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イラストの版権・著作権はpio様に属しますので、無断転載転写はご禁止です。


「何ぼーっとしてるんだよ、秀人?」
一足先にホームに降り立った秀人の肩を、後から降りた学友の堀内隆弘(ほりうちたかひろ)がぽんと叩いた。
朝の通勤ラッシュから少しだけ遅い時間だといっても、ホームにはまだまだ人が溢れていた。
だが秀人は何も見えず聞こえずといった感じで立ち竦んでいた。
「しゅう・・?」隆弘は強く肩を揺さぶりながら秀人の視線の先を見た。

「あっこれ女子たちが騒いでた口紅のポスターだ、何だ秀人見惚れてたのか?」
「えっ?・・いや見惚れてなんか・・・」
「でもこのモデル男だってよ、残念だったな。さっ行こうよ」
隆弘に背を押されて一瞬止まっていた秀人の時が動き始めた。

だが体の中にざわざわする何かが棲みついたようで秀人は何故か眉を寄せていた。
それなのに・・・一歩踏み出した足元にぽたっと涙が落ち、
秀人は戸惑いながらも、並ぶ隆弘に見られないようにさり気なく横を向き涙を拭いた。

どうして涙なんか零れたのか秀人には理由が分からなかった。
そして次の日から秀人はそのポスターが目に付かない場所から電車に乗るようなった。



1990年5月5日

都内の大学病院で柳沼秀人(やぎぬま しゅうと)は産声を上げた。
当時21歳だった母も今や41歳になるが、まだ30そこそこにしか見えない可愛い人だった。
そしてサッカー大好きな父は今は祖父の跡を継ぎ、荻窪で医院に毛の生えたような小さな病院の院長として頑張っていた。
父は本当に医者なのか?と聞かれるほどの逞しい体格と爽やかな笑顔の
母よりも7つ年上の48歳、まだまだ男盛りの自慢の父親だった。

秀人の成績は最難関の医学部には少々手が届かなかったが、その気になれば国公立の医学部に行けない事はない程のものだった。
実際、今通っている私立大学の医学部は私立では最難関と言われる偏差値を要したのだ。
国公立の5・6倍は卒業するまでに費用がかかってしまう。
自宅から通えなければ、一人暮らしをしても今よりは安上がりだと思って、両親に相談したがそれは即刻却下されてしまった。

特に母が秀人を家から出そうとはしなかったのだ。
だからといって非常識に溺愛されている訳でもない、頗る健全で一般的な家庭だった。
褒めるところは褒め、叱る時には叱り、そういう普通の父と母に愛されて秀人は育った。
秀人も両親を心から愛していた、だが成長するにつれ自分がその愛する両親のどちらにも似て来ない事が、心の中に薄い影を落としているようだった。

小学生の頃その事を同級生にからかわれ泣きながら母親に詰め寄った覚えがあった。
「僕はママの子供じゃないのっ?」と。
一瞬驚いた顔をした母親が直ぐに笑顔になり「秀人は間違いなくパパとママの子供よ」
と言い頭を撫でて胸に抱き締めてくれた。

その後に、母子手帳や入院中に一緒に写した写真とか見せられ、
「秀人はパパとママの良い所だけを貰って生まれて来たのね、もっと大きくなったらどちらかに似てくるわよ」と言われ秀人は子供心に安心していた。

だけど、秀人は20歳になった今でもそのどちらにも似てはいなかった。


「おい、秀人どうしていつもの車両に乗ってないんだよ!」
電車を降りた所で前の車両から駆け寄って来た隆弘に文句を言われた。
「もうあの車両には乗らないから・・・」
「全く・・・一人で乗ったりして痴漢にでもあっても知らないぞ」
隆弘の目は本気で心配しているような目だったので、秀人は怒ったように
「僕は女子じゃないからっ」そう言ってさっさと歩き出した。

「ふぅ・・」隆弘は小さな溜息を零しながら秀人の後を急いで追いかけた。
内心女子じゃないから困るんだろう?
と言いたい所だったが、無自覚の秀人に言っても取り合わないだろうから黙った。

それに昨日から秀人が何かにイライラしているのを感じていた。
『でも俺が守るから・・』
そのために隆弘は頑張って秀人と同じ学部に入ったのだ。
本当は経済学部でも何処でも良かったのだ、隆弘には兄がいるので跡継ぎの心配もいらない。
だから医学部に合格した時の父親の喜び方は半端ではなかった。

隆弘は幼稚舎から大学の付属に通っていた、だが秀人は高等部からだった。
幼稚園から中学までは自宅から一番近い学校に通っていたらしい。
理由を聞くと「隆弘みたいに家金持ちじゃないから」とぶっきら棒に言われてしまった。
実際隆弘の父親は手広く不動産業を営んでいたから、金持ちではあったが、秀人の家だって小さくても病院だし、何度か遊びに行った事があったが、患者が溢れていた事をよく覚えている。

隆弘は秀人と肩を並べて歩きながら「土曜日時間ある?」と聞いてみた。
「う~ん?午後からなら大丈夫だけど?」
それがどうした?という顔で秀人が小首を傾げるように隆弘を覗き込んだ。
「あ・・ちょっと渋谷に買い物行きたいんだけど、付き合ってくれない?」
「別に構わないけど?」
「じゃ土曜日迎えに行くよ」
「別に迎えなんか必要ないし・・改札でいいじゃん?」
「・・そっか・・じゃ改札って事で」

隆弘は本当は秀人の家まで迎えに行きたい気分だったが、駅で待ち合わせするのもデートっぽくていいかな?などと心の中で考えていた。
隆弘のそんな気持ちなど秀人は全く考えもしていないのは、充分承知しているが、それでも大学生になってから初めて二人で出かける喜びを隆弘は噛み締めていた。

幸せそうな隆弘をちらっと見て「変な奴」と小声で呟いたのを隆弘は聞き逃さなかったが、それでも自分の事を見てくれていると思えば、又頬が緩む隆弘だった。




今回は、私には珍しく背景とかの説明が多いです。
苦手だ・・・・でもちょっと書かないと繋がらないので、すみません。

1年ありがとうございましたっ!
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土曜日の午後渋谷の駅で秀人を待っていた隆弘は、時間丁度にやって来た秀人を見つけると、満面の笑みを浮かべ迎えた。
「何でそんな嬉しそうな顔してるの?」
隆弘なら自分でなくても、可愛い彼女とでも出かければいいのに、と思ってしまう秀人だ。
「だって、秀人とデートだなんて初めてだ、嬉しいに決まってるだろ?」
「デ・デートって何だよ?そんな事言うなら僕帰るよ・・・」
「あ、冗談だよ。冗談だから帰るなんて言わないでくれよ・・」

秀人は渋谷駅に降り立った時から、またあの何か訳の判らない苛立ちを感じていたから、
本当の所このままUターンして帰りたい気分だったが、隆弘の嬉しそうな顔を見ると、ついそんな事を言うのが悪くなって、その気分を呑み込んだ。
「さっ行こうか?」
「うん・・・」

駅を出て、スクランブル交差点の赤信号で二人は歩みを止めた。
「何だか人だかりが出来てるけど、何だろ?」
隆弘が訝しげに言うけど、ここ渋谷には色々な人間が集まるから、いちいちそんな事を気にしてはいられなかった。

信号が変わり、車が一斉に停車すると人の波が揺れ出した。
何人の人間かここで交差するのだろう?ふとそんな事を考えながら秀人は足を踏み出した。
丁度真ん中辺りで反対側から歩いてくる人並みとすれ違う。

「あ、あいつ・・・ポスターの奴だ」隆弘の言葉に前方の群れを見る。
数人の背の高い男に群がる若い女たちが見えた。

『ドクン・・』前方にその姿を認めた途端今まで小さな苛立ちだった神経が大きく跳ねた気がした。
ざわざわとする人の波よりも、大きな波が体の中で飛沫を上げている。
一歩進むにつれその波は嵐のように秀人の神経を逆撫でた。
規則正しく流れていた体中の血が、四方八方に乱れて流れるような、そんな嫌な気分だった。

息が出来ない・・・足が動かない・・・

秀人は交差点の真ん中で動かない体と焦る心を操作出来ずに立ち尽くした。
「しゅうと?」隆弘の怪訝な声だけが辛うじて聞こえた。
ドクン・・・ドクン・・・・
乱れ収縮を繰り返す血管が今にも破裂して真紅の血を噴出しそうな気がした。

「想い出して・・・」すれ違いざまに耳元で囁かれた。

想い出して・・・・想い出して・・・・
逝かないで・・置いて逝かないで・・・・・・
とても哀しい言葉が頭の中でリフレインしている。

「いや・・・いやっ・・・・・」
『思い出したくない・・』
だが秀人は自分が何を思い出したくないのかすら分からなかった。
だけど、それはとても哀しい出来事で思い出したら自分は壊れてしまう、そんな気がした。

哀しくて死んでしまいたくなるような想い出。
『置いて逝かないで・・・』
その言葉が秀人に重くのしかかって来る。

「しゅうと?信号変わる・・」
堀内に手を引かれた途端秀人は重圧に耐えられないように意識を手放した。

「秀人っ!!」隆弘の叫びが遠くで聞こえた。

血の気の失せた秀人の目尻から一筋の涙が零れていた。
「秀人?秀人っ、どうしたんだ、しっかり!」
あまりにも突然の事に隆弘が動揺していると背後から声が掛かった。
「君、危ない信号が変わるから」
そう言ったのは、さっきすれ違った群れの中の背の高い若い男だった。

その男は倒れた秀人を軽々と抱き抱え信号を渡り切った所で、隆弘に向かい
「タクシー止めて」と指示した。
やっと我に返った隆弘が通りかかったタクシーを体を乗り出すようにして止めた。
「この子の家は?」
「荻窪・・・」
「30分は掛かるなぁ・・君の家は?」
「俺も似たようなもんです」
「じゃ、俺の家にしよう5分もあれば着く」
「ちょ・ちょと待って下さいよ、何で貴方の家に行かなくっちゃならないんですか?」

「この子は多分起立性低血圧、いわゆる脳貧血だ、早くに衣服を緩めて横にしてあげた方がいい・・」
「だからって・・・」
幾ら有名人だからといっても初めて会った男の家に秀人を連れて行くわけにはいかなかった。

「お客さん、どうするんですか?」運転手の不機嫌そうな声に隆弘は返事を躊躇った。
「表参道まで」そしてそう告げる男にこれ以上口を挟む事はできなかった。
有名人だからこそ変な事はしないだろう、という変な感覚での安心もあったのは確かだ。
だが後になって、今日のこの判断を隆弘は心底後悔してしまった。

タクシーの中でその男は「レン」と名乗った。
隆弘はその時やっとポスターに書かれた「Ren」と言う文字を想い出した。
レンが秀人を横抱きしている以上隆弘は助手席に座るしかない。
隆弘が自分の名前と秀人の名前を振り向いて名乗った。

見るとレンは真っ白なハンカチで秀人の額に浮かんだ汗をそっと拭いている。
「しゅうと・・・」まるで恋人を呼ぶような優しい声に隆弘はえも言えぬ不安を覚えた。

考えてみれば、通りすがりとも言える堀内と秀人を、自分の家に連れて行くという事が普通では無いと隆弘は思った。
だがタクシーはあっという間にレンのマンションに到着した。
後部座席から千円札がさっと出され、助手席にいる隆弘が「あ、俺が・・」と言っても
「一応俺が年上だし、無理に連れて来たっぽいから俺に払わさせて」
と言われ、とりあえずこの場では財布を引っ込めた。

セキュリティロックを解除して、通された部屋は2LDKのゆったりした間取りのマンションだった。
この立地条件でこの広さなら家賃30万はするだろうと、隆弘は不動産会社の息子らしく算盤を頭の中で弾いていた。

「とりあえず、ベッドに寝かせよう」
そう言ってリビングの奥の部屋のベッドに秀人を横たえた。
秀人は幾分か顔色は良くなってはいたが、まだ目を覚ます様子はない。
「君・・堀内君って言ったっけ?
この彼のベルトとか緩めてあげて足の下にこのクッションを置いてあげて」
そう言いながらレンは毛布を秀人の体に掛けてあげていた。
あまりの手際の良さを隆弘は不思議に思った。

「何だかこういう事に詳しいですね?モデルのRenさんですよね?」
堀内は確認するように、そう言ってレンをじっと見た。

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「ああ・・・ポスター見たんだ?何だか照れるな・・・」
レンはそう言って笑顔を見せた、だが先の質問の答えは貰ってはいない。
「ああ、どうして詳しいかって?」レンは改めて隆弘に向き直ってそう聞いてきた。
「はい・・あの、俺もこいつ秀人も医学部なんです、まだ2年だから大したもんじゃないですけど・・」
「二人とも医大生!それは凄いね、優秀なんだな」
本当に嬉しそうな顔でレンは二人を褒めた。

「俺は今はモデルなんかしてるけど、こう見えても薬科学の博士課程まで修了してるんだよ」
「え・・だってそんな年には・・・レンさんって今幾つなんですか?」
大学6年と博士課程4年で早くても10年は掛かるだろう・・・若くても28歳ぐらいだ・・
「俺はアメリカで飛び級したからね今24歳だよ」何でも無い事のようにレンは言った。
「す・・凄い・・・」
「そう?そうでもないよ、シカゴ大学では18歳の時に分子遺伝学と細胞学の博士学位を取った日系の子がいるよ」
堀内は自分とはレベルの違う世界の話にただ驚くばかりだった。

「でも、どうしてモデルなんか?あ、いやモデルが悪いっていう訳じゃないんですけど・・・」
「そうだね、誰だってそう思うかもしれないけど・・・『思い出したから』じゃ納得出来ないかな?」

隆弘はそんなレンを改めてマジマジと見てしまった。
180cmの自分よりは少し高いから185・6cmだろうか?
勿論職業モデルというだけあって、その顔は男の自分が見ても見惚れる程に端正だった。
秀人が儚げな美人と言うなら、レンは妖艶で色香がある美人という感じだった。
それはモデルという職業柄なのか、元々レンが持っている雰囲気のせいなのかは隆弘には判らなかった。


「・・・・ここは何処?」ベッドルームから小さな声が聞こえた。
「秀人目が覚めたんだ!」慌てて二人で秀人の元へ駆け寄った。
「秀人、大丈夫か?」
「僕・・・どうしたの?」
「さっき渋谷の交差点で脳貧血で倒れたんだよ、気分はどう?起き上がれそうか?」
隆弘の姿を見て安心したのも束の間、傍にいるレンを見て顔を引き攣らせた。

「やっ・・隆弘怖い・・誰?ここは?」
「ああ、あの人はモデルのRenさんて人で、たまたま近くに居て、家が近いからって連れて来てくれたんだよ。」
「イヤダ怖い・・・」
「へっ?怖くなんかないよ、良い人だよ」
「やだ、怖い・・・家に帰る。此処には居たくない」
ただ怖いと怯える秀人が申し訳なくて、横にいるレンを見ると何故かとても哀しそうな顔をしていた。

親切を怖いと言われて気を悪くするのなら判るが、何とも言い表せないような、辛く哀しく・・そして寂しそうな顔をしている。
「ちょっと」とリビングに来てと目で合図され、隆弘は秀人に「大丈夫だから」と一言告げて、レンを後を追ってリビングに行った。
「レンさん申し訳ありません、せっかく助けてもらったのに、秀人があんな事言って・・」
どう謝ればいいのか隆弘もそれ以上の言葉を探せなかった。

「いや、いいんだよ、気にしないで、もう大丈夫だと思うからタクシー呼ぼうか?
それとも電車で帰る?」
「あの、俺の兄貴に迎えに来てもらってもいいですか?あと30分くらい此処に居てもいいのなら、そうしたいんですが・・・」
「そうだね、その方が安心だ。本当なら俺が送って行ってもいいんだけど、あの子に嫌われたみたいだから」そうレンはまた寂しそうに微笑んだ。

「すみません」隆弘は頭を下げるしかなかった。
「大丈夫、早くお兄さんに連絡して」そう言ってここの住所をメモしてくれた。
隆弘よりも6歳年上の兄は、大学卒業後に父の跡を継ぐ為に、関連会社を色々渡り歩いて勉強していた。
隆弘が家を出て来る時に、今日は夕方まで家にいるよ、などと言っていたから自宅に居るはずだった。

隆弘が携帯に電話をすると、案の定家で燻っていたらしい。
そんな兄に今の状況を説明したら「直ぐ迎えに行くから」と言われ住所を確認すると、さっさと電話を切られた。
心配そうな顔で隆弘と兄との電話でのやり取りを聞いてたレンが安心したような顔になった。
「うちの兄貴、秀人のこと目の中に入れても痛くないほど可愛がっているから」
そう付け足すと、レンは目を大きくして、そしてその後「まるで孫みたいだね」と笑った。

隆弘が秀人の元に戻ると、秀人はベッドの上に座りポタポタと涙を零していた。
「秀人!どうしたんだ?まだ具合悪いのか?」
「寂しい、哀しい・・・胸が苦しい・・・」
それだけ言うと秀人は黙って涙だけを零し続けた。

「どうして?どうしたんだよ?」全く理解できずに秀人に詰め寄った。
「分からない・・・ただ哀しくて、辛い・・・」
「今兄貴が迎えに来るから、もう少し待ってて」
隆弘はベッドに腰掛け、秀人の肩をそっと抱き寄せた。

理由は分からないけど、秀人が辛そうにしているのなら、自分はただ黙って寄り添ってあげるだけだ。
兄貴がマンションの前に着いたという電話をくれるまで、レンは秀人に近寄ろうとはしなかった。
手前のリビングで一人静かに待っていただけだった。

「今下りて行くから、前で待ってて」と兄の電話を切り秀人を立たせた。
「ねぇ、まださっきの人居るの?」
「当たり前じゃん、彼の部屋なんだから」
「僕・・いや・・逢いたくない」
どうしてそんなにレンを毛嫌いするのか、隆弘にはさっぱり理解出来なかった。

さっき交換したばかりのレンからメールが入った。
「俺は隣の部屋に居て、出ないから安心してって伝えて」と。
「秀人、大丈夫さっきの彼には会わずに帰ろう」
「本当?じゃ早く帰ろう?」
隆弘は後日改めて礼に来ればいいだろうと考えて、その旨返信して怯える秀人の肩を抱いてレンの部屋を後にした。

人見知りを全くしない訳では無いが、こんなに秀人が他人に対して拒絶反応を見せたのを初めて見た。
それも男でも見惚れるような男に対してだ。
隆弘もそんな秀人に納得いかなかったが、追求しようともせず秀人の無礼を容認しているレンにも驚いた。



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夜中になるかもしれませんが、バレンタインの話を1つアップできると思います。
「隆弘お前が運転しろよ」
普段はハンドルすら触らせてくれない兄が秀人の肩を抱くように後部座席に座らせながら、そう言った。
「ええっ・・俺が運転するの?」
「そうだ、わざわざ迎えに来たんだから、運転くらいしろよ」
そこまで言われれば隆弘も文句は言えない。

「兼にぃ・・ごめんね」秀人がすまなそうに言うと
「大丈夫だよ、もう具合は悪くないか?俺に凭れ掛かって・・」
秀人には言葉使いも態度も違う兄にはすっかり慣れてしまった隆弘だったが
「ちっ、随分と秀人には優しいよなぁ・・」などと憎まれ口を叩いてしまう。
「おい隆弘、気をつけて運転しろよ」
「へーい」

「隆弘・・ごめんね、せっかく買い物に来たのに・・」
「秀人・・・気にするなよ、買い物よりもお前の方が大事だよぉ」
兄弟揃って秀人に骨抜きにされてる・・兄の兼介も弟の隆弘も心の中でそう思い肩を竦めた。

「それにしても、そんなに風貌の悪い奴だったのか?秀人がこんなに怯えるなんて・・
よくそんな奴にお前も着いて行ったなぁ」
呆れたように言う兼介に向かって「悪い人じゃないよ・・」
と言い返したが、隆弘も何か喉に刺さっているような気がして、あまり強気の事は言えなかった。

「兄貴、最近よく見るあの口紅のポスター知らない?」
「口紅の?あの男のモデルがやってるやつか?」
「そう、そのモデルのRenって人が助けてくれた・・・」
「へ・・ぇ・・・」男にしておくには勿体無いくらいの美形だったのを兼介も思い出した。
そして改めて秀人の顔を覗きこむようにして
「そうか、秀人はああいう顔嫌いか・・そうかそうか」
兄の兼介もはっきりした顔立ちはしていたが、もっと青年らしいというか、男らしい精悍な顔をしていた。

だから秀人がああいう美形を好みでないと知ると、満面の笑みを浮かべ秀人の髪を梳くように撫でていた。
バックミラーでその様子をちらっと見ながら隆弘は内心舌打ちをしたい気分だった。
兄が、秀人を特別な目で見ているのは知っていた。
その特別が、弟みたいな気持ちなのか、それとももっと異質のものなのかは今の隆弘では判断出来なかった。



その頃、皆が帰った部屋でレンは、窓辺に凭れぼうっとしていた。


1986年9月

秀人よりも4年先にRenこと小野田蓮は神奈川に生まれた。
そしてアメリカで日本料理の店を出す両親と共に渡米したのが5歳の時。
当初忙しい両親に代わり蓮の遊び相手は母が与える書物だけだった。
母が与えた絵本や児童書はあっという間にボロボロになり、
蓮はもっともっとと本を強請り、学校に上がる頃には児童書では満足を得られない程に知識をつけていた。

そして10歳の頃に蓮は、自分が二重人格ではないか?
という恐ろしい悩みを抱えていたのだった。
そんな自分の事を知るためにも蓮は勉強に力を入れていった。
それ以降は医学書を読み漁り、若い脳はそれをどんどんと吸収していった。
そして飛び級を重ね、16歳で大学に通いだしても蓮の悩みは無くならなかった。

だが当時の蓮はその悩みと上手に付き合っていた事も確かだった。
ジキルとハイドみたいに正反対の二重人格ではなく、同じ力が倍になるような・・
そんな感じだったからだ。
そして時々頭を過ぎる映像・・・

蓮の運命の日は17歳の時に訪れた。


当時父の開いた「日本料理 小野田」は地元だけではなく、遠方からも客が訪れるほどに有名になり、店舗数も目が届くぎりぎりの5店舗に増やされ、事業も順調に進んでいた。
そして「小野田」に訪れる常連客の息子に言い寄られ、蓮は時々外で会うようになっていたのだ。

自分の性癖を疑問に思ったのは14歳の頃。
周りにいるグラマラスな女子よりも、華奢な男子に目が行ってしまう。
飛び級のおかげで、蓮の周りにいる女子は蓮よりも年上だったから、割り切った付き合いも出来た。
初めて女性とベッドを共にしたのは15歳の夏。
だが蓮はその行為に何の感動も愛情も持てなかった。

そして17歳の時に常連客の息子マイケルに対して初めて愛しさみたいな気持ちを感じた。
マイケルは自分よりも1歳年下で普通にハイスクールに通う少年だった。
1歳下だが、早くに自覚していたマイケルはその時には既に数人と交渉をもっていたから、
リードされながらも初めて男の体に己を埋めた。

「Ren・・Ren・・・AH!OH!・・Ren」
マイケルの喘ぎ声を聞きながら蓮も激しく腰を打ち付け続けた。
女性を抱いた時よりも遥に自分が感じている事を蓮は知り、
今まで漠然としていた自分の性癖を認めた。

そしてエクスタシーを口にするマイケルの蠢きに合わせるように、
自分の全てを吐き出す時に蓮の脳裏には、今まで断片的にしか見えなかった記憶の映像が走馬灯のように流れた。





『いやっ・・逝かないで・・・お願い・・逝かないで』
横たわる自分に縋りつく男がいる。
溢れる涙を拭いもせずに、縋り付き、そして手を握り締めてくれている。
『ひとりにしないで・・・私も一緒に・・・』

『大丈夫・・・いつどこに生まれ変わっても必ず・・・
必ず迎えに行くから・・・泣かないで・・・・ちゃんと最後まで生き抜いて』
『あぁぁ・・・お別れなのですか?必ず私を待ってて下さいね・・・』
『ああ待ってるよ・・ゆっくりでいいから・・・必ず待ってる・・』
ぽたぽたと男の流す涙の熱さを今の蓮も感じるような気がした。
それほどに、その涙は熱かった。


そして横たわった記憶の中の自分は最後の力を振り絞るように囁いた。








『愛してるよ・・・・秀麗』と。


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「Ren・・・僕良くなかった?」
不安そうにマイケルが見上げていても暫くは茫然自失とでもいうか、
今自分が何処で何をしているのかも蓮には理解出来なかった。
『あれは・・・誰?』
「Ren!!」
「マイケル・・・・」
「いったいどうしたの?そういう態度って凄くショックなんだけど?」

そこまで言われてやっと蓮は今の状況を把握できた。
「ごめん・・・」
「やっぱRenって男ダメだった?」
「いや・・・」ちゃんと反応して射精までして男がダメだともマイケルに言えなかった。
蓮はマイケルの頬に口付けをして「良かったよ」と囁いた。

「Ren・・じゃ僕の恋人になってくれる?」
「・・・ごめん、俺は酷い男だな・・」
「Renいいよ、僕何となく判ってた、いつもRenは遠くを見ていたもん」
「マイケル・・」自分の得体の知れない不安をマイケルが見抜いていた事に驚き、そして感謝した。
「マイケルを愛してやれなくてゴメン」
「いいよ、その代わりずっと友達でいてくれる?僕は友達としてでもRenの近くにいたいから」
そんなマイケルを優しく抱き締めて二人は元の友達に戻った。

それからの蓮は今までに増して勉学に励み、1日も早く日本に行く事だけを夢見た。
一度覚醒してからは、記憶が蘇るのは早かった。
暮らした景色もある程度思い出し、そこが日本だと判った時には嬉しかった。

そして何よりも愛した人の名前も顔も思い出した・・・
その愛する秀麗を散り際に酷く傷つけ悲しませた・・・

今何処にいるのか、この時代にいるのか・・何の確証もなかったが
蓮は日本に帰れば、何かが変わるような気がしていた。
日本を思うだけで血が騒ぐ・・その血は必ず秀麗と会えると教えてくれている。
もう自分の勘と記憶だけが頼りだった。

『必ず巡り会える・・必ず探し出すから・・』

知識や技術が増えるたびにもう一人の自分が歓喜した。
それは更なる飛躍への第一歩であり、蓮は魂に沁みる入るように様々な知識を身につけていき、飛び級を重ねて行った。

「何をそんなに生き急ぐ?」と父に言われ
「蓮が離れて行ってしまいそうで寂しい」と母に言われ
それでも蓮は歩みだした足を止める事はなかった。

大学院を卒業した足で、日本に向かうべく空港に向かった。
見送りに来たマイケルと両親にハグしながら
母に「俺を産んでくれてありがとう」と伝え
マイケルには「目覚めさせてくれてありがとう」と伝えた。
詳しい事を彼は知らないが、あの日以来ずっと友達でいてくれたのだ。

『今・・・迎えに行くよ』



「秀人、少しは体調良くなったんなら、家寄ってかないか?」
秀人の髪を撫でながら、兼介がそう言った。
ハンドルを握る隆弘も「寄ってけよ」と声を揃えた。
「うん、隆弘にも兼にぃにも悪い事したから、僕途中でケーキでも買うよ」
「ほんと秀人は可愛いなぁ」秀人の言葉を聞いて兼介が頭を撫でている。

「兄貴、あんまり秀人にベタベタ触るなよ」
「いいじゃん、秀人は隆弘のもんか?」
「そ・そういう訳じゃないけど・・秀人だって嫌がってるだろ?」
そう言いながらバックミラーでちらっと秀人を見ると、当の本人は頭を撫でられ安心した子供のように兼介に寄り掛かっていた。

「おい、隆弘そこの店の前で止めてくれ」
兼介が指示したのは、近所でも美味いと評判のケーキ屋だった。
「俺が買ってくるから、秀人は待ってて」
「あ、兼にぃ僕が・・・」
「学生はおごられてればいいんだよ」
そう言うと兼介は嬉しそうに車から降りて行った。

「秀人、兄貴にはあまり気を許すなよ・・あいつ秀人を狙ってるから」
「狙ってるって・・・可笑しいんじゃないの?隆弘」
「はぁ・・・秀人は自覚なさすぎ・・兄貴だけじゃないぞ他にだって・・」
そこまで言った時に隆弘はさっきの蓮の事を思い出した。

「秀人さぁ、何であの人嫌いなんだよ?いい人だったぞ」
「・・・嫌いって言ったわけじゃない、ただ・・」
「ただ?」
「血が・・血がざわざわして落ち着かなくて、・・・」
「落ち着かなくて?」
「何だかとても悲しくなるんだ・・・」

「トラウマってやつかなぁ?何か昔あいつと何かあったとか?」
「いや、会った事ないと思う・・」
「ふ~ん?じゃ誰かに似てるのかな?」
「・・・判らない・・あの人に会うと、胸が苦しい・・」

「なんだか恋みたいだな・・もしかしてあのポスター見て一目惚れしたんじゃないか?」
からかうような隆弘の言葉に秀人は返す言葉はなかった。
この感情が何なのか、秀人には全く判らなかった。

『恋?・・・』まさか、と直ぐにその考えは打ち消した。

「お待たせ」兼介がケーキの入った大きめの箱を手に車に戻ってきたから
二人の話はそれで終わりになった。
「秀人、沢山買ってきたから好きなの食べろよ」
まるで子供に言うように兼介がそう言うと、秀人は「兼にぃありがとう」と言った。
「その代わり秀人を食べさせてくれる?」兼介がそうからかうと、
秀人よりも運転席の隆弘が「兄貴!!ふざけんなよ」と声を荒げた。

「ふざけてないよ。」真面目な声で兼介が言うので、秀人も隆弘も驚いて黙ってしまった。
「ふざけてないよ俺は・・」念を押すようにもう一度兼介が繰り返した。
「兼にぃ・・・」不安気な顔で秀人が兼介を仰ぎ見た。
「大丈夫、心配しなくても・・今すぐって訳じゃないから」

運転席の隆弘が前を向いたまま小さな声で「ふざけんなよ」もう一度呟いた。


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スミマセン、あまり進展していなくて^^;
今日はギリギリ11時53分に書き上げました。

◆拍手非公開コメントのお返事は、すみませんが暫くは通常のコメント欄で
させてもらっています。ご了承下さいませ^^


その日秀人は堀内家で2時間ばかり過ごして、兼介の車で家まで送ってもらった。
「秀人今度隆弘抜きで遊びに行かない?」
隆弘も行くというのを押し切って二人で帰る車の中でそう言われ
「どうして隆弘抜き?ダメだよひがむから・・」
兼介の二人でと言う本当の意味を秀人はまるっきり判っていない様子だった。
「それに・・兼にぃは僕を甘やかし過ぎだと思う」
秀人は実の弟よりも自分を可愛がる兼介を、いつも隆弘に申し訳ないと思っていたのだ。

「隆弘よりも秀人の方が可愛いんだから仕方ないだろう?」
「どうして、隆弘いい奴だよ」
「ああ、勿論弟として愛してるさ、だけど秀人は特別だから・・」
「特別って・・・意味判らない」
「まぁいいさ、そのうち特別の意味が判るようになるだろうから」
含みのある兼介の言葉に首を傾げながらも、秀人は堀内兄弟の事は好きだと思っていた。
秀人のそれは、兼介のそれとは違う事は幼い秀人には判ってはいない。

「じゃ、ありがとう。ケーキも美味しかった」
「ああ、あんなんで良ければ何時でもご馳走するから、又遊びに来いよ」
「はい、おやすみなさい」
「じゃ・・俺の夢でも見てくれれば嬉しい」
「また冗談ばっかり・・」そう笑って秀人は家の中に入って行った。

秀人の背中を見送りながら「冗談じゃないんだけどな・・」
と苦笑しながら兼介はエンジンキーを回した。
隆弘が友達だと言って秀人を家に連れて来たのは高校1年の夏休み前だった。
ほぼ一目惚れだった、そして何度か会うたびにその思いも強くなっていったが、当時の秀人は今よりも子供だ、自分の気持ちを押し付ける訳にもいかなかったが、そんな秀人も、もう成人したのだ、兼介の抑えていた気持ちがだんだんと表に出てきても仕方ないような気がする。


そして休み明けの月曜日、秀人は隆弘から
土曜日に助けてくれて人の所に改めて御礼に行く、と聞かされた。
「秀人が行きたくなかったら、俺だけで行ってくるけど、どうする?」
面倒をかけたのは自分なのに、隆弘だけを行かすのも申し訳ない・・
「僕も一緒に行くから・・・」

秀人は土曜日に帰宅してからずっと考えていた。
どうして自分はあの人を見ると、具合が悪くなるほどに苦しくなるのか?を。
自分のこの不思議な気持ちを追求したい思いが大きくなっていた。

蓮が仕事が終わった約束の時間に隆弘と二人でマンションを訪ねた。
「やぁもう具合は大丈夫?」
先日の失礼を責めもせずに、蓮は笑顔で二人を迎え入れてくれた。
「珈琲でいい?それとも紅茶?」
「いえ・・そんな気を使わないで下さい」
「でもそのケーキ俺に持って来てくれたんじゃないの?」
からかうように手に持ったケーキの箱を指差され、あっと思って秀人は「これ・・」と言って差し出した。

「ありがとう」そう言いながら蓮が秀人をじっと見詰める。
だが今の秀人はその目を見つめ返す事など到底出来なかった。
『吸い込まれる・・』
すっと視線を逸らした秀人に蓮が一瞬寂しそうな顔をしたが、その顔は直ぐに笑みを浮かべ
「じゃ紅茶でいいかな?」と言いながら席を立った。

「秀人大丈夫か?」
蓮が居なくなると隆弘が心配そうに聞いてきた。
「うん、大丈夫」実際最初に見た時のような訳の判らない焦燥感は薄れてはいた。
だがまだ真正面から蓮の顔を見る事は出来ないような気がした。

それなのに、紅茶を用意した蓮は秀人の正面に腰を下ろす。
少し落ち着いていた心臓がまた早鐘を打ち出したような気がする。
「ケーキ、頂いたので申し訳ないけど食べよう?」
「あ・・はい頂きます」

秀人はこの変な気持ちは、隆弘が言うように恋なのだろうか?
と蓮と同じ空気を吸いながら考えてみた。
違う・・恋はもっと楽しいものだ。
見る度に辛くなるのなんて恋じゃない・・・
考えても考えても答えなど出ない気がする。

ふっと視線を上げると、じっと自分を見つめる視線に出会った。
『あっ』秀人の中で何かが弾けた。

「会いたかった・・・」その瞬間考えてもいなかった事が言葉として飛び出してしまった。
「秀人?」
「秀人君・・・」

「えっ?ち・違う・・・今のは僕じゃない!」
自分の口から出た言葉を秀人は必死に否定した。
「秀人・・やっぱりお前以前に蓮さんに会った事あるんじゃないか?」
隆弘の疑問に秀人は激しく首を振る。
「無い、会った事なんかない」

「あのポスターを見てから秀人は何かおかしい・・」
「・・・・」自分でもそれは感じていたから秀人は否定出来なかった。

「まぁまぁ二人とも落ち着いて」
当の蓮は年上らしく平静を保っていたが、その内面は激しく動揺していた。
秀人が何かを思い出し始めている事に気付き、嬉しく思いながらも、ものすごく不安だった。
このまま自然に覚醒するのか、それとも自分と同じように大きな出来事によって覚醒させられるのか?

そして一番の問題はその事を秀人が受け入れられるのかだった。
蓮はずっと二重人格では?と思っていた事が覚醒する事で、逆にそうではなかったと安堵出来たし、時々ふっと過ぎる映像の謎も解けた。

だが・・・秀人は?
一歩間違うと心が壊れてしまう・・・・・



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「秀人君、ちょっといい?」一息吐いたところで蓮がそう声を掛けてきた。
「・・・はい」
「さっきの言葉の意味考えてみてくれないか?」
「あ・あれは・・・」
秀人は自分にも理解できない事を説明などできなかった。

「もしかして、秀人君の中にもうひとりの自分がいたりしない?」
「蓮さん、それはどういう意味ですか?」秀人が答えるより先に隆弘が口を挟んできた。
「・・もうひとりの自分?」
秀人は蓮と出会ってから自分がおかしいのは、もうひとりの自分がいるからなのだろうか?
と漠然と考えていた。
確かに、胸の中がざわざわと、そして焦燥感・悲しみ・苦しみ・・・

「あぁ・・・」そして自然と零れ落ちてしまう涙。

「秀人?・・・蓮さんもういいでしょう?」
これ以上苦しそうな秀人の姿を隆弘は見たくなくて蓮に詰め寄った。
「どうして?どうして泣くの?秀人君・・」
「・・・判らない・・・でも・・とても辛かった」

蓮は秀人が辛かった理由を知っている・・だが今は言えない。
秀人が自然に思い出すまで言ってはならないと思っていた。
そしてあの苦しみを現世まで引きずっている秀人を抱き締めて『大丈夫だから』と言ってやりたかった。

「秀人帰ろう!」隆弘が立ち上がって秀人を促した。
「もう少し待って・・」
「どうして?泣く程の何かなんだろう?」
隆弘もそれが過去なのかトラウマなのか、さっぱり判らないが秀人を苦しめている事だけは確かだ。

「蓮さん・・もうひとりの自分ってどういう事ですか?」
秀人の問いかけに隆弘も蓮も驚いた顔をした。
「秀人、もういいじゃないか帰ろう」
「ううん、駄目なんだ逃げたら、胸に何かつっかえてる事は確かなんだ・・」
秀人は隆弘に向かって胸に手を当て真剣に訴えた。

「秀人君・・・これは君自身が思い出す事なんだ、俺は何も伝えられない」
「蓮さん・・それは貴方に関係する事なんですか?僕はどうして貴方を見ると悲しくなるんですか?」
「悲しいだけ?」そう言われ蓮にじっと見つめられた。
「悲しくて、辛くて・・・苦しい」
「それだけ?」
「はい・・・」

マイナスの感情だけしかない事に蓮は落胆した。
自分がいなくなってから秀麗はどんな暮らしをしてきたのだろうか?
どんな思いで生きていたのだろうか?
そう思うと蓮もとても辛く苦しかった。

「焦らないで、自分を見詰めて・・・今はこれだけしか言えない」
『まだ潮は満ちてはいない・・』蓮はまだその時では無い事を知った。

「秀人、帰ろう」ふたりの訳の判らない会話に隆弘は憮然としていた。
「じゃ、蓮さん失礼します。もう貴方と会う事は無いと思います」
隆弘は秀人を護るべく秀人の前に立ちはだかりそう言い放った。

二人が部屋を出る時に、隆弘に気付かれないようにそっと秀人にメモ用紙を握らせた。
もう隆弘は秀人をここには連れて来ないだろうと最初から踏んでいた。
そのメモには蓮の携帯アドレスと番号が記載されていた。

秀人もそっと握らされた紙きれを黙ってズボンのポケットに捻じ込んだ。
蓮の手と一瞬触れ会った時に秀人の体に電気が走った。
「!」
「ほら秀人靴履いて」
隆弘に促され、秀人も「どうも・・ありがとうございました」と頭を下げた。
だけどその心の中には今まで感じた事のない何かが生まれ始めていた。


150余年前、江戸で疫病が流行った。
そして蓮三郎や秀麗が住む村にもそれは猛威を奮った。
だがふたりが暮らす村からは死人のひとりも出なかった。
普段から体の内側からの健康に気を配り、煎じ薬や薬草など常用していたせいなのかは判らなかったが、その評判はあっという間に世間に知れ渡り、薬を求めて多くの者が押し寄せた。

二人は金も身分も関係なく症状の酷い者から順に手当てをしていった。
寝食を惜しんで賢明に手当てした甲斐もあって、二人の周りも落ち着いて行った。
最後の患者を帰してほっと一息吐いた頃、秀麗は蓮三郎の容態に気付いた。

「蓮三郎様・・これが最後の薬です。どうか飲んで下さい」
蓮三郎だけではない、秀麗ももう体力の限界に来ていた。
もう何日もまともに眠っていないし、ゆっくり食する暇も無かった。
「私は大丈夫だ・・」
「駄目です、熱が高いじゃないですか?村の人から頂いた握り飯を粥にしますので、それを口にしたら薬飲んで下さいね」

秀麗は村人に心から感謝した。
白米の握り飯など簡単に手に入らないのに・・・
ふたりの為に僅かな米を持ち寄って炊いたらしい。
秀麗が土間に下り、粥の支度をしている時に、入り口の戸が激しく叩かれた。

「すみません、先生!夜分すみません、隣村から参りました」
その女の声に秀麗は立ち尽くした。
もう飲ませる薬は無い・・・あとは蓮三郎の分が残っているだけだった。

「秀麗、開けてあげて」床の中から蓮三郎が声を掛けた。
「でも・・・」
「早く開けなさい」
「はい・・」

ガタガタと戸を鳴らして開けると、そこには幼子を背負った母親が立っていた。
「あぁ先生お願いします。この子が熱が高くて・・・お願いします看て下さい」
秀麗は「ここに寝かせて」とその子を畳の上に寝かせた。
高熱で痙攣を起こしている。
「先生、お願いします。この子はやっと5つになったばかりなのに・・・こんな」
隣村と言っても山に近い場所だ、半日以上はかかってしまう。

「出来るだけの事はしますが・・・もう薬がありません・・・」
秀麗はその母親に向かってそう言った。
「秀麗!」蓮三郎の厳しい声が飛んできた。

「すみません、もう薬が無いんです」
秀麗は心を鬼にしてもう一度その母親に言った。

「秀麗・・・人として、医者の端くれとして・・・恥ずかしくはないのか?」
蓮三郎の言葉に秀麗はただ俯いて涙を零す事しか出来なかった。


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とにかく秀麗はひきつけを起こしている子供の顔を横に向け様子を見守った。
『人として・・医者として・・』蓮三郎に言われた言葉が胸に刺さる。
愛する者を失いたくない・・・まだ秀麗の心は揺れていた。
だがその気持ちはこの母親とて同じ・・・
この手の中にある薬をどちらに飲ませればいいのか、秀麗は迷っていた。

「私なら大丈夫だから」さっきの厳しい声ではなく、いつもの優しい蓮三郎の声だった。
「本当に大丈夫ですか?」不安な顔の秀麗がそう聞いた。
「ああ、大丈夫・・だからその子が落ち着いたら薬を飲ませなさい」
蓮三郎の笑顔を見て秀麗もやっと決心がついたように頷いた。

だが、それから2日間蓮三郎の容態が回復する事はなかった。
「秀麗、私はこの世に生まれ二人の男を好きになった。ひとりは小次郎だ。」
小次郎とは、秀麗の従兄弟で若くして病でこの世を去ってしまった男だった。
「そして、秀麗お前だ・・秀麗と出会って、秀麗を愛して・・共に過ごせて私はとても幸せ者だ」
「蓮三郎様、秀麗もとても幸せな人生でした。でも蓮三郎様のいないこの世など何の未練も御座いません、だから逝かないで下さい」
秀麗はもう蓮三郎の命の灯火が尽きようとしているのが判っていた。
「秀麗・・小次郎の最期の言葉を覚えているか?」


『秀麗へ

せっかくそなたの父が手に入れてくれたこの薬
飲んだとて、1日2日命が永らえるだけ。
治る見込みのある病人に飲ませてやって欲しい。

そして、もし秀麗のこれからの長い人生
どこかで袖振り合う事があったなら、伝えて欲しい者が居る。

蓮三郎にありがとうと。
そして、そなたは亀の如く時を過ごしてから私の元に来てくれと。

秀麗若いお前には理解出来ないかもしれないが、ただそれだけを伝えて欲しい。

                                    小次郎』

「今はあの時の小次郎の言っている事がよく分かる。秀麗・・・ゆっくりでいい、本当にゆっくりでいいから、何時までも私は待ってるよ。」
「いやっ・・逝かないで・・・お願い・・逝かないで、ひとりにしないで・・・私も一緒に・・・」
「大丈夫・・・いつどこに生まれ変わっても必ず・・・
必ず迎えに行くから・・・泣かないで・・・・ちゃんと最後まで生き抜いて」
縋り付く秀麗に向かって最期の笑みを浮かべ蓮三郎は
「秀麗、私はお前を人として医者として誇りに思うよ。秀麗・・愛してる」と囁くように・・・

それからどのくらい時が流れたのか秀麗には分からなかった。
戸が開き人の気配と「遅かったか・・」という唸るような声は聞こえた気がした。
ゆっくりと上げた視線の先に昔見た顔があった。
「芳さん?」秀麗はこの地に来てから初めて芳と会った。
蓮三郎は時々訪ねて来る芳と会っていたらしいが、「秀麗は会う必要はない」と会わせてはくれなかった。
もう大奥での事を秀麗に思い出させない為だとは秀麗も思っていたから、敢えて会おうとは思わなかったが、12年ぶりに見る芳はあの頃と何ら変わらないような気がした。

「大丈夫か秀麗?」
芳は蓮三郎の亡骸に手を合わせたあと、そう尋ねた。
「はい・・」とても大丈夫ではなかったが、縋る胸などもう無かった。
「小雪も来ている、会わせてやってもいいか?」
「小雪様が?・・・はい、お別れを・・・」

芳の案内で外で待っていただろう小雪が入って来た。
泣き縋る小雪の体を支える芳の姿に今の二人の関係が分かる気がした。
秀麗はそんな二人を何の感情もなくただ眺めていた。
そしてそれからの事は芳と村の衆が滞りなく進めてくれた。

秀麗は床から起き上がる力も無く、芳と小雪の世話になりながら日々を過ごした。
10日ほど経った頃に「一緒に江戸に戻らないか?」と芳に言われ、秀麗はこれから自分がするべき事を思い出した。
『このままでは駄目だ、蓮三郎様にあわせる顔が無い』
自分の事を誇りに思うと言ってくれた人を裏切る事は出来ない。

その日から秀麗は床から離れ近くの山に入った。
だが何処に行っても、何の草を見ても思い出すのは蓮三郎の事だった。
暇さえあれば二人山に登ったり、沢に行ったりして色々な薬草を探したり摘んだりしていた。

ひとりでは寂しい・・だけど思い出の詰まったこの場所を離れる事も出来なかった。
芳も小雪も「又様子を見に来る」と言って帰って行ったのは、それから3日程過ぎてからだった。
本当にひとりっきりになった秀麗に村人たちも心を配り、その心を痛めながらも日々は過ぎた。
秀麗はひたすら薬の調合に時間を費やした。
もう後悔などしたくなかった、自分と同じ辛い思いを村人にもしてほしくなかった。

何かに取り憑かれたように秀麗は薬草を探し煎じた。
近所の子供たちが秀麗を慕って家に集まって来ている時だけが秀麗の心が休まる時だった。
未来ある子供の笑顔を守りたいと秀麗は心から思った。
それは蓮三郎の教えでもあった。
秀麗の子供たちに向ける笑顔はとても美しく、そして儚かった。

満開の桜がはらはらと舞い散る暖かい春の日に、桜の木に凭れ蓮三郎の元に旅立った秀麗の姿が発見されたのは、それから4年の年月を重ねた頃だった。
何故か秀麗の唇には薄紅色の紅が引かれていた。
その顔はとても穏やかで美しく村人たちはその美しさに見惚れながらも、泣き続けた。

『やっと蓮三郎様のお傍に・・・』
寂しくて死にたくなる夜を幾夜も過ごした秀麗の魂は時を越えて蓮三郎の元に辿り着くだろう。


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「天使の箱庭」の方のブログの設定を少し弄りました。
各カテゴリーから入ると、一気に最高設定の30話読めるようにしました。

「なぁ秀人今日はうちに寄ってかないか?兄貴が飯連れて行ってくれるんだけど、秀人も連れて来いって煩いんだよ」
午後の講義が終わって帰り支度している秀人に隆弘が話しかけてきた。
「食事?う~んどうしようかな?」
「フランスでも中華でも何でもいいって言ってるけど?」
「中華・・・・」エビチリの好きな秀人が中華に反応を示すと、隆弘は内心ほくそ笑んだ。
隆弘は単純に兄の奢りで秀人と一緒に食事が出来る事を喜んでいた。

そしてその夜、中華では一流と呼ばれる料理店の個室で3人は食事をしていた。
「ほら、秀人これも食べろ、あ、それ追加しようか?隆弘自分ばっかり取ってないで、秀人の所に回せよ」
「ああっ!煩いな兄貴!秀人だって食べたければ自分で取るよ」
「もういいっ!俺が取ってやる」

兄弟でまるで子供のように言い合いしているのを横目で見ながら秀人はマイペースで黙々と食事を続けていた。
一人っ子の秀人は内心堀内兄弟が羨ましくもあった。

「秀人はやっぱ小児科医になるのか?」突然話を変えた兼介がそう聞いてきた。
「勿論だよ、親父さんの跡継ぐんだもんな」代わりに答える隆弘に苦笑しながら
「じゃお前は何になるんだ?」と質問の矛先を隆弘に向けた。
「お・俺は・・俺も小児科医だよ」
「ふん、全く何処まで秀人を追い掛けてくつもりだよ?」
「まぁ兄貴よりは俺の方がずっと秀人の傍にいられるって事だよ」
勝ち誇ったような顔で隆弘は兼介を見た。

「隆弘は優しいから小児科医にむいてるよ」秀人が援護するようにそう付け加えた。
「秀人・・・一緒に頑張ろうな」これ以上ない笑顔で隆弘が秀人を見るが
肝心の秀人はまた黙々と食事を始めてしまった。

食事も終わり帰ろうとする時に兼介が隆弘に向かって
「隆弘悪いけど、秀人と二人になりたい」と言って来た。
「兄貴・・・嫌だって言ったら?」
「一度だけだ頼む」弟の隆弘に向かって頭を下げる兼介に二人とも驚いた。

「な・何言ってるの二人で?どうしてそんな大袈裟な事・・・」
秀人は躊躇うが、隆弘は兼介の意図が判り・・判るから秀人とは違う意味で躊躇った。
「秀人・・兄貴がお前とデートしたいんだってさ、どうする?」
「デート?からかわないで」男同士でデートだなんて変な事を言う隆弘を見ると特別からかっているようでも無く、逆に真剣な顔をしている事に気付いた。

「デートって?」今度は兼介に向かって尋ねた。
「う~ん・・秀人と二人で軽く飲みに行きたいなって事だよ」
「別に飲みに行くくらいいいけど、隆弘が一緒じゃ駄目なの?」
「隆弘が一緒だったらデートじゃなくなるだろ?」

「兄貴が無茶の事しないって約束するんなら・・秀人が行くって言えば俺は止めないよ」
と隆弘が言葉を挟んだ。
「秀人行こう?」
「行って来いよ秀人」
隆弘は兄が一度は秀人と二人っきりにならないと気がすまないだろうと考えていた。
自分が知らない間に連れ出されるよりは、まだマシだと思った。

結局隆弘は兄の乗ってきた車で帰り、兼介と秀人はタクシーを使って場所を移動する事にした。
別れ際「家に戻ったら必ずメールか電話して、俺寝ないで待ってるから」と隆弘に言われ、秀人は呆れたように「判った」と頷いた。
自分の兄とちょっと飲みに行くのに大袈裟だなぁと秀人は思っていたが、隆弘は今夜兄が秀人に何を言うのかが想像出来ていたから不安も大きかった。

秀人が連れて行かれたのは小さなバーだった。
初めてこういう雰囲気の店に来る秀人は珍しくて周りをきょろきょろしている。
「こういう所初めて?」兼介に聞かれ秀人は黙って頷いた。
何だか大人な雰囲気に圧倒されているし、こういう場所が似合う兼介に今までと違うものを感じていた。

「兼にぃはよく来るの?」
「ああ、たまにね」と言うわりには、カウンターの中にいるバーテンと親しげに挨拶を交わしていた。

「この子には軽いのを作って」兼介の注文で出されたカクテルはオレンジベースで甘く口当たりも良かった。
「美味しい・・」自然と漏れた言葉に兼介が優しい視線を向けた。
少し落ち着いた秀人が店内を見回しながら「男の人ばっかりなんだね」と言って来た。
「ああ、そうだよ、ここは男しか客は来ない、そんなバーだよ」
「ふ~ん・・・男の人専用なんだ」
ゲイバーの意味もまだ知らない秀人の耳元で囁くように兼介は「この店は男を好きな男しか来ない店だよ」と教えてくれた。

「へぇそうなんだ」そこまで言われても秀人はその言葉の本当の意味が判らない。
兼介は鈍い秀人の手を取って自分の両手で包んだ。
「兼にぃ?」
「秀人真面目に聞いてくれよ、俺は秀人と恋人として付き合いたいと思ってる」
「兼にぃと僕が恋人?」目を丸くして秀人は兼介の顔をまじまじと見た。
「そう・・秀人と手繋いだり、キスしたり抱き締めたりしたいって言ってるんだ」

「キス・・・・?」予想もしてなかった言葉がどんどん兼介の口から零れてくる。
「いや?」さっきから包まれた手の平に少し力が込められた。
「いやとか・・・そんな考えた事もないし・・」
「じゃこれから考えてくれる?それとも隆弘の方が好き?」
「た・隆弘はずっと友達だし、これからも友達だ・・」

「秀人・・他に好きな奴なんかいないよな?」
兼介はどう考えても秀人の周りに隆弘以外がいるとは思えなかった。
「好きな人・・・?」

その言葉に秀人は吸い込まれそうな蓮の瞳を思い出した。
ほんの少し触れただけの指が体に電気を走らせた事も・・・
『違う・・あれは好きとかそういうのじゃない・・』
その不安を払拭するように、秀人が目をぎゅっと瞑り俯いたところに兼介の唇がそっと重ねられた。



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「えっ?あ・・っ」
唇を掠められ秀人が驚いて顔を上げると今度はちゅっと啄ばむようなキスが落とされた。
「兼にぃ・・・」
「驚いた?好きだよ秀人」
突然のキスと告白に秀人もどうしていいか分からなくて返事も出来ない。

暫しの沈黙を破ったのはカウンターの内側にいるバーテンだった。
ことっと新しいしグラスを置きながら「社長・・・やり過ぎですよ」と声を掛けた。
「社長?」誰にでもそう呼ぶのだろうか?
「あ・・実はこの店俺が経営してるんだ。」
「だって兼にぃは会社に勤めてるし、おじさんの跡継ぐんじゃ?」
「そうだけど、こういう息抜きの場所も必要なんだよ」
「ふ~ん?」

「でもここに秀人ひとりで来たら駄目だよ、危ないから」
秀人は自分の経営する店を危ないという兼介の言葉をあまり理解出来なかった。
不可解な顔をしている秀人に向かって
「ええっとね・・」どういう風に説明したらいいのか兼介は言葉を選んでいるようだった。

「ここには、男同士の一夜だけの体の結びつきを求めてくる人間や、恋人を求めて来る人間が多いからだよ。秀人がひとりで来たらあっという間に誰かにさらわれてしまうから」
秀人は兼介から聞かされるショッキングな事実に、キスされた事など忘れてしまっているようだった。

考えてみればこの堀内兼介という男は経営者としてはサラブレッドであった。
弟の隆弘と違い早くから経営学を叩き込まれ、アメリカに留学もしている。
「おい、仙波帰るよ車を呼んでくれ」
バーテンにそう声を掛けると秀人の手を優しく包んだ。
「秀人、さっき言った事はゆっくりでいいから考えておいて」
念を押すように兼介がそう言った。
「兼にぃ・・僕」
何か言おうとする秀人を遮るようにバーテンの仙波が「直ぐに車来ますので」と口を挟んだ。

「またいらして下さい。私がいるから大丈夫でしょう?」
仙波はそう言って兼介に同意を得るように見上げた。
「駄目だ」その提案は即効否定され仙波は苦笑いを秀人に向けた。
「あの、今日はご馳走様でした」
秀人は仙波と兼介に向かって頭を下げた。

帰りの車の中兼介に手を繋がれ、秀人はさっきの出来事を思い出した。
「さっきは・・・イヤだった?」
それは当然バーでのキスを指しているのだと鈍い秀人にも判った。
秀人は兼介に手を繋がれたり、キスをされたりしたのを嫌だと思わなかった自分を不思議に思った。
「イヤとかじゃないけど・・・でも」
でもいいとも思わないなどとは言えないでいた。

兼介は隆弘と仲良くなって直ぐに紹介され、それ以来ずっと兄のように慕ってきた。
今更そいう事の対象には見れるはずもないし、男が対象だと考えた事もなかった。
「イヤじゃないか・・・今はそれだけで良しとするか」
兼介の笑顔に秀人もこれ以上は今はいいと思って口を噤んだ。


秀人は自分の部屋のベッドに腰掛け1枚のメモをずっと見ていた。
あれから毎晩寝る前にその電話番号を見ていた、もう番号など記憶してしまっている。
何度も電話しようと考えたが、勇気がない。
そして何より理由が無かった。
勇気よりも理由よりも・・・怖かった。

今夜触れた兼介の唇よりも、一瞬触れた指先の方が心に響いた。

『もう一度・・・あと一度だけ会ってみよう』秀人はそう決心した。

じっくり言葉を選んだつもりだったが、送信したメールには「会いたい」としか打たれていなかった。
じっと握り締めた携帯が振動したのは、送信してから30分ほど経ってからの事だった。
そこには明日部屋に来てくれないか?という文字と時間だけが書かれていた。
秀人も「判りました」と簡単なメールを返した。

送信が終わって手を見るとびっしょりと汗を掻いている事に自分で驚いた。
「どんだけ緊張してるんだろう?」
時間が経ちその緊張が解れてくると何故か嬉しさが湧いてきた。
先日まで何故か怯える気持ちの方が強かったのに、どうして嬉しいのか判らなかった。

心の中のもやもやが消えたわけでは無いが、それ以外の何かが芽生えているのだ。
もうひとりの自分が会いたいと願っているようだ・・・そう思った時に蓮の言葉を思い出した。
『もしかして、秀人君の中にもうひとりの自分がいたりしない?』
少しその言葉の意味が判ったような気がした。
もしかしてこういう気持ち?

うとうとしかけた時に枕の横に置いていた携帯が再び振動し始めた。
携帯の着信画面を見ながら「あっ」と小さな声が漏れた。
「もしもし・・・ごめん忘れてた」
秀人は通話ボタンを押すなりそう言って謝った。
「秀人~こっちは心配してずっと待ってたのに・・」
「だって兼にぃが帰ってくれば判るのに」
同じ家に住む兄弟が帰宅すれば秀人だってもう帰ってる訳なんだから、と暗に言うが
「俺は秀人から聞きたいんだ」などと秀人には理解出来ない事を言っている。

「本当にごめんって・・」
「兄貴と何かあった?」秀人が電話しなかった理由をそう受け取っているらしい。
「別に・・何も無い」
「本当に?」
「何も無いよ」まさかキスされ好きだと言われたとは隆弘には言えなかった。
秀人は隆弘が自分と兄を結びつけようとしているのか、そうでないのかが判らなかった。

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