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「千尋……俺は最期の最期にお前の人生変えてしまったな……悪い事をした……」
千尋の頬に触れた手は、もうその頬を撫でる力は残っていなかった。
「そんな事ないよ、僕をここまで育ててくれて本当に感謝しているし、この身体だって……僕は後悔していない」
「千尋、ありがとう。お前のお陰で俺は最高の最期を飾れた」

「僕は伯父さんと暮らせて本当に嬉しくて幸せだったよ」
「そうか……俺も嬉しいよ……もう思い残す事は無い、千尋……幸せになれよ」
「僕はもう今でも充分に幸せだよ」
「もっと幸せになってくれ」
「うん……もっと幸せになるよ」

そんな千尋に安心したように、千尋の伯父、斉藤雅(さいとう まさ)は52歳のあまり長くない人生の幕を静かに下ろした。


7歳で両親を亡くした千尋を引き取って育て、大学まで行かせてくれた。当時37歳だった伯父は、そのまま結婚もしないで男手ひとつで千尋を育ててくれた。
「伯父さん結婚しないの?」
小学生の頃に良く聞いていた。すると伯父は「俺みたいな奴の所に来る嫁なんぞ居ないよ」といつも笑っていた。

余命3ヶ月の宣告を受けて、それでも1年頑張って……そして逝ってしまった。
千尋は今度こそ天涯孤独の身になった。
でも、両親を亡くした頃とは違い、千尋も成人した21歳の男だ。一人で生きていけない事は無い。
「大学を卒業する位は残してあるから、頑張って大学だけは卒業しろよ」
と言われ続け、千尋は伯父の気持ちを無駄にしないように大学には通った。


この身体で食べて行く為にも、ちゃんと卒業して何か技術を身に付けようと思っていた。
そして誰にも知らせず、伯父を一人で見送った。
伯父が亡くなってひと月が経つ頃には家の中も少し片付き、伯父の仕事道具はきちんと箱に収めて奥の部屋に仕舞った。千尋は古くなった看板をそっと外し、綺麗な布で丁寧に拭いた。看板を拭きながら千尋の目からボタボタと涙が零れ落ち、せっかく拭いた看板を濡らしてしまう……

「駄目だよ……泣いたら……これ濡れちゃうだろ……しっかりしろよぉ」
自分で自分を叱り、励ました。綺麗な木目が千尋の涙を拭き取るように吸い込んでいく。
千尋は嗚咽を漏らしながら胸にそれを抱きしめた。
「僕は貴方とこれからずっと一緒に生きていきます……僕は貴方を忘れないから……貴方の想いを背負って生きて行きますから……、」

『俺が死んだら、この家は処分しろ、ここでひとり生きるにはしんどいだろう?』
伯父は亡くなる前に千尋にそう言っていた。だけど、この家を離れるのは伯父との思い出を捨てるようで忍びなかった。

そしてその日の夕暮れ、ひとりの紳士が不幸を聞いたと線香を上げに来てくれた。
線香をあげ香典袋を仏壇に添えたあと、しみじみとした声で千尋に声を掛けた。
「そうか……雅さんも逝ってしまったか……」
「……はい、最期まで伯父は立派でした」
「千尋君だったよね?」
「はい」
千尋は仕事場にはあまり入らないように言われていたから、話をする事は殆どなかったが、会うと挨拶ぐらいはしていた。

「俺は雅さんの最初の客だったんだよ」その紳士は穏やかな顔で語ってくれた。
「そうなのですか……大変だったのでしょうね」
「ま、俺もその時は若かったからな」と昔を懐かしむような顔で笑っている。

来る目的が無くなっても、伯父と話がしたくて時々足を運んでいたと言う。身元が世間にばれないように細心の注意を払っても、黒塗りの車を数台横付けすれば、注目を浴びてしまうのに。などと千尋はぼんやり思ったりもした。

「これから君はどうするのだ?」
「大学は続けます、後の事は未だ……」
「で?この家はどうするのだ?」
「伯父には処分するように言われていますが、今はまだ考えられません……」
「そうか、大学は続けた方がいい、何か困った事があったら私を訪ねてきなさい。」
そう声を掛けてプライベート用の名刺を置いて帰っていった。

家の外にはいつものように黒塗りの車が3台止まっている。
その真ん中の車を黒い服を着た男が頭を下げたまま開けると、その車に乗り込み、プッとひと鳴きさせた後車は静かに走り出した。

千尋は名刺と香典を仏壇の下の引き出しに仕舞った。
数週間は同じような来客を何度か迎えた。そして皆帰り際には最初の紳士と同じように「困ったら訪ねて来るように」と言って、数台の車で帰って行った。

それから後は、伯父が生きていた頃と同じような単調で静かな生活が待っていた。千尋は今までと同じように毎日真面目に大学に通った。変わったのは家に帰っても『おう、帰ったか』と声が掛からない事だけだった。

淋しい……、

そんなある日一通の封書が届いた。宛先は斉藤千尋だ、差出人を見ると『雅の会(みやびのかい)代表豊川正輝』と書かれている。豊川正輝……伯父が亡くなって最初に弔問に来てくれた人だった。

中には『斉藤雅を偲ぶ会』を執り行う事と、日時が書かれた案内状が入っていた。そして、当日千尋も必ず出席して欲しい、迎えを寄越すとも書いてあった。
その日に千尋の運命を変えてしまう出逢いがある事など知る由も無かった。

千尋が連れて来られたのは、ここは本当に都内なのか?と思うような広さの敷地の中にある料亭の離れ座敷だった。中に入ると、10人の黒いスーツを着た男達が所狭しと胡坐をかいていた。大部分は数回顔を見たことのある男だった。だがひとり一番若そうな男だけは見た事は無かった。
千尋は中央の席に座らされた。強面の男達の間にひとり場違いな千尋が居る事をきっと知らない人が見たら驚くだろう。

「千尋君、良く来てくれた。今日は雅さんを偲ぶ会だ」
「……はい……こんなに集まって下さってありがとうございます。伯父もあの世で喜んでいる事と思います。」そう言うと千尋は畳に頭をついた。

「いや、それはどうだかな?今頃あっちで怒ってるんじゃないか?千尋に近寄るなって」
誰かが揶揄するように言って笑った。
「雅さんは千尋君を本当に大事にしていたからな……俺たちが顔を出すと『千尋が帰って来る前にとっとと帰れ!』って怒鳴られたよ」

「皆色々立場や組織は違うが、今夜だけは無礼講だ、千尋君も飲んでくれ」
千尋は酒に強い方では無いが「はい」と頷いて酌を受けた。多分ここに居る一人一人は個別に会う事すら憚れるような人だろうと思う。素人の千尋が普段簡単に会える人でもなかったし、そういう機会も最初で最後だろう。

酒が進むにつれ、各々の思い出話があちこちで話されていた。

「雅さんに観音菩薩彫らしてやりたかったな……」ひとりの男が酒に酔った目で悔しそうに呟いていた。
「ああ……そういう機会も無く逝っちまったのか……」そして違う男も悲しそうな顔で呟いた。

「あの人は何故だか、それだけは彫れないって、頼んでも駄目だったよ」
「観音菩薩を彫るのは、最後だ俺が彫師を辞める時だ」が口癖だったよな。
「でも雅さんも人が悪い、シリアルナンバーまで彫っていたとは知らなかったよ」思い出話に愚痴も混ざっている。

「だけど、流石に四と九は居なかったな……」その囁きに千尋は口を挟んだ。
「あの……四も九も居ます……」
「えっ?」皆が一斉に千尋を見た。普通だったら震え上がりそうな眼光だ。

「四は伯父さんの右太股に、九は左に……あいつ等は死と背中合わせに生きているからな、やっぱ四と九は縁起悪い、って言って自分の腿に彫っていました。」

「くっ!」誰かの嗚咽が聞こえた。

「千尋君、俺達はこんなヤクザな商売をしているが、雅さんは俺達から見たらヒーローだったんだ。雅さんは、客を選びに選んだ。金とか地位じゃなくて、男としての根性を見極めた」
「そして何時も、『ヤクザ者だからと言って犬死するなよ、俺の彫り物はお前が爺さんになっても色褪せるような代物じゃねぇ。だから命を粗末にするな、全うするまで背負っておけ』ってな……」そう言うとその男は淋しそうに笑った。

「雅さんは半端なヤクザ者にも、金で解決するような奴にも首を縦に振らなかった。肌の艶、目の輝き、そして何よりも男としての器量を見て自分が納得した奴にだけ彫った。だから、雅さんに選ばれた俺らはそれだけで自信を持って生きて来られたのだ。勿論、ヤクザなりに雅さんの彫り物を裏切らないような生き方をして来た、と俺は思っている」

「皆さん、彫雅を愛して下さって、ありがとうございます」千尋は心からそう思って、深く頭を下げた。
「千尋君、見てくれるか?雅さんが残してくれた物を」
「……はい、拝見させて下さい」
千尋の真剣な目に頷いて、背広を脱いだのは『俺が最初の客だった』と言っていた豊川だった。

背中全体に風神雷神の絵が彫られていた。それは力強く華やかで、見る者をも惹きつけそして威圧する物だった。「ほら」と言って豊川が自分の腰の辺りを指差すとそこには『彫雅壱』という落款が彫ってあった。

そして千尋は次々と「彫雅拾壱」まで見せてもらった。最後は千尋が一度も逢った事の無いまだ三十歳前だろうと思われる男だった。
「俺は豊川光輝(とよかわ こうき)だ、俺が拾弐番目だ」
千尋は黙っていればヤクザには見えないだろう美丈夫な男の顔をじっと見た。
(この人もヤクザ?)
「俺の息子だ」壱番目の豊川が声を掛けた。
「あっ……」同じ苗字だと言う事に今頃気がついた。

「僕お会いするのは初めてですよね?」
「ああ、俺が通っている頃、君は大学受験であまり家に居なかったみたいだからな」
高校三年の頃は受験を控え、図書館で勉強するか予備校に通うかどっちかで家に帰るのも遅かった……

そして光輝はシャツを潔く脱ぎ捨てた。
(昇り竜だ!僕の一番好きなデザインだ……)千尋はその背中を食い入るように見ていた。
いや見惚れていたと言った方が合っている。(この人の目は竜の目と似ている……)

多分父親の豊川以外は始めて見るのだろう。あちこちから溜息混じりの感嘆の声が上がった。千尋は覚悟を決めて、豊川に向かって「お人払いをお願いします」と頭を下げた。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^


■ブログから下げてから、ここに辿り着いて下さった方も多くおられます。
来て下さってありがとうございます。
1日1話ですが、通常の倍の文字数で更新していきます。
長くお待たせして申し訳ございませんでした。
楽しんで下されば幸いです。

「お人払いをお願いします」の声に豊川が酌をしていた女性達に「外せ」と一言告げた。
こういう事には慣れているのだろう、何の言葉も発せずに女性達はすっと席を外し、部屋から出て行った。

あまり飲んでいなかった千尋は空いているコップに、徳利の日本酒を全部注いだ。そして、一気に半分程呑んだ。そんな千尋の様子を二十の眼球が見つめている。
千尋は立ち上がると、自分でシャツのボタンに手を掛けた。
誰かが「何?」と口にしたが、違う誰かが目で黙れと合図をしている。
千尋はゆっくりとシャツを脱ぎ捨てた。そして十人の男に背中が見えるように向きを変える。

誰の口からも声は漏れない。千尋はコップに残った半分をぐいっと飲み干した。
身体が段々と熱くなってくる。それでも皆何も言わずにじっと千尋を見ているだけだった。
二、三分の時がゆっくりと流れた。

「あっ!」と言う声が千尋の耳に届いた。多分最初に声を出したのは光輝だ。
光輝はこの青年は一体何を始めるつもりか?と思って只黙って女よりも白くて滑らかな肌を持つ青年の背中を見ていた。酒で桃色に染まった体が艶かしかった……そうするうちに、この青年の背中に色が浮き出て来たのだった。

誰かが「白粉彫(おしろいぼり)?」と声を上げた。
白粉彫りとは、平素では見えないが、体温が上昇した時に浮かび上がる彫り方だ。

その白い背中に浮かんだ物は、蓮の花をあしらい、凛とした顔で全てを見通すような微笑みの観音菩薩の姿だった。余計な装飾を施さず、蓮と菩薩のみのシンプルな物が彫雅の腕の良さを引き立てていた。
そして千尋の腰の辺りに「彫雅魂」と彫ってある。

千尋をこの世界では名の知れた面々が固唾を呑んで見守っている。そして誰の目にも光る物があった。

『これが皆を魅了した彫雅の遺作だ』

この汚れをも知らないような青年の白い背中にまさか……
素人の背中に彫り物をするなんて……
彫る者も彫られる者も生半可な覚悟では出来ない。生きて行く世界が変わってしまう恐れがあるからだ。身体に刺青があると暴力団員と判定される。普段は見えないにしろ、知られた時は千尋は暴力団の烙印を押されてしまう。

豊川が口火を切った。
「千尋君、どうして?」
「……僕が望んだ事です……これが、彫雅が生きていた証なのです」そう言うと千尋は又皆に向き直った。
「ありがとうございました。そして今見た事はどうぞお忘れになって下さい」と頭を下げる。

素人とはいえ、家に出入りするのはヤクザ連中ばかりだ。肝も据わるはずだがこれから普通に生きていくには、少し無茶だったような気がする、と誰もが思っていた。

つい光輝は「お前はどっちの世界で生きていくつもりだ?」と聞いてしまった。
すると千尋は酒で潤んだ目を向けて「僕は僕の世界で生きて行きます」と微笑んだ。
家に出入りするヤクザの姿は近所の人にも見られている。彫師だとは知っていても、やはり世間の目はヤクザを見る目と同じだった。

シャツを羽織り胸のボタンを掛ける時垣間見た桜色の尖りが、光輝の目に焼き付いた。
(あんな出っ張りも何も無い胸を見て俺は何をドギマギしているんだ?)
光輝は自問自答するが、答えは見つからず何故か焦るばかりだった。

(このままこいつを帰せない)光輝はただそう思った。背中の観音菩薩に魅入られたのか、この潤んだ瞳の千尋という青年に魅せられたのかは判らない。
(こいつを手に入れたい……)心から渇望している自分に光輝は驚いた。

「千尋君、タクシーを呼んだから君はもう帰りなさい」
千尋に声を掛けたのは、唐獅子牡丹で弐の落款を彫った男だった。
「はい、ありがとうございます。」
そして又皆に向かって「本日はありがとうございました」と頭を下げ、千尋は部屋を後にした。

光輝は送って行きたい気持ちを抑え、千尋が居なくなった部屋で両手を畳についた。
「皆様方、お願いが御座います」皆驚いたような顔で光輝の次の言葉を待った。
「私、豊川組若頭、豊川光輝が斉藤千尋の後見人になる事をお許し下さい」
千尋は未成年でも無く、さしたる財産がある訳でも無い。ここで光輝の言う後見人とは法的な事では無い事ぐらい判らない輩はひとりも居ない。

「惚れなさったのか?」さっきの年長の男が光輝の目を覗き込む。
(そうだ、この帰したくないなんて気持ち……俺は千尋に惚れたんだ……)この焦燥感の謎が解けたような気持ちで、光輝はその男の目を見据えて「はい」と頷いた。
まるで、睨み合いのような視線が絡まる。ふっと視線を外した男は「あっしは異存無いが?」と他のメンバーを見回した。

そういうこの男は、光輝の父親よりも年も立場も上だ。関東では三本の指に入る組の組長を張っていた松田という男だ。この男が彫雅に彫ってもらったのは、三十代半ばだった。
その頃にはもう若頭まで昇っていたのだが、まだ身体は綺麗な物だった。

本人に言わせると『惚れた彫師に巡り合わなかったからだ』そうだ。そしてやっと巡り会った彫雅に男としてとことん惚れて『彫雅弐』を彫ってもらった。
今はもう引退しているが、松田の力は引退しても衰えるものでは無かった。
松田に「異存は無い」と言われたら他のメンバーに異議がある筈もない。
「おい豊川のボンよ、大事にしてやりなさい」皆に声を掛けられ光輝は深く頭を下げた。

先に言ったもん勝ちの世界でもある。後で他の輩が手を出そうとしても、それでは仁義が通らない。先手必勝であった。
そして此処で公言して認められたという事は、ここに居る連中、そして傘下の者……大勢の者が手を出せないという事だった。光輝とて普段簡単に人に頭を下げる事は無い。だが今下げないと何も始まらない……そう考えて、男が……若頭が皆の前で頭を下げたのだ、千尋を手に入れる為だけに。

「あの子もあの身体じゃ堅気の世界で生きるのも大変だろう。あっしも少々気に掛けては居たんだが、ま……若いものに任せてみよう」という松田の言葉に「はい、ありがとうございます」光輝は再び頭を下げた。

「だがな……ボンよ、あの子は気をつけないと良くない連中が目付けるぞ」
「はい?」
「あれはな……男の色気が強すぎる、素人が刺青入れたせいなのか、持って生まれたものかは判らんが、あれは女よりも男を惹きつけるタイプだ。それも、どっちかと言ったらこっちの世界の男をだ……」
「はい、肝に銘じておきます」光輝こそ、それだった。
今まで男に惹かれた事などなかったし、女に不自由した事も無かった。そんな光輝が一目で千尋に堕ちたのだ。

「光輝」父の豊川正輝が声を掛けた。
「あの家は近いうちに処分した方がいい、本人も何れはそのつもりらしいがまだ躊躇っている、お前が背中を押してやるんだな」と有難い助言をくれた。
「はい、そうします組長」光輝にとって実の親でもあり、縦社会の親でもある。

『彫雅を偲ぶ会』がお開きになって、それぞれ黒塗りの車で警護の者を引き連れて帰って行った。光輝はひとり、自分のマンションに帰り「ふーっ」と溜息を吐きながらネクタイを緩める。そしてベッドに身体を投げ出し、目を瞑ると千尋の刺青を入れた背中が目に浮かんだ。

「くそっ」今直ぐにでも、あの身体を手に入れたいと思う。もう一度近くでゆっくりと見たい。この手であの肌を撫でてみたい。そんな願望だけが光輝の脳内を侵食していく。

「くそっ」もう一度声に出し光輝はシャワールームに向かった。熱い湯が掛かり、背中の竜がまるで生きているように蠢く。
(身体が熱い……)光輝はきゅっとシャワーを止めて、タオルで身体をさっと拭いて又服を着た。

そして三十分後、光輝は半年間彫る為に通った彫雅の家の前に立っていた。チャイムなど無い古い家の玄関の扉をドンドンと叩く。
暫くして玄関の中に灯りが点った。
「……はい……どなた様でしょうか?」
常識で考えれば家を訪ねる時間では無い、ヤクザとてそんな事は百も承知だ。だが今の光輝は明日まで待つ事など出来なかった。

「豊川光輝だ」
「豊川光輝……?」さっきの料亭で逢った男だと千尋は思い出した。
「何か御用でしょうか?」引き戸を開けながら千尋が尋ねる。
「お前を貰いに来た」そう言って光輝は家の中に足を踏み入れて来た。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」光輝の強い口調に千尋は驚く。
「俺はお前を貰いに来たと言ったはずだ」もっと強い口調で光輝が同じ言葉を繰り返した。

「おっしゃっている意味が判りません!」だが千尋も怯まない。
「俺のもんになれって言っているんだ」
光輝はそう言って更に一歩千尋に近づいた。

「はあ?何を言っているのかご自分で判っているんですか?」
「充分判っているつもりだが?」
光輝はそれが何だ?と言わんばかりの態度だ。
「呆れた……、」
千尋は、この男は本当に彫雅が認めた男なのだろうか?と思ったが、さっき見たあの彫り物はまさしく伯父の彫った物だったし、あの背中に見惚れた自分も居た事は確かだった。

「上がらせてもらうぞ」そして光輝は呆然と立ち尽くす千尋の前に立ちはだかった。
「……何を……んん……」だが、千尋が責める言葉を吐く前にその唇を塞がれてしまった。
「……んん……ん……ふぁ……」
永遠とも思える時間の後、やっと唇が解放された。その瞬間に千尋の右手が光輝の左頬を、音をたて打った。

**『おしろい彫りとは、架空の彫り方です』

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そんな千尋の行動を何とも思わないような態度で「こんな所にひとりじゃ無用心だ、今夜から俺が泊まる」そう言い放つと、光輝はずんずんと奥に向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って下さい、そんな事余計なお世話です」
「まあ遠慮するな」千尋はこんな図々しい人間と初めて会った。
「遠慮などしませんから、どうぞお帰り下さい。」
「しかしまあ、こんな古い家に一人で淋しくないか?」
言われてみれば、ここは伯父が三十歳の頃中古で買った家だ。もう築年数四十年は超えているだろうと思った。
「それこそ余計なお世話です」

光輝が珍しそうに家の中を見回り「やっぱお前一人じゃ危ないな……」などと勝手に納得している。
「はあ?女じゃあるまいし、そうそう危ない事など無いですから」
「簡単に唇奪われておいて、よく危なく無いなどと言えるな?」

「あ、あれは……まさか男にキスされるなんて思わないから……普通……」
怒りと焦りで忘れそうになった唇の感覚を指でなぞりながら千尋は狼狽えた。
「それに……あんな事をした本人に言われたくはないです」
千尋はささやかな抵抗を試みるが「俺だから唇だけで済んだと思えよ」と言われ
「はあ?意味判らない……」と言い返した。
「お前男にキスされたのは初めてじゃないだろう?」
光輝に確信を持って言われ、少々戸惑ってしまった。
(……初めてじゃない……それに何度か危ない目にも遭っている……)
千尋が黙ってしまったのが答えだと知られた。
「ほらな……お前は守られる側の人間だ……」

千尋にとってそれは屈辱的な言葉だった。
「へ?守られる?何それ……男の僕が誰に守られるっていうんだよ?」
珍しく千尋の口調も荒くなってしまっている。
「俺がお前を守ってやる!」
「僕には貴方が一番危ないように見えるけど?」
「へえ……期待しているのか?」千尋は揶揄する男を睨みつける。
「はぁ……もう勝手にして下さい。」
そう言うと、さっき入ろうとしていた風呂場へと向かった。
「何これから風呂?」
「そうですっ!貴方は泊まるというのなら、勝手にそこいらに寝て下さい。」
この男には口でも力でも適いそうに無かったから、千尋は無視する事に決めた。

「失礼します、おやすみなさいっ」そう言うと千尋は風呂場の扉を勢い良く閉めた。
脱衣場で少し様子を伺ってみるが、入って来る様子は無いので静かに衣服を脱いで、風呂場へ入った。手桶で湯を掛け、簡単に身体を洗ってから浴槽に身を沈める。

「ふーっ」
思えば忙しい1日だった。伯父を心から慕い送ってくれた方々に心から感謝した。
だがそれが今夜乱入して来た豊川光輝との出会いでもあった。

湯を張ってから少し時間がたってしまった為、温めだったがそれでも気持ち良かった。もう一度、今度はゆっくりと身体を洗い、そして髪を洗った。普段から若い男にしては、風呂の時間が長めだったが今日は得に時間を掛けた。

(あの男が寝てくれていれば良いんだけど……)そう思いながら湯から上がり、さっき用意していた寝巻きの浴衣に袖を通した。伯父は仕事中、作務衣や甚平などを好み、そして寝る時には浴衣だったから千尋も寝巻きは浴衣しか持ってなかった。
そっと気配を伺いながら布団が敷いてある和室に行くと、千尋が自分用に敷いていた布団の上で光輝が横になっていた。
(寝ているのかな?)ちょっと安心して、布団を取られて仕方ないから押入れを開けてもう1組の布団を出した。千尋は迷ったが、押入れへの出し入れや片付けを考えると、この部屋に敷く事が一番都合が良かったから仕方なく同じ部屋に、だけど出来るだけ離れた場所に布団を敷いた。

その時「男のくせに長風呂だな……」と呆れたような声が突然聞こえて、千尋は飛び上がるほど驚いてしまった。
「お、起きていたんですか?」千尋の問い掛けには答えず「おっ浴衣か……俺も寝る時は浴衣が多いなぁ……」などと勝手に喋っている。

ちらっと光輝を見ると、来た時と同じくスラックスに黒いシャツ、ネクタイ姿だった。
「伯父さんの物でまだ着ていないのがありますから……着ますか浴衣?」
「おお悪いな……でも雅さんのなら着古しでも構わないぞ」
故人のでもいい……そう言って貰えて千尋は内心嬉しく思った。箪笥の奥から、真新しい寝巻き用の浴衣を取り出し光輝に渡した。
それを手にすると、立ち上がりスラックスやシャツを脱ぐ。光輝が脱いだ服をその辺に放り投げるから、千尋は仕方無く拾ってハンガーに掛けた。
薄明かりの中見た昇り竜は、身体の筋肉を動かす度に呼吸をしている様だった。

光輝は千尋に見せ付けるように背中を向けて、ゆっくりと浴衣を肩に掛け「もう一度、お前の観音菩薩見せてくれ」と言った。その瞳は暗に「お前も見ただろう」と言っているようで、嫌とは言いにくくなって千尋は、光輝に背中を向け立ち上がりそして帯を解き肩から浴衣するりと落とし、腰の辺りでそれを止めた。

光輝が息を詰める気配を肌で感じた。風呂上りの火照った背中には瑞々しいばかりの観音菩薩が浮き出ていた。
「あっ……」千尋は自分の背中に指が触れる感触に小さな声を漏らした。

「な、何?」
「触れさせてくれ……」
それは今まで強気だった光輝の言葉とは思えない弱々しいものだった。黙ったままの千尋の背中を光輝の熱くて大きい掌が愛撫するかのように撫でていく。
「あ……っ」
そう口にした本人が驚いた顔で口元を押えた。さらに千尋は背中に指以外の熱を感じて再び声を漏らした。
背中に光輝が唇を付けている。まるでそれは観音菩薩を愛撫しているかのような優しい感触だった。

「……ぁ……」その唇が背骨に沿って降りる。
「やっ……」千尋は身体を強張らせたが、口から零れる声は甘かった。
「やめて下さい……」千尋は気丈に言ったつもりが、その声が震えている事は自分でも気付いていた。それなのに光輝の手が腰で止めている千尋の浴衣をぐいっと下げた。薄暗い寝室に千尋の裸体が白く浮かび上がる。光輝の唇は尾骶骨辺りまで下がると、千尋の裸体が慄いた。

「ゃあ……っ」
そしてその唇は又背骨を辿り、千尋の漆黒の髪を掻き上げてその白い項に辿り着いた。
「はぁ……」息を止めていた千尋がやっと息を吐き出すと、千尋の項から耳の後ろを舐め上げていた光輝が耳元でそっと囁いた。
「千尋……俺のものになれ」と。
「!」その言葉に光輝を突き飛ばすようにして、千尋が光輝から離れた。
「じ、冗談じゃない……どうして僕が……」だが、千尋ごときの力では光輝はビクともしなかった。

「まあいい、これから時間はたっぷりある」
それだけ言うと光輝はまるで自分の家のような態度で床に就いた。
千尋は小刻みに震える手で帯を締め直し、部屋の端に敷いてある布団に潜り込んで頭から布団を被った。
(どうして僕があいつのものになるんだよ……)

そしてその夜から千尋と光輝の奇妙な同居生活が始まった。朝、黒塗りの車が迎えに来て、夜になるとまた送って来る。そんな生活が2週間ほど続いたが、あの夜以来光輝が千尋の刺青を見る事は無かった。

ただ寝に来るだけの生活、それに何の意味があると言うんだろうか?千尋は今夜こそ「もう来なくていい」と告げようと思っていた。だが、その夜千尋が眠りに就くまで光輝は帰って来なかった。朝になっても、光輝の為に用意した寝床は使われた形跡が無かった。
(丁度良かった……)だけど、気持ちが晴れ晴れするどころか、何かあったのでは?と不安に苛まれてしまう。

光輝はヤクザだ……それも若頭だ。いつ誰に狙われてもおかしく無い地位に居た。千尋の不安は段々と大きくなって胸が苦しくなりそうだった。

(いつも居る奴が居なくなっただけだ……別に僕には関係は無い)そう思い込もうとしている自分が居る事に気付いたが
「馬鹿馬鹿しい……」千尋はそんな自分の気持ちを直ぐに否定した。その後千尋は大学に行く仕度をして家を出た。駅に向かって歩いていると、前から一台の黒塗りの車が近づいて来た。そしてその車は千尋に横付けされた。

「おい!」
車の後部座席のスモークが貼ってある窓が半分程下りて、中から光輝が声を掛けて来た。千尋が知らん振りして前に進むと、車はバックして千尋の横で又停まる。
「おい、乗れ」
「貴方に命令される覚えはありません」
「……親父が刺された」
「えっ?」親父ってあの豊川正輝?驚いて立ち止まる千尋にもう一度「乗れ」と光輝が声を掛けた。そして千尋は諦めたように、その黒塗りの車に乗り込んだ。

その車は千尋を乗せると、千尋の家を通り過ぎ走って行く。
「何処に行くんですか?」
「……」光輝は答えず、ただ黙って眉間に皺を寄せていた。仕方無く千尋もそれ以上は何も聞かずに、黙って背もたれに身体を預け車の揺れるまま身体を任せた。

暫く走って車は見覚えの無いマンションの駐車場に停車した。
「おい降りろ」
「此処は?」
「お前が住むマンションだ」
「どういう事ですか?僕にはちゃんと家があります。それに病院に行くのではなかったのですか?」
「お前が病院に行く必要は無い」
「じゃ何で僕をこんな所に連れて来たんですか?」千尋も語気が強くなってしまう。
「あの家はもう処分した方がいい」
千尋も何れはそうしなければならないと思っていた。だが、それを決めるのは自分で、この男では無いはずだ。

「あなたが決める事ではありません」千尋は真っ直ぐに光輝を見据えて言った。
「お前はいずれ俺のものになるんだ」
「信じられない!まだそんな事を……」
「信じられなければ、信じさせてやるから来い」
光輝は怒ったようにそう言うと、千尋の手を引っ張り車の扉を開けた。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^

千尋が連れて行かれた部屋は、2LDKくらいだが、一つ一つの造りがゆったりとして閑散としているが、シックにまとまった部屋だった。
「今日から此処がお前の住まいだ」
「ちょっと、待って下さい豊川さん……」
「光輝だ」
「光輝さん……どうして僕が貴方に部屋を与えられなければならないのでしょうか?」
「お前が俺の近くで、そして安全な場所に居て欲しいからだ」

「だから、その意味が判らないって言っているんです!」
「そんなの簡単な事だ、俺がお前に惚れたからだ」
「!」
一瞬の沈黙の後に、千尋が壊れたように笑い出した。

「アハハハ……おっかしい……前から変な人だと思っていましたけど、こんなに変わった人だとは思いませんでしたよ」
光輝は普段取り澄ました千尋が、今時の若者のように笑うのが不思議だった。

「お前でも笑うんだな……」
揶揄されているのか、馬鹿にされているのか判らずに千尋は笑うのを止めた。
「僕は人形じゃない……可笑しければ笑うし、悲しければ泣く……」
そんな千尋を何か新鮮なものでも見るような目つきで光輝が見ていた。その視線を感じて「な、何……?」と戸惑い言うと「いや……笑った顔も良いなぁと思って」と光輝が呟いた。

その言葉に千尋は顔を真っ赤にして、光輝に食って掛かる。
「僕は女じゃない!口説くのなら他を当れば良いし、貴方程の男なら口説かなくても相手から寄ってくるでしょう?」
「それは褒め言葉か?」
「別に……別に褒めてなどいない。」
「口説いては居るのだが、中々相手がその気になってくれない」
(ほら……口説いている人居るじゃない?)
その言葉に少しだけ、千尋の気持ちがシュンとなってしまった。光輝は黙って背広を脱ぎ、ネクタイを緩めシャツのボタンを外し脱ぎ捨てる。千尋はその身体を見ないように顔を逸らした。そんな千尋をちらっと見て、光輝の口元が密かに緩んだ。

スラックス姿で冷蔵庫の扉を開けて、中からペットボトルの水を取り出し、蓋をきゅっと開け口元に運んでいる。ゴクンゴクンと咽仏が上下する。その姿がやけに男臭くて千尋は目が離せなかった。光輝が口をボトルに付けたまま、眼球だけを動かし千尋を見た。
千尋はその視線にはっとして視線を外すが「どうした?俺に惚れたか?」揶揄するように言われ大きく被りを振った。

「冗談じゃない……」
だがその声が少し擦れていたのを光輝は聞き逃さなかった。つかつかと千尋に歩み寄ったかと思うと、突然千尋の顔を両の手で挟み唇を奪いにかかった。
「んんん……」千尋は両手で光輝の胸を叩くがビクともしない。頬から耳にかけ大きな掌に包まれているようだ。その指が千尋の耳の中を擽るように入って来た。

「あっ!」肩がビクンと上がってしまうが、それでも光輝の唇が外れる事は無かった。その手が後頭部に回り口付けは更に深くなった。
「ふぁ……ん……やめっ!」千尋は光輝の唇から逃げたが、小さく息を継ぐ間もなく又塞がれてしまう。

達った後の女の肌は手に吸い付くようで艶かしく、そして綺麗だ。光輝は千尋のそんな時の身体が見たかった。今まで経験したどんな肌よりも綺麗だろうと思う。
そう思うと、もうどうしても止まらない。そして、光輝は千尋の耳元で囁いた。
「お前の身体が見たい……達く時の身体が見たい……」



「僕は千尋が好きだよ」
千尋がそう告白されたのは、高校2年の夏だった。千尋は、クラスメイトからは『冷めている』とか『クール』などと言われていて、友達もあまり多い方では無かった。

千尋自身他人とあまり関わる事が好きでなかった。だから教室で、目当ての女子の話やSEX、ファッションのなどの話で皆が盛り上がっていても、机で本を読んでいるようなタイプの高校生だった。
そんな千尋にいつも明るく声を掛けて来ていたのが稲葉というクラスメイトだ。稲葉は小柄だが明るくて、元気で女子にも男子にも人気あった。いわばクラスのアイドル的存在の男子だった。そんな稲葉が何故千尋に構うのか不思議だった。

「千尋は、クールで綺麗だし、他の男子みたいにガサツじゃないから」
そう言って千尋にいつもくっ付いているようになっていた。稲葉と一緒に居る事で、千尋は今まで話した事の無い連中とも話すようになった。

「斉藤君は近寄るなオーラがあって近寄れなかったのぉ……」
などと女子に言われても、自分ではそんなつもりは無かったので戸惑う。
「ダメだよ、千尋は僕が目を付けたのだから」
そう言って稲葉が牽制するがそれも日々笑い話で終わっていた。

そして高校2年の夏休み図書館の帰りに稲葉の家に誘われた。
「千尋は全然家に遊びに来いって言ってくれないから……」
拗ねたように稲葉が言ったが、千尋は家に招待出来る筈も無かった。
「だったら僕の家に来て、千尋の読みたがっていた本持っているよ」
「じゃ……お邪魔しようかな」千尋は稲葉の笑顔と本に釣られて稲葉の家に寄った。
「家族の人は?」
「両親は旅行中」素っ気無く稲葉が答えた。
「そうか……独りで寂しかったんだ」千尋が笑うと「酷い……」と剥れるが、それも稲葉だから可愛いく見えた。

それからふたりは、図書館の続きの勉強を始めた。稲葉が淹れてくれたアイスティの氷がカランと鳴る頃
「千尋、僕は千尋が好きだよ……」と因幡に言われた。
「えっ?」視線をノートから稲葉に移すと、そこには真剣な目の稲葉が千尋をじっと見詰めていた。

「千尋は僕の事どう思っているの?」
「どうって……僕も稲葉を好きだよ」
勿論好きだから、こうして何時も一緒に居る訳だ。
「好きの意味判っているの?クラスメイトとしての好きって意味じゃないよ」
その時初めて千尋は手に持っていたシャーペンをテーブルに置いて「どういう意味?」と改めて聞いた。

「うーん、千尋とSEXしたいって思う意味で好き」
「男同士なのに?」
「僕は、千尋が男でも女でも関係ない訳じゃない。男の千尋だから好きなんだよ……僕は男しか愛せない……」
こんな告白をしていると言うのに稲葉は、テレビの話題でもしているかのように明るかった。
「男同士でSEXは出来ない」そう言いきる千尋に「出来るよ……」そう言って又可愛く因幡は微笑んだ。次の言葉が出ずに呆然とする千尋に稲葉が聞いて来た。
「千尋……女の人を抱いた事ある?」
十七歳の千尋はかぶりを振って「……ない……」と答える。
「じゃ勿論男も無いよね?」
稲葉が念を押して来るので今度はコクンと頷いた。

「嬉しい……千尋が初めて抱くのが僕だなんて……」
「僕が稲葉を……抱く?」
「そう、僕は千尋に抱かれたい」
そう言う稲葉の目が熱に冒されたように熱く潤んでいた。
その熱い目に引きずられるように「……でもどうやって?」と千尋は聞いた。

「来て……僕が教えてあげる」
そしてふたりは稲葉の部屋に行き……
―――千尋は稲葉を抱いた。

十七歳の千尋がフェラされれば身体も反応する。キスされれば息も上がり、身体が疼いて来る。初めての相手がクラスメイトの少年だった事以外は普通の事だった。
他人の身体に初めて放った精。身体は気持ち良いのに……心が着いて行かない。
だが(何かが違う……)その違和感に千尋は苛まれた。だが男だからという嫌悪感は無かった。

「千尋……ありがとう、好きだよ」
「うん……僕も好きだよ、でもごめん……最初で最後にして……」
「うん、そうだね……千尋はこっちの人間だけど、こっち側じゃないね」
「……」その時千尋は稲葉の言った意味が判るようで判らなかった。

それでも千尋と稲葉は高校を卒業するまで、今までと同じように仲良く友達として過ごした。お互い基本的には好きだったから無理して離れる必要は無かった。ふたりはあの暑い日の出来事など無かったように接した。時々悪戯っぽく稲葉が千尋の唇にちゅっとして来たが、笑って済ませられる範囲だった。

違う大学になって、一度だけ稲葉と逢った。大学で恋人が出来て可愛いがってもらっていると嬉しそうに語ってくれた。
「稲葉が幸せで良かった……」
心からそう思ったし少しだけ、肩の荷が降りたような気がした。
「千尋も早く恋人見つかるといいね」片えくぼの笑顔は相変わらず可愛い。
「僕は別に……欲しいとは思わない」
「千尋にもそのうち現れるよ、欲しくて欲しくて堪らなくなる相手が……」
そう言う稲葉に千尋は口元を緩め微笑んだ。
「……千尋はこっちが似合う」
「又意味の判らない事を……」文句を言うが稲葉はただ笑っていただけだった。


「何を考えている!」光輝の声が耳の直ぐ近くで聞こえてはっとして目を開けると、間近に光輝の顔があった。千尋は光輝の激しい口付けを受けながら、意識を五年前に飛ばしていたのだった。

「……貴方は……僕とSEXしたい訳?」
直接的な言葉に光輝が驚いた目で千尋を見つめた。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^

そう聞いてきた千尋の目は、大概の事に動じない光輝に鳥肌を立たせた。
 (ぞくぞくする……)
 その手の男と睨み合って負けた事も無かったし、負ける気もした事は無かった。だがこの千尋の目は違う意味で逸らせない。光輝は掠れた声で「ああ……お前とSEXしたい、千尋を抱きたい」と答えた。

「いいよ、抱いてみれば?」
 その言葉に光輝が固唾を呑み込んだ。千尋のその目は喧嘩を売っている訳でも、誘惑している訳でも無かった。ただ何かに挑んでいるような……だけど何故か諦めているような不思議な目の色だった。

(この目を情欲に染めてみたい)

「どういう意味か判って言っているのか?」
「判っているよ……」
「お前は……誰かに抱かれた事があるのか?」
「無いけど……」光輝は千尋の目が一瞬泳いだのを見逃さなかった。
「けど何だ?」
「抱いた事なら一度ある……十七才の時」
千尋が男を抱いた事がある、と言うのが光輝にはしっくり来なかった。
「はん?そんな餓鬼のおママゴトみたいなのと一緒にするな、俺が本当のSEXを教えてやるよ」

 千尋はこれまで、特に女性の身体にも興味が持てずに、そして十七才の夏のたった一度だけの経験にも、それを繰り返す程の興味も持てないでいた。それ以来誰の誘いも乗らずに誰も受け入れず今まで生きてきた。 千尋に残された道は受け入れる事?薄々自覚はしていた。ただそれを認める事が怖かった。千尋は自分が変わってしまうのが怖かった。

 ふっと千尋の身体が浮いた。突然光輝の肩に担がれ部屋を移動しているのだ。
「馬鹿……降ろせ……」背中を叩くと竜の目が千尋を捕らえた。

(伯父さん……)

『千尋……正直に生きろ、自分の心に正直に生きたらもし失敗しても後悔しない。だがな、自分を偽って失敗したら後悔するだけだ、そんな無駄な生き方をするな』伯父は千尋の性癖が判っていたのだろうか?

 千尋は担がれたまま、竜に指先で触れた……そして身体をどさっとベッドに落とされる。
「覚悟はいいか?もう戻れないぞ」同じ台詞を前にも聞いた。千尋が刺青を入れると決めた時、最後まで躊躇っていた伯父が千尋の説得に負けた時だ。

『覚悟はいいか?もう戻れないぞ……』
 その時千尋は伯父の目を正面から見て「はい」と頷いた。光輝の顔が近づきベッドに横たわる千尋の唇を奪った。光輝の舌が口腔に滑り込み、そして歯列をなぞり千尋の舌に絡まる。光輝は唇を付けたまま千尋のシャツのボタンに手を掛けた。

 その指はゆっくり味わうようにボタンを外して行く。光輝の大きな手が千尋の平たい胸を弄るように撫でまわし始めた。光輝の唇が首筋をなぞり鎖骨を舐め、指が千尋の小さな尖りを摘んだ。

「!」千尋は声を漏らすまいと唇を噛んだ。そんな千尋を片目でちらっと見て、光輝が口角を上げ、じわじわと甚振るように、尖りを責める。
「……っく」妙な感覚に千尋は手の甲で自分の口元を塞いだ。

 光輝は片方の尖りに舌を這わせ「はぁっ」と小さく息を吐く千尋に向かい「強情だな」と漏らす。光輝の頭には『啼かぬなら啼かせてみよう不如帰』そう言った戦国時代の武将の顔が浮かんでいた。指できゅっと摘み唇で吸い、舌で舐め上げる。
「あっ」千尋の口元から少し声は漏れたが、それはまだ喘ぎには程遠かった。

 光輝は執拗に胸の尖りを舌で転がし吸い上げ、そして指で捏ねる事も忘れない。
(千尋啼け……)心の中で命令し、そして軽く歯を立てた。

「あ……ぁぁ」
「感じるんなら、ちゃんと声を出せ」
「やぁ……っ」
(いやだ……この感情の行き着く先が怖い……)

「あぁ……っ……あぁぁ」
 心が拒絶しても身体が悦んでいる、千尋は今快楽の波に呑まれようとしていた。光輝の執拗な愛撫に悶えながらシーツの波で泳ぐ。

 すると次は光輝の手がベルトに掛かった。
「やぁ……自分で」せめて今の身体を見られないように自分で脱ぎたいと千尋は抗う。
「女の服だって脱がせた事が無い俺が脱がせてやるんだ、光栄に思え」
(そんな名誉は要らない……)
 光輝の手がジッパーをゆっくりと下ろした。
「いやだぁ!」千尋の抵抗も虚しく、光輝の手が千尋のズボンとボクブリを同時に引き抜いた。

「ああ……」千尋は観念せざるを得なかった。光輝の前に一糸纏わぬ姿を晒してしまっている。手が千尋の白い腿を撫でた時千尋は一筋の涙を零した。
「何故泣く?」その言葉が妙に優しくて、千尋は震える唇をそっと噛んだ。

(……人の手って暖かい)
 光輝の手は千尋を焦らすように腿を撫でる。
「……ぅ」千尋は声に出さないように吐息を漏らすが、その吐息が震えていた。
「千尋、素直になれ、素直になって現実を受け入れろ。俺とお前はこういう縁で結ばれていたんだ」
(縁など要らない……僕はただ自分の嗜好を見極めたいだけなんだ……)

 光輝は強情な千尋を辱めるように、体を転がしうつ伏せにした。くいっと腰を引き上げられ、千尋は四つ這いの獣のような体勢にされた。その体勢で太股の内側を愛撫される。
「あぁ……」擦るように膝まで下がり、そして又ギリギリの所までさわさわっと撫でられた。
「あぁ……」全てが丸見えの状況でそんな事をされると、体を支えている両手両脚がガクガク震えてしまう。

「やめ……あぁ」光輝の指が性器を避けて腹を撫でている。
「まだだな……」湯にも浸かってないし、酒も飲んでいない体は簡単には色を出さない。

「やあ――っ」光輝の両手が千尋を押し開いた。尾てい骨の辺りに熱い唇を感じて体がぞくっとし、そして舌先で舐められた途端「ああぁぁ……」と、千尋の口から抑えていた声が甘く零れた。

 腰と尻の狭間がえも言われぬ快感を千尋に与えてしまう。
「ここが良いのか?」
聞かれても素直に返事など出来ない、背骨を辿り這い上がる唇に背中が仰け反る。
「はぁ……っ」まだ本当に欲しい場所への愛撫は施されなかった。
(もどかしい……)
 光輝は背中に口付けを落としながら、手を前に回し千尋の胸の尖りを指の平で転がした。固くなって来たそれを爪で引掻いた時、千尋の腰が揺れた。
「千尋、こういう時に何て言えばいいのか、知っているか?」
そんな千尋に光輝が問いかけて来た。
 唇を噛んだままの千尋の耳元で「気持ちいいって言えばいいんだ」そう甘く囁き舌で耳をペロッと舐め、両手で胸の尖りを摘んだ。

「ああぁぁ……いい……」もう千尋の意地も限界だった。
「そうか、良いか」満足したような光輝の声に「あぁ……いい……」と繰り返し千尋は訴えた。
「もっと良くしてやる」
 そう言うと今まで存在が無い物のように無視されていた千尋の昂りに手が伸びた。
「やっ」あまりの刺激の強さに気持ちと裏腹な言葉が、千尋の口から飛び出る。

(身体が熱い……)

「千尋、気持ち良いんだな……」
感激したような光輝の声に千尋のもうひとつの身体が反応を示した事がわかった。
「あ……っあ……っ」光輝の手の動きに合わせたように千尋の声が上がり、腰が蠢く。

「ここが唇だ……ここが掌だ……」
光輝が千尋にその姿を教えるように口付けして行く。
「ここが……ここが雅さんの魂だ……」
その言葉を聞いた時に千尋の目からは、新たな涙が零れ落ちた。

「ああ……僕は……もう戻れなくなってしまった」
「何処に戻る必要がある?ここが始まりだ」
「始まり?」
「ああそうだ、此処から全てが始まるんだ」
力強い光輝の声に千尋の心を覆っていた暗雲が動き出した。

「僕は男の人を好きになっても許されるの?」
「男じゃない……俺だから好きになれ、俺を好きになればいい」
そう言うと千尋の身体を仰向けに返した。そして千尋の髪と頬を撫でた後、その唇をそっと唇に重ねた。

「あぁ」その時千尋は初めて光輝の背中に腕を回して抱き付いた。そして見えない竜を撫でる。
「この身体はお前にくれてやる」そう竜が吼えた気がした。

 光輝の指が千尋の尻を撫で、そして心を決めたようにその指を窪みに這わせて、そっと滑り落とした。
「あっ!」千尋の小さな叫びは光輝の唇で又塞がれる。光輝の指の動きに叫び出したい気持ちも強かった。 だけど、その先の自分を見てみたい気持ちの方が大きい。傲慢そうに見える光輝だったが、その指先は優しく千尋の身体を労わるような動きだった。

「ああ……」千尋が慄くと、又口付けが落とされる。
 それを何度か繰り返した後に、ローションに濡らした指が千尋の身体に忍び込んだ。
「うっ……ぁぁ……」

 引き攣るような痛みと異物感に身体が強張ってしまう。そんな千尋の瞼に光輝は何度も口付けた。そして「雅さんが与えた痛みに比べたら大した事はないだろう?」と諭すように呟いた。きちんと色を付けている千尋にだからこそ言える言葉だった。

 想像以上の痛みで、筋彫りだけで止めてしまう輩も大勢いる。だが中途半端な彫り物はこの世界では笑われるだけだった。金が無くても、根性が無くても手彫りの彫り物を完成させる事は出来ないからだ。

 光輝の言葉を受けて千尋の目が挑むような目に変わった。
「……もっと」
「そうこなくっちゃな」その声色は揶揄するようにも、感心するようにも聞こえる。光輝の指が千尋の中で蠢く。
「あ……っ」光輝の指が増やされる感覚に千尋が小さく喘いだ。

 二本の指にだけ意識が集中してしまう。
「はぁ……」息を吐きながら千尋は光輝の指を奥まで受け入れた。身体の中を光輝の指が浅く深く弄りそれを繰り返す。
「あぁぁ」
光輝は千尋の声の艶が変わった事を見逃さず千尋の良い所を探し当て擦り上げた。千尋の身体を今まで知らなかった感覚が走り抜けた。いつの間にか背中から落ちた千尋の手はシーツをぎゅっと握っていた。
「ここか……」確認するように、もう一度擦られた。
「やあーっ……だめぇっ!そこ……やっ……」
強い感覚に知らず知らずのうちに千尋の目からは涙が零れていた。 千尋は自分の身体がトロトロに熔けているのを感じた。
「やぁ。じゃ無いだろう?何て言うか教えてやっただろう?」
「悔しい……」千尋の言葉に光輝の口元が緩んだ。

 光輝の指が抜かれ、自身にローションを垂らしている。視線の中の光輝に目を見張るが、千尋はゆっくり口を開いた。
「後ろから……して」
この男に見ていて欲しい……自分を。自分が変わる瞬間を……。
「ああ、うつ伏せになれ」
強気な光輝の言葉も緊張の為か掠れていた。そう言われて千尋が体位を変えると光輝は千尋の腰をがっしりと両手で掴み、挑発するようにヒクついている蕾に己の猛りを押し当て、ぐいっと力を込めて突き進んだ。
「あぁっ!」悲鳴と共に千尋の背中が仰け反る。

(何だよこれ?)その瞬間千尋の蠢く胎内に光輝は我を忘れそうになった。
「千尋キツイか?」苦しくない筈は無い、だが千尋は首を横に振った。
「全部挿れるぞ」光輝の最終宣告に千尋はシーツを握り締めたまま頷いた。
「あぁぁ……っ」その瞬間、今まで全部出ていると思っていた千尋の背中の色が、更に鮮やかに浮かび上がった。

 千尋を貫きながら、光輝は固唾を呑み込み心で唸った。
(なんてことだ……戻れなくなったのは俺の方だ)
熱く蠢く千尋の身体の中、仰け反る事でその微笑が深くなる背中。
(くそっ……煽ってくれるじゃないか?)
 だが、光輝は繋がったまま、千尋の右の腰の辺りを愛しそうに指の腹でなぞっている。

 それを感じた時、千尋の目からボタボタと涙が零れ、シーツを濡らした。光輝が優しく触れた場所を知っていたからだ。そこは『彫雅魂』の落款が彫ってある場所だ。

「千尋……泣くな、俺が愛するから泣くな……」
 光輝の言葉に又涙が零れそうになったが、唇を噛んで耐えた。身体が馴染むのを待っているのか、光輝は千尋の腰を掴んだまま動かない。
(背に視線を感じて熱い……)

 光輝も耐えていた、蠢く千尋の身体に持っていかれないように耐えた。
(竜よ静まれ……)光輝は我が身にそう言い聞かせた。

「あぁ」光輝が動かなくとも千尋の胎内は目一杯光輝を感じていた。
「動くぞ……」光輝は優しく声を掛け、ゆっくりと己の昂ぶりを引き抜いた。
「ああ……っ」狭い胎内に受け入れている千尋には、少しの動きでも壁までが剥がれるのではないか?と思う程の感覚だった。そしてその猛りが又舞い戻って来る。

「ああぁ」千尋の喘ぎが光輝の理性をも持って行きそうだ。光輝は艶かしいその背に口付けを落とす。
「あ……ぁぁ」
(喘ぎ声までが愛しいと感じた事が今まであっただろうか?)
 光輝は左手をそっと前に回して、千尋の性器を握り込んだ。
「やあーっ!だめ……」千尋のそこは、もう硬く熱く主張していた。
「気持ち良いか?」耳元で揶揄するように声を掛ける。
「うっ……はぁ……」
光輝は素直になれない千尋の性器をゆっくり扱いてやった。
「ああ……だめ……あっ……」
「身体は素直だぞ……」
「いやだ……言うな」後ろから見ても、千尋の耳朶が赤く染まっているのが判る。

「じゃここはどうだ?」光輝の指は千尋の小さい尖りを掴んだ。
「あ……っ」光輝は仰け反る千尋の背中に何度でも口付けを落とす。
 千尋の身体が光輝の猛りをこれでもか、と言う程締め付けてくる。
(くそっ!)光輝は心の中で舌打ちしながら、我慢出来なくなって動きを早くした。

「あっあっ……あああぁぁぁ……」
 光輝の動きに合わせるように、千尋は艶かしい声で喘ぎ声を漏らす。畜生……どんな顔で喘いでいるのか?千尋の顔が見たかった。光輝は繋がったまま、千尋の身体を仰向けにした。目が合った千尋の瞳が「どうして?」と聞いているようだ。
「お前の達く時の顔が見たい」
「やっ」千尋は小さな悲鳴を上げて腕で顔を隠したが、光輝はその腕を外しシーツに縫い付けた。
「ちゃんと見せろ」そう言うと同時に腰をぐいっと押し付ける。
「あああぁぁ」

 だんだんと光輝の動きが激しくなる。
「ああぁ……お、おくに……」
身体の奥深くに光輝を感じる千尋は思わず口にしてしまった。
「何?奥が良いのか?」
「ち、ちが……あぁ」千尋は違うと言いたいのだが言葉にならない。
「ん?もっと奥が良いのか?」
 千尋は被りを振りながら「やっ……こわれる」と呻いた。

「違うだろ?感じているって言えよ」
(感じてない……感じてない……あぁ……感じる…)
「達きたい……」囁くように千尋が強請った。その恥じらいを含んだ目の色がどんなに光輝を煽ったか千尋は知らない

「ああ達かせてやるよ……思いっきり達けよ」
そう答えると、光輝は千尋の性器を扱きながら、激しく腰を打ち付けた。
「ああ……あぁ……っ」千尋は頬を濡らしながら艶かしく善がる。
(くそっ!こいつを手放せない……俺のものだ……)

 光輝は千尋の中の良い所を亀頭で擦り上げた。
「あ――っ、あぁぁ……達く……光輝……達く……」
光輝と名前を呼ばれるとは思っても居なかった。その瞬間、光輝の猛りが一層嵩と硬度を増した。
「あぁ……達くっ……」千尋の中が熱く熱く蠢いた。
「くそっ」千尋に引き摺られるように、光輝も千尋の奥深く果てた。

 暫くして千尋の胎内からそっと光輝が自身を引き抜いた。だが光輝は千尋の上でまだ荒い息を吐いている。千尋も肩で息を整えながら「竜が……竜が綺麗」とうわ言のように言っていた。きっと達った後の光輝の身体も、艶が増して綺麗に竜が浮き出ているのだろう。

千尋は口元を緩め、もう一度「竜に……触れたい」そう呟いた。
「良く見ろ、これが俺だ、俺の竜だ」光輝はそう言って千尋に背中を向けた。

「ぁぁ……」
千尋は両手で口元を押え感嘆の声を小さく上げた。
(これが……光輝の昇り竜……)その後姿は千尋の心を掴んで離さなかった。
(伯父さん……僕はこの竜の背に乗ってもいいですか?)千尋はその竜の目にそっと唇を寄せた。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^

 千尋は小学生一年の頃から伯父に育てられた。その頃から、千尋の遊び場は伯父の仕事場だった。子供の頃千尋は客が帰った後、片付けを手伝ったり、散らばった写真や下絵を見たりして育った。

「伯父さん、僕これが好き」千尋が手にしたのは、一枚の昇り竜の絵だった。
「又竜か……好きだなお前は」呆れるように答える伯父の眼鏡の奥の目がいつも笑っていた。

「ねえ竜はまだ?」小学生の頃から聞き続けていた言葉は中学の頃まで続いた。だがその答えは何時までたっても「まだだ」だった。

 千尋が高校生になった頃は、もうその質問はしなくなった。それは丁度自分の性癖に疑問を持ち出した頃でもあった。

 千尋の中でも、竜の絵は待ちに待った物だった。それが今、自分を抱いた……そしてその背に唇を付けているのは自分だ。背中に千尋の唇を感じた光輝は、動かずじっと待っていた。だが暫くすると、背中から聞こえて来たのは千尋の小さな寝息だった。
「……千尋?」千尋の身体を片手で支えながら、そっと向きを替えると安心したような、あどけない顔の千尋が眠っていた。

 まだ昼前だ、睡眠不足で寝ているのでは無いだろう。気丈に振舞っていても、初めて男を受け入れたのだ、その心と身体の負担は想像以上に大きいのだろう。千尋をそっと横たえると、光輝は湯を張るために浴室に向かった。

 蛇口を開くと勢い良く湯が出る。そしてその掌をじっと見つめた。
(俺はこの手に千尋を抱いた)今頃になって武者震いのように身体が奮えて来た。

「光輝……」と呼び達った千尋の顔を思い浮かべる。2週間の間寝る為にだけ千尋の家に通ったようなものだった。時間があると自分が千尋の意思を無視して力づくで抱いてしまいそうだったから、外で時間と体力を消耗させ千尋の家に通っていた。

 その間にこのマンションを用意させ、何時でも千尋を連れて来られるように準備をしていた。光輝とて急ぐつもりだった訳ではない。今回親父である組長が刺されたのが光輝の行動を早めてしまったのだ。

 組長を刺したのは、逆恨みのただのチンピラだった。実はそれがこの世界では一番怖い事だった。何かの抗争や揉め事があれば用心もするし、上の命令を無視して動く事はしない。身に覚えも無い逆恨みでは突然の事で用心のしようも無かった。

 このマンション自体が光輝の持ち物だったし、縄張りの中でもあった。千尋をあまり自分の近くに置くのも良くないが、目の届かない所にも置きたくなかった。構成員でも無い千尋にそういう手が伸びるとは思わないが、違う意味で目を惹いてしまう……千尋はそういう空気と容姿を持っていたのだ。

 さっきまで近くで聞こえていた湯を張る音がしなくなった。光輝はベッドへ行き、眠る千尋を抱き上げた。その時千尋の瞼が開いた。
「あっ……何?……降ろせ」
「大人しくしろ、風呂だ。どうせ自分では歩けないだろう」
「うっ……」抗おうとして、千尋は身体の中に鈍い痛みと異物感を感じた。横抱きにされ風呂場へ連れて行かれる間、千尋はずっと唇を噛んでいる。

「痛むか?」そう優しく聞かれて、思わず顔をそらした。
「恥ずかしい……」裸のまま抱き上げられ抵抗できない自分が、千尋はとても恥ずかしかった。そんな千尋に口角を上げ「これからもっと恥ずかしい事をするんだ諦めろ」と光輝が言い、千尋の目が大きく開かれた

「やだっ……降ろして」
「大人しくしていろ」降ろされたのは湯が張られた湯船の中だった。特注なのか?大人の男ふたりで入っても余裕の湯船だ。それなのに光輝は千尋を後ろから抱きかかえるように浸かっている。

「もう少し離れて……当る」前を向いたまま俯き千尋が呟くように言った。一度吐精したぐらいでは、光輝の性器は萎えてはいなかった。というか、千尋を前にして萎える筈もなかった。

「もう一度、此処でお前を抱くから」耳元で囁かれ千尋の心臓がドクンと跳ねた。
(もう一度……抱かれる……)異物感の残る体が疼く……その疼きに自分の性癖を完全に自覚した。

(やはり僕は……男に抱かれて悦ぶ側だったのだ……)
それが判って数年抱いていた疑問も謎も解け安堵する気持ちと、そんな自分を嫌悪する気持ちの両方が湧いて来た。

「あっ」項に熱を感じ驚きの声が零れた。
「身も心も俺を受け入れろ」光輝の声が哀願に聞こえたのは気のせいなのだろうか?光輝の掌が身体を這い回している。
「あぁぁ……」今は、今だけはこの悦楽に流されてみようか?千尋はそう思って瞼をそっと閉じた。

 光輝の手が千尋の白い肌を滑るように撫でる。
「素人のお前が何故刺青を入れようと思ったんだ?」
光輝は初めて千尋の身体を見た時から思っていた事を聞いた。

「伯父さんに観音菩薩を彫らせてやりたかった……伯父さんが初めて彫ったのが、これと同じ観音菩薩だったから……」
「!お前以外にも居るのか?」
「僕も逢った事は無い、今その人が何処で何をしているかも知らない」
「だから彫雅があんなに拘ったのか?」
「僕が……僕がいたから……僕を育ててくれたから……その人と……」
千尋は自分がいたせいで、伯父がその人と一緒になれなかったと思っていた。

 背中の菩薩が震えている―――

 光輝は震えながら涙を流す千尋を後ろからギュッと抱きしめた。
「お前のせいじゃないだろう?縁があれば必ず一緒になれた筈だ」
「うっ……」堪えていても千尋の口からは嗚咽が漏れてくる。

(雅さん、あんたは暗い過去までこいつに背負わせたのか?)

「千尋……」千尋の身体を抱いて自分の方を向かせた。
「見るな……」泣いている顔を見られたくなくて千尋は身を捩った。光輝は千尋の顎を持ち上げ、その唇を激しく吸った。

「うっ……やめ……」
力で光輝に適う筈も無い、光輝の舌が口腔に入り込み千尋の舌を追いつめる。歯列をなぞられ、舌を絡められ「あぁ」と息継ぎをする千尋から喘ぎ声が漏れてしまう。
光輝は角度を変え何度も唇を重ねた。
「あぁぁ」そうしているうちに、千尋の声に快楽の艶が加わった。
光輝の手が千尋の後孔にそっと触れる。
「やぁっ!」
「来い」光輝が千尋を湯船から引き上げる。
「やだ……」抗う千尋の身体を浴室の壁に押し付け、光輝の手はボディソープのポンプを押した。ソープの滑りを借りて、光輝の指が後孔に滑り込んでくる。
「あ……っ」まだ異物感が残る場所に又指が差し込まれて千尋は慄いた。
「やだっ……あぁ……」

 光輝の指が入り口を拡げるように回っている。
「ほら嫌がっても、ここは俺の指を咥えて放さない」
「やっ……あぁ」千尋の瞳からは生理的な涙が零れている。
「ほら、二本目……」

 そしてその二本の指は千尋の前立腺を刺激し始めた。
「ああぁぁ……そこ……やぁ……」自分が壊れる……心が壊れそうだった。優しく、そして強く押される千尋の中はもうヒクヒクと畝っている。執拗に前立腺を攻められ千尋は立っている事さえ出来なくなった。
「気持ち良いか?」光輝の目にも余裕の色は見えない。
「ああぁぁ……」千尋がもどかしく腰を揺らす。
「もっと……」千尋の目が妖しい色に染まった。
「挿れるぞ」光輝はこれでもか、と言う程に張り詰めた己自身を千尋の後孔に押し付けた。
「いやあぁ」求めてもまだ慣れない千尋の体が強張り抗う。
「くっ」光輝が千尋の肩を押し、そして腰を持ち上げた。

 肩を押された千尋には逃げ道が無かった。ぐぐーっと音を立てるように、光輝の猛りが押し入って来た。
「あああぁっ……」千尋の白い体が仰け反るが、それでも光輝は侵入する事を止めなかった。そしてその千尋の仰け反る白い咽に喰らい付いた。
「あぁぁぁぁ」
「ほら千尋、良く見ろ」そう言われ顔を横に向かせられた。そこには二人の絡まる姿が鏡に映し出されている。
「やあーっ!」
「良く見ろ!これが俺達だ、俺達は今一つに繋がっているんだ」そう言いながら光輝が腰をぐいっと打ち付けた。

「ああぁ……」そこには男を咥え込み善がっている自分が映っている。
「千尋、素直になれ、身体は受け入れ、そして悦んでいる」
千尋のモノももう限界なくらいに猛っていた。
「あぁ」そんな姿を見て観念したように千尋が涙を零した。

「お願い……達かせて……」千尋は涙を零しながらせがむ、達きたいと。その言葉を聞いて背中の竜が動き始めた。
「あっあっ……あぁぁ……」千尋は箍が外れたように艶かしい声で啼いている。光輝はより激しく腰を打ち付けながら、千尋の前を扱いた。
「あっ……あ、もうだめ……達く……」
「ああ、何度でも達けば良い」光輝はギリギリまで引き抜き、そして最奥を目指して打ち込んだ。

「ああっ達く……こう……き……いく……」
「くそっ」無意識か故意か、達く時に呼ぶ名前は……
そして千尋は身体を痙攣させながら達った。その震える内壁に耐えられずに光輝も後に続いた。
「ぁぁぁ……」千尋は小さく長い悲鳴のような喘ぎ声を最後に、意識を手放した。
 
 千尋は激しい咽の渇きで目が覚めた。
(ここは何処?)千尋は今自分が置かれている状況を直ぐには把握できなかった。身体を起こそうとして、腰に鈍い痛みと気だるさを感じ、又横になった。何も身に着けていない体を見下ろす。
(ああ……僕は……あの男とSEXしたんだ……)
自分の身体に残る余韻と後孔に残る痕跡がそれを教えてくれる。

「起きたのか?」バスローブを羽織っていたが肩口に刺青が見え隠れしている。
「……水」一言だけ告げ千尋はそっぽを向いた。その頬に冷たいペットボトルが付けられる。
「ほら……」光輝が千尋の背中に手を添え身体を起こしてやると、千尋はそのペットボトルの水をゴクゴクと咽を鳴らして飲んだ。

「身体、大丈夫か?」
「大丈夫な訳が無い……」千尋は歩ける自信も無かった。
「初めてにしては激しかったからな」揶揄するように言われ、顔が赤くなるのが判った。
「貴方は……慣れていた……」
「ああ……まあな」

「……そう」千尋は水のボトルをベッドサイドのテーブルに置くと又横になった。
(僕は何人かのうちの一人なのか……)光輝が他にも男を抱いていた……そう考えると自分が何故か惨めに思えて仕方なかった。

「服を……」そう思うともうこの男の前に裸体を晒していたくなかった。
「何故だ?服を着る必要は無いだろう」
「……?」
光輝は色の出てない体でも、その白く艶のある千尋の体を愛でていたかった。
「あれで終わりだと思うなよ」千尋は光輝の言葉に体が強張った。
「嫌だ!男が欲しいなら他にもいるだろう」
大勢いる慰み者の中のひとりになることは、千尋のプライドが許さなかった。

「じゃ何故お前は俺に抱かれた?」
「……自分を確かめたかっただけだ……」
「ほう、じゃ誰でも良かったんだな?」光輝の目が冷たく光った。
「……誰でも良かった」それに引き換え千尋の目は虚ろになる。
(そうだ、誰でも良かったんだ自分に引導を渡してくれるなら……誰でも)

「……そうか」そう呟くように言うと光輝は黙って部屋を出て行った。
(怒らせた?)千尋は自分でも何も判っていなかった。

 帰ろう……彫雅の匂いのするあの家へ……千尋はだるい体にムチ打つようにベッドから起き上がった。その時寝室の扉が開いた。
ふたつの影……「誰?」千尋は自分が何も身に着けていない事を思い出しシーツに包まった。
「誰でも良かったんだろう?お前を抱いてみたいという奴を連れて来た」
光輝の声は今までに聞いた事が無いほど冷たいものだった。

「……うそ、いやだ……いや」千尋は恐怖で体が震えている。
「いやだって言ってもお前は最後には悦ぶんだろう?」冷たく揶揄されるが、今はそれに応戦する余裕は千尋には無かった。
「へえ……この子か、綺麗な子だな」更に揶揄する違う男の声が耳に聞こえる。

「ま、ゆっくり可愛がってやれ」その男の肩をポンと叩いて光輝が部屋を出て行った。
「虎太郎だ、楽しませてもらうよ」そう言ってその男はネクタイを緩め、シャツのボタンに手を掛けた。黙っていれば、普通のサラリーマンのような風貌だ。だが眼鏡の奥に光る目は全てを見通しているような、厳しく冷たい目だった。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^
虎太郎が見せ付けるようにゆっくりシャツを脱ぎ捨てた。
(虎だ……虎が吼えている……)千尋の目が背中の刺青に釘付けになった。
「余裕だな、私の体に見惚れているのか?」
千尋はその言葉に我に返り、そしてこれから何が行なわれようとしているのか知った。

「いやだ……出て行け」
「ああ、終わったら出て行くよ」男が口角を上げ薄ら笑いで答えた。そしてベルトのバックルをガチャガチャ鳴らせながら、ベッドに近づく。
「やだ、いやだ……やめろっ!」
するっと抜かれたベルトが床に落ち、鈍い音を立てた。

「大丈夫だ、私は光輝と違い男もイケル口だからな、善くしてやるよ」
3代目候補の若頭の光輝を捕まえ呼び捨てにするこの虎太郎という男は何者なのだろう?
千尋の歯がガチガチを小さな音を立て始めた。
(やだ、怖い……いやだ)

虎太郎は千尋の包まるシーツを乱暴に剥がした。そして千尋に跨り抗う千尋の両手を絡げ、頭の上で押さえつけた。千尋は黒い大きな瞳に涙を溜め、それでも虎太郎を睨みつけもう一度「止めろっ!」と呻いた。

虎太郎の手が千尋の体を弄るように撫で回している。白く吸い付くような肌が抵抗のせいで桃色に染まっていた。その桃色の肌の上に輝くように艶々と薄い色の粒がある。虎太郎はその小さな粒を爪で軽く引掻くように弾いた。
「いやぁ……っ」
そんな千尋の反応に虎太郎は内心(参ったな……早い事終わらせないと、こっちの身が持たない)と頭を抱えた。

虎太郎がサイドテーブルのローションの容器を手に取ると、千尋の体が一層強張るのがよく判る。虎太郎はゆっくり、千尋に見せ付けるようにローションンの中身を掌に垂らし、擦り合わせるように馴染ませた。
「やめっ、やめて……やだ……」
それでも虎太郎の指は恐怖で慄く千尋の小さな蕾を探り当てた。
「!」
虎太郎は強張る千尋の片足を肩に担ぐ。千尋はゆるゆると入り口を撫でるように動く指に体が強張り、身体は小刻みに震えている。
(やだ、来る……挿って来る……)身を捩るが、がっつり抑えられた体は微動だにしなかった。

ぷつっと虎太郎の中指が挿入された。
「ああぁ――っ!やだぁ……」
躊躇うように入り口で動きを止めた指が覚悟を決めたように、千尋の狭い内壁を這うように奥へ奥へと押し進んだ。

千尋は自分の息が止まるかと思った。指とは比べ物にならない太い物を一度ならず二度も受け入れた身体なのに……なのにどうしてこの感覚?
―――心も身体もとても苦しい。

その時虎太郎の指がくいっと中で曲げられた。
「やあーっ!いやだっ!触るな……そこを触るなっ」拒絶する体に無理強いされる快感は心が千切れるように痛い。留めを刺すように、虎太郎はもう一度そこを強く押した。
「あああ―――やだ―っ!こうきぃーっ!!助けて……」
瞳に溜まっていた涙が一挙に溢れ出した。
「あぁ……こうき……おねがい……たすけて……」

千尋の悲痛な叫びにこの部屋の時が一瞬止まった。

隣の部屋の椅子で腕組みをし、じっと目を瞑っていた光輝がかっと目を見開いた。同時に千尋の内壁を這っていた指がそっと抜かれた。千尋自身も今自分が誰の名を呼び、助けを請うたか心は覚えていないが耳が覚えていた。

「……こうきぃ」

自分の言葉に呆然としている千尋の視界に光輝が入って来た。
「呼んだか?」その声はさっきの冷たい声とは違い労わるような優しい声だった。
「あぁ」と千尋はその首元に縋るように抱きついた。光輝の手が愛しそうに千尋の髪を撫でる。千尋の震えと涙が止まるまで、光輝はずっと髪を撫でていた。

どの位経ったのだろう?
「ウウン!」ワザとらしい咳払いと共にさっきの男、虎太郎が入って来た。自然と千尋の体が強張るが、そんな千尋の背中を優しく撫でながら「紹介するよ」耳元で光輝の囁く声がした。
千尋が改めてその男を見ると、もうきっちりとネクタイを締めスーツを着ていた。その立ち姿からは、先ほどの虎吼の面影など微塵も感じられなかった。
「補佐の矢野虎太郎(ヤノコタロウ)だ、俺の右腕だ」
「初めまして千尋さん、今日はあなたを抱けなくて残念でしたがね」虎太郎のその言葉に千尋がまた体をビクンと震わせる。

「てめぇ虎太郎、千尋が怯えるような事言うな」
「は?言い出したのは貴方の方ですよ」呆れた顔で虎太郎が言い返す。
「俺は賭けに勝ったんだ」

「賭け?」千尋が訝しい目で問うて来た。

「千尋さん、貴方が光輝に助けを求めるかどうかの賭けをしたのですよ」虎太郎が説明する。
「貴方が光輝の名前を呼んだ時点でこの賭けは終了です」
「ぼ、僕が呼ばなかったら?」
「ええ、私はあなたに喜んで突っ込んでいましたよ」にっこり笑って答える虎太郎を見て背筋が凍った。

この男ならやるだろう、そう言う目をしている。光輝だって、約束を反故にする事などしない、男が廃る。光輝にしろ、これは五分五分の賭けだった。だが信じていた必ず自分の名を呼ばれると。しかし、どの時点で呼ばれるかは判らなかった……

(指一本か……)光輝にとってそれは当の千尋よりも苦痛だった筈だ。その間光輝は、隣の部屋で全身を耳にして手に汗を握り聞き耳を立てていたのだ。こんな勝負は一生したく無いと心では思っていた。

「……賭け」呟くと同時に千尋の右手が舞った。バシッと言う音を響かせ光輝の顔が一瞬ぶれた。
「お前に殴られるのは二度目だな……」口角を上げて揶揄するように、そして嬉しそうに光輝が言った。

「酷い……僕は貴方の玩具じゃない」
「じゃ何故俺の名を呼んだ、俺に助けを請うた?男なら誰でも良かったんだろう?」
「それは……」千尋本人さえ何故光輝の名を呼んだのか判らなかった。

「判らないなら判らせてやろう」
光輝は両手で包み込むように千尋の顔を押さえ込み、その唇に自分の唇を寄せて行った。
「やめろ……んん」千尋は抗うがその言葉は光輝の口腔に飲み込まれてしまう。

傍らに居た虎太郎がそっと離れるが、部屋を出る事は無かった。
『もし俺が千尋を抱き始めても最後まで傍に居ろ、目を離すな』と先に光輝にそう命令されていたのだ。虎太郎は光輝が何を考えているのかまだ理解できなかった。しかし、そう言った時の光輝の目は以前にも見たことがある、それは何か覚悟を決めた時の目だった。

一度目は新宿でフラフラしていた虎太郎の面倒をみてくれ、と組長である父親に頭を下げた時。
二度目は、光輝が若頭になった時に、組長に向かって「虎太郎を自分付けにしてくれ」と頼んだ時。

そしてこれが三度目……たかが男を抱くだけの為にそんな目をした?否、光輝はそういう奴では無い。
光輝がこういう目をする時は誰かの運命が変わる時だ。千尋に舌を絡めながら、虎太郎の存在を確認するかのように光輝が視線を投げて来た。千尋の様子は背を向けているから判らないが、虎太郎がまだ居る事に気づいてはいないだろう。

光輝が千尋を対座になるように抱き上げ膝に座らせた。激しい口付けの合間に「いやっ……」と声が漏れるが、虎太郎にはその声が、さっき自分が抱こうとした時に聞いた声とは全然違う色だと直ぐに判った。多分光輝も判っている。判っていないのは、その甘い声を出している千尋本人だけのようだ。

虎太郎は寝室の扉に凭れ掛かったままで二人の様子を見学していた。光輝は千尋の胸に顔を埋めて小さな尖りを口に含んでいた。
「あぁぁ……」艶かしい千尋の声が響く。
「ここが良いのか?」
「やっ」
光輝が舌を使う水音が室内に木霊する。
「あぁぁ……っ」

(何時までこいつ等の痴態を眺めていなくてはならない?)内心舌打ちするが、光輝の命令は絶対だった。(もしかして光輝は俺に惚気たいのか?)そう思わせる程光輝の声も態度も甘かった。
若い頃は二人で、女を買って3Pもした程に光輝はやんちゃだった。その光輝が二週間前から突然変わった。彫師の家だと言う所に送り、そして朝迎えに行ったのは虎太郎だった。

若い衆には見せられない、という光輝の為に虎太郎が運転していたのだ。今までの光輝は、一度目で落ちる女は「軽い女は嫌いだ」と言い二度目が無い。そして二度目で落ちない女には、次に声を掛ける事はしなかった。そんな光輝が二週間何もせずに通ったというのが、この千尋だった。光輝にとっての二週間は一年にも匹敵するような時間だったのではないかと虎太郎は思っていた。

ただ『惚れた』としか聞かされていなかった虎太郎は、それがまさか男だとは思ってもいなかった。身持ちの固い女に惚れ、足しげく通っていたのかと思っていた。だが、今虎太郎の目の前で光輝が抱いているのは正真正銘の男だ。それは、さっき自分でも直に確かめた。
(そこいらの女より綺麗な肌だった……)
もし自分が光輝より早く出会っていたら、どうなっていたか判らない……そう思わせる程の美しい青年だった。

虎太郎は背広の胸ポケットから煙草の箱を取り出した。灰皿は?と周りを見回すが見当たらない。部屋を出る事で音を立て、千尋の気を削ぐのも躊躇われた。

「あぁ……」千尋の艶かしい声がさっきより高くなった。
(やっと挿れたか……)自分の行為はあっという間だが人の行為は時間を感じる。
「あぁぁ……あっ……あぁ」
(いい声で啼いているな……)虎太郎が部屋にいる事は知らないのだろう。

虎太郎はふっと視線を二人に戻した。「あっ」咥えかけていた煙草が指から滑り落ちた。下から突き上げられ喘いでいる千尋には届かなかっただろう小さな驚きの声は、光輝には届いたようだ、腰を使いながら視線を虎太郎に投げてきた。

『お前が見せたかったのはこれか?』虎太郎の視線が問いかける。
『一度きりだ、良く見ておけ』光輝の目はそう語っているようだった。

虎太郎の驚きを確認すると、光輝はゆっくりと体位を変えた。自身を一度引き抜き、そして千尋をうつ伏せにする。
「あぁぁ」千尋の声が小さく震えていた。
虎太郎は、再び後ろから千尋を貫こうとしている光輝を目の端に入れ扉に手を掛けた。
「あああぁぁ」扉をゆっくり閉める音はその声に掻き消されるだろう。

「千尋、お前の中もうトロトロだ……」
光輝の抽挿がゆっくりになった。入り口まで引き抜き、そして奥に押し込む。
「ああぁぁ……もう……」
「駄目だ……まだお前を感じていたい」その言葉に千尋の内壁がキュンと締まった。
「ああ……」
(このままでは狂ってしまう……この悦楽は地獄への入り口なのか?)ぼうっとする頭で千尋はそんな事を思った。

「お願い……もう……」光輝は返事の代わりに腰を撃ち付ける。
「あああっ……」
「そんなに達きたいか?」やっと解放される?その言葉に千尋がコクコクと頷いた。頷く度に涙がポタポタ零れ落ちる。

光輝がそんな千尋の背中に口付けをする。そして先走りの蜜でトロトロになっている千尋の昂りを握り込んだ。
「ああぁ……」千尋はただ握られただけでも達きそうだった。

「千尋……俺のものになるか?」
「……」
「じゃ誰でもいいのか?」
「違う……ぁ」
「俺以外の他の誰かにこんな事をされてもいいのか?」そう言うと、光輝は千尋の猛りをひと抜きした。
「ああぁ……ひ、ひきょうだ……」
「ああ、卑怯でも何でもいい、お前を俺のものに出来たら何でもする」

光輝はもう一度、己を浅い部分まで引き抜いた。
「これが欲しくは無いのか?」
「あぁぁ」こんな事をされても疼いてしまう体が恨めしい。
「千尋、俺が欲しいと言えよ」光輝は浅い部分から動こうとはしない。

「ああ……光輝が欲しい……光輝だけがいい……」
「俺も……俺も千尋だけだ、お前だけがいればいい」光輝の声が掠れていた。その掠れた声に千尋の胸がキュンと締め付けられるようだった。

光輝の腰と手の動きが激しくなった。
「ああ……もっ……達くっ、はぁ……こうき……いっしょに……」
「ああ、ずっと一緒だ」そして千尋が爆ぜた後、光輝の長い戦いが終わった。

光輝が寝室を後にリビングに行くと虎太郎が紫煙をくゆらせていた。
「あの子は?」
「寝ている」
「失神している、の間違いじゃないのか?」虎太郎が口角を上げて揶揄するように光輝に言った。
光輝が返事をせずに、煙草を咥えると虎太郎が黙ってライターで火を点けた。
「俺にどうしろと?」
「俺だけでは守り切れない時が来るかもしれない。俺だって人間だ、いつ何があるか判らないからな」
「もしもの時はお前に替わってあの子を守れと?」
「まあそんな所だ……」
「そんなに惚れたのか?」
「ああ……手に入れた傍から失う事を恐れている……」
それは光輝にしては随分と弱気な言葉だった。

光輝と知り合ったのは光輝がまだ十五歳で、虎太郎が十七歳の時だった。それ以来少年から青年、そして今に至るまでずっと見て来たが気弱なこんな光輝を見るのは初めてだった。今では組での立場こそは光輝が上だったが、弟のように可愛がって来た。

虎太郎は自分が今人並みの、いやそれ以上の生活が出来るのは全部光輝のお陰だと思っている。光輝との出会いがなければ、自分は野垂れ死にしたか、あるいはどこかの組のチンンピラだ。
高校もまともに行けなかった……
そんな虎太郎に大検の試験、そして大学まで出してくれたのは光輝の父親でもある組長だ。それも全部光輝の口添えのお陰だった。だが虎太郎は恩がある以上に光輝という男が気に入っていた。光輝の為ならば、いつでも盾になれるだろうと思う。

その光輝が惚れた千尋という儚げな青年。
「……何人が知っている?」
「俺と親父を含め十人、そして十一人目がお前だ」
「十人か……欲しがる奴が出てきたら拙いな……」
「ああ」それが一番心配だと言わんばかりに光輝が頷いた。

「お前、後の処理は済んだのか?」と思い出したように虎太郎は言った。
「いや……これから綺麗にしてやる」そう言って光輝は洗面所に向かう。蒸したタオルを何枚か持って来て光輝は寝室に向かった。
「お前に出来るか?手伝おうか?」と虎太郎は揶揄するように尋ねた。
「いや、自分で出来る、誰にも触れさせたくない……」
そんな光輝に肩を竦めて、虎太郎は又煙草に火を点けた。


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光輝がベッドに近寄っても千尋は起きる気配は無かった。そっと髪を撫でながら「無茶をさせたな……」と労わる。光輝は汗と精液で汚れた千尋の体を拭いた。そして、そろりと後孔に指を入れて自分の吐き出した物を掻き出す。
「んん……」意識を無くしていても、違和感を覚えるのか小さく千尋が呻いた。

まさか自分がこんな事をする日が訪れるなんて夢にも思っていなかった。全ての処理が終わってベッドの端に腰を降ろし、目を閉じている千尋の顔を見つめる。眠る姿にさえ口元が緩む。
「千尋……愛している」光輝は千尋の乱れる肢体を思い出すだけで体が震えるような気分だった。誰かにこんなに執着する日が来るとは思いもしなかった。
「いい子で寝ていろよ」そっと頬に口付けしてシャワーを浴びに行った。

一度病院に顔を出して来ると言う虎太郎を見送ってソファに凭れ掛かった。昨夜から殆ど寝ていない、流石に疲れた。光輝は米神を押さえ目を閉じた。
暫くして千尋は薄暗い部屋のベッドの中で目を覚ました。少しの間身じろぎもしないで、今日の出来事を反芻していた。起き上がろうとして、体の節々の痛さと、だるさ、そして後ろの部分に熱を感じた。

全部覚えている……自分が何をされたか、何をしたか……自分が元の世界には完全に戻れない事が判っていた。軋む体を奮い立たせてベッドの傍にある衣服を身に着けた。

(帰ろう、あの家に……)
自分の為に用意したと言われたマンションだが、自分が暮らしたいのは古くても自分が育ったあの家だ。体を引き摺るようにドアに近づきそっと開けた。そこにはソファに凭れたまま目を閉じている光輝がいた。
(疲れた顔だ……そういえば豊川のおじさんはどうなったのだろう?)
このまま黙って帰ろうと思っていた千尋だったが、光輝の疲れた顔を見ると何故か胸が痛んだ。

千尋は光輝から少し離れた所にそっと腰掛けた。すると寝ていたと思っていた光輝が体を倒し、千尋の膝に頭を乗せてきた。
「あっ」身構える千尋に向かって「少しだけ、このままいてくれないか?」と強気の光輝らしくない弱々しい言葉を吐いた。光輝は千尋に背を向け、膝を抱きかかえその腿を枕にして横たわった。

暫くすると安心したような光輝の寝息が聞こえる。
(寝ちゃった……)
この男とした……と思いながらも意外と冷静な自分に驚いている。千尋は光輝の顔を覗き込むように光輝の凛々しい眉をなぞった。そして鼻筋をなぞり、唇に……指で触れた。

突然その唇が薄く開き「千尋……」と呼ばれた。
「は、はい……」千尋は驚いて指を離す。
「体は大丈夫か?」
「まだ……」
「痛むか?」何処が痛むのかと聞かれなくても、何を言いたいのか判る千尋の顔は真っ赤になった。
「はい……」
「そうか……今度は優しくしてやるからな」目を閉じたままの光輝の声はとても穏やかな声だった。

今度、と言われ千尋の膝がビクンと動いた。
「ん?嫌か?俺とSEXするのはもう嫌か?」
(僕はこの男と、男同士のSEXをしたんだ……)千尋は改めて自分のした事を知らされた気がした。

「嫌か?」今度は向きを替え千尋の顔を下から見上げ、もう一度問うて来た。真っ直ぐな目に千尋は視線を外した。
「俺を見て答えろよ」
千尋は否定など出来ない程に乱れて喘いだ自分を覚えている……
「い、いや……じゃな……い」その言葉に光輝ががばっと体を起こして、千尋に触れるだけのキスをした。その顔は今で見た事の無いほどのとても嬉しそうな笑顔だった。

「い、いつも……そんな顔してればいいのに……」
「こんな顔でこの稼業が勤まるか、お前の前だけだ」
光輝の殺し文句に少し気分が良くなった自分に気づいた。光輝は口元を緩めた千尋にまた唇を重ねた。絡めとるような口付けに千尋の体が慄く。
「大丈夫だ……今日はもう何もしないから」これ以上したら本当に千尋の体を壊しかねない。光輝は千尋の体を労わって堪え、突然立ち上がり千尋を横抱きにした。

「ちょ、ちょっと!何?」ただ驚いて抵抗するが「うっ……」力を入れると体が痛い。「ほら、いいから大人しくしておけ」千尋を抱き上げた光輝は奥の部屋へと千尋を連れて行った。器用に千尋を抱いたまま片手で襖を開ける。
「あっ!」千尋が驚きの声を上げた。そんな千尋をそっと降ろし座らせる。

驚いた視線の先には……
「……伯父さん……、」千尋は無意識に口を押さえていた。そして驚いた瞳からは涙が溢れ出た。
「伯父さん……」
部屋には黒檀だろうか、とても立派な仏壇が置いてあった。きちんと花が活けられ、そして彫雅の写真が飾られていた。
「何時の間に……この写真?……」

千尋は仕事中の雅をあまり知らなかった。勿論自分が彫ってもらっている時に時々顔を上げて覗き見はしたが、こんな厳しい顔の彫雅は知らなかった。

「これは俺が持っているたった一枚の写真だ。最初の時に拝み倒して撮らせてもらった、撮ったのは虎太郎だがな」
「後はお前が雅さんの位牌を持って来ればいい」
「位牌……」
「ここはお前が住む為に用意したと言っただろう」
「でも、あの家は……」

「残して置きたいんだろう?お前が望むならそうすればいい、だがお前があの古い家に独りで住むのは駄目だ」
「どうして、あの家に住んでは駄目なの?」
「あそこでは俺がお前を守りきれない」
「僕は守られる立場じゃない!」千尋が声を荒げた。
「お前は自分の価値をまだ判っていないんだ……」
「僕の価値?」千尋にはどういう意味だか全く理解出来なかった。

(こんな僕に何の価値がある?)千尋はそう聞きたかった。
「お前の体は蝶を誘う花の蜜のようだ」その言葉は千尋を酷く傷付けた。
「……僕は誰も誘ってなんかいないっ!」

千尋は高校大学と、何人かの男に「誘っているの?」と肩を掴まれた事があった。そしてその言葉はいつも千尋を傷付けていた。
「お前はそういう気が無くても、お前に誘われたいから、そういう風に思い言う奴が出て来る」
「僕は誘ってなんかない……」壊れた玩具のように千尋は小さな呟きを繰り返した。
「千尋、お前は誰よりも魅力的だ、きっと多くの者がお前を欲しがる、誰にもお前を抱かせたくない」そう言われ千尋は、さっき虎太郎に指を挿れられた感触が蘇り体を強張らせた。

「此処で暮すよな?」言い含めるように光輝が念を押した。
千尋は力なく黙って頷いた。
「明日、身の回りの物で必要なのを取りに行こう」生活用品は全て揃えてあった、後は千尋個人の物と彫雅の位牌だけで良かったのだ。


「食事の用意が出来ました」ドアの外から声が掛かり、千尋が驚いて光輝にしがみ付いた。
「おう、虎太郎悪いな」
まだ怯える千尋に「大丈夫だ、あいつは俺が一番信頼している男だ、お前も気を楽に付き合え」と言った。
そう言われても、自分の体に指まで挿れて来た男に簡単に笑顔にはなれなかった。

「ほら飯食おう」そう言って、来た時と同じように千尋を横抱きにする。
「大丈夫、人がいるから……」恥ずかしいと言えない。
「俺は尻を庇って恐る恐る歩いている方が恥ずかしいと思うが?」と揶揄され、千尋はそれもそうだと考え直した。そして千尋は黙って光輝に腕を差し出した。
そんな千尋に口元を緩め、光輝が抱き抱え千尋の耳元でそっと囁いた。その言葉を聞いた千尋が耳まで赤くして俯いた。
そして千尋は赤い顔のまま食卓の椅子にそっと降ろされる。

翌日千尋はひとりベッドの上で目覚めた。昨夜は食事の後風呂に入り、そして疲れた体はあっという間に睡魔に襲われ深い眠りに就いた。部屋を見渡しても誰も居ない、そっとベッドを降り部屋を出た。
広いリビングにも光輝の姿も虎太郎の姿も見えない。すると奥の仏壇が置いてある部屋でガタッと物音がした。迷った挙句恐る恐る部屋に近づき、襖に手を掛けようとした途端開いた。
「!」千尋は驚いてその場に立ち尽くした。

「あっ!……おはようございます」
千尋と同じ年頃の青年が千尋に人懐っこい顔で挨拶をしてきた。
「お、おはようございます……」千尋も挨拶を返す。
「すみません、起こしてしまいましたか?」バツの悪そうな顔でその青年が謝るので「いえ……それより何を?」と聞いてみた。

「あーすみません、俺、花係の仁、関口仁です。宜しくお願いしまっす」そう言ってペコリと頭を下げられ「花係?」まるで小学校の係りみたいな言葉に、千尋が訝しげに聞くと「はいっ、ここの仏壇の花を毎日取り替えるように、若頭に言われているんですっ」
「毎日?」
「はいっ」その関口という青年は誇らしげな顔で返事をする。

仏壇の花は毎日取り替えなくても、日持ちがする花が多いのにと千尋は思った。
「関口さん?そんな毎日は取り替えなくても日持ちする種類だから大丈夫ですから」
「あーやっぱり?どうりで何時来ても全然枯れてないんだ」
「もしかして、毎日取り替えてくれたの?」
「はいっ、十日前から」
十日も前から光輝は……それが妙に嬉しかった。

「あのぅ?こう……豊川さんは?」
「若頭っすか?病院に行かれました」
「ああそう……それで豊川の小父さんの容態はどうなんですか?」
「大丈夫っす、傷は浅かったですからっ」
「あぁ良かった……」そう微笑む千尋を横目で見ながらドキッとしてしまう仁だった。

「あ、あのぅ、起きられたら食事をするようにと、準備は出来ていますから」
「子供じゃ無いのだから、自分の事くらい出来るのに」直立不動の仁をちらっと見て呟く

(すげぇ男だよな?……こんな綺麗な男見たことない……)仁は心の中で呟いた。

「あ、あの……俺の事、仁って呼んで下さいっ、言う事を聞くように言われてますんで」
「ありがとう……でも多分大丈夫だから」
「いえ、そんな事を言われたら俺困ります、何でもいいから用事を言いつけて下さい」
「困ったね……じゃとりあえず朝食を食べようか?」
そう言った途端仁が嬉しそうな顔で「はいっ」と元気な返事をしてキッチンに駆け出して行った。

仁は千尋をちらっと見ては視線を逸らす。そして又見る……その事の繰り返しだった。
「関口さん?僕の顔に何か付いている?」
関口の直ぐ視線を逸らす見かたに千尋は少し気分が悪かった。
(この人は僕が光輝に抱かれたのを知っている?だから好奇心の目で見ている?)どうしてもそう考えてしまう。

「す、すみませんっ!」仁が深く頭を下げた。
「何か付いているか聞いているんだけど?」
「いえっ!何も付いていません、き、綺麗だなぁって思って、つい……」
「はあ?」思ってなかった答えに千尋の肩の力が抜けた。

「若頭に色々言われているもんで……」
「何を?」千尋の顔が少し強張る。
「綺麗だからって見惚れるな!何があっても体に触れるような事はするな、邪な気持ちで見るな、三秒以上見つめるな……えっとそれから……」

「もういいです」千尋は呆れてそれ以上は言葉が出なかった。
気を取り直すように「食事いいですか?」と先を促した。だが食卓に用意された食事は千尋ひとり分だった。
「関口さんの分は?」
「俺はもう済ませて来ましたからっ」
「……そう、ひとりで食べるのは寂しいから、飲み物だけでも一緒にどう?」雅を亡くしてからずっと一人の食事だった。そしてそれはとても味気のない寂しい食事だったのだ。

「あっ!もう一つ思い出しました、同席するなって」
「僕の言う事を聞くように言われていたのじゃないの?」揶揄するように仁をわざと睨んだ。
「あ、はいっ……でも……あ~どうすれば良いんだぁ?」
「じゃ珈琲だけでも一緒に、って事にしない?」千尋に見つめられて仁が真っ赤になりながらも「はい、頂きます」と返事するが、珈琲を片手にフローリングの床に正座している。

テーブルの椅子に腰掛けている千尋の斜め前辺りにカップを持って座る仁を呆れて見ると「すみません、これで勘弁して下さいっ」と情けない顔を見せた。

「そんなに若頭って怖いの?」同席を諦めた千尋が聞いた。
「怖いっす……でも憧れています」
「そう……」千尋はボイルされたウィンナーをホークで刺し口に入れた。ごくっ……仁が視線の先に捕らえ咽を鳴らした。
「あっ?やっぱりお腹空いているんじゃ?」
慌てた仁が手を振りながら「いえ、全然空いてないですからっ」と答える。
必死に言い訳する仁は(若頭~やばいっす……)若い仁から見たら、千尋の妖艶な美しさは男も女も無かった。いや男だから醸し出される妙な色香がある。

仁は若頭に「此処に住む青年の世話をするように」と連れて来られたのが十日前だった。しかし、その世話をする青年はなかなか来なかった。やっと今日から本格的な世話係りの始動だったが、詳しい事は何も聞かされてはいなかった、さっき千尋に告白したような注意事項。いや、注意というよりは脅迫に近いような物だった。

(この綺麗な人は若頭とどういう関係なんだろう?)
そう思ったが、何故かそれは聞いてはいけないような気がしていた。仁が豊川組に世話になってから二年余り、その間に若頭が誰かを囲うような事は一度も無かった。

だが自分が若頭に信用されているから、ここの部屋にいる事だけは確かだ。多分この人は若頭の大事な人……
いつの間にかまた仁はじっと千尋を見ていた。
(やばっ!三秒三秒……)仁はそう言いきかせ頭をブンブン振った。

そんな仁を呆れた顔で千尋は眺めていた。


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ガチャッ―――その音と共に玄関の扉が乱暴に開けられた。
「あっ」「あっ!」驚いて同時に声が上がった。そして無表情の光輝が黙って部屋に入って来た。だがそこに千尋の姿を認めた途端顔が緩み「起きていたのか?」と嬉しそうな声を発した。

「あ、おはようございます」
千尋は昨日の今日で真正面から顔を見るのが恥ずかしい。
仁はカップを落としてしまわないように、両手でがっしりと握ってその様子を呆然と見ていた。
(何なんだよ?このふたりの雰囲気……)大事な人らしいとは思っていたが、それがどういう意味の大事なのか、仁は全く判っていなかった。

「これ」そう言って光輝に差し出された包紙に見覚えがあった。
「あ……これ?」
「雅さんが好きだっただろう?」渡された包みは伯父が大好きな和菓子屋の物だった。
「開けていいですか?」
「ああ、お供えしてやれ」
千尋が開けると、中には綺麗な艶のきんつばが入っていた。
「も、もしかしてこれ?」ここ数年『貰ったから』と言って雅が出してくれていた物だ。

千尋もこれが好きで、千尋はお茶で、雅は日本酒で頂いていた。
「ありがとうございます……」雅を思い出し少し涙ぐむ千尋を優しい目の光輝が見つめている。
「あっ!皿を」仁が正座したまま声を出した。
「仁!お前いたのか?」光輝は仁の存在を全く気づかなかったようだ。
「そんな所に座って何をしている」急に光輝の声がトーンダウンした。
「あっいや……珈琲を頂いていました」必死に立ち上がろうとするが、足が痺れて上手く立てない。

「ちっ、使えない奴だな」光輝がキッチンに行こうとするから「僕が」と千尋が立ち上がろうとしたが「お前は座っておけ」と、又その声は甘くなる。
(まだ体が辛いだろう?)と言われているようで、千尋は自分の頬が熱くなってしまい戸惑った。

「あの……日本酒なんか無いですよね?」千尋が遠慮がちに尋ねた。
「おい仁、事務所行って持って来い!」
「は、はいっ!」這うように仁が玄関に向かった。
「いえ、わざわざいいですから」千尋が慌てて断るが「大丈夫だ、俺の事務所はこの部屋の前だ」そう千尋に優しく言ってから「おい仁!十分は戻って来るな!」と付け足す。
「はいっ!判りましたっ!」仁の開放されたような元気な声が返って来た。

このマンションには組事務所とは違う光輝が個人で興している会社があるという。組とは関係なく光輝のサイドビジネスの仕事場らしい。

「さて……」光輝が口元を緩め千尋に近づいて来た。
ふぁっと体が泳ぐ。「あっ……」光輝が千尋の体を軽々と抱き上げた。
「もう歩けるから……」

昨夜食事する前に抱き上げられ耳元で「まるで初夜を終えた花嫁みたいだな」と揶揄された事を思い出し、又顔が熱くなる。仏壇の前に連れて行かれると思った千尋が降ろされた場所は、ベッドの上だった。
「ちょ……ちょっと何?」まさか仁が直ぐ戻って来るのに、何しようと言うのだ?

「十分もある」その十分で何をしようと?
「ちょ……」抵抗するが光輝に抑え込まれ、直ぐに唇を奪われてしまう。
「んん……ふぁ……」「んん」「はぁ……っ」息継ぎの合間に漏れる声が次第に甘く自分の鼓膜に響いてくる。

昨夜用意されていたのは、普通のパジャマだった。そのパジャマのズボンのゴムを潜って光輝の手が千尋の下半身に伸びて来た。
「やっ!何を?」キスだけで半ば熱を持った自分の体が恥ずかしいし、それを手で触れられるのはもっと恥ずかしい。
「やめっ!」光輝の手をどかそうとするが敵わない。パジャマが下着と一緒に太股の途中まで下げられた。
「やあっ」抗う両手は頭の上でひとつに捕まれ、パジャマの上は胸が見える位置まで捲られた。

千尋は中心を見られないようにと、太股を擦り合わせるように捩っている。何もかもが中途半端な体勢である。太股で止まるゴムの感触も、捲られたシャツが首元に絡まる感触も……そして何より中途半端に勃ち上がった自分自身も……

ふと光輝の動きが止まった。光輝の熱い眼差しを体全部で感じてしまう。
「見るなっ……」唇を噛んで目を逸らすように千尋は反対側を向いた。
「千尋……」名を呼ぶ光輝の声が掠れている。
「やだっ」見られていて尚萎えない自分の体が恨めしい。
(目茶目茶に苛めたい、啼かせたい、善がらせたい……)光輝の中の嗜虐心が大きく育って来た。

「千尋、キスだけでこうなったのか?」
「ちがっ……わない……」千尋は自分でも判らなかった。
何故こんなに自分が感じてしまうのか、自分の自由にならない体を持て余してしまう。

「参ったな……」そう呟くような声が聞こえたと思ったら、千尋を押さえ込んでいた力が抜けた。そして「そろそろ仁が戻って来る」そう言うと千尋に背中を向け部屋を出て行ってしまった。
千尋は呆然としながら、自分でパジャマの乱れを直した。だが一度熱を帯びた体は簡単には鎮まらない。部屋から出て行けずに、そのままベッドに横たわり目を瞑った。

(呆れた?)この淫蕩な体に呆れたのかもしれない……
そう思う事は自分が何かを期待していたのだと気づいた。自分の熱に手が伸びそうになり、千尋はそんな自分に驚いた。自分でした事が無いわけでは無かった。だが、今それをしたら余計に惨めになりそうで、その手を伸ばすのを途中で止めた。

体を鎮めるべく目を瞑る。思い出されるのは、何故か昨日の出来事ばかりだ。鎮めるどころか、逆に自分の体が熱くなってしまう。千尋はそれを振り払うように頭を振り、体をうつ伏せに替えた。熱い芯が自分の体重とベッドの間に窮屈に押されている。「あぁ」その感触に声が漏れ、慌てて顔を枕に沈めた。

その頃事務所のソファに深く腰を降ろした光輝が虎太郎に向かって「なあ、初めての後ってどのぐらい間を空けた方がいいのか?」と聞いていた。
あまりに真面目な顔で聞いてくるので、虎太郎は煙草に咽て涙ぐんだ。

「お前本気で聞いているのか?」
「こんな事冗談で聞けると思うのか?」それに聞ける相手など虎太郎しかいない。
「何故そんな事を聞く?」
「千尋の傍に居ると、触れたくて堪らなくなる……触れたら自分を抑え切れない」

豊川組二代目の長男で今は若頭という地位にある男の台詞とは思えない。やりたい盛りはとっくに過ぎてはいるが、光輝だってまだ二十八歳、全盛期と言っても過言では無い。
「まぁ一週間位は我慢するんだな」
「一週間……」溜息混じりで光輝が繰り返す。
「そう落ち込むな、突っ込まなくても他に方法はあるだろう?」
「他って何だよ」
「手とか口とか、別に特別な事と考えなくてもいいだろう?今まで散々女とやっただろ?」
千尋の口で?……光輝は想像して固唾を呑み込んだ。

「若……社長!」仁は、ここでは若頭と呼ぶなと言われていたのを思い出し、言い直した。
「仁、騒々しい何だ?」
「これ届けて来ていいですか?」仁は大事そうに日本酒の一升瓶を抱えていた。
「ああそうしてやれ、それとあいつが起きていたら、夕方出かけるから用意しておくように伝えてくれ」
「はいっ」
威勢よく出て行こうとする仁を「ちょっと待て」と呼び止めた。
「仁お前やけに嬉しそうだなぁ?」光輝に睨まれ身を竦めながら「いえ……あ、あの人綺麗だからやっぱ会うの嬉しいっす」光輝はそんな素直な仁にさえヤキモチを焼いてしまう。

「やっぱり俺が行く、それ寄越せ」仁が大事に抱えていた一升瓶を取り上げると、仁の肩が残念そうに落ちた。
「仁、今夜は晩飯部屋で食うから、用意任せたぞ」その言葉に仁の顔がぱっと輝いた。
「はいっ!あの……あの人は何が好きなんでしょうか?」
「肉より魚だな」何となく千尋のイメージは魚だった。だが食欲旺盛な年頃でもある……暫く真面目な顔で考えていた光輝が「やっぱ、肉も魚も両方用意しろ」と言う。
「はいっ!」仁は、腕の見せ所だと張り切って返事をした。

「ほらっ」と財布から万札を三枚抜き取って仁に渡すと
「あ、あの……何日分用意すれば?」
「別に今夜の分だけでも、何日分でも構わないさ、とにかく旨くて精の付くもん食わせろ」と言い捨てた。
千尋は少し痩せている……もう少し肉を付けないと体力が持たない。そう考え、そして何の体力だ?と一人で突っ込みを入れている光輝だった。

「精の付くもんねぇ」仁が出た後に虎太郎が揶揄するように口にした。光輝は内心を見透かされたようで慌てて「煩い!ちょっと行って来る」と一升瓶を片手に意気揚々と事務所を後にした。
そっと千尋の部屋を開けると、シャワーの音が聞こえる。
鍵も締めないで無用心だな……そう呟きながら、浴室の千尋に声掛けた。
「風呂か?」
「……」
「おい、聞こえないのか?」光輝の手が扉に掛かった時、中から「入って来ないで下さい」と突き放すような声がした。

入るなと言われて大人しく引き下がる男なら厳しい世界で昇ってはいない。光輝はむっとした顔でドアをバンと開けた。キュッと蛇口を閉めた千尋が少し不機嫌そうな顔を向けた。

浴室に熱気が全く無かった。

「お前……」そう言って千尋の肩に手を掛けると体が冷たい。
「はあ?何で水なんか浴びているんだ?湯の使い方知らないのか?」
「知っています……」抑揚の無い声に光輝が苛立つ。
光輝の前を横切り、千尋はタオルで体を隠した。白い背中と小振りの尻だけが見える。男の背中や尻など組の奴等で充分見慣れているはずだった。どうしてこの体にだけ自分が反応してしまうのか光輝にも判らない。

『まだいるの?』そういう視線を投げられ光輝の中で何かが弾けた。ぐいっと千尋の体を掴みパウダールームの化粧台に押し付けた。
「何?止めて下さい」バスタオル一枚の無防備な姿の千尋は怯えるように言った。
光輝はそんな千尋の顎を掴み、上を向かせた。きっと唇を噛んだ千尋がもう一度「止めて下さい」と言った瞬間に千尋の唇を光輝は塞いだ。

「ん……やめっ……」光輝の胸を両手で叩いた時に、最後の砦のように握り締めていたタオルが足元に落ちた。

持て余した熱を冷たいシャワーでやっと消したのに……
燻っていた火種にこの男は又火を点けようというのか?熱い口付けを受けながら、千尋はぼーっとする頭でそう思った。
「はぁ……」千尋から漏れる声は溜息なのか、喘ぎなのかそれは本人にも分からなかった。

千尋はパウダールームの化粧台に押し付けられ、そして唇は塞がれ、光輝の手が千尋の性器に伸びる。
「やっ、やめっ……」千尋の抵抗は直ぐに又熱い唇で塞がれてしまう。光輝の手はさわさわと千尋の性器を撫で付けるように触っている。
「あ……っ」冷ました筈の熱がぶり返して来て千尋は呻いた。

光輝が千尋の瞳を見つめ、ふっと口角を意味ありげに上げた。そしてその次に光輝が取った行動に千尋は悲鳴のような声を上げた。
「いやーっ!」
その行為は以前……ずっと前、高校生の時に一度だけ関係を持った稲葉がくれた雑誌に載っていた。それを見た時には、読者を煽るためのヤラセで、撮影の為だ、とくらいにしか千尋は思っていなかった。

だが千尋の前にしゃがんだ光輝が咥えているのは千尋の性器だった。
「やっ!やだぁ……やめてってばっ!」驚きと恥ずかしさで、千尋はどうしていいのか全く判らなかった。ただ判っているのは、咥えられている自分の性器、あっという間に形を変えて来ているという事実だけだった。

「あぁ……お願い……やめて」あまりの羞恥に千尋の瞳からは涙が零れている。千尋の願いが叶ったのか、光輝が顔を上げた。
「千尋……俺はお前が好きで堪らない」光輝はそう言うと又同じ行為を繰り返した。

『惚れた』とは前に言われた事はあった。だけど「好き」と言われたのは初めてだ……
どうしてこんな状況でそんな言葉を吐くのだろう?

「ああん……」自分でもビックリするような声が出て、慌てて口を両手で塞いだ。光輝の舌先が鈴口を突付いたのだ。その喘ぎ声に気を良くしたのか、光輝の口淫が激しくなる。手と舌と唇、全てを使って千尋の悦楽を引き出そうとしているようだった。

「ああ……っ……ああぁ……」
舌が裏筋を舐め上げ、そして又全部を口に含まれる。
「やぁ……ぁぁ」光輝の口腔の激しさに千尋は艶かしく悶えた。ちゅーっと先端を吸われ、千尋は仰け反った。
「あぁ……やっ、あぁ……」慣れない行為にこれ以上耐えられそうになかった。
千尋が抗うように体を捩った時……鏡の中の自分と目が合った。化粧台の広いカウンターを囲むような形で鏡が付いている。千尋の目に映ったのは、淫蕩な目をして悶える自分だった。
「やあぁっ……」
その時押し付けられていた体が持ち上げられ台の上に腰掛させられた。

座る事で体が安定し、そして脚を大きく広げられた。眩しい程の灯りの中、光輝の前に全てを曝け出される。
「やだっ!降ろせ……降ろせっ……あぁぁ」光輝の手が内腿を撫で、そして唇が太股の付け根に吸い付く。

「ああぁ……っ」光輝の触れる場所、唇が付けられる場所全てに感じてしまう。
「やあ――っ!」光輝の舌先が昨夜受け入れたばかりの蕾に触れた。ぞくっとする感触に千尋の全身が戦慄いた。
「だめっ、やめ……そんなとこっ……」
光輝の舌は執拗に蕾の襞を解すように舐めている。
「あぁ……っ」ぞくぞくっとする感覚は悪寒ばかりではなかった。拡げられた脚が疲労の為なのかガクガク震えてきた。

「一回達っとくか?」千尋に聞いているのか、それともこの先の行動を示しているのか?千尋の体を化粧台から降ろし、そして台に手を付かせた。頭を上げると自分の顔が正面に来る……
「やだっ……見たくない……」抗う背中を光輝の唇が這ってくる。
「どうして?良く見ておけ……自分の達く時の顔を」

「やだ……やだ……っ」千尋は目をぎゅっと瞑り、イヤイヤと頭を振っている。後ろから抱きかかえられ、右手が千尋の乳首をぎゅっと摘み、左手で性器を扱かれる。
「いたっ……ぁ」痛いだけじゃない感覚が直ぐに訪れ喘ぐ。
「あぁぁ……もっ……」
「達きたいか?なら目を開けろ」耳元で低く囁かれる。
「やっ……」こんな自分の顔など見たくない。

「開けなきゃ、今すぐ突っ込むぞ」
「やっ……」流石にそれは無理だ、壊れる……。恐る恐る千尋は目を開き鏡の中の自分を見た。
そんな千尋の背後で光輝が、満足そうに見つめていた。

千尋が目を開けたのを確認すると、光輝の手の動きが早くなった。千尋を高みへ追い込む為の動きに変わってきた。
「ああぁぁ……あっ……もっ」千尋の啼く声に光輝も煽られる。鈴口にぐいっと強い刺激を与えて、胸の粒にもかりっと爪を立てる。
「やあ――っ、もうだめっ……あぁ……こうきぃ……いくっ……」
ビクンビクンと四肢を痙攣させ、千尋が爆ぜた。仰け反る背中の菩薩に口付けを落とすと「ぁぁ」と震える声がまた漏れる。

鏡の中の自分が涙で潤んで見えない。体を支える力が入らず千尋はそのまま床に座り込んだ。
「腰が抜けたか?」と揶揄する光輝を睨みつける。
「挑戦的な目だな、一週間待ってやろうと思ったが、無理だな」肩を竦めたかと思うとその肩に千尋が担がれた。今の千尋は抵抗する元気も無かった。


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光輝の肩に担がれてベッドに下ろされる。まだ息の荒い千尋の前で、光輝が乱暴に自分の衣服を剥いで行った。全てを脱ぎ捨て全裸の光輝が千尋の前に立つ。
「竜を見たい……」背中を向けたまま千尋が呟いた。
ベッドの上に腹這いになり「ほら」と光輝が千尋を誘った。

千尋は横座りのまま光輝に向き直り、そしてその背中に手を置いた。竜の輪郭をなぞるように千尋の指が這う。
「お前は竜の彫り物なら誰でもよかったのか?」光輝は今まで少しだけ引っかかっていた事を聞いた。
「ううん……光輝だから、光輝の竜だから……す……」千尋は無意識に出た言葉を途中ではっとして呑み込んだ。

(僕は初めから、この竜の背を持つこの男に惹かれていたんだ……)
口に出した言葉は途中で呑み込んだが、心の声は千尋の耳に届いた。自分の気持ちを認めてしまえば、後は簡単だ。心のままに受け止めればいいのだ。それが例え男でもヤグザでも……。

chihiro-kuchiduke.jpg
■イラスト by pio■
このイラストの著作権・版権はpio様に御座いますので無断転載転写は固くお断り致します。


「僕は貴方が好きだ」
千尋はそう呟くように告白して、その背に口付けた。背中の竜が大きく動いた。
「キスする場所が違うだろ」
光輝の腕が千尋を引き寄せ、広い胸に抱きしめた。
認めてしまった後の口付けは甘かった。深く口腔に差し込まれる舌にも絡んで返す。何度も角度を替える口付けに千尋の目元の色が妖しく染まって行った。光輝は千尋の手を握り自身に導いた。

「あっ」熱い塊に指が触れ、握らされる。
「あぁ……熱い」ドクドクと血管が鼓動しているようだった。
「お前を欲しがってこんなになっている」それは千尋の掌に包まれ更に嵩を増した。
「こ、これが……」(これが僕の中に挿いる?)いや事実昨夜は受け入れた……

昨日の感覚を体が覚えていて反応を示した。光輝の指がゆっくり背中を這い、そして尻の窪みを撫でる。
「あ……っ」それだけでも体がゾクッと粟立つ。光輝は片手で器用にジェルの蓋を開け、指に取った。その指がゆっくりと、焦らすように蕾の周りを這い回っている。

「やあっ……」ムズムズとした感触に快感が混ざり千尋は困惑した。だがその指はいつまで経っても、蕾の先へは進まない。千尋はもどかしさに腰が揺れた。

「どうして欲しいか自分から言ってみろ」こんなになっている癖に、光輝のその余裕が憎らしい。
耳元で「……指で……して」と千尋が囁くと「くそっ」と呻くような光輝の声と共に指が押し入って来た。その言葉を吐いた時の千尋の顔を見ていたかった。直接的な言葉がどんなに男を煽るのか千尋はまだ知らなかった。

受け入れた指が千尋の中で暴れている。
「あ……っ」その指の激しい動きに急かされるように声が漏れる。
「千尋……中が凄いぞ」
「やっ……あぁ」千尋本人も口答えできない程、自分の中が熱くなっているのが判る。

腰の下に枕を入れ腰を高く持ち上げられ脚を開かされた。この体勢がどんなに卑猥で恥ずかしいかは、こんな目に合わないと判らないだろう。
「やあーっ」長い指が奥に届き二本に増やされ甚振られる。そしてその指が三本に増える頃には、もう千尋の高ぶりは限界に来ていた。

「やっ……達きたい……こうき……もっ……達かせて」
蕩けそうな声で千尋は光輝に強請る。光輝は自分の猛りを千尋の後孔に押し当て、それから指をゆっくり抜いた。
―――ほんの一瞬でも千尋が淋しいと思わないように。

指と入れ替わって挿入された熱の塊は、千尋の体にゆっくりと埋め込まれた。
「あぁ……ぁぁ」同時に千尋の腕が光輝の首に絡まる。ゆっくりと抜き差ししながら、千尋の艶かしい顔を見下ろした。
「あぁ……ぁぁぁ」
白い頬がピンクに染まり、閉じていた瞼がゆっくりと開き光輝を見つめる。
「あぁ……こうき……あぁ……」
見つめる目が『達きたい……』と強請っていた。

「ずっと千尋の中に留まっていたい」
千尋はその言葉にジュンと体が濡れ、はにかんだ。光輝はそんな千尋の表情を初めて見た。小さい頃から苦労し、そして特異な世界で生きてきた千尋が初めて見せた年相応の顔だった。いや、この繋がりが普通では無い事は良く判ってはいる。それでも求め合うのだから仕方ない。
「千尋……達けよ」光輝は千尋を啼かせるべく体勢を整え挑みかかった。



「夕方雅さんを迎えに行くから用意しておけ」
情事が終わった後一緒にシャワー浴びながら光輝に言われた。
「はい」
「お前の両親の位牌も雅さんの所にあるのか?」
「……父の物はあります」
「母親のお位牌は無いのか?」聞き間違いかと思った。普通は両方揃っている筈だろう?

「……母のは、母の実家にあるそうです……僕は行った事が無いので詳しい事は分かりません」千尋本人も、どう説明していいのか判らなかった。説明しようにも、雅からは何も聞かされてはいなかったのだ。
「そうか」千尋の沈んだ声に何かを感じて、それ以上は光輝も尋ねる事はしなかった。しかし内心では調べてみようと考えていた。

「やぁっ」千尋の甘い喘ぎに、光輝はっと我に返った。中の始末をしてやりながら、無意識に千尋の良い所を撫で擦っていたらしい。
「もっ、自分でやるからいいです」千尋の潤んだ目が少し怒っているようだ。
「ほう、いいぜ、自分で中に指を入れてやってみろ」
「見られていなければ出来る」だから出て行けと言うのだろう。「いや、見ていてやるから早くやれよ」
唇を噛みながら考えている様子の千尋をニヤニヤしながら見ていると「……して……して下さい」と小さな声が聞こえた。千尋は見られながら自分でするよりも、してもらう方を選んだようだ。

「ほら、そこに手を突いて」浴槽の縁に手を突かせると
「もう中には出さないで……」と千尋が反撃を開始してきた。
「ほう、随分と生意気な口を聞くようになったなぁ」そう言いながら、光輝は自分の昂ぶりにボディソープを塗っていた。

「だ、だって……」中にさえ出さなければ、こんな恥ずかしい思いはしなくても済む。
「そんな生意気な事を言うのは、この口か?」突然光輝が千尋の後孔に熱い芯を押し付けて、そしてぐいっと腰を使った。
「やあ――っ!」千尋はまさかこの状況で突然挿入されるとは全く予想していなかった。
「やぁっ……やっやっ……だめっ抜いてぇ」
「煽るお前が悪い」がっつり腰を掴まれ足掻いても抜ける事は無かった。
「煽ってなんかなぁぁ……っ」

「お前の体も目も声も……全部が俺を煽るんだ」そんなの僕のせいじゃない……と言いたいが、体がもう反応してしまっている。
「あぁぁ……っ……やぁぁぁぁ」
クチュクチュと言う音が浴室に響いて、千尋の理性を掻き乱す。
「あ――っ」
「すっげぇ締め付けているぜ千尋」
「やっ……もうだめ……こうきぃ……お、おねがい……」
「まだ駄目だ、後ろで達ってみろ」
「そ、そんなの……むり……あぁ」

「大丈夫さ、こんなに感じやすい体をしているんだから、直ぐに後ろで達けるようになるさ」
千尋は後ろで達くという事が全く判っていなかった。
「やぁ……おねがい、こうき……お願い……おかしくなる」
腹に付きそうな程膨らんだ千尋の性器には触って貰えない。

「ああ、おかしくなれよ、もっと狂え」
光輝の先端が千尋の感じる所を集中して攻める。両手は前に回して、触る前からツンと尖ってしまった尖りを転がしている。
「やあぁぁぁ……だめ……そこ……だめだからっ……」
光輝は爪の先で同時に尖りを引掻いた。
「ああもう……お願い、お願い……」千尋の声が鼻声に変わっている。
「何、泣くほど良いのか?」耳元で揶揄されるが、もう構ってはいられなかった。

コクコクと首を振って「達きたい……イカセテ」と千尋は懇願した。
「ほら達けよ」そう言うと、一度最浅まで引き抜き、そして又最奥を目指した。
「ああああ……」千尋は頭の中が真っ白になり、体がブラックホールに堕ちるような恐ろしい感覚の中に、放り出されたようだった。

「いやぁ……」千尋の中が蠢いている。ビクンビクンと体中の動脈が別々に脈打っている。
「怖い……たすけて……こうき……」
やっと光輝が千尋の中の昂ぶりをゆっくり抽挿し始めた。
「ああ……っ」自分の細胞ひとつひとつが蠢いている。こんな絶頂は知らない……。
光輝の手が千尋のまだ萎えない性器を扱いた。
「ぁぁぁぁ……」声も掠れて思うように出て来ない。

「千尋愛している」
「あぁぁ……達くっ……こうき……こうきぃ……こうきっ!ああぁ……」
「くっ!」あんな声で名前を連呼され持って行かれないはずが無かった。


光輝は今度こそ本当に浴室から追い出されてしまった。ちゃんと自分で処置出来るか心配だったが、何回でも同じ事を繰り返しそうだったから、大人しく千尋の言う事を聞いて浴室を出た。
心にも身体にも千尋を抱いた余韻が残っていて、それがとても心地良い。上等な酒に酔っているような気分だった。

「あ、若頭!随分とご機嫌ですね?」
突然仁に声を掛けられ気分が台無しだ……
「あれぇ?千尋さんは?」
「風呂だ」急に無愛想な顔で言うと
「えっ?一緒だったんですか?」
「ああ」仁は渋い顔で答える光輝の顔色さえ気づかないで言葉を続ける。
「じゃ俺背中流して来ようかなぁ」と浴室に向かおうとする仁の首根っこを押さえつけ「殺すぞ」と低く呻いた。

「ひえぇー!す、すみませんっ!」仁は千尋の不思議な魅力に惹かれて、以前注意されていた事をすっかり忘れていた。
「すいませんっ!見ません!触りません!チビリマセン!」
光輝の態度が余程怖かったと見え本当にチビリそうな顔で仁が喚いていた。
「とっとと飯の仕度しろっ」
「はいっ!」
全く……折角の良い気分が台無しだと思いながらも、なかなか浴室から出て来ない千尋が気になって仕方が無い。

達く時のあの声、自分の名前を呼びながら達く千尋を思い出しただけで身震いがしそうだ。
(何があっても離れない)何度も心にそう誓う光輝だった。
(しかし時間が掛かり過ぎる……)光輝は不安になって風呂場に行ってみた。
中にはぐったり倒れるように、洗い場にしゃがみ込んでいる千尋が居た。
「千尋!どうした大丈夫か?」
「……大丈夫です……」力なく返事をする千尋をざっと拭いてバスローブを掛け抱き上げた。
そしてそのままベッドに運んだ。額に手を当てると少し熱があるようだ。

キッチンで、鼻歌混じりで料理している仁に向かって声を掛けた。
「虎太郎を呼んで来い」
そう言う光輝の顔色を見て仁は、慌てて部屋を飛び出した。

一分もしないで、虎太郎が「何事ですか?」と入って来た。
「千尋が熱を出した……」
そう言って虎太郎を千尋の横たわるベッドへ連れて行った。別に虎太郎は医学部を出た訳でも無かったが、組の連中が具合悪い時や怪我した時最初に看せるのが虎太郎だった。何時の間にかそういう慣習が豊川組の中では出来てしまっていた。 

「大丈夫だ、色々な環境の変化に体がついて行かなかっただけだ。数日安静にしたら大丈夫だ」虎太郎にそう言われ光輝が安堵の溜息を吐いた。
「熱は一日二日で下がるだろう、後は一週間くらい安静にしていれば大丈夫だ」
虎太郎はその一週間を強調して睨むように光輝に向かって言った。

光輝はその言葉に悪戯を見つかった子供のように、視線を逸らし「ちっ」と舌打ちした。
「猿じゃないんだから」と追い打ちを掛けるように言われ苦虫を噛み潰す。
「仁、お粥と何か精の付く消化の良いのを作れっ」リビングで心配そうな顔をしている仁にそう命令した。
「えーこの普通に精の付くのはどうするんですか?」
「俺らで食えばいいだろう」途端に仁の顔が嬉しそうになった。別に普通に飯は食える程の小遣いは虎太郎から貰っていたが、今日揃えた食材を自分で買えるかと言われたら買えない。

仁は器用に買って来た材料で消化の良い物を作っていく。玉子雑炊に温野菜に茹でたササミを解して上から大根おろしを混ぜた汁をかけている。
「それは何だ?」
「杏仁豆腐を固めるんで冷やしているんですよ」
「お前はヤクザもんよりも、こっちの方が向いているんじゃないか?」
「……俺、何やっても半端なんで……」仁のいつもの笑顔が暗くなった。

考えてみれば人は、いつの間にか懐き光輝の所に居付いた人間だ。
「お前はまだ二十歳だろう?半端なんて決め付けるのは早過ぎるだろう」光輝のその言葉に救われたように、仁は雑炊を乗せた盆を差し出した。
「これどうしましょう?」その顔はいつもの明るい仁の顔だった。

「俺が持って行く」
「熱いから冷ましながら食べさせて下さいよ」
「俺がか?」今までした事もされた事も無い。
「じゃ俺が……」仁のその言葉は光輝の凄い睨みで最後まで発する事は出来なかった。

「千尋……起きられるか?」
「……はい」
「ほら飯食って薬飲むぞ」
そう声を掛けて、千尋をベッドの背に凭れ掛けさせた。背中に枕を挟み体勢を整える。
光輝に「ほら、口開けろ」と言われた千尋は慌てて「そんな……自分で食べられます」と言うが「いいから、ほらっ」口元に蓮華を持って来られ千尋は仕方なく口を開けた。
「あっ……美味しい」玉子がふわっとして、うっすらと味噌の味がした。

「仁が作ったんだ。そうか美味いか」光輝の口元も緩む。
ゆっくりと数回口元に運んだ後「全く……お前は俺に初めてを何度経験させてくれるんだ?」と言った。考えてみれば、ヤクザの子供として生まれ育った光輝が誰かにこういう風に食べさせるような事をした事は無いだろう。

「すみません……」千尋は悪くて小さな声で謝った。
「別に怒っているわけじゃない……こういう事するのも初めてだし男抱くのも初めてだ……」
「えっ?だって慣れていたじゃ……」
「ああ、売れっ子を二人呼んで一から十まで見せて貰って勉強したからな」何でも無い事にようにさらっと言うが、冷静に考えれば凄い事なのだ……
戸惑う千尋に「勿論咥えたのも初めてだ」と追い討ちを掛けるような事まで言う。千尋は顔を上げていられない程恥ずかしく、そして何だか嬉しかった。
そんな千尋を愛しそうに眺め「ほら、野菜も食え」と箸で口元に持って来る。そして千尋も素直に口を開けた。
 
大した量じゃなかったし、体調が悪い訳でも無かったので千尋は出された分を全部食べ終えた。
「杏仁豆腐好きか?」
「えっ?はい……」
「今仁が作っているから、後で持って来させる」盆を持って立ちあがった光輝を目で追う千尋に、ちゅっと啄ばむだけのキスを落として「暫くはゆっくりしていろ」そう言って光輝は寝室を出て行った。

暫くすると遠慮がちに「コンコン」とドアがノックされた。
「……はい」光輝ならノックなどしない筈だ。
「起きていますかぁ?」そっと顔を覗かせたのは仁だった。
「杏仁豆腐出来たんで……食べられそうですか?」
「ありがとう、頂きます」そう返事すると仁が嬉しそうな顔で中に入って来た。

「さっきの食事美味しかったです、ありがとうございます」
「そ、そんな丁寧に……こちらこそ全部食ってくれて、ありがとうございます」
組で食事の仕度をしても、誰もこんなに喜んでくれないし、丁寧にお礼など述べてくれない。
だから千尋が美味しかったと言ってくれた事が、仁には凄く嬉しかったのだ。多分さっき少し落ち込んだから、若頭が「お前が持って行け」と言ったんだ、仁はそう思うと、尚更嬉しくなった。

今度千尋は自分でスプーンを使って食べた。そんな千尋を床に座って仁が見ている。
「うん、これも美味しいね、関口さん料理上手ですね」
「そんな……関口さんなって呼ばないで下さいよ、仁っす、仁って呼んで下さい」
「仁さん?」
「あのう……千尋さんは今何歳なんですか?」
「僕?二十二歳だよ」
「えー?じゃ辰年ですか?」
千尋が「そう」と頷くと「俺二十歳ですっ、千尋さん……あっ千尋さんって呼んでいいっすか?」
「いいよ、仁君」
「えへへへ……仁君かぁ……嬉しいっす」

「千尋さん辰年かぁ……じゃ若頭と同じですね?」
「えっ?光輝も辰年?」
仁は『光輝』と呼び捨てにする千尋に少し驚いたが「違いますよぉ、彫り物ですよ、彫り物!見た事ないんですか?昇り竜」
「あっ……」見たとも、見たことが無いとも言いにくい。

『ほら千尋、お前の竜だ』懐かしい言葉が脳裏に蘇った。

あの言葉を聞いたのはいつ?そして僕は伯父に一枚の絵を貰った。何処にしまった?捨てた?いや捨てはしない。勉強机の引き出しにある!千尋は思い出した。
そのことを思い出すと居ても立ってもいられなかった。
「仁君お願い、光輝を呼んで来て」千尋の慌てた様子に仁は急いで部屋を飛び出した。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^

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