から更に一週間待たされた。
瘡蓋や腫れがあるから、まだ駄目だという事だった。
その間も保湿クリームや痒み止めなどのケアで毎日雅の家に通った。

その日の夕方優希が訪ねて行くと、三枚の大きな姿見が用意してあった。
(いよいよだ……)優希は、体が奮える思いだった。

「脱いで」雅の言葉に操られるように優希は、衣服を脱いで行く。
最後の下着で躊躇っていると「全部だ」と雅は無表情で言い放った。
今更だが、こういう状態で全裸になるのも恥ずかしい気がした。

ライトが姿見を照らし、雅は優希をその前に連れて行く。
「えっ?」
優希は自分の目を疑った……竜じゃない!
驚いて雅の顔を見ると「お前に竜は似合わない」と一言だけ言われた。
優希の背中に描かれたのは装飾を一切施さない抜き彫りの観音菩薩像だった。

彫っている最中に「肩とか腕は?」と聞いた事があった。
「お前はヤクザ者じゃないんだから、そこまで入れる必要は無い」と素っ気無く言われていた。
そして、その背に彫られた観音菩薩は、凛とした佇まいで全てを見透かすような雰囲気の、芸術と呼ぶ方が相応しいものだった。

「雅?どうして?」
「目には見えないが、俺の背中には竜が居ると思ってくれ」
「雅の背中は竜……?」
「そうだ、お前が一番好きな竜は俺の背中にある……そんな俺をお前に見守っていて欲しい……」

優希はその言葉を聞いて、もう一度ゆっくりと自分の背中が映る鏡を見た。
すると、ある一点に目が行った………近づいてもう一度確認するようによく見た。
「雅……これは?」
「何か文句があるか?」そう言った雅は普段あまり見せない、照れたような少し拗ねたような……出逢った頃の雅の顔だった。

『彫雅命』
それを指でなぞってみた……優希は、もう零れる涙を止める事は出来なかった。
「雅……」
「来い」
その言葉に導かれ優希は雅の胸に倒れこんだ。

四ヶ月半振りに雅に抱かれた。お互いに貪る様に抱き合った。
「あああぁ……雅」
突き上げられる度に嬌声が漏れる。
優希は雅と出会って丁度十年………身も心も深く繋がった夜だった。


頑固な雅は客を選び過ぎているような気がする。
「半端もんには彫りたくない……最初にそんな奴に彫ったら、後もずっとそんな奴ばかりだ」
そう言い続けた雅が、本当の意味で初めての客を迎えたのはそれから二年後だった。



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僕の背に口付けを 序章「-雅-」5

 10, 2011 09:13
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「豊川正樹……」雅は流石に今までのように、この男を見ただけで追い返すような事はしなかった。
優希の目から見ても、今まで来た奴らとは風格が違うのが判る。
だが雅は一度で決めるような事はしなかった。
そして雅はその男が初めて訪ねて来た日からひと月後に答を出した。
「昇り竜と観音様以外なら」
「風神雷神で」

豊川正樹のその言葉に雅がにやりと笑い、雅の予想通りの注文に優希が驚いた。
それから見切りのデザインや長さや詰めた話になったので優希は席を外し、簡単な酒の仕度をしてから自分のアパートに戻った。
雅はあの豊川という男を皮切りに昇って行くだろうと思った。

一時間程して雅が突然アパートに訪ねて来た。
「雅…あの人は?」
「もう帰った、明日から忙しくなる」
やはり気に入った男に彫れるのは嬉しいらしい、雅が珍しく興奮していた。

靴も脱いでいないのに、優希の腕を取り引き寄せて唇を重ねて来た。
「優希……見ていてくれ」雅が耳元で熱く囁き、返事をする前に又激しく絡める口付けを落とされた。


それから半年かけて彫られた風神雷神は、素人の優希が見ても素晴らしい彫り物だと判った。腰に彫られた落款は『彫雅壱』となっていた。
そしてその夜雅がぽつっと言葉を吐いた。

「一緒に暮らすか?」と。
「え……っ?」思ってもいなかった言葉だった。
「嫌か?」
「い、嫌じゃない……本当に良いの?」信じられないで優希がそう聞いた。
「ああ…お互いもう三十だ、そろそろ身を固めないとな」
「あはは…プロポーズみたいだな……」優希は力なくそう言ってみた。

「プロポーズなら二年前に済ませてある」
そう言いながら、雅は優希のシャツを脱がせにかかった。
「あ…雅何?」
唖然としている間にズボンまで脱がされ、慌てて抑えるが雅の力に優希が適う筈も無かった。

「あ、馬鹿……恥ずかしいだろっ」
薄暗い部屋の布団の上ならまだしも、和室の明るい電灯の下、流石に恥ずかしいものがあった。
そんな優希を後ろから雅が抱きしめた。
「お前の背中には何が彫ってある?」
何故今更そんな事を聞くのだろうと訝しく思いながらも、雅の指が触れた先が熱くなった。

「『彫雅命』……」
「その意味も判らなかったのか?」雅が呆れたように言った。
「だ・だって……」それが優希個人に対してのメッセージだとは思いたかったが、思わないようにもして来た。


雅の前に松田と名乗る男が現れたのは、それから半年程してからだった。
三十半ばの恰幅の良い男だった。表の黒塗りの車の多さを見れば、言わずともその立場が判る。
三度目に訪れた時に雅は和室に通した。そして座卓の上に一枚のデザイン画を伏せて置く。
「昇り竜と観音菩薩以外で、この絵と一致すれば……」
とんでもない提案に優希は驚いたが、松田という男はにやっと笑っただけだった。

男はゆっくり口を開いた。
「唐獅子と牡丹で……」
雅がゆっくりとそのデザイン画を表に返すと、松田が又にやっと笑って、右手を差し出し、その手を雅が握り返した。

そんな様子をほっとした気持ちで優希は見ていた。
そしてそっと酒を出して、席を外す。


そんな生活が五年続いた頃、雅が「完済したぞ」と突然言って来た。
「え、何を?」
「家……」
「雅知っていたの……か……?」

優希は驚いたが、鋭い雅にならバレても当然か……と思った。
五年前に言葉でプロポーズされた後に、優希が奔走して借りていた家を買い取る算段をしていたのだ。
家賃と同じ金額になるように、ばれないようにローンを組んだ。十年の予定だったが、雅がまとまった金を払ったのだろう。
不動産業に就いていた事が本当に役に立ったと優希は内心満足していた。
この五年間雅は何も言わずに気づかないふりをしていたんだ……。

優希はそれ以上何も言わずに肩を竦めた。
そんな優希にやっといつもの笑みを雅は見せる。
それだけで二人の思いが通じるほど、優希と雅は深い所で繋がっていた。

優希はそんな幸せを噛み締めていた。
(こんなに幸せでいいのだろうか?)そう思う程優希は幸せだった。

十八歳の時に雅と大学で知り合って、そして優希は雅を好きになった。
十九歳で大学の先輩に酷い目に合わされたが、雅に助けてもらい二十歳で雅と初めて結ばれた……

あれから十五年……これ以上何も望むものも無い程充実した毎日だった。


「雅……俺すごい幸せ……」言葉にして雅に伝えると「もっと幸せにしてやる……来い」と引き寄せられる。
その言葉にこの後の行為を想像して顔が熱くなるのが判った。
「三十五にもなって……」優希の純情さに雅が、呆れたように笑った。


―――そしてこの夜が、ふたりにとって最後の夜になる事など神も知らなかった。



「雅、凄く旨い冷酒が手に入ったから……まだ酒飲むんじゃないぞぉ」
夕方帰宅途中に優希から電話が入ったが、こういう事は珍しかった。余程良い酒が入って浮かれているんだろう。雅は苦笑しながら、優希の帰宅を待った。

この近くの酒屋じゃないのか?そう思いながらもただ待っていた。「仕方ない」そう呟きながら立ち上がり、食器棚から水色と薄グリーンの硝子のぐい飲みを取り出した。
慣れない事をしたせいか、水色のグラスを取り落とした。
パリン……割れるとは思わなかった厚みのあるグラスが、真ん中から綺麗に二つに割れてしまった。

その色は普段優希が好んで使っていた色だった。
帰って来たら文句言われるなぁ……と思いながらしゃがみ込んだ時に「雅」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返るが、そこには誰も居ない―――

雅の背中に一筋冷たい汗が流れた。
「優希……」何だか胸騒ぎがする。
雅はそのグラスをシンクの上に置き、玄関に向かった。
草履を履き外に出た時に、駅の方に向かう救急車に抜かれた。

雅は足早にその救急車の後を追うように駅に向かう。
五分程行った所でその救急車は留まっていた。
雅は野次馬が集まっている所に行き「何かあったんですか」と聞いてみた。

話し始める主婦の声を聞きながら、横断歩道の横にあるポールが車の形に歪んでいるのに気づいた。
「なんだか、サラリーマン風の男性らしいですよぉ」
「車が突っ込んで来たのに気づかなかったみたいで」
「でも、あれは車が悪いわよねぇ……」

数人の声が一斉に耳に飛び込んで来るが雅の視線が捕らえたのは、その歪んだポールと少し移動させられた車の間に散乱している、瓶の破片と大量の血液だった。
近寄ると酒の匂いがぷーんとした。
「優希!」そう叫ぶと、まだ発車していない救急車に詰め寄った。
「あー駄目です、離れて下さい」そういう警察官を突き飛ばし締まりかかった救急車の扉を開けた。

「知っている奴かもしれない!」
雅の切羽詰った声に救急隊員が中に入れてくれた。
雅が見たのは、殆ど顔色などなく真っ白な顔をした優希の顔だった。
「早く!早く病院へ!」
その声と同時に救急車がけたたましくサイレンを鳴らしながら、走り出した。

「優希!優希!」何度呼びかけても優希の意識は無い。
十分近く走っただろうか?それを何時間にも感じて雅は焦っていた。
多分雅の人生の中でこんなに長く感じ、そしてこれほど焦ったのも初めてだろう……

手術中のランプがもう四時間も消えないままだった。
薄暗い廊下のベンチの上で雅はただ祈っていた。
片腕が捥がれようが、障害が残ろうが構わない、生きていてくれと。

そうしているうちに、警察から連絡を受けた優希の両親と姉というのが駆けつけて来た。
その時やっと手術中のランプが消え、中から医師が疲れた顔で出てきて誰にともなく、首を横に振った。

「!」雅が天を仰いだ時、優希の母親が医師に縋りつくように泣き叫んだ。
「せんせー!!優希はどうして?どうして?」
医師は躊躇うように、言葉を発しなかった。
そして「こちらへ……」そう言って小さな部屋に案内した。

「息子さんは暴力団員ですか?」
医師の質問に両親が寝耳に水という顔と安堵の顔を見せた。
「先生、何を?……ああ、じゃあれは優希じゃないわ!間違いだったのよ!」
母親が泣き笑いの声を上げた。

そこに雅が「あれは優希……坂口優希に間違いありません」そう言葉を添えた。ここに居る全員の目が雅に注がれた。

医師が個人の事情は関係ないというように
「そうですか……内臓損傷が酷かったのと、あと頭も打っていましたが……MRI検査が出来ませんので……」
「どうしてMRI検査が出来ないの?」母親が問い詰める。
「刺青……あれは金属が含まれていますから、そういう検査は出来ないのですよ」医師が言いにくそうに言葉を吐いた。

「刺青ですって!」
驚く両親と姉に向かい雅が告白した。
「私が彫りました」
「失礼ですが、優希とはどういう関係で?」冷静な父親が聞いてくる。
「一緒に住んでいます」

一緒に住んでいる意味がこの家族には理解できないだろう、そう雅は思ったがそれ以上何も説明する訳にも行かなかった。
多分この医師以外はその意味を判ってはいないだろう。

「あんたみたいな男と一緒に居るから優希は、ろくな死に方をしなかったのよっ!」と、母親の怒りの矛先が雅に向かった。

その時、交通課の署員が目つきの悪い男を連れて入って来た。
「この度はご愁傷様でした」一応故人の冥福を祈ってくれる。
「あ、こちらマル暴の三田さんで……話を聞きたいと」
三田の名前に雅が振り返った。
こういう仕事をしていれば、マル暴の刑事の顔と名前くらい数人は知っていた。
雅の顔をちらっと見た三田が言った。
「坂口優希はどの暴力団員でも、何処かの構成員でも無い事が判りましたから」
そう言って、部屋を出ようとしたが優希の母親が食い下がった。
「どうして暴力団員でもないのに、優希は……優希は刺青を!?」

優希の父親が雅に向かって「優希は自分の意思で?」と聞いてきたので、雅は黙って頷いた。
「そうですか……判りました。今日はもうお引取り願えますか?あとは家族の者で話し合います」

家族で……雅はそのまま立ち上がり部屋を後にした。

ふらふらと病院の外に出ると一台の車に、ぷっと軽いクラクションを鳴らされた。
「三田……」振り向いた雅に、マル暴の三田が運転席から声を掛けてきた。
「おい、送るぞ」
雅は黙ってその車に乗り込んだ。

体中の筋肉が弛緩したように、力が入らなかった。
雅は背凭れに身を任せた。家の前で車を降り、黙って頭を下げて家に入った。

水を飲もうと台所に行った時に、シンクにある割れたぐい呑みが目に入った。
『雅、凄く旨い冷酒が手に入ったから……まだ酒飲むんじゃないぞぉ』
数時間前に聞いた声が最後になった事を痛感した。


「優希っ……」





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僕の背に口付けを 序章「-雅-」6

 11, 2011 00:28
流石に雅は翌日何もする気が起きなかった。
一緒に暮らし始めて、初めて一人で迎える朝だった。
昨日の事は夢だったのでは?雅は起き上がって台所に行ってみた。
もしかして、味噌汁とか作っているのかも?
現実主義の雅にしては珍しく妄想を抱いていた。
だが、そこには優希は居ない……割れたグラスがそのまま置いてあるだけだった。
雅は飯も食わずにぼーっと和室の柱に凭れていた。

そんな中、昼過ぎに電話が鳴った。
あまり電話の鳴らない家だった、時々外から優希が掛けてくる程度だ。
しつこく鳴る電話に舌打ちしながら、雅は受話器を持ち上げた。

「あの……優希の姉ですが」恐縮した声が聞こえて来た。
雅はふと、どうしてここの電話番号を知ったのか…と思った時「あの…優希に此処の電話番号を聞いていました」と言われ納得した。

この二つ上の姉は優希から色々な事を聞いていたらしい。
雅と優希の関係も知っているとの事だった。
優希も両親には打ち明けられなくても、姉には自分がゲイである事を若いうちに告白したらしかった。

結婚とか、跡取りとかは諦めて欲しい…
僕は家を継がないし、財産も要らない…でも姉さんには迷惑掛ける…そういう意味合いも含んでの告白だったらしい。

「今夜が通夜になります。私ひとりになる時間があると思いますのでその時に……優希に逢ってやって下さい」
「ありがとうございます…」
「母は…交通事故の加害者でもない雅さんなのですが、やはり刺青の事がとてもショックだったらしくて、雅さんには会いたくないと言っておりますので」
申し訳なさそうに姉がそう言葉を添えた。

通夜会場の場所を聞いて、近くで待機する約束をした。車を使えば、神奈川でも二時間くらいで行ける筈だった。
夕方六時からの通夜だが、多分逢わせてやれるのは深夜、身内が休んでからになるだろうと言われていた。

雅もその方が都合良かった。優希と二人っきりになりたかった。

予想通り雅が呼ばれたのは、もう夜も十一時を回った頃だった。
「母は父が無理に連れて帰りました」そう言われながら、優希が眠る部屋に案内される。
優希の姉は簡単な酒の仕度をしてくれた。
「お構いなく……」

その姉が突然畳に手を突いて、雅に向かって頭を下げた。
「優希を…優希を愛して下さって本当に、有難う御座いました」
姉の涙がポタポタと畳にシミを作って行く。
「時々電話を寄越しても、話すのはあなたの事ばかりでした。あんな子が幸せになれるのか心配していましたが……短かったですが、とても幸せな人生だったと思います」

雅はそんな優希の姉の言葉にただ頭を垂れるだけだった。

「私一度家に帰って来ますので、一時間くらいお願いして良いですか?」
「どうぞ、ゆっくりして来て下さい」
無理に作った用事なのかもしれないと、雅は心の中で感謝した。


雅はそっと優希の顔に掛けられた白い布を取った。
「……優希」
そこに眠る優希の顔には傷は無かったが、血の気の無い顔は、優希が本当に死んでいる事を雅に教えた。

「優希…お前本当に俺と一緒で幸せだったか?」
雅の口から、ついそんな弱気な言葉が出ていた。
甘い言葉など言ってやった事もない、何処かに遠出した記憶も無い……

「優希…馬鹿だな…命預けたのは俺なのに、お前が先に逝ってどうすんだよ?」
独り言とも愚痴ともとれる言葉が、無口な雅から溢れ出てくる。
優希の冷たい頬を撫で、乾いた唇に酒を含んで飲ませる。
その酒は吸い込まれる事なく、つつーっと唇の端を流れて行った。
「優希……」


翌日の午後から葬儀だと聞いて、雅は優希の姉に見送られ部屋を出た。勿論堂々と出席はしない約束をする。

本当は連れて帰りたかった。あの家でもう一度寝かせてやりたかった……
そう思いながら、雅は運転席のシートを倒して目を瞑った。

せめて今夜は同じ敷地内で眠ろう……
昨夜殆ど寝ていない雅は、優希の顔を見られた事と、普段めっぽう強いのに酒に酔ったのか暫くすると眠りに落ちていった。

「雅……雅……」
今までの事が夢だったように、優希が雅に声を掛けた。
「優希?」だが窓ガラスの向こうに居たのは、優希の姉だった。雅はそれに気づくと慌てて身を起こし、窓を開けた。

「こちらに泊まられたのですか?」
「あ……ええ」
優希の姉は塩むすびと沢庵の乗った紙の皿を持っていた。
「何もございませんが……」恐縮して言う姉に向かって礼を述べ受け取り「また午後に出直して来ます。外から送ります」と、そう言う雅にまたも優希の姉は深く頭を下げた。

雅は早朝の道を自宅へと向けてハンドルを握った。
二時間かけて帰るよりは、留まって時間を潰した方が効率は良かったが雅はあえて、自宅へ戻った。

家に帰ると、熱いシャワーを浴びてさっぱりし、クローゼットを開け黒いスーツを取り出した。
サラリーマンだった優希は殆どがスーツだったが、雅は年間の殆どを作務衣か甚平で過ごしていた。

クローゼットの中には、普段あまり着る機会など無い黒服がいつもきちんと手入れして掛けてあった。
『こういう服は急ぎの場合が多いからね、常日頃からいつでも着れるようにしておかないとね』
『そんな必要ない』そう雅が何度言ってもサラリーマンとしての自分の経験からも、優希は譲らなかった。

それでも今までに何回かは着る機会もあった。
見慣れないスーツ姿に優希がいつも「雅……格好いい」と溜息を吐いていた。
「珍しいからそう見えるんだ」無愛想に答えても「そんな事ない、雅のスーツ姿惚れ直しそう」

そんな会話を思い出しながら、雅は黒いネクタイをきゅっと締めた。途中花屋に寄り、葬儀には不釣合いな大きく派手な花束を買った。だが結んでもらったのは黒いリボン……
花屋の店員が訝しげな顔をしていたが、そんな事は雅には関係なかった。


人々の嗚咽の中、優希は荼毘に付された。
母親の悲鳴のような泣き声が参列者の涙を誘っていた。


その頃雅は斎場の外で空に上がって行く煙を眺めていた。
ただじっと……空を見上げていた。
「雅、ありがとう……」そんな優希の声が聞こえた気がした。

「優希……愛している」

雅は、優希が生きている間に一度だけ囁いた言葉を呟く。
もっと沢山囁いてやれば良かったか?
そう思ったりもするが、その言葉を優希が強請る事は無かった。雅の性格も何もかも承知していた優希だった。

「俺凄い幸せ」
事故の前夜の優希の言葉を思い出す。
「優希お前本当に幸せだったか?」

『雅……愛してるよいつまでも……』
風にのってそんな言葉が聞こえた。
雅はその花束を、優希を乗せた車が通るだろう場所にそっと置いた。

rek12-2.jpg
イラストの版権・著作権は♯06のmk様に御座います。




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僕の背に口付けを 序章「-雅-」7

 12, 2011 00:00
そしてそれからの雅は、ひたすら技術に磨きを掛ける事に勤しんだ。何かを忘れるように……
雅の元を訪ねる輩は大勢居たが、やはり雅は簡単には首を縦に振らなかった。
あれから二年の月日が流れ、そして又雅の元に訃報が飛び込んだ。たった一人の身内、弟夫婦の死だった。
自分の仕事柄頻繁に行き来はしていなかったが、お互いを理解し合っていた弟の死は、雅にとってもショックだった。

そして雅は弟夫婦の忘れ形見を引き取った。
自分の仕事を考えると、この環境で子供を育てる事を躊躇ったが自分が見捨てると、この甥っ子は施設行きだ……

皮肉なものだ……お互い大切な者を事故で失った。
「傷を舐めあって生きろと言うのか?」雅は神に聞いてみたい心境だった。


「さぁ此処が今日からお前の家だ」
引いていた小さな手をそっと放して、家の中に招いた。
たった七歳の甥は見た目は嫁に似ていたが、この強い眼差しは弟というよりも、伯父である自分に似ていると思った。

「ここで僕は暮らすの?」少し不安そうな声で甥っ子は雅を見上げた。
「ああ、そうだ」と答える雅に小さな甥は「伯父さん、これから宜しくお願いします」と頭を下げた。

雅は口元を、緩め声を掛けた。
「さぁ、千尋入れ」


「伯父さん、僕これが好き」千尋が手にしたのは、昇り竜の絵だ。
「又竜か……好きだなお前は」
呆れるように答える眼鏡の奥の目がいつも笑っていた。

「ねえ竜はまだ?」
小学生の頃から聞き続けていた言葉は中学の頃まで続いた。
その答えは何時までたっても「まだだ」だった。

雅はそんな千尋に優希の面影を重ねていた。
(優希も竜の絵が一番好きだった……)
あれから十年―――過去と呼ぶにはあまりにも切なかった。


雅は、千尋が最近少し暗い少年になってきているのが少し気になっていた。元々口数の多い子では無かったが、そこに影が出てきている。
ある日雅が、千尋が持ち出した刺青の写真集を見たくて千尋の留守に部屋に入った。

男同士の気軽さで入ったのだが、写真集を探している時にふと一冊の雑誌に目が留まった。
それを手にした雅は少し困惑したが、暫くすると雅は口元を緩めニヤッと笑った。
そしてその雑誌を元の場所に仕舞い、見なかった事にする。
雅が手にした雑誌は古い物だったが、確かにゲイの雑誌だった。

何となくそんな気はしていた。
同じ嗜好の者同士というか……経験者の勘というか……
逆にそれが千尋に影を落としているだろうと推測され、理由が判って雅は、違う意味ほっとしていた。

高校を卒業したら働くという千尋を説得し、大学進学を勧めた。
自分は中退している身だったが、やりたい事がまだ見つからないのなら進学しろと強く勧めた。
多分千尋は遠慮していたのだろうと思う。
「お前を大学にやるくらいの金なら充分ある」そう言って安心させた。実際金銭的には何も問題は無かった。

雅はこれまで九人客をとった、その金額も一人当たり中堅クラスの年収以上だった。
男二人で静かに暮らすには充分な収入だった。

高校三年になり、千尋が進学に向け塾や図書館通いで、帰宅が遅くなりだした。その頃雅の元に一人の男が訪ねて来た。

「豊川光輝です」目力のある、まだ若い男だった。
「豊川?」雅は聞き覚えのある名前に反応を示した。
「豊川正樹は父です」
「父親を彫ったからと言って、息子を彫るとは限らない」

そんな雅に向かって「勿論、私と父は同じ人間ではありませんから」若さの割には人を食ったようなふてぶてしさがある。
祖父の代からのヤクザ家業だからだろうか?否、この男からは又違う匂いを感じる。
敷かれたレールの上を走っているようで、自分で切り開いているような逞しさを感じて雅は少し嬉しくなった。

だが簡単に承諾する訳には行かない。
それからその男は日参してきた。
手土産のきんつばに舌鼓を打つと、そればかりを持って来る。
「いい加減俺も糖尿病にはなりたくないからな……」
そう言って、和室に通したのが、初めて来た日から丁度二月後だった。
雅がこんなに長く結論を出さなかったのには理由があった。

いつもと同じように、座卓の上にデザイン画を伏せた。
「昇り竜と観音菩薩以外で、この絵と希望が同じなら……」雅は、そう言ってその男の顔を見据えた。

ふっと不適な笑みを浮かべた口から「昇り竜」という言葉が出てきた。
今まで雅が拒み、そして誰も口にしなかった言葉だった。
雅はこの男を睨みつけるように見据え、一瞬も目を逸らさないこの豊川光輝の前にデザイン画を表に返した。

雅が黙って右手を差し出すと、豊川光輝も黙って右手を出し握手を交わした。
「平日の九時以降五時までだ」
雅がそう言うと肩を竦めながら「まるで銀行みたいだ」豊川光輝は笑った。
「甥っ子が受験勉強中だ」雅に似合わない家庭的な返事を返す。

光輝が雅に投げかけた視線は、軽蔑したでも無く揶揄するでも無く、何故か温かいものを感じた。


それから半年かけ、雅は昇り竜を仕上げた。
その間、千尋とこの豊川光輝が出会う事は一度も無かった。

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■次回で最終になります。


雅は最近体調が思わしくなく、千尋に内緒で検査を受けた。
診断は癌……雅はうろたえる事無く、今後の事を聞いた。
医者は慣れているのか「このままだと余命三ヶ月」と淡々と雅に告げた。

雅は愛する者たちを一瞬で失っていた。それに比べたら死に行く準備も出来る事に安堵の吐息を吐いた。
だが自分ひとりならいい……千尋はまだ大学生だ、雅はそれだけが気がかりだった。

その夜雅は千尋に打ち明けた。
知らせるか迷っていたが、残される側にも覚悟があった方がいい事は、雅が身を持って知っていたから若い千尋に打ち明ける事にした。


「だからもっと早く病院で検査を受けておけば!」千尋が青い顔で雅を責めた……
「まぁそう怒るな、これも運命だ」
「………」
千尋はまるで自分自身を責めるように唇を噛んだ。
「あと三ヶ月もある……心の準備も、身辺整理も出来る」
「そんな呑気な……」千尋が呆れたように言うが「お前には迷惑かけるかもしれないが、一応心の準備だけはしておいてくれ」と雅は静かに諭した。
「やだ……そんなのヤダよ!」だが千尋は震える声で雅の言葉を受け入れようとはしない。
いや、簡単に受け入れられるわけが無い。

「千尋、運命は受け入れなくてはならないのだ。―――それがどんな運命でも」
三十五歳でこの世を去った優希に比べたら自分は長生きをした……そう思う雅だった。
そしてその夜から千尋は自分のベッドで寝る事をしなかった。
雅の部屋に布団を並べて敷き雅の隣で毎日眠った。

「ガキみたいだな……」そう揶揄されて、千尋は雅に背中を向けて眠った。
「千尋……俺は自分の好きな仕事をして、好きな奴も居て……そして千尋の親代わりにもなれた。もう思い残す事はない」
「……伯父さん、僕に……僕に観音菩薩を彫って」

突然の千尋の申し出に雅は飛び起きた。
「何?馬鹿な事言っているんじゃないぞっ!」
「僕は本気だよ……伯父さんがずっと拒んできた観音菩薩……僕が背負うから」

その日から毎夜布団に入る度に千尋は、その事を言い続けた。
まるで二十四年前の優希のように……
そして千尋の申し出に、雅の心が揺らいでいたのも事実だった。

(死ぬ前にもう一度彫りたい)雅には今から客を選んでいる時間は無かった。
そして彫りたい物は観音菩薩……もう一度優希を見たかった。
その思いは彫師としてなのか、男としてなのか?雅は自分でも良く判らなかった。

彫師として見たら千尋の肌は最高の素材だった。
もし千尋でなければ彫ったかもしれない……
いや千尋だから自分の思いの全てを彫れるかもしれない。


「後悔するぞ……」
「何もしないで後悔するよりはいい……」
「千尋……俺が一番初めに彫ったのが観音菩薩だった」
「伯父さん?」
「千尋、俺の……彫雅の最期にもう一度、観音菩薩彫らせてくれるか?」

千尋の伯父として人生を終えるか、彫雅として人生を終えるか……
思い悩んだ挙句、雅が選択したのは彫雅として終える方だった。
「……伯父さん、ありがとう」
「馬鹿、礼を言うのは俺の方だ……」


そして翌日から雅と千尋の闘いが始まった。
雅は病魔と闘いながら、千尋は想像以上の苦痛と闘いながら……それでも雅は千尋の白い背中に針を刺し続けた。

不思議と施術している時の雅は体調が良かった。
一心不乱に、何かにとり憑かれたように針を動かした。
普段よりも速いペースで進めていく、千尋の苦痛も大きいだろうとは思うが、それでも中途半端で終わらせる訳には行かなかった。

そして雅は初めての試みをしていた。
彫師になって三十年、誰にも施さなかった彫り方だった。
これが伯父としてたった一つ、千尋に出来る償いと感謝でもあった。
優希の時と同じように完成するまで自分の姿は見ない、という約束を千尋もちゃんと守っていた。

だがこの彫り方は普通よりも時間が掛かってしまう……雅の彫り物への執念と千尋の思いが通じ合って、雅は力尽きる事無く千尋の刺青を完成させる事が出来た。

彫り物が完成してから一週間。
千尋が初めて自分の背中を見せてもらえる日だった。
三枚合わせた大きな姿見に千尋は、自分の姿を映した。
「伯父さん!?」千尋が雅を睨むように振り返る。

―――千尋の目には何も映ってはいなかった。
だが千尋は自分が感じたあの痛みが幻だったとは思えなかった。
「完成祝いだ、一杯飲め」
雅にコップに入った酒を渡されたが、千尋は納得行かない目で雅を見つめた。

「大丈夫だ……とにかく俺を信じて飲め」
千尋は仕方なくそのコップ酒を受け取りぐいっとあおった。
あまり酒に強くない千尋は、コップ半分飲む頃には体が熱くなり、頬も薄く染まっていた。

―――雅が鏡を凝視している、千尋も釣られて鏡の中の自分を見た。
「!」さっきまでは何も無かった背中に、観音菩薩像がくっきりと浮き上がっていた。
「おしろい彫りだ……」雅も自分が彫れた事がまだ信じられないように呟いた。

「おしろい彫り?」
「ああ、普段では判らないが、体温が上昇した時にだけ浮き出る……」
雅は素人の千尋に背負わせるにはこれ以外に無いと思っていた。
それでも勿論障害はある……だがこれが精一杯の雅の愛情だった。

「伯父さん……彫雅の魂は此処にあるんだね……」
そう言う千尋の目から涙が溢れて、裸の胸までも濡らしていた。
(本当に優希と感性が似てやがる……)
雅の口元が緩んだのは、可愛い甥っ子に対してなのか、それとも面影を重ねた優希になのか……それは雅にも判らなかった。


「千尋……俺は最期の最期にお前の人生変えてしまった……悪い事をしたな……」
だが千尋の頬に触れた手は、もう頬を撫でる力は残っていなかった。
「そんな事ないよ、僕をここまで育ててくれて本当に感謝しているし、この身体だって……僕は後悔していない」
「千尋、ありがとうお前のお陰で俺は最高の最期を飾れた」

「僕は伯父さんと暮らせて本当に嬉しかったよ」
「そうか……俺も嬉しいよ……もう思い残す事は無い、千尋……幸せになれよな」
「僕は今まで幸せだったよ」
「もっと幸せになってくれ」
「うん……もっと幸せになるよ」


そんな千尋に安心したのか、斉藤雅は五十二歳のあまり長くない人生の幕を静かに下ろした。


(優希……待たせたな……)


                        
       僕の背に口付けを 序章『-雅-』 <完結>

    



■あとがき■

再投稿にも関わらず多くの方が読んで下さり、ありがとうございました。

初めて読まれた方へ

この話は「僕の背に口付けを」を完結させた後に、番外として書いた話です。
過去話なので、どうしても死にネタになってしまった事をお許し下さい。
こういう試みは初めてだったので、地雷の方もおられたかもしれません。
でも「僕の背に口付けを」を含め「雅」も私の中では、とても大事な作品になりました。

そして、mk様の「葬送」というタイトルのイラストと出会った事も偶然とは思えない程の事でした。
まるで書きおろしのようなイラストですが、これは全く単独でmk様がブログの目立たないメモなどという場所に格納していらした物を、偶然に見つけてお借りしたものでした。

(イラストに出逢ってからは、沿ったストーリーにしてあります)

ほぼ1年前の作品、多少の加筆修正はしました。
以前の作品は手直しをしたらキリが無い程に沢山あります……


長くなってしまいましたが、最後まで読んで下さってありがとうございました!!


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