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再)僕の背に口付けを 1

 20, 2011 00:04
「千尋……俺は最期の最期にお前の人生変えてしまったな……悪い事をした……」
千尋の頬に触れた手は、もうその頬を撫でる力は残っていなかった。
「そんな事ないよ、僕をここまで育ててくれて本当に感謝しているし、この身体だって……僕は後悔していない」
「千尋、ありがとう。お前のお陰で俺は最高の最期を飾れた」

「僕は伯父さんと暮らせて本当に嬉しくて幸せだったよ」
「そうか……俺も嬉しいよ……もう思い残す事は無い、千尋……幸せになれよ」
「僕はもう今でも充分に幸せだよ」
「もっと幸せになってくれ」
「うん……もっと幸せになるよ」

そんな千尋に安心したように、千尋の伯父、斉藤雅(さいとう まさ)は52歳のあまり長くない人生の幕を静かに下ろした。


7歳で両親を亡くした千尋を引き取って育て、大学まで行かせてくれた。当時37歳だった伯父は、そのまま結婚もしないで男手ひとつで千尋を育ててくれた。
「伯父さん結婚しないの?」
小学生の頃に良く聞いていた。すると伯父は「俺みたいな奴の所に来る嫁なんぞ居ないよ」といつも笑っていた。

余命3ヶ月の宣告を受けて、それでも1年頑張って……そして逝ってしまった。
千尋は今度こそ天涯孤独の身になった。
でも、両親を亡くした頃とは違い、千尋も成人した21歳の男だ。一人で生きていけない事は無い。
「大学を卒業する位は残してあるから、頑張って大学だけは卒業しろよ」
と言われ続け、千尋は伯父の気持ちを無駄にしないように大学には通った。


この身体で食べて行く為にも、ちゃんと卒業して何か技術を身に付けようと思っていた。
そして誰にも知らせず、伯父を一人で見送った。
伯父が亡くなってひと月が経つ頃には家の中も少し片付き、伯父の仕事道具はきちんと箱に収めて奥の部屋に仕舞った。千尋は古くなった看板をそっと外し、綺麗な布で丁寧に拭いた。看板を拭きながら千尋の目からボタボタと涙が零れ落ち、せっかく拭いた看板を濡らしてしまう……

「駄目だよ……泣いたら……これ濡れちゃうだろ……しっかりしろよぉ」
自分で自分を叱り、励ました。綺麗な木目が千尋の涙を拭き取るように吸い込んでいく。
千尋は嗚咽を漏らしながら胸にそれを抱きしめた。
「僕は貴方とこれからずっと一緒に生きていきます……僕は貴方を忘れないから……貴方の想いを背負って生きて行きますから……、」

『俺が死んだら、この家は処分しろ、ここでひとり生きるにはしんどいだろう?』
伯父は亡くなる前に千尋にそう言っていた。だけど、この家を離れるのは伯父との思い出を捨てるようで忍びなかった。

そしてその日の夕暮れ、ひとりの紳士が不幸を聞いたと線香を上げに来てくれた。
線香をあげ香典袋を仏壇に添えたあと、しみじみとした声で千尋に声を掛けた。
「そうか……雅さんも逝ってしまったか……」
「……はい、最期まで伯父は立派でした」
「千尋君だったよね?」
「はい」
千尋は仕事場にはあまり入らないように言われていたから、話をする事は殆どなかったが、会うと挨拶ぐらいはしていた。

「俺は雅さんの最初の客だったんだよ」その紳士は穏やかな顔で語ってくれた。
「そうなのですか……大変だったのでしょうね」
「ま、俺もその時は若かったからな」と昔を懐かしむような顔で笑っている。

来る目的が無くなっても、伯父と話がしたくて時々足を運んでいたと言う。身元が世間にばれないように細心の注意を払っても、黒塗りの車を数台横付けすれば、注目を浴びてしまうのに。などと千尋はぼんやり思ったりもした。

「これから君はどうするのだ?」
「大学は続けます、後の事は未だ……」
「で?この家はどうするのだ?」
「伯父には処分するように言われていますが、今はまだ考えられません……」
「そうか、大学は続けた方がいい、何か困った事があったら私を訪ねてきなさい。」
そう声を掛けてプライベート用の名刺を置いて帰っていった。

家の外にはいつものように黒塗りの車が3台止まっている。
その真ん中の車を黒い服を着た男が頭を下げたまま開けると、その車に乗り込み、プッとひと鳴きさせた後車は静かに走り出した。

千尋は名刺と香典を仏壇の下の引き出しに仕舞った。
数週間は同じような来客を何度か迎えた。そして皆帰り際には最初の紳士と同じように「困ったら訪ねて来るように」と言って、数台の車で帰って行った。

それから後は、伯父が生きていた頃と同じような単調で静かな生活が待っていた。千尋は今までと同じように毎日真面目に大学に通った。変わったのは家に帰っても『おう、帰ったか』と声が掛からない事だけだった。

淋しい……、

そんなある日一通の封書が届いた。宛先は斉藤千尋だ、差出人を見ると『雅の会(みやびのかい)代表豊川正輝』と書かれている。豊川正輝……伯父が亡くなって最初に弔問に来てくれた人だった。

中には『斉藤雅を偲ぶ会』を執り行う事と、日時が書かれた案内状が入っていた。そして、当日千尋も必ず出席して欲しい、迎えを寄越すとも書いてあった。
その日に千尋の運命を変えてしまう出逢いがある事など知る由も無かった。

千尋が連れて来られたのは、ここは本当に都内なのか?と思うような広さの敷地の中にある料亭の離れ座敷だった。中に入ると、10人の黒いスーツを着た男達が所狭しと胡坐をかいていた。大部分は数回顔を見たことのある男だった。だがひとり一番若そうな男だけは見た事は無かった。
千尋は中央の席に座らされた。強面の男達の間にひとり場違いな千尋が居る事をきっと知らない人が見たら驚くだろう。

「千尋君、良く来てくれた。今日は雅さんを偲ぶ会だ」
「……はい……こんなに集まって下さってありがとうございます。伯父もあの世で喜んでいる事と思います。」そう言うと千尋は畳に頭をついた。

「いや、それはどうだかな?今頃あっちで怒ってるんじゃないか?千尋に近寄るなって」
誰かが揶揄するように言って笑った。
「雅さんは千尋君を本当に大事にしていたからな……俺たちが顔を出すと『千尋が帰って来る前にとっとと帰れ!』って怒鳴られたよ」

「皆色々立場や組織は違うが、今夜だけは無礼講だ、千尋君も飲んでくれ」
千尋は酒に強い方では無いが「はい」と頷いて酌を受けた。多分ここに居る一人一人は個別に会う事すら憚れるような人だろうと思う。素人の千尋が普段簡単に会える人でもなかったし、そういう機会も最初で最後だろう。

酒が進むにつれ、各々の思い出話があちこちで話されていた。

「雅さんに観音菩薩彫らしてやりたかったな……」ひとりの男が酒に酔った目で悔しそうに呟いていた。
「ああ……そういう機会も無く逝っちまったのか……」そして違う男も悲しそうな顔で呟いた。

「あの人は何故だか、それだけは彫れないって、頼んでも駄目だったよ」
「観音菩薩を彫るのは、最後だ俺が彫師を辞める時だ」が口癖だったよな。
「でも雅さんも人が悪い、シリアルナンバーまで彫っていたとは知らなかったよ」思い出話に愚痴も混ざっている。

「だけど、流石に四と九は居なかったな……」その囁きに千尋は口を挟んだ。
「あの……四も九も居ます……」
「えっ?」皆が一斉に千尋を見た。普通だったら震え上がりそうな眼光だ。

「四は伯父さんの右太股に、九は左に……あいつ等は死と背中合わせに生きているからな、やっぱ四と九は縁起悪い、って言って自分の腿に彫っていました。」

「くっ!」誰かの嗚咽が聞こえた。

「千尋君、俺達はこんなヤクザな商売をしているが、雅さんは俺達から見たらヒーローだったんだ。雅さんは、客を選びに選んだ。金とか地位じゃなくて、男としての根性を見極めた」
「そして何時も、『ヤクザ者だからと言って犬死するなよ、俺の彫り物はお前が爺さんになっても色褪せるような代物じゃねぇ。だから命を粗末にするな、全うするまで背負っておけ』ってな……」そう言うとその男は淋しそうに笑った。

「雅さんは半端なヤクザ者にも、金で解決するような奴にも首を縦に振らなかった。肌の艶、目の輝き、そして何よりも男としての器量を見て自分が納得した奴にだけ彫った。だから、雅さんに選ばれた俺らはそれだけで自信を持って生きて来られたのだ。勿論、ヤクザなりに雅さんの彫り物を裏切らないような生き方をして来た、と俺は思っている」

「皆さん、彫雅を愛して下さって、ありがとうございます」千尋は心からそう思って、深く頭を下げた。
「千尋君、見てくれるか?雅さんが残してくれた物を」
「……はい、拝見させて下さい」
千尋の真剣な目に頷いて、背広を脱いだのは『俺が最初の客だった』と言っていた豊川だった。

背中全体に風神雷神の絵が彫られていた。それは力強く華やかで、見る者をも惹きつけそして威圧する物だった。「ほら」と言って豊川が自分の腰の辺りを指差すとそこには『彫雅壱』という落款が彫ってあった。

そして千尋は次々と「彫雅拾壱」まで見せてもらった。最後は千尋が一度も逢った事の無いまだ三十歳前だろうと思われる男だった。
「俺は豊川光輝(とよかわ こうき)だ、俺が拾弐番目だ」
千尋は黙っていればヤクザには見えないだろう美丈夫な男の顔をじっと見た。
(この人もヤクザ?)
「俺の息子だ」壱番目の豊川が声を掛けた。
「あっ……」同じ苗字だと言う事に今頃気がついた。

「僕お会いするのは初めてですよね?」
「ああ、俺が通っている頃、君は大学受験であまり家に居なかったみたいだからな」
高校三年の頃は受験を控え、図書館で勉強するか予備校に通うかどっちかで家に帰るのも遅かった……

そして光輝はシャツを潔く脱ぎ捨てた。
(昇り竜だ!僕の一番好きなデザインだ……)千尋はその背中を食い入るように見ていた。
いや見惚れていたと言った方が合っている。(この人の目は竜の目と似ている……)

多分父親の豊川以外は始めて見るのだろう。あちこちから溜息混じりの感嘆の声が上がった。千尋は覚悟を決めて、豊川に向かって「お人払いをお願いします」と頭を下げた。


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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^


■ブログから下げてから、ここに辿り着いて下さった方も多くおられます。
来て下さってありがとうございます。
1日1話ですが、通常の倍の文字数で更新していきます。
長くお待たせして申し訳ございませんでした。
楽しんで下されば幸いです。

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-  2011, 07. 20 [Wed] 21:20

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