「お前食えよ……腹減っているんだろう?」
ビルとビルの狭い隙間で、残り物の唐揚げを千切って手の平に乗せて呼んだ。
最初は警戒して近寄らなかった野良猫が唐揚げの匂いに釣られて、恐る恐る近づいて来た。
バクバクッ勢いよく喰らい付きあっという間に固形物が無くなり、それでも猫は名残惜しそうに手の平を舐めている。
「くすぐったいよ……もう無いんだよ、ごめんな。又明日持って来てやるよ」
ミャー理解したようにひと鳴きしてその猫は夜の闇に消えて行った。
「ふぅー」酔いの回った体をビルの壁に任せ小さく溜め息を吐く。
もう深夜だというのに、この街は眠りを知らない。
そんな街の片隅でひっそりと生息している……
ここに流れ着いてもう2年。だが何も身に付いていない気がした。
取りあえず食ってはいけているが、それだけだった。
時々自分は何の為にこの街で働いているのかが分からなくなるが、それでも一度足を踏み入れた世界からなかなか足を洗えなかった。
(もう帰る場所など、どこにもない……)
さっき、がっついて唐揚げを食った野良猫と自分は同じだと思っていた。
「おい、そこで何をしている?」
突然頭の上から不機嫌な声が降って来た。
「別に……休憩しているだけだよ」
だがいつまでもここに居ても仕方ないと考え、立ち上りパンパンと尻を叩いた。
ビルの隙間から這い出ようとするが、出口にさっき声を掛けてきた男が立ちはだかっていた。
「俺帰るんだから、どいてくんない?」
「お前は何処の店のホストだ?」
「ああ?」乱暴な聞き方に睨み上げ「あんたには関係ないだろ」とだけ答え、その体を押すように表通りに出ようとした。
だが、乱暴に肩を押し戻され「聞いた事にちゃんと答えろ」とすごまれてしまう。
「ちっ……」小さく舌打ちをして店の名前を告げた。
「そうか、瑠毘斐(るびい)の子か、名前は何と言う?」
男に名前を憶えられても何の得にもならないが、答えないとヤバそうなので渋々答えた。
「レイジ」
名前を告げながらレイジは初めて正面から男の顔を見た。
「あ、あんた……」
「何だ俺の事を知っているのか?」
「この街で生きていてあんたの事知らないホストなんかいないよ」
レイジの目の前に立つ男は、レイジが働いているホストクラブなんか目じゃない程の有名なクラブで何年もナンバーワンの座にいた元ホストだった。
いわば伝説のホストだ。
レイジも実際会ったのはこれが初めてで、週刊誌や店の看板でしか見た事はなかった。
去年引退して、それからこの男はこの街から姿を消した。
「あんた、夢苑(むえん)のアキトだろ?有名だったからな」
本当はレイジが口を利けるような相手じゃない事は分かっているが、アキトだと分かって急にヘラヘラするのも嫌だった。
「ここで会ったのも何かの縁だ、飯でも食わないか?」
「へっ?」
レイジは突然の飯の誘いに驚いた声を上げた。
伝説のホストだ、別に自分など誘わなくても幾らでも相手がいるだろうに、物好きな男だと思いながら答えた。
「別に俺、腹減ってないし」
「じゃ、飲みにでも行くか?」
「はあ?あんたも余程暇人なんだな?俺なんか誘わないで一歩表通りに出れば、何十人も相手が寄ってくるだろう」
レイジは自分が馬鹿にされているようで誘われる事が非常に不愉快だった。
「つべこべ言わずに行くぞ」
アキトはレイジの手首を掴んで引っ張り歩き出した。
「馬鹿野郎、行くとは誰も言ってないだろ?」
「お前も変な奴だな、俺に誘われて断る奴なんかいないぞ、この街には……」
呆れたようにアキトが呟いた。
「そうだろうな、じゃ他あたれよ」
そう言ってレイジはアキトの手を振り切って走り出した。
はぁはぁ……酒を飲んでいる身で、走ってレイジは息切れしてしまう。
(変な奴……)ビルの壁に手を付き呼吸を整えて、今度はゆっくり歩き出した。
ワンルームマンションまであと5分。
だが、レイジがその夜自分の部屋に辿り着く事は無かった。
目を覚ますと、見覚えのない天井の色が飛び込んで来た。
(ん?ここはどこだ?)
自分の部屋のオフオワイトの天井ではない、今寝ているベッドも安物じゃないのが少し動いただけでも分かった。
「目が覚めたか?」
ふいに掛けられた声に驚いて振り返った。
「てめぇ」
「誤解するなよ、俺はお前を助けてやったんだぞ」
「へっ?」
レイジは昨夜の記憶を辿ってみた。マンションまであと5分の場所で歩みを緩めた事までは覚えている。だがそれからの記憶が無い……
「俺、どうしてここに?」
「覚えてないのか?」
呆れたようにアキトが目を丸くして聞いて来た。
「お前が何かしたんだろう?」
大きな声を出した時に、唇の端に痛みを感じた。
「あ……」
思い出した、部屋の直ぐ近くで酔っ払いに絡まれたんだった……
よくある、肩が触れたとか触れないとかの酔っ払いのいちゃもんに、荒れていたレイジが先に手を出したような気がした。
相手は2人……喧嘩慣れしているわけじゃないレイジが敵う相手じゃなかったみたいだ。
「あんたが俺を助けてくれたのか?」
「ああ、お前に振られて帰ろうとしていた時に、騒動を見つけたんだ。お前も弱いくせにいい加減にしろよ」
「あんたのせいだろ?」
こいつさえあの時に声など掛けて来なければ、酔っ払いとすれ違う事も、喧嘩をする事も無かった気がした。
「ここはどこだよ?」
レイジは助けて貰った礼も言わずに、アキトを睨み付けた。
「ここ?俺の部屋」
(まるでホテルのスィートルームのような部屋が、伝説のホストの部屋か……)
「つっ……」
切れた口端に湿った布が当てられた。
「あーあ、こんなになって……綺麗な顔が台無しだ」
「き、綺麗って……あんたがそれを言うかよ?」
レイジの至近距離にアキトの顔がある。
整った目鼻立ちは、彫刻のようでもあったが、そのせいで感情が伝わりにくい。それがまたいいと騒ぐ女たちも大勢いただろう。
そんな事をぼんやり考えていたレイジの唇に布ではない感触の物が触れた。
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ビルとビルの狭い隙間で、残り物の唐揚げを千切って手の平に乗せて呼んだ。
最初は警戒して近寄らなかった野良猫が唐揚げの匂いに釣られて、恐る恐る近づいて来た。
バクバクッ勢いよく喰らい付きあっという間に固形物が無くなり、それでも猫は名残惜しそうに手の平を舐めている。
「くすぐったいよ……もう無いんだよ、ごめんな。又明日持って来てやるよ」
ミャー理解したようにひと鳴きしてその猫は夜の闇に消えて行った。
「ふぅー」酔いの回った体をビルの壁に任せ小さく溜め息を吐く。
もう深夜だというのに、この街は眠りを知らない。
そんな街の片隅でひっそりと生息している……
ここに流れ着いてもう2年。だが何も身に付いていない気がした。
取りあえず食ってはいけているが、それだけだった。
時々自分は何の為にこの街で働いているのかが分からなくなるが、それでも一度足を踏み入れた世界からなかなか足を洗えなかった。
(もう帰る場所など、どこにもない……)
さっき、がっついて唐揚げを食った野良猫と自分は同じだと思っていた。
「おい、そこで何をしている?」
突然頭の上から不機嫌な声が降って来た。
「別に……休憩しているだけだよ」
だがいつまでもここに居ても仕方ないと考え、立ち上りパンパンと尻を叩いた。
ビルの隙間から這い出ようとするが、出口にさっき声を掛けてきた男が立ちはだかっていた。
「俺帰るんだから、どいてくんない?」
「お前は何処の店のホストだ?」
「ああ?」乱暴な聞き方に睨み上げ「あんたには関係ないだろ」とだけ答え、その体を押すように表通りに出ようとした。
だが、乱暴に肩を押し戻され「聞いた事にちゃんと答えろ」とすごまれてしまう。
「ちっ……」小さく舌打ちをして店の名前を告げた。
「そうか、瑠毘斐(るびい)の子か、名前は何と言う?」
男に名前を憶えられても何の得にもならないが、答えないとヤバそうなので渋々答えた。
「レイジ」
名前を告げながらレイジは初めて正面から男の顔を見た。
「あ、あんた……」
「何だ俺の事を知っているのか?」
「この街で生きていてあんたの事知らないホストなんかいないよ」
レイジの目の前に立つ男は、レイジが働いているホストクラブなんか目じゃない程の有名なクラブで何年もナンバーワンの座にいた元ホストだった。
いわば伝説のホストだ。
レイジも実際会ったのはこれが初めてで、週刊誌や店の看板でしか見た事はなかった。
去年引退して、それからこの男はこの街から姿を消した。
「あんた、夢苑(むえん)のアキトだろ?有名だったからな」
本当はレイジが口を利けるような相手じゃない事は分かっているが、アキトだと分かって急にヘラヘラするのも嫌だった。
「ここで会ったのも何かの縁だ、飯でも食わないか?」
「へっ?」
レイジは突然の飯の誘いに驚いた声を上げた。
伝説のホストだ、別に自分など誘わなくても幾らでも相手がいるだろうに、物好きな男だと思いながら答えた。
「別に俺、腹減ってないし」
「じゃ、飲みにでも行くか?」
「はあ?あんたも余程暇人なんだな?俺なんか誘わないで一歩表通りに出れば、何十人も相手が寄ってくるだろう」
レイジは自分が馬鹿にされているようで誘われる事が非常に不愉快だった。
「つべこべ言わずに行くぞ」
アキトはレイジの手首を掴んで引っ張り歩き出した。
「馬鹿野郎、行くとは誰も言ってないだろ?」
「お前も変な奴だな、俺に誘われて断る奴なんかいないぞ、この街には……」
呆れたようにアキトが呟いた。
「そうだろうな、じゃ他あたれよ」
そう言ってレイジはアキトの手を振り切って走り出した。
はぁはぁ……酒を飲んでいる身で、走ってレイジは息切れしてしまう。
(変な奴……)ビルの壁に手を付き呼吸を整えて、今度はゆっくり歩き出した。
ワンルームマンションまであと5分。
だが、レイジがその夜自分の部屋に辿り着く事は無かった。
目を覚ますと、見覚えのない天井の色が飛び込んで来た。
(ん?ここはどこだ?)
自分の部屋のオフオワイトの天井ではない、今寝ているベッドも安物じゃないのが少し動いただけでも分かった。
「目が覚めたか?」
ふいに掛けられた声に驚いて振り返った。
「てめぇ」
「誤解するなよ、俺はお前を助けてやったんだぞ」
「へっ?」
レイジは昨夜の記憶を辿ってみた。マンションまであと5分の場所で歩みを緩めた事までは覚えている。だがそれからの記憶が無い……
「俺、どうしてここに?」
「覚えてないのか?」
呆れたようにアキトが目を丸くして聞いて来た。
「お前が何かしたんだろう?」
大きな声を出した時に、唇の端に痛みを感じた。
「あ……」
思い出した、部屋の直ぐ近くで酔っ払いに絡まれたんだった……
よくある、肩が触れたとか触れないとかの酔っ払いのいちゃもんに、荒れていたレイジが先に手を出したような気がした。
相手は2人……喧嘩慣れしているわけじゃないレイジが敵う相手じゃなかったみたいだ。
「あんたが俺を助けてくれたのか?」
「ああ、お前に振られて帰ろうとしていた時に、騒動を見つけたんだ。お前も弱いくせにいい加減にしろよ」
「あんたのせいだろ?」
こいつさえあの時に声など掛けて来なければ、酔っ払いとすれ違う事も、喧嘩をする事も無かった気がした。
「ここはどこだよ?」
レイジは助けて貰った礼も言わずに、アキトを睨み付けた。
「ここ?俺の部屋」
(まるでホテルのスィートルームのような部屋が、伝説のホストの部屋か……)
「つっ……」
切れた口端に湿った布が当てられた。
「あーあ、こんなになって……綺麗な顔が台無しだ」
「き、綺麗って……あんたがそれを言うかよ?」
レイジの至近距離にアキトの顔がある。
整った目鼻立ちは、彫刻のようでもあったが、そのせいで感情が伝わりにくい。それがまたいいと騒ぐ女たちも大勢いただろう。
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見開いたレイジの目が一瞬で険しくなった。
「てめぇ!」
だがレイジの手が上がった時には、もうアキトの唇が離れた後だった。
「帰るっ」勢いよくベッドから降りた時に軽い眩暈がしたが、それでもアキトの体を押しのけレイジは歩き出した。
「意外と純情なんだな」あからさまに揶揄している言葉にレイジは拳を握りしめたが、ここで自分がアキトと喧嘩をしてもいい事など何も無いと、ギリギリの部分で踏み止まった。
ソファの背もたれに掛けてあった背広を取って、最低限の礼を述べた。
「世話になりました」
「また遊びに来いよな」余裕ある言葉を背中で聞きながら玄関の扉を閉めた。
「はぁ何だよここ?」
ようやくエレベーターに乗り込み、ロビーに出てもまだホテルにいるような感じのマンションに独り言のような声が漏れた。
同じホストという職業でもこれほど雲泥の差があるとは……
「くそっ、ここは何処だよ?」
マンションを出ると、見慣れない街と明るい陽射しに眩暈がしそうだった。
ぶらぶらと駅を目指して歩くと、新宿の繁華街とは反対側の通りだと気づいた。
途中牛丼屋に入り、簡単な昼飯を食ってまた歩き出す。
レイジが自分の小さな部屋の戻ったのは、アキトのマンションを出てから1時間も過ぎた頃だった。
軋むベッドに体を投げ出し、また小さく舌打ちをしてしまう。
狭くて古いマンションでも、ここは店から借りている部屋なのだ。
皆こういう寮みたいな狭い部屋から出る事から始まるが、レイジはそういう気にはならなかった。
部屋を借りるにしろ保証人が必要だ。親がいない訳ではないがいない方がマシだと思わせる親だった。
14歳の時に母親が再婚した。
18歳でレイジを産んだ母親は当時まだ32歳、男無しではいられない女だった。
そして再婚した相手がまた癖がある男だった。
母親の前では取り繕っていたが、留守になるとレイジの体を触りに来る。
「綺麗な肌をしているなぁ」
新しい父親は当時36歳、男盛りの年齢だったが、今思うとバイだったのだと分かる。
だが14歳のレイジは義父の異常な接触を、父親になりたがっている男の愛情手段だと勘違いしていた。
そして事件はそれから3年後の17歳の時に起こった。
母親が飲み友達と1泊の旅行に行った夜……
寝ているレイジは体に掛かる重みで目覚めた。
「……父さん?」
「レイ……お前は可愛い子だ。ちょっと我慢してくれるか?」
「え……?何を?」
全く理由が分からずに、レイジは固まっていたが、そのパジャマのズボンに手を掛けられた時に真っ青になり初めて抵抗を見せた。
その途端に、優しかった義父は豹変し、レイジの頬を打った。
「おとなしくしておけよ、ここまで育ててやったんだろう?少しは恩返ししろよ」
言葉と同時に勢いよくズボンが脱がされた。
「やだっ父さんどうして?」
「ずっと男は我慢していたが、呼び起こしたお前が悪い」
勝手な理屈に、レイジは激しく抵抗したが、ペニスを強く握り込まれその身を強張らせた。
「か、母さんがいるのに、どうしてこんな事……」
「ああ、あれもいい女だがな。それとこれは別なんだよ」
「いやだっ!」
激しく抵抗しても17歳の華奢なレイジと39歳の大人の男では力に差があった。
そして握り込まれたペニスが今まで知らなかった滑りを感じた。
「やだーっ!」
「静かにしろ、噛み切るぞ」と恐ろしい言葉にレイジは固まった。
まだ女性との経験もないレイジが、慣れた男の口淫に体を明け渡すのも時間の問題だった。
初めて人の前で吐き出した白濁は、義父の咥内に吸い取られてしまう。
「ううっ……うっ」
レイジのすすり泣きが、薄暗い部屋に響き渡る。
「次はレイのここで、父さんを気持ち良くしてもらおうかな」
射精後のだるさに放心しているレイジの、自分でも見た事のない秘部に義父の指が触れた。
「いやだ、父さん許して……」
「痛いのは最初だけだ、この世のものでは無いような気持ち良さを教えてやるから。力を抜け」
義父の指が孔の周りを撫でるように触れて来る。
「流石に固そうだな」その声はレイジが今まで聞いた事のないような、嬉しそうな声だった事に改めて体が強張った。
今まで自分が見て来た義父の姿が仮の姿だと、やっと気づいた。
静かな家の中、深夜にも関わらず電話が鳴り響いた。
「ちっ」小さく舌打ちをした義父が、その電話に出る為に立ちあがった。
きっと電話の相手は、旅行に行っている母が酔っぱらって電話してきたのだろうと察した。
最初の電話に出ないと、出るまでガンガン鳴らす母だというのはレイジも義父も身を持って知っていた。
酔うと電話魔になる母の電話に出ない事は、義父にとって非常に都合が悪い。
もうレイジが逃げないのを確信したのか、義父は簡単にレイジから離れ、隣の部屋に行く。
そしてその夜限り、レイジが両親の住む家に戻る事はなかった。
高校の事が気になり、知人の家を泊まり歩き一週間ほど経ってから、義父のいない時間帯を見計らって電話を入れた事があった。
「レイ……あんたどのツラ下げて電話なんかしてきたの?よくも内の人を誘惑してくれたわね?」
怒気を含んだ母の声に、レイジは黙って受話器を置いた。
レイジは行き詰って、生き別れの実の父に電話を掛けた。
5年ぶりに会った父は、レイジを黙って郵便局に連れて行き、暫くすると30万円の金額が打たれた父名義の通帳を寄越した。
「俺も、再婚して女房がうるさいから、これくらいしかしてやれない」
レイジは黙って、すまなそうな父の顔と通帳の額面を見比べた。
通帳でも金を引き出せる事を教えてもらい、父に頭を下げて別れた。
レイジはきっと父と会うのも、これが最後だろうと感じていた。
それからひと月が過ぎ、レイジは残高25万円の通帳を使って金を引き出した。
1万円引き出した残高が4万円……
驚いて見ると、キャッシュカードで20万円が引き出された後だった。
レイジは残りの4万円も引き出し、その通帳を通りがかったゴミ集積所に投げ捨てた。
―――その日からレイジは天涯孤独の身になった。
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「帰るっ」勢いよくベッドから降りた時に軽い眩暈がしたが、それでもアキトの体を押しのけレイジは歩き出した。
「意外と純情なんだな」あからさまに揶揄している言葉にレイジは拳を握りしめたが、ここで自分がアキトと喧嘩をしてもいい事など何も無いと、ギリギリの部分で踏み止まった。
ソファの背もたれに掛けてあった背広を取って、最低限の礼を述べた。
「世話になりました」
「また遊びに来いよな」余裕ある言葉を背中で聞きながら玄関の扉を閉めた。
「はぁ何だよここ?」
ようやくエレベーターに乗り込み、ロビーに出てもまだホテルにいるような感じのマンションに独り言のような声が漏れた。
同じホストという職業でもこれほど雲泥の差があるとは……
「くそっ、ここは何処だよ?」
マンションを出ると、見慣れない街と明るい陽射しに眩暈がしそうだった。
ぶらぶらと駅を目指して歩くと、新宿の繁華街とは反対側の通りだと気づいた。
途中牛丼屋に入り、簡単な昼飯を食ってまた歩き出す。
レイジが自分の小さな部屋の戻ったのは、アキトのマンションを出てから1時間も過ぎた頃だった。
軋むベッドに体を投げ出し、また小さく舌打ちをしてしまう。
狭くて古いマンションでも、ここは店から借りている部屋なのだ。
皆こういう寮みたいな狭い部屋から出る事から始まるが、レイジはそういう気にはならなかった。
部屋を借りるにしろ保証人が必要だ。親がいない訳ではないがいない方がマシだと思わせる親だった。
14歳の時に母親が再婚した。
18歳でレイジを産んだ母親は当時まだ32歳、男無しではいられない女だった。
そして再婚した相手がまた癖がある男だった。
母親の前では取り繕っていたが、留守になるとレイジの体を触りに来る。
「綺麗な肌をしているなぁ」
新しい父親は当時36歳、男盛りの年齢だったが、今思うとバイだったのだと分かる。
だが14歳のレイジは義父の異常な接触を、父親になりたがっている男の愛情手段だと勘違いしていた。
そして事件はそれから3年後の17歳の時に起こった。
母親が飲み友達と1泊の旅行に行った夜……
寝ているレイジは体に掛かる重みで目覚めた。
「……父さん?」
「レイ……お前は可愛い子だ。ちょっと我慢してくれるか?」
「え……?何を?」
全く理由が分からずに、レイジは固まっていたが、そのパジャマのズボンに手を掛けられた時に真っ青になり初めて抵抗を見せた。
その途端に、優しかった義父は豹変し、レイジの頬を打った。
「おとなしくしておけよ、ここまで育ててやったんだろう?少しは恩返ししろよ」
言葉と同時に勢いよくズボンが脱がされた。
「やだっ父さんどうして?」
「ずっと男は我慢していたが、呼び起こしたお前が悪い」
勝手な理屈に、レイジは激しく抵抗したが、ペニスを強く握り込まれその身を強張らせた。
「か、母さんがいるのに、どうしてこんな事……」
「ああ、あれもいい女だがな。それとこれは別なんだよ」
「いやだっ!」
激しく抵抗しても17歳の華奢なレイジと39歳の大人の男では力に差があった。
そして握り込まれたペニスが今まで知らなかった滑りを感じた。
「やだーっ!」
「静かにしろ、噛み切るぞ」と恐ろしい言葉にレイジは固まった。
まだ女性との経験もないレイジが、慣れた男の口淫に体を明け渡すのも時間の問題だった。
初めて人の前で吐き出した白濁は、義父の咥内に吸い取られてしまう。
「ううっ……うっ」
レイジのすすり泣きが、薄暗い部屋に響き渡る。
「次はレイのここで、父さんを気持ち良くしてもらおうかな」
射精後のだるさに放心しているレイジの、自分でも見た事のない秘部に義父の指が触れた。
「いやだ、父さん許して……」
「痛いのは最初だけだ、この世のものでは無いような気持ち良さを教えてやるから。力を抜け」
義父の指が孔の周りを撫でるように触れて来る。
「流石に固そうだな」その声はレイジが今まで聞いた事のないような、嬉しそうな声だった事に改めて体が強張った。
今まで自分が見て来た義父の姿が仮の姿だと、やっと気づいた。
静かな家の中、深夜にも関わらず電話が鳴り響いた。
「ちっ」小さく舌打ちをした義父が、その電話に出る為に立ちあがった。
きっと電話の相手は、旅行に行っている母が酔っぱらって電話してきたのだろうと察した。
最初の電話に出ないと、出るまでガンガン鳴らす母だというのはレイジも義父も身を持って知っていた。
酔うと電話魔になる母の電話に出ない事は、義父にとって非常に都合が悪い。
もうレイジが逃げないのを確信したのか、義父は簡単にレイジから離れ、隣の部屋に行く。
そしてその夜限り、レイジが両親の住む家に戻る事はなかった。
高校の事が気になり、知人の家を泊まり歩き一週間ほど経ってから、義父のいない時間帯を見計らって電話を入れた事があった。
「レイ……あんたどのツラ下げて電話なんかしてきたの?よくも内の人を誘惑してくれたわね?」
怒気を含んだ母の声に、レイジは黙って受話器を置いた。
レイジは行き詰って、生き別れの実の父に電話を掛けた。
5年ぶりに会った父は、レイジを黙って郵便局に連れて行き、暫くすると30万円の金額が打たれた父名義の通帳を寄越した。
「俺も、再婚して女房がうるさいから、これくらいしかしてやれない」
レイジは黙って、すまなそうな父の顔と通帳の額面を見比べた。
通帳でも金を引き出せる事を教えてもらい、父に頭を下げて別れた。
レイジはきっと父と会うのも、これが最後だろうと感じていた。
それからひと月が過ぎ、レイジは残高25万円の通帳を使って金を引き出した。
1万円引き出した残高が4万円……
驚いて見ると、キャッシュカードで20万円が引き出された後だった。
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玲はその足で携帯ショップに行き、唯一持ち出せた携帯電話のバッテリーを充電してもらった。未払いでとっくに電話としての機能は無かったが、電話帳としてなら機能している。
その中から最後まで頼るのは止めようと思っていた、2つ年上の幼馴染に公衆電話から電話を掛けた。
「もしもし……」公衆電話からの着信にいぶかしそうな声でその電話の相手は出た。
「もしもし、久志兄ちゃん?俺……玲」
「えっ、玲ちゃん?どうしたの?」
「俺……家出して行く所が無いんだ」
言いにくい事を先に言ってしまえば後は楽だった。
もう家に帰りたくない事を聞いた久志は、いつ家出したのかを聞いてきた。
ひと月も経つと答えると暫く沈黙が流れ、玲は気拙くて電話を切ろうとした。
「もしもし、玲ちゃん新宿まで出て来る金持ってる?」
「う、うん……」
玲のポケットにはさっき下ろしたばかりの5枚の万札が入っていた。
「じゃあ、新宿駅の東口の改札に着いたらもう一度電話して」
「うん、分かった」
詳しい事を聞こうとしない久志に感謝しながら、玲は電話を切り駅に向かった。
新宿ならここからなら1時間半くらいで行ける距離だった。
そして玲は駅に着いてもう一度公衆電話から電話を掛けた。
待っていてくれたのだろう、1コールで出た久志に目頭が熱くなった玲は小さな声で「今着いた」とだけ告げた。
あとは、久志の指示通りに歩き、言われたカフェに入る。
「玲ちゃん」
カフェの奥のテーブルから一人の女性が玲に向かって手を挙げた。
「……?」
久志の連れだろうかと思ったが、途中誰に声を掛けられても返事をしたら駄目と久志に強く言われていたので、玲はその声の主から視線を外し店内を見回した。
するとツカツカと近づいて来たその女が、玲の耳元で囁いた。
「玲ちゃん、俺だよ、久志」にこっと笑ったその顔に見覚えがある。
だが玲は声を出す事が出来ずに、ただ口をパクパクと金魚のように動かしただけだった。
「とりあえずこっちに来て、お腹空いているでしょう?」
もう話し言葉も女性そのものだった。
茫然としている玲は久志に手を引かれ、奥の席に腰を下ろす。
「ここのサンドウィチは美味しいわよ、それでいい?珈琲大丈夫だよね?」
「は、はい……」
軽食が運ばれて来るまで、玲は何も語れずただ俯いていた。
「お待たせ致しました」
愛想の良いカフェの従業員が注文の品を置くと、緊張した喉を潤すために玲はストローに吸い付いた。
「玲ちゃん……驚いたでしょう?」
「やっぱ久志兄ちゃんなの?」
「うん、この街では久美って言うんだけどね」
「だ、だって去年の夏に会った時は……」
玲が久志と最後に会ったのは、去年の夏。
薄いシャツの胸は膨らんではいなかった。
「詳しい事は部屋に戻ってから話すから、今はゆっくり食べなさい」
その優しさは昔と変わっていない……玲は安堵の吐息と一緒にパンを呑み込んだ。
玲が連れて行かれた久志の部屋は、何処から見ても女性の部屋だった。
ピンクのカーテンにピンクのベッドカバー、目がくらくらしそうだった。
「座って」と言われたソファもピンクのゼブラ柄のカバーが掛けてあった。
「驚いたでしょう?」
「驚いたってもんじゃない……」
初めて玲らしい言葉が出て来て、久志はくくっと笑った。
「久志兄ちゃん……オカマになったの?」
「アタシの話はいいから、自分こそ何があったの?」
まだ高校生の玲がひと月も家出している事の方が問題あると、久志は言う。
「う……ん」まさか義父に襲われたとは言えなくて口籠った。
「あの親父に何かされた?」
ど真ん中の質問に、玲は驚いて顔を上げた。
「やっぱり……あの鬼畜親父め」女言葉から男言葉に戻った久志がそう唸った。
「何で……?」
「う……ん、今だから言うけど……玲ちゃんの親父と何度か寝たから」
「え……っ」
久志の言葉に玲の喉が詰まった。
まさか久志にまで手を出していたとは想像もしていなかった。
「久志兄ちゃん、ごめん」
今久志がこんなふうになったのは、義父のせいだと勘違いして玲は涙を浮かべ謝った。
縁を切った義父でも、世間では自分の父親なのだ。
それにしても何て酷い事を……あの時殺せば良かったのかもしれない……
玲は頬を濡らしながら、血が滲む程唇を噛んだ。
「馬鹿だなぁ玲ちゃん……」
久志は優しく声を掛けながら、滲んだ血をテッシュでそっと拭いてくれた。
「でも玲ちゃんの親父には、ある意味感謝しているよ」
「どうして……」
「俺は、ずっと自分の事をゲイだと思っていた。でもあの親父に何度か抱かれているうちに、違うって感じだしたんだよ」
「……」その辺は全く玲には理解出来ない事だった。
「俺は男として、男に抱かれるのが好きなんじゃなくて……女として男に抱かれたいんだって気づいたんだ……」
「……」
「玲ちゃんには、よく判らないかもしれないけど、世の中には色々のタイプの人間がいるんだよ」
「それは何となく分かる……」
「男と女のいわゆるノーマルって奴らが殆どだけど、同性にしか惹かれない奴や、異性に体を作り変えたい奴とか……ま、俺がそれなんだけど」
「性同一性障害っての?」
聞いた事のある単語を玲は使ってみた。
「まぁそんなもんかな?」
「久志兄ちゃん……頼りないな」
「ふふふ……」
玲は妖しく笑う久志をじっと見つめ「久美ちゃんって呼ぶね」と言った。
もう自分の目の前にいるのは、昔から知っている久志ではない、久美という名前の女性だと玲は思い知った。
「ありがとう玲ちゃん」
すり寄って来た久美から、玲は目を逸らした。
たわわに膨らんだ胸元は、玲にとって見てはならない物だった。
「ふふふ……気になる?でもまだ下は男のまんまだから、一緒に風呂に入れるよ」
「い、嫌だよ」
「ばーか、冗談だよ」
久美の機転の利いた軽口に玲は、家を出てから初めて声を上げて笑った。
そして笑いながら、涙も零した。
「玲ちゃんの綺麗な顔が不幸を呼んでしまったんだね、辛かったね……」
久美がその涙をそっと指で拭ってくれて、玲は堪え切れずに声を上げて子供のように泣いた。
親にも見捨てられた玲が、家を出てから初めて自分の感情を表にだした。
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その中から最後まで頼るのは止めようと思っていた、2つ年上の幼馴染に公衆電話から電話を掛けた。
「もしもし……」公衆電話からの着信にいぶかしそうな声でその電話の相手は出た。
「もしもし、久志兄ちゃん?俺……玲」
「えっ、玲ちゃん?どうしたの?」
「俺……家出して行く所が無いんだ」
言いにくい事を先に言ってしまえば後は楽だった。
もう家に帰りたくない事を聞いた久志は、いつ家出したのかを聞いてきた。
ひと月も経つと答えると暫く沈黙が流れ、玲は気拙くて電話を切ろうとした。
「もしもし、玲ちゃん新宿まで出て来る金持ってる?」
「う、うん……」
玲のポケットにはさっき下ろしたばかりの5枚の万札が入っていた。
「じゃあ、新宿駅の東口の改札に着いたらもう一度電話して」
「うん、分かった」
詳しい事を聞こうとしない久志に感謝しながら、玲は電話を切り駅に向かった。
新宿ならここからなら1時間半くらいで行ける距離だった。
そして玲は駅に着いてもう一度公衆電話から電話を掛けた。
待っていてくれたのだろう、1コールで出た久志に目頭が熱くなった玲は小さな声で「今着いた」とだけ告げた。
あとは、久志の指示通りに歩き、言われたカフェに入る。
「玲ちゃん」
カフェの奥のテーブルから一人の女性が玲に向かって手を挙げた。
「……?」
久志の連れだろうかと思ったが、途中誰に声を掛けられても返事をしたら駄目と久志に強く言われていたので、玲はその声の主から視線を外し店内を見回した。
するとツカツカと近づいて来たその女が、玲の耳元で囁いた。
「玲ちゃん、俺だよ、久志」にこっと笑ったその顔に見覚えがある。
だが玲は声を出す事が出来ずに、ただ口をパクパクと金魚のように動かしただけだった。
「とりあえずこっちに来て、お腹空いているでしょう?」
もう話し言葉も女性そのものだった。
茫然としている玲は久志に手を引かれ、奥の席に腰を下ろす。
「ここのサンドウィチは美味しいわよ、それでいい?珈琲大丈夫だよね?」
「は、はい……」
軽食が運ばれて来るまで、玲は何も語れずただ俯いていた。
「お待たせ致しました」
愛想の良いカフェの従業員が注文の品を置くと、緊張した喉を潤すために玲はストローに吸い付いた。
「玲ちゃん……驚いたでしょう?」
「やっぱ久志兄ちゃんなの?」
「うん、この街では久美って言うんだけどね」
「だ、だって去年の夏に会った時は……」
玲が久志と最後に会ったのは、去年の夏。
薄いシャツの胸は膨らんではいなかった。
「詳しい事は部屋に戻ってから話すから、今はゆっくり食べなさい」
その優しさは昔と変わっていない……玲は安堵の吐息と一緒にパンを呑み込んだ。
玲が連れて行かれた久志の部屋は、何処から見ても女性の部屋だった。
ピンクのカーテンにピンクのベッドカバー、目がくらくらしそうだった。
「座って」と言われたソファもピンクのゼブラ柄のカバーが掛けてあった。
「驚いたでしょう?」
「驚いたってもんじゃない……」
初めて玲らしい言葉が出て来て、久志はくくっと笑った。
「久志兄ちゃん……オカマになったの?」
「アタシの話はいいから、自分こそ何があったの?」
まだ高校生の玲がひと月も家出している事の方が問題あると、久志は言う。
「う……ん」まさか義父に襲われたとは言えなくて口籠った。
「あの親父に何かされた?」
ど真ん中の質問に、玲は驚いて顔を上げた。
「やっぱり……あの鬼畜親父め」女言葉から男言葉に戻った久志がそう唸った。
「何で……?」
「う……ん、今だから言うけど……玲ちゃんの親父と何度か寝たから」
「え……っ」
久志の言葉に玲の喉が詰まった。
まさか久志にまで手を出していたとは想像もしていなかった。
「久志兄ちゃん、ごめん」
今久志がこんなふうになったのは、義父のせいだと勘違いして玲は涙を浮かべ謝った。
縁を切った義父でも、世間では自分の父親なのだ。
それにしても何て酷い事を……あの時殺せば良かったのかもしれない……
玲は頬を濡らしながら、血が滲む程唇を噛んだ。
「馬鹿だなぁ玲ちゃん……」
久志は優しく声を掛けながら、滲んだ血をテッシュでそっと拭いてくれた。
「でも玲ちゃんの親父には、ある意味感謝しているよ」
「どうして……」
「俺は、ずっと自分の事をゲイだと思っていた。でもあの親父に何度か抱かれているうちに、違うって感じだしたんだよ」
「……」その辺は全く玲には理解出来ない事だった。
「俺は男として、男に抱かれるのが好きなんじゃなくて……女として男に抱かれたいんだって気づいたんだ……」
「……」
「玲ちゃんには、よく判らないかもしれないけど、世の中には色々のタイプの人間がいるんだよ」
「それは何となく分かる……」
「男と女のいわゆるノーマルって奴らが殆どだけど、同性にしか惹かれない奴や、異性に体を作り変えたい奴とか……ま、俺がそれなんだけど」
「性同一性障害っての?」
聞いた事のある単語を玲は使ってみた。
「まぁそんなもんかな?」
「久志兄ちゃん……頼りないな」
「ふふふ……」
玲は妖しく笑う久志をじっと見つめ「久美ちゃんって呼ぶね」と言った。
もう自分の目の前にいるのは、昔から知っている久志ではない、久美という名前の女性だと玲は思い知った。
「ありがとう玲ちゃん」
すり寄って来た久美から、玲は目を逸らした。
たわわに膨らんだ胸元は、玲にとって見てはならない物だった。
「ふふふ……気になる?でもまだ下は男のまんまだから、一緒に風呂に入れるよ」
「い、嫌だよ」
「ばーか、冗談だよ」
久美の機転の利いた軽口に玲は、家を出てから初めて声を上げて笑った。
そして笑いながら、涙も零した。
「玲ちゃんの綺麗な顔が不幸を呼んでしまったんだね、辛かったね……」
久美がその涙をそっと指で拭ってくれて、玲は堪え切れずに声を上げて子供のように泣いた。
親にも見捨てられた玲が、家を出てから初めて自分の感情を表にだした。
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それから1年半ずるずると久志……いや久美の部屋に居座った。
久美の働くオカマバーで使いっ走りのような仕事を与えられ、久美にも大きな負担を掛けないで済んだ。
久美の店の仲間はみんな玲を弟のように可愛がってくれた。
玲が家を出てから2年近い月日が流れ、玲も19歳になっていた。
だがそんな久美とも別れの時が迫っていた。
「玲ちゃん、ずっとここに居てもいいのよ」
もう玲と二人っきりでも男言葉は一切使わなくなった久美の体が、もう直ぐ完全な女になる。
「駄目だよ、久美ちゃんは女の子になるんだから、俺となんか一緒にいたら駄目だよ」
それは久美を女と認めた、玲の男としてのケジメだった。
「ありがとう玲ちゃん。でもとうとう最後まで手を出さなかったわね」
少し寂しそうでもあり、揶揄するようでもある言葉に玲は答える言葉がなかった。
あの忌まわしい夜から、玲の体は男としての機能を失っていたからだ。
慣れてくると、久美は玲の前でも平気で胸を晒した。
玲は視線を逸らしはするが、下半身が熱くなる事はなかった。
女の裸が載った雑誌を見ても、久美が借りてくれたAVを観てもそれは同じだった。
「ごめん、久美ちゃん。俺インポテンツだからさ……」
その切欠を知っている久美は、黙ってふくよかな胸に玲を抱きしめてくれた。
「大丈夫、本当に好きな人が出来たら治るから」
根拠のない慰めでも玲は嬉しかった。
「うん、俺こそありがとう。久美ちゃん幸せになって」
「玲こそ、絶対幸せになるのよ」
そして、玲は久美に紹介されたホストクラブ『瑠毘斐』でレイジとして働き出した。
久美の仲間のオカマ連中が時々店に来てくれ、玲は惨めな思いをしなくてもすんでいた。
だが、愛想も女を口説く事もしないレイジは、フリー客の相手をさせられる。
「一度来てみたかったぁ」という女性達では、そうそう稼げない。
だが、同伴もアフターもしなくて済む。
成人して酒が飲めるようになってからも、玲はフリー専門のような位置にずっといた。
「レイジさんって欲ないんですか?」
数少ない後輩のマモルにそんな事を聞かれても、レイジは「まあな」と気の無い返事を返すだけだった。
売れっ子はどんどん有名な店に引き抜かれたり、自ら移っていったりしているが、レイジはずっと同じ店に留まった。
とういか、レイジを引き抜く店などなかった。
見た目の良さで寄ってくる女性客も、物足りなさを覚え離れて行く。
「勿体無いなぁ、レイジさんみたいな人がその気になればナンバーワンも夢じゃないのに」
何故かレイジを気に入って懐いているマモルはまだそんな事を言っていた。
「マモルも俺なんかかまっていたら、出世しないぞ」
「うーん、本当に勿体無いけど俺だけのレイジさんでいてくれるのもいいかな?」
「何訳分からない事言っているんだよ」
そう言い捨てて、レイジは更衣室へ着替えに入った。
酔いの酷い時は、着替えなどしないでスーツのまま帰ったりするが、素面の時にはラフな格好に着替えて帰る。
いくら愛想のないレイジでも黙って歩いていると頻繁に声が掛けられる。
新宿に遊びに来た女性や、同業者が多かったが、中には明らかに男としてのレイジに声を掛ける輩がいるのだ。
「あんたいくら?」
そんな言葉は無言のままかわすが、時々シツコイ奴に会う。
だからなるべく、目立たない格好で足早に夜の街を通り過ぎる事にしていた。
そんなある日、出勤前の夕方1本の電話が鳴った。
同伴などしないレイジの携帯がこの時間に鳴るのは珍しい。時々マモルから飯の誘いの電話はあるので、マモルかと思う液晶で確認する。
「え……?」
番号登録はしていたが、かつて1度も掛かって来た事のない瑠毘斐のオーナーからだった。
「はい、レイジです」
「レイジか……」
直ぐに出たレイジに対して不機嫌そうな声が返って来た。
店での注意点は店で聞かされる、それよりも酷い時でも店長からの電話でオーナーが掛ける事はかつて一度もなかった。
レイジは知らないうちに何かやらかしたのかと、内心舌打ちをして電話機を握り締めた。
「お前は何をしでかした?」
「はい?」それはこっちが聞きたい台詞だ。
「俺は別にいつもと同じ事しかしていませんが?」
客と深い付き合いも、店の人間と深い付き合いもしていない。トラブルの元など何一つない筈だった。
「まぁいい、お前は今日でクビだ」
「えっ!」
流石にいきなりクビと言われる理由は、どう考えても思いつかない。
「オーナーそれどういう事ですか?」
「お前、夢苑のアキトに何したんだ?」
「……アキト」
レイジの反応に何かを感じたのかオーナーが電話口で深い溜め息を吐くのが聞こえた。
「とにかく、クビ。今後お前を雇うと店潰すって言われたんだよ」
アキトが本気で潰しに掛かれば、瑠毘斐など簡単に潰れてしまうだろうとレイジも思う。
だが、それがどうして自分のせいなのかは分からない。
「今夜から店には出なくていい、部屋も今夜中に出て行けよ。お前と関わるなって事だからな……俺の立場も分かってくれ」
そう捲し立てられ一歩的に電話は切れた。
「くそっ」
1週間前のあの夜しか、アキトと接点はない。
自分の何が店から締め出されるようなドジを踏んだのか全く分からない。
「ふざけんなよ……」
仕事場も、住居も無くなる……
ふっ……まるで自分を嘲笑うように、レイジは口角を上げた。
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久美の働くオカマバーで使いっ走りのような仕事を与えられ、久美にも大きな負担を掛けないで済んだ。
久美の店の仲間はみんな玲を弟のように可愛がってくれた。
玲が家を出てから2年近い月日が流れ、玲も19歳になっていた。
だがそんな久美とも別れの時が迫っていた。
「玲ちゃん、ずっとここに居てもいいのよ」
もう玲と二人っきりでも男言葉は一切使わなくなった久美の体が、もう直ぐ完全な女になる。
「駄目だよ、久美ちゃんは女の子になるんだから、俺となんか一緒にいたら駄目だよ」
それは久美を女と認めた、玲の男としてのケジメだった。
「ありがとう玲ちゃん。でもとうとう最後まで手を出さなかったわね」
少し寂しそうでもあり、揶揄するようでもある言葉に玲は答える言葉がなかった。
あの忌まわしい夜から、玲の体は男としての機能を失っていたからだ。
慣れてくると、久美は玲の前でも平気で胸を晒した。
玲は視線を逸らしはするが、下半身が熱くなる事はなかった。
女の裸が載った雑誌を見ても、久美が借りてくれたAVを観てもそれは同じだった。
「ごめん、久美ちゃん。俺インポテンツだからさ……」
その切欠を知っている久美は、黙ってふくよかな胸に玲を抱きしめてくれた。
「大丈夫、本当に好きな人が出来たら治るから」
根拠のない慰めでも玲は嬉しかった。
「うん、俺こそありがとう。久美ちゃん幸せになって」
「玲こそ、絶対幸せになるのよ」
そして、玲は久美に紹介されたホストクラブ『瑠毘斐』でレイジとして働き出した。
久美の仲間のオカマ連中が時々店に来てくれ、玲は惨めな思いをしなくてもすんでいた。
だが、愛想も女を口説く事もしないレイジは、フリー客の相手をさせられる。
「一度来てみたかったぁ」という女性達では、そうそう稼げない。
だが、同伴もアフターもしなくて済む。
成人して酒が飲めるようになってからも、玲はフリー専門のような位置にずっといた。
「レイジさんって欲ないんですか?」
数少ない後輩のマモルにそんな事を聞かれても、レイジは「まあな」と気の無い返事を返すだけだった。
売れっ子はどんどん有名な店に引き抜かれたり、自ら移っていったりしているが、レイジはずっと同じ店に留まった。
とういか、レイジを引き抜く店などなかった。
見た目の良さで寄ってくる女性客も、物足りなさを覚え離れて行く。
「勿体無いなぁ、レイジさんみたいな人がその気になればナンバーワンも夢じゃないのに」
何故かレイジを気に入って懐いているマモルはまだそんな事を言っていた。
「マモルも俺なんかかまっていたら、出世しないぞ」
「うーん、本当に勿体無いけど俺だけのレイジさんでいてくれるのもいいかな?」
「何訳分からない事言っているんだよ」
そう言い捨てて、レイジは更衣室へ着替えに入った。
酔いの酷い時は、着替えなどしないでスーツのまま帰ったりするが、素面の時にはラフな格好に着替えて帰る。
いくら愛想のないレイジでも黙って歩いていると頻繁に声が掛けられる。
新宿に遊びに来た女性や、同業者が多かったが、中には明らかに男としてのレイジに声を掛ける輩がいるのだ。
「あんたいくら?」
そんな言葉は無言のままかわすが、時々シツコイ奴に会う。
だからなるべく、目立たない格好で足早に夜の街を通り過ぎる事にしていた。
そんなある日、出勤前の夕方1本の電話が鳴った。
同伴などしないレイジの携帯がこの時間に鳴るのは珍しい。時々マモルから飯の誘いの電話はあるので、マモルかと思う液晶で確認する。
「え……?」
番号登録はしていたが、かつて1度も掛かって来た事のない瑠毘斐のオーナーからだった。
「はい、レイジです」
「レイジか……」
直ぐに出たレイジに対して不機嫌そうな声が返って来た。
店での注意点は店で聞かされる、それよりも酷い時でも店長からの電話でオーナーが掛ける事はかつて一度もなかった。
レイジは知らないうちに何かやらかしたのかと、内心舌打ちをして電話機を握り締めた。
「お前は何をしでかした?」
「はい?」それはこっちが聞きたい台詞だ。
「俺は別にいつもと同じ事しかしていませんが?」
客と深い付き合いも、店の人間と深い付き合いもしていない。トラブルの元など何一つない筈だった。
「まぁいい、お前は今日でクビだ」
「えっ!」
流石にいきなりクビと言われる理由は、どう考えても思いつかない。
「オーナーそれどういう事ですか?」
「お前、夢苑のアキトに何したんだ?」
「……アキト」
レイジの反応に何かを感じたのかオーナーが電話口で深い溜め息を吐くのが聞こえた。
「とにかく、クビ。今後お前を雇うと店潰すって言われたんだよ」
アキトが本気で潰しに掛かれば、瑠毘斐など簡単に潰れてしまうだろうとレイジも思う。
だが、それがどうして自分のせいなのかは分からない。
「今夜から店には出なくていい、部屋も今夜中に出て行けよ。お前と関わるなって事だからな……俺の立場も分かってくれ」
そう捲し立てられ一歩的に電話は切れた。
「くそっ」
1週間前のあの夜しか、アキトと接点はない。
自分の何が店から締め出されるようなドジを踏んだのか全く分からない。
「ふざけんなよ……」
仕事場も、住居も無くなる……
ふっ……まるで自分を嘲笑うように、レイジは口角を上げた。
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マンションの入り口にあるインターフォンをガンガン鳴らした。
夕方のこの時間に果たしてアキトが家に居るのか不明だったが、レイジにはここに来る以外に術がなかった。
「はい」諦めかけた頃にのんびりとした声が響いた。
(いた……)
「レイジだけど……あの瑠毘斐のレイジ」
声を聞いた途端少し弱気になったレイジが恐る恐る名乗った。
もしかしたら自分の事など覚えていないかもしれない、という思いが頭を過ったからだ。
「来たか、入ってホールで待っておけよ」
それだけ言ってプツッと切れたかと思うと、玄関ホールへの扉が開いた。
先週は気づかなかったが、玄関ホールに入るとフロントまであるマンションだった。綺麗なお姉さんが2人も立っている。
レイジはどうしていいか分からず、立ち尽くしていた。
さほど待たずにアキトが顔を見せた。
「待たせたな」
「……」こんな状況で一度だけでも会った事のあるアキトの顔を見て、レイジはほっとした顔を見せてしまった。
そんなレイジに小さく失笑して「部屋まで来い」とアキトは言う。
それなら最初から部屋に来いと言えばいいものを……と思いながらレイジはアキトの後をついて歩いた。
だが、歩いている間アキトがわざわざ下まで降りて来た理由も分かった。
部屋に辿り着くまで、2度程キーロックを解除しなくてはならない、高級マンションに慣れないレイジでは部屋まで辿り着きそうになかった。
そしてレイジは、来たくて来た訳では無い部屋に通され、大きく肩で息を吐いた。
それは何故か安堵の吐息だった。
「何か飲むか?」そう聞かれて改めて自分がここに来た理由を思い出した。
「てめぇ俺が一体何をしたって言うんだよ」
ただ食事に誘われ、断っただけだ。
「まさか、食事を断っただけって事じゃないよな?」
急にそれもあり得るかもしれないと、レイジは不安になった。
「まあ、そう息巻かないで冷たい飲み物でいいか?」
そう言ってアキトは綺麗なカットのグラスにアイスティらしい物を持って来た。
「まさかバカラとか言わないよな?」
店でも上客に使われるグラスだ。
「バカラだよ」それなのに簡単にアキトはそう答える。
「ハイボール用のグラスだけどな」と簡単に言ってのけるが、それでもバカラには違いないのだ。
「で?俺がどうしたって?」
アキトはソファに長い脚を組んで座る……その仕草に男の色気を感じた。
見せる魅せる……ホストとしてトップに君臨していただけの事はあると、悔しいがそう感じた。
「何、俺に見惚れているのか?」
「ふ、ふざけんな」
どんな不利な状況でも自分のペースに持って行くアキトにまた舌を巻く。
だが、レイジも惑わされている場合では無かった。
「どうして俺を雇うと店が潰されるんだよ?!」
オーナーに言われた言葉をアキトに投げかけた。
「ああ、あれ?本当に潰すよ」
ニッコリ笑ってアキトは何でも無い事のように言い捨てた。
「だから、どうして?俺が何か悪い事した?」
だが、明日からの生活がかかっているレイジも引くわけにはいかない。
「仕事も住む場所も無くなった感想はどう?」
やはり、全部アキトの仕組んだ事だとその言葉でレイジは理解した。
「……元の野良猫に戻るだけだよ」
何を言ってもアキトには敵いそうもなかった、その上これ以上ここに留まると自分の傷が深くなるような気がした。
「もういいよ、あんたが気まぐれで俺を罠にはめても、俺はそれに対抗する物は何も持っていない……」
17歳のあの時から自分はずっと非力だった。
今まで逃げる事しかして来なかった……
だが逃げる事が自分を守る唯一の手段だったのだ、違う方法を教えてくれる大人は周りにいなかった。
「この街から逃げて何処に行こうというのか?」
レイジの心を見透かしたような言葉に、レイジはどうでもいいような声で返事をした。
「まぐろ漁船にでも乗るよ」
「ふん、お前なんかが遠洋になんぞ出ても、マグロどころじゃないよ。荒くれた海の男たちの餌になるだけだ」
「……」
アキトの言葉は忘れようとしている過去を思い起こさせる。
「じゃ、俺にどうしろって言うんだよ……」
「レイジ……俺の店で働かないか?」
「はあ?あんたホスト辞めたんじゃなかったのかよ?」
「ホストは辞めた、だが店を出す事にした」
「はっ、あんた馬鹿じゃない?俺がこの街でどんだけ価値の無いホストか知らないの?」
フリー客を相手にしていて、大した指名もとれない底辺層のホストの自分だ。
アキトが出す店なら高級な店だろう、自分などが働ける場所では無いことくらい2年もこの街で仕事をしていれば分かる。
「お前は磨けば光る原石だ」
「ここまで馬鹿でよくナンバーワンなんか張っていられたよな……」
呆れ果てた言葉しかレイジの口からは出て来なかった。
「どうせお前は女を抱けないんだろう?」
「え……」自分の体の事情をどうしてアキトが知っているのか、レイジは言葉を呑んだ。
この事は、久美しか知らない事だ。
「お前先月、店の客とホテル行っただろう?」
レイジすら忘れていた事を言われ、やっとそんな事があったのを思い出した。
酔っぱらった客に半分無理やり連れ込まれたようなものだった。
夜は酔っぱらっているせいに出来るが、朝は言い訳が出来ない……
結局何も手を出さずに、その女とはチェックアウトしてホテルの前で別れた。
多分その事が尾ひれを付け噂としてアキトの耳に入ったのかもしれない。
ほっとすると当時に一瞬でも久美を疑った事を、レイジは心の中で詫びた。
自分が唯一心を許せる存在の久美……
今は好きな男と新宿を離れ都内の片隅で、一緒に暮らしている。
久美には幸せになって欲しいと心から願っていたレイジだった。
「そんなのあんたには、関係ないだろ?」
自分が女を抱けるか抱けないか、アキトには一切関係無い話である。
「俺の出す店は、男相手のホストクラブだ。お前には素質があると見たが?」
「お、男相手……」
何年経っても、義父の口淫で吐精してしまった過去がレイジを恐怖に陥れる。
あの夜がなければ、自分は高校をきちんと卒業して働きながらでも大学に通っていたかもしれないのに……あの夜が自分の人生を変えてしまった。
思い出すと、屈辱と恐怖にレイジの膝が震えてしまう。
「……いやだ……やめて……さん」
小さな声で吐いた言葉に息が苦しくなり、頭が真っ白になっていった。
「レイっ」
飛んで行く意識の中で誰かが、遠くで自分の名前を呼んだ気がした。
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夕方のこの時間に果たしてアキトが家に居るのか不明だったが、レイジにはここに来る以外に術がなかった。
「はい」諦めかけた頃にのんびりとした声が響いた。
(いた……)
「レイジだけど……あの瑠毘斐のレイジ」
声を聞いた途端少し弱気になったレイジが恐る恐る名乗った。
もしかしたら自分の事など覚えていないかもしれない、という思いが頭を過ったからだ。
「来たか、入ってホールで待っておけよ」
それだけ言ってプツッと切れたかと思うと、玄関ホールへの扉が開いた。
先週は気づかなかったが、玄関ホールに入るとフロントまであるマンションだった。綺麗なお姉さんが2人も立っている。
レイジはどうしていいか分からず、立ち尽くしていた。
さほど待たずにアキトが顔を見せた。
「待たせたな」
「……」こんな状況で一度だけでも会った事のあるアキトの顔を見て、レイジはほっとした顔を見せてしまった。
そんなレイジに小さく失笑して「部屋まで来い」とアキトは言う。
それなら最初から部屋に来いと言えばいいものを……と思いながらレイジはアキトの後をついて歩いた。
だが、歩いている間アキトがわざわざ下まで降りて来た理由も分かった。
部屋に辿り着くまで、2度程キーロックを解除しなくてはならない、高級マンションに慣れないレイジでは部屋まで辿り着きそうになかった。
そしてレイジは、来たくて来た訳では無い部屋に通され、大きく肩で息を吐いた。
それは何故か安堵の吐息だった。
「何か飲むか?」そう聞かれて改めて自分がここに来た理由を思い出した。
「てめぇ俺が一体何をしたって言うんだよ」
ただ食事に誘われ、断っただけだ。
「まさか、食事を断っただけって事じゃないよな?」
急にそれもあり得るかもしれないと、レイジは不安になった。
「まあ、そう息巻かないで冷たい飲み物でいいか?」
そう言ってアキトは綺麗なカットのグラスにアイスティらしい物を持って来た。
「まさかバカラとか言わないよな?」
店でも上客に使われるグラスだ。
「バカラだよ」それなのに簡単にアキトはそう答える。
「ハイボール用のグラスだけどな」と簡単に言ってのけるが、それでもバカラには違いないのだ。
「で?俺がどうしたって?」
アキトはソファに長い脚を組んで座る……その仕草に男の色気を感じた。
見せる魅せる……ホストとしてトップに君臨していただけの事はあると、悔しいがそう感じた。
「何、俺に見惚れているのか?」
「ふ、ふざけんな」
どんな不利な状況でも自分のペースに持って行くアキトにまた舌を巻く。
だが、レイジも惑わされている場合では無かった。
「どうして俺を雇うと店が潰されるんだよ?!」
オーナーに言われた言葉をアキトに投げかけた。
「ああ、あれ?本当に潰すよ」
ニッコリ笑ってアキトは何でも無い事のように言い捨てた。
「だから、どうして?俺が何か悪い事した?」
だが、明日からの生活がかかっているレイジも引くわけにはいかない。
「仕事も住む場所も無くなった感想はどう?」
やはり、全部アキトの仕組んだ事だとその言葉でレイジは理解した。
「……元の野良猫に戻るだけだよ」
何を言ってもアキトには敵いそうもなかった、その上これ以上ここに留まると自分の傷が深くなるような気がした。
「もういいよ、あんたが気まぐれで俺を罠にはめても、俺はそれに対抗する物は何も持っていない……」
17歳のあの時から自分はずっと非力だった。
今まで逃げる事しかして来なかった……
だが逃げる事が自分を守る唯一の手段だったのだ、違う方法を教えてくれる大人は周りにいなかった。
「この街から逃げて何処に行こうというのか?」
レイジの心を見透かしたような言葉に、レイジはどうでもいいような声で返事をした。
「まぐろ漁船にでも乗るよ」
「ふん、お前なんかが遠洋になんぞ出ても、マグロどころじゃないよ。荒くれた海の男たちの餌になるだけだ」
「……」
アキトの言葉は忘れようとしている過去を思い起こさせる。
「じゃ、俺にどうしろって言うんだよ……」
「レイジ……俺の店で働かないか?」
「はあ?あんたホスト辞めたんじゃなかったのかよ?」
「ホストは辞めた、だが店を出す事にした」
「はっ、あんた馬鹿じゃない?俺がこの街でどんだけ価値の無いホストか知らないの?」
フリー客を相手にしていて、大した指名もとれない底辺層のホストの自分だ。
アキトが出す店なら高級な店だろう、自分などが働ける場所では無いことくらい2年もこの街で仕事をしていれば分かる。
「お前は磨けば光る原石だ」
「ここまで馬鹿でよくナンバーワンなんか張っていられたよな……」
呆れ果てた言葉しかレイジの口からは出て来なかった。
「どうせお前は女を抱けないんだろう?」
「え……」自分の体の事情をどうしてアキトが知っているのか、レイジは言葉を呑んだ。
この事は、久美しか知らない事だ。
「お前先月、店の客とホテル行っただろう?」
レイジすら忘れていた事を言われ、やっとそんな事があったのを思い出した。
酔っぱらった客に半分無理やり連れ込まれたようなものだった。
夜は酔っぱらっているせいに出来るが、朝は言い訳が出来ない……
結局何も手を出さずに、その女とはチェックアウトしてホテルの前で別れた。
多分その事が尾ひれを付け噂としてアキトの耳に入ったのかもしれない。
ほっとすると当時に一瞬でも久美を疑った事を、レイジは心の中で詫びた。
自分が唯一心を許せる存在の久美……
今は好きな男と新宿を離れ都内の片隅で、一緒に暮らしている。
久美には幸せになって欲しいと心から願っていたレイジだった。
「そんなのあんたには、関係ないだろ?」
自分が女を抱けるか抱けないか、アキトには一切関係無い話である。
「俺の出す店は、男相手のホストクラブだ。お前には素質があると見たが?」
「お、男相手……」
何年経っても、義父の口淫で吐精してしまった過去がレイジを恐怖に陥れる。
あの夜がなければ、自分は高校をきちんと卒業して働きながらでも大学に通っていたかもしれないのに……あの夜が自分の人生を変えてしまった。
思い出すと、屈辱と恐怖にレイジの膝が震えてしまう。
「……いやだ……やめて……さん」
小さな声で吐いた言葉に息が苦しくなり、頭が真っ白になっていった。
「レイっ」
飛んで行く意識の中で誰かが、遠くで自分の名前を呼んだ気がした。
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レイジは薄っすらと目を開けた。
(あぁ……俺はずっと夢を見ていたんだ……忌まわしい夢を)
レイジの上に広がっている満点の星空を見上げて、レイジはそう思った。
だが、ここはいつものプラネタリウムの椅子では無い……
レイジはゆっくりと首を動かし、周りを見回した。
(どこだ?)
今この瞬間が夢なのかとも考えた、だがその夢を打ち砕く声がレイジの耳に聞こえた。
「目が覚めたか?」
声のする方に目をやり暗闇の中で目を凝らした。
「先生?諏訪部先生?」
諏訪部……それはレイジが中学3年の時に教育実習生としてやって来た大学生だ。
たった2週間の実習期間の間、レイジは諏訪部に懐き可愛がってもらった。
いつも薬品のシミが付いた白衣を着て、黒縁の眼鏡を掛けていた。
女子の意見も格好いいという生徒と、ダサイという生徒にきっちり分かれた教生だった。
レイジは格好を全然気にせずに、ぼさぼさの髪をした諏訪部を見ると何故か安心していた。
前の年に来たお洒落ばかりに気を使って、生徒と向き合おうとしなかった奴よりはずっとマシだった。
(俺は、部室で寝ていたんだ……)
そう思ってレイジは安心し、再び瞼を下ろした。
―――違う!
レイジは目を見開いて跳ね起きた。
「……アキト」
どうして自分が、アキトと諏訪部を見間違えたか理由が分かった。
ぼうっとした頭と寝ぼけた目で見たのは、白いバスローブ姿のアキトだったのだ。
それが白衣と見間違えた……?そして、天井の星空。
近づくアキトを見据える。
「どうした?俺に見惚れているのか?」
「ふざけるな……」だがレイジの語尾は強いものでは無かった。
風呂上りなのだろう、湿った髪は整髪剤で整えてはおらず前髪も下がった状態だった。
「帰る……」
「どこに帰るって言うんだ?」
「あんたのいない所ならどこでもいいよ」
「ふーん、お前は何のトラウマを抱えているんだ?」
「あんたには関係ない……」
まさか、義父にやられそうになったとは言えるはずもないし、そんな話をアキトが信じるとも思えなかった。
ベッドから降りようとするレイジの体をアキトが押し留めた。
尻もちを突くようにレイジの腰がベッドに沈んでしまう。
「な……何するんだよ」
ちょっとした事にでもレイジの体は動かなくなるが、口はまだ達者だ。
「どけよ……」
「お前、女には反応しないんだろう?俺が試してやろうか?」
「ふざけるな、女に反応しないのに男に反応する訳ないだろう?」
そう言って鋭い目でレイジはアキトを睨み付けた。
「やっぱり、女に反応しないのか……」楽しそうにアキトが言質を取る。
「……お前には関係ない」
もう自分は一生役立たずかもしれないと、改めて知らしめられた気がした。
それならそでいい、今まで生きて来てどうしてもこの女を抱きたいと思った事など無かった。一生そういう相手と出会えないかもしれないが、それでも良いと思った。
「ふーん?」揶揄するようにレイジの顔の真ん前にアキトの端正な顔が近づけられた。
普通の女なら、このまま黙って目を閉じるかもしれないが、生憎俺は男だとレイジは顔を背けアキトの肩を押した。
「どけよ」帰る場所が無くても構わない、ここにはいたくないとレイジは切に思った。
だが、アキトはそんなレイジをベッドに押し倒し、上から圧し掛かるようにしてレイジの顔を覗き込んだ。
「どこへ帰る?鴻上玲(こうがみ れい)」
「あ、あんた……」どうして自分の本名を知っているのだろう、と一瞬思ったが、今日クビを言い渡された店には簡単な履歴書が提出してある、店を潰すと脅すくらいだ。レイジの履歴書を見せてもらう事など簡単だろうとレイジは考えた。
「どけよ……あんたは俺の事からかって楽しいかもしれないけど、俺はぜーんぜん楽しくないから」どう見てもレイジよりはだいぶ年上だ、自分がライバルになるようなホストなら嫌がらせも考えられるが、その素質は全く無い事など自分が一番よく知っている。
「可愛い子を苛める心理ってお前には分からない?」
「苛めにも限度ってもんがあるだろう……」
生活の全てを奪い取ってどうしようと言うのだ?と情けない言葉は男の矜持として呑み込んだ。
「俺の所に来い」
珍しくアキトの口調が変わった……何か祈るような、お願いするような感じに思え、レイジは驚いてアキトの顔を見詰めた。
「玲……」
近づく唇を避けようと顔を振るが、顎を掴まれ固定されてしまう。
「う……っ」
男のアキトに唇を付けられ、レイジの肩が揺れたがアキトから逃れる事は出来なかった。
ぎゅっと結ぶ唇をこじ開けるようにアキトの舌が差し込まれた。
「ううっ……」(ヤメロヤメロ……ヤメテクレ……)
嫌悪感と恐怖で眦に涙が滲む……
(嫌悪感……?)
だがその嫌悪感が義父に肌を触られた時とは違う事に躊躇う。
「飛ぶなよ」
茫然としているレイジに向かってアキトが言い聞かせるように言う。
「あんた一体俺をどうしたい訳?」
レイジは心底そう思った。どうしてこの男は執拗に自分に構うのかさっぱり分からない。
「気に入ったからじゃ理由にならないのか?」
「だから、どうして俺みたいな何のためにもならない奴を気に入るのかが分からない、って言っているんだよ」
「気に入った以上何か説明が必要なのか?」
「……」
「とにかく飯を食おう」
「飯食ったら俺を解放してくれるのか?」
「いや、もうお前には帰る所は無いんだ。黙って俺の所にいればいい」
「あんたがそれを言うのかよ……」
レイジの居場所を取り上げたのはアキトである事を分かっていないのではないのか、とレイジは言葉には出さなかったが、そう思い疲れた目で再びアキトを睨み付けた。
「誘っているのか?」
「ふ、ふざけるな」
カラコンで薄茶色に変えた瞳で、レイジを見詰めるアキトの目をレイジは逸らした。
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だが、ここはいつものプラネタリウムの椅子では無い……
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(どこだ?)
今この瞬間が夢なのかとも考えた、だがその夢を打ち砕く声がレイジの耳に聞こえた。
「目が覚めたか?」
声のする方に目をやり暗闇の中で目を凝らした。
「先生?諏訪部先生?」
諏訪部……それはレイジが中学3年の時に教育実習生としてやって来た大学生だ。
たった2週間の実習期間の間、レイジは諏訪部に懐き可愛がってもらった。
いつも薬品のシミが付いた白衣を着て、黒縁の眼鏡を掛けていた。
女子の意見も格好いいという生徒と、ダサイという生徒にきっちり分かれた教生だった。
レイジは格好を全然気にせずに、ぼさぼさの髪をした諏訪部を見ると何故か安心していた。
前の年に来たお洒落ばかりに気を使って、生徒と向き合おうとしなかった奴よりはずっとマシだった。
(俺は、部室で寝ていたんだ……)
そう思ってレイジは安心し、再び瞼を下ろした。
―――違う!
レイジは目を見開いて跳ね起きた。
「……アキト」
どうして自分が、アキトと諏訪部を見間違えたか理由が分かった。
ぼうっとした頭と寝ぼけた目で見たのは、白いバスローブ姿のアキトだったのだ。
それが白衣と見間違えた……?そして、天井の星空。
近づくアキトを見据える。
「どうした?俺に見惚れているのか?」
「ふざけるな……」だがレイジの語尾は強いものでは無かった。
風呂上りなのだろう、湿った髪は整髪剤で整えてはおらず前髪も下がった状態だった。
「帰る……」
「どこに帰るって言うんだ?」
「あんたのいない所ならどこでもいいよ」
「ふーん、お前は何のトラウマを抱えているんだ?」
「あんたには関係ない……」
まさか、義父にやられそうになったとは言えるはずもないし、そんな話をアキトが信じるとも思えなかった。
ベッドから降りようとするレイジの体をアキトが押し留めた。
尻もちを突くようにレイジの腰がベッドに沈んでしまう。
「な……何するんだよ」
ちょっとした事にでもレイジの体は動かなくなるが、口はまだ達者だ。
「どけよ……」
「お前、女には反応しないんだろう?俺が試してやろうか?」
「ふざけるな、女に反応しないのに男に反応する訳ないだろう?」
そう言って鋭い目でレイジはアキトを睨み付けた。
「やっぱり、女に反応しないのか……」楽しそうにアキトが言質を取る。
「……お前には関係ない」
もう自分は一生役立たずかもしれないと、改めて知らしめられた気がした。
それならそでいい、今まで生きて来てどうしてもこの女を抱きたいと思った事など無かった。一生そういう相手と出会えないかもしれないが、それでも良いと思った。
「ふーん?」揶揄するようにレイジの顔の真ん前にアキトの端正な顔が近づけられた。
普通の女なら、このまま黙って目を閉じるかもしれないが、生憎俺は男だとレイジは顔を背けアキトの肩を押した。
「どけよ」帰る場所が無くても構わない、ここにはいたくないとレイジは切に思った。
だが、アキトはそんなレイジをベッドに押し倒し、上から圧し掛かるようにしてレイジの顔を覗き込んだ。
「どこへ帰る?鴻上玲(こうがみ れい)」
「あ、あんた……」どうして自分の本名を知っているのだろう、と一瞬思ったが、今日クビを言い渡された店には簡単な履歴書が提出してある、店を潰すと脅すくらいだ。レイジの履歴書を見せてもらう事など簡単だろうとレイジは考えた。
「どけよ……あんたは俺の事からかって楽しいかもしれないけど、俺はぜーんぜん楽しくないから」どう見てもレイジよりはだいぶ年上だ、自分がライバルになるようなホストなら嫌がらせも考えられるが、その素質は全く無い事など自分が一番よく知っている。
「可愛い子を苛める心理ってお前には分からない?」
「苛めにも限度ってもんがあるだろう……」
生活の全てを奪い取ってどうしようと言うのだ?と情けない言葉は男の矜持として呑み込んだ。
「俺の所に来い」
珍しくアキトの口調が変わった……何か祈るような、お願いするような感じに思え、レイジは驚いてアキトの顔を見詰めた。
「玲……」
近づく唇を避けようと顔を振るが、顎を掴まれ固定されてしまう。
「う……っ」
男のアキトに唇を付けられ、レイジの肩が揺れたがアキトから逃れる事は出来なかった。
ぎゅっと結ぶ唇をこじ開けるようにアキトの舌が差し込まれた。
「ううっ……」(ヤメロヤメロ……ヤメテクレ……)
嫌悪感と恐怖で眦に涙が滲む……
(嫌悪感……?)
だがその嫌悪感が義父に肌を触られた時とは違う事に躊躇う。
「飛ぶなよ」
茫然としているレイジに向かってアキトが言い聞かせるように言う。
「あんた一体俺をどうしたい訳?」
レイジは心底そう思った。どうしてこの男は執拗に自分に構うのかさっぱり分からない。
「気に入ったからじゃ理由にならないのか?」
「だから、どうして俺みたいな何のためにもならない奴を気に入るのかが分からない、って言っているんだよ」
「気に入った以上何か説明が必要なのか?」
「……」
「とにかく飯を食おう」
「飯食ったら俺を解放してくれるのか?」
「いや、もうお前には帰る所は無いんだ。黙って俺の所にいればいい」
「あんたがそれを言うのかよ……」
レイジの居場所を取り上げたのはアキトである事を分かっていないのではないのか、とレイジは言葉には出さなかったが、そう思い疲れた目で再びアキトを睨み付けた。
「誘っているのか?」
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何故か同じテーブルでアキトと遅い夕食を摂っていた。普段店屋物かコンビニの弁当で済ませているレイジにとって、手作りの料理は美味かった。
「あんた、いつも自分で作るのか?」
「あんたじゃない、アキトだ」むっとしてアキトがそう答えた。
「アキトさん……」考えてみれば、この世界でも年もアキトの方が先輩なのだ、『あんた』とか呼び捨てはやはり拙かったとレイジも内心反省する。
「アキトでいい。俺の料理はひとつの実験だからな」
(実験……)その言葉にレイジはまた諏訪部を思い出してしまう。
初恋は?と聞かれたら、もしかしたら諏訪部なのかもしれないと思った事があったが、諏訪部は同じ男だそんなはずはないと、その心を又否定する。
「ほら、これも喰え」
アキトは自分の皿に盛られた肉片をレイジの皿に移す。
「そんなに食えるわけない」
「いいから喰え、そんな細っこい体して……」
ジムに行って鍛えているであろうアキトと比べたら随分に華奢な体を眺めた。
「余計なお世話だ」
アキトが自分にしたことを考えると素直になれるわけが無かった。
「まぁいい、今度俺の通っているジムに連れて行ってやるよ」
「はぁ……まだ俺に構うつもりなの?」
「ああ、俺はしつこいから覚悟しろ」
結局、肝心な事は何も変わっていなかった。
「まじ信じられない、あんたに構って欲しい奴ならこの街には、履いて捨てるほどいるだろう、何で俺なんだよ?」
もう何度も聞いた台詞を飽きもせずにレイジは繰り返すが、戻って来る答えも聞き飽きたものだった。
「とにかくもう遅い、今夜はここに泊まって」
「……襲うなよ」
「もう少し肉を付けてからにするよ」とアキトが笑って答えた。
「ふざけるな、何処かの魔女かよ……」
レイジも負けずに言い返していると、どこからか携帯電話の着信音がしている。
(あ……俺のだ)
レイジは食事の途中だが、掛けて来る相手が想像出来たので慌ててその電話を取った。
「もしもし!レイジ、今どこ?どうなっているの?」
怒ったような、慌てたようなマモルの声が電話口から響いた。
「マモル、俺にも訳分からないんだけど何か聞いている?」
「いや詳しくは何も……店長から、ただ今日から店には来ないからとしか聞いていない」
「はぁ……やっぱり」
もしかしたら間違いじゃないかという淡い期待は、マモルの言葉で消えてしまった。
レイジの電話が突然取り上げられた、全くアキトの動きを気にしていなかったレイジはいとも簡単にその携帯電話を奪われてしまった。
「お前は誰だ?」
相変わらず横柄な口調でアキトは聞いている。
「おい、何すんだよ。勝手に人の電話に出るなよ」レイジは怒りながら電話を取り返そうとするが、その体は片手で遮られてしまった。
「マモル?ああ瑠毘斐のか……俺か?俺は元夢苑のアキトだ」
電話の向こうでマモルが息を飲んでいるだろう様子が、レイジには想像出来た。
この業界に入って短いが、夢苑のアキトの名前は知っているだろう。
「レイジは俺が預かる。心配するな」最後にそう言ってアキトが勝手に電話を切った。
「おい!何勝手な事をマモルに言っているんだよ!」
食って掛かるレイジに向かって、アキトは不機嫌な顔で睨んだ。
「寝たのか?」
「へっ?」
全くアキトの言いたい事が理解できない。
「マモルという男と寝たのか?と聞いているんだ」
「はぁ……もう怒る元気もないよ」
本当にレイジはもうどうしていいか分からずに、脱力してしまった。
せめてマモルに何日かは世話になろうかな?などと目論んでいた事も泡と消えた気がする。
「ほら、食事の途中だぞ」
自分が蒔いた種も全く気にする事ないような言葉を掛けられた。
「もう要らない、食欲なんかないよ」
今夜はもうここに泊めてもらうしか手段が無い気がしてきた。
レイジの思惑は全てアキトに潰されて行く。相手が悪かった……アキトにとってこの街でレイジを甚振る事は、赤子の手を捻るように簡単な事なのだろう。
食事を半分ほど残しレイジはリビングのソファに深く身を沈めた。
「おい、片づけを手伝えよ」
勝手に作って食べさせて、片づけしろと言うアキトに深く溜め息を吐いてから、レイジは立ち上った。
シンクの前に並んで立ち、アキトが洗う食器を受け取り布巾で水気を拭き取る。
全てにおいて器用な人間っているんだなぁとレイジはぼんやり思いながら、立っていた。
ガッシャーンと鋭利な音を立てて、レイジの手から食器が滑り落ちた。
「あ……っ」
「触るなっ!」とアキトが大きな声を上げた時には、もうレイジの指先から鮮血が滴った後だった。
「つっ……」
「馬鹿、何やってんだよ」
きつい言葉を投げ掛けるアキトに素直に詫びた。きっとこの食器も高価な物だろうと思いながら。
「ごめん、弁償するよ」
だがアキトは責める言葉を続けずにレイジの傷ついた指を口に含んだ。
「ば、ばか何やってんだよ」さっき投げられた言葉をそっくりアキトに返す。
アキトの行動に体を強張らせながら、レイジはゼンマイが切れた玩具のように固まっていった。
(デジャブ?)
以前にも似たような事があった気がした。そう……化学準備室で教生の手伝いをしていたレイジが試験管を割った時だ。
「諏訪部……先生……?」
レイジの声に、アキトが指をしゃぶったままの状態で、顔を上げた。
「鴻上玲、やっと気づいたか?」
「え……?」
自分で諏訪部の名前を呼んでおきながら、狐に摘ままれたような顔でレイジはアキトを見詰めた。
髪の色やスタイル、目の色が変わっているから気づかなかった訳じゃない、醸し出す空気が全く違うのだ。気づく筈が無かった。
「諏訪部彰人……」
パンドラの箱の鍵穴にその名前がぴたりと一致した。
だがその瞬間に、それを拒絶するかのようにレイジはその場に崩れた。
「玲っ」
レイジの体が床に散らばった破片に傷つく前に、その体はアキトの腕に抱き留められた。
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「あんたじゃない、アキトだ」むっとしてアキトがそう答えた。
「アキトさん……」考えてみれば、この世界でも年もアキトの方が先輩なのだ、『あんた』とか呼び捨てはやはり拙かったとレイジも内心反省する。
「アキトでいい。俺の料理はひとつの実験だからな」
(実験……)その言葉にレイジはまた諏訪部を思い出してしまう。
初恋は?と聞かれたら、もしかしたら諏訪部なのかもしれないと思った事があったが、諏訪部は同じ男だそんなはずはないと、その心を又否定する。
「ほら、これも喰え」
アキトは自分の皿に盛られた肉片をレイジの皿に移す。
「そんなに食えるわけない」
「いいから喰え、そんな細っこい体して……」
ジムに行って鍛えているであろうアキトと比べたら随分に華奢な体を眺めた。
「余計なお世話だ」
アキトが自分にしたことを考えると素直になれるわけが無かった。
「まぁいい、今度俺の通っているジムに連れて行ってやるよ」
「はぁ……まだ俺に構うつもりなの?」
「ああ、俺はしつこいから覚悟しろ」
結局、肝心な事は何も変わっていなかった。
「まじ信じられない、あんたに構って欲しい奴ならこの街には、履いて捨てるほどいるだろう、何で俺なんだよ?」
もう何度も聞いた台詞を飽きもせずにレイジは繰り返すが、戻って来る答えも聞き飽きたものだった。
「とにかくもう遅い、今夜はここに泊まって」
「……襲うなよ」
「もう少し肉を付けてからにするよ」とアキトが笑って答えた。
「ふざけるな、何処かの魔女かよ……」
レイジも負けずに言い返していると、どこからか携帯電話の着信音がしている。
(あ……俺のだ)
レイジは食事の途中だが、掛けて来る相手が想像出来たので慌ててその電話を取った。
「もしもし!レイジ、今どこ?どうなっているの?」
怒ったような、慌てたようなマモルの声が電話口から響いた。
「マモル、俺にも訳分からないんだけど何か聞いている?」
「いや詳しくは何も……店長から、ただ今日から店には来ないからとしか聞いていない」
「はぁ……やっぱり」
もしかしたら間違いじゃないかという淡い期待は、マモルの言葉で消えてしまった。
レイジの電話が突然取り上げられた、全くアキトの動きを気にしていなかったレイジはいとも簡単にその携帯電話を奪われてしまった。
「お前は誰だ?」
相変わらず横柄な口調でアキトは聞いている。
「おい、何すんだよ。勝手に人の電話に出るなよ」レイジは怒りながら電話を取り返そうとするが、その体は片手で遮られてしまった。
「マモル?ああ瑠毘斐のか……俺か?俺は元夢苑のアキトだ」
電話の向こうでマモルが息を飲んでいるだろう様子が、レイジには想像出来た。
この業界に入って短いが、夢苑のアキトの名前は知っているだろう。
「レイジは俺が預かる。心配するな」最後にそう言ってアキトが勝手に電話を切った。
「おい!何勝手な事をマモルに言っているんだよ!」
食って掛かるレイジに向かって、アキトは不機嫌な顔で睨んだ。
「寝たのか?」
「へっ?」
全くアキトの言いたい事が理解できない。
「マモルという男と寝たのか?と聞いているんだ」
「はぁ……もう怒る元気もないよ」
本当にレイジはもうどうしていいか分からずに、脱力してしまった。
せめてマモルに何日かは世話になろうかな?などと目論んでいた事も泡と消えた気がする。
「ほら、食事の途中だぞ」
自分が蒔いた種も全く気にする事ないような言葉を掛けられた。
「もう要らない、食欲なんかないよ」
今夜はもうここに泊めてもらうしか手段が無い気がしてきた。
レイジの思惑は全てアキトに潰されて行く。相手が悪かった……アキトにとってこの街でレイジを甚振る事は、赤子の手を捻るように簡単な事なのだろう。
食事を半分ほど残しレイジはリビングのソファに深く身を沈めた。
「おい、片づけを手伝えよ」
勝手に作って食べさせて、片づけしろと言うアキトに深く溜め息を吐いてから、レイジは立ち上った。
シンクの前に並んで立ち、アキトが洗う食器を受け取り布巾で水気を拭き取る。
全てにおいて器用な人間っているんだなぁとレイジはぼんやり思いながら、立っていた。
ガッシャーンと鋭利な音を立てて、レイジの手から食器が滑り落ちた。
「あ……っ」
「触るなっ!」とアキトが大きな声を上げた時には、もうレイジの指先から鮮血が滴った後だった。
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きつい言葉を投げ掛けるアキトに素直に詫びた。きっとこの食器も高価な物だろうと思いながら。
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だがアキトは責める言葉を続けずにレイジの傷ついた指を口に含んだ。
「ば、ばか何やってんだよ」さっき投げられた言葉をそっくりアキトに返す。
アキトの行動に体を強張らせながら、レイジはゼンマイが切れた玩具のように固まっていった。
(デジャブ?)
以前にも似たような事があった気がした。そう……化学準備室で教生の手伝いをしていたレイジが試験管を割った時だ。
「諏訪部……先生……?」
レイジの声に、アキトが指をしゃぶったままの状態で、顔を上げた。
「鴻上玲、やっと気づいたか?」
「え……?」
自分で諏訪部の名前を呼んでおきながら、狐に摘ままれたような顔でレイジはアキトを見詰めた。
髪の色やスタイル、目の色が変わっているから気づかなかった訳じゃない、醸し出す空気が全く違うのだ。気づく筈が無かった。
「諏訪部彰人……」
パンドラの箱の鍵穴にその名前がぴたりと一致した。
だがその瞬間に、それを拒絶するかのようにレイジはその場に崩れた。
「玲っ」
レイジの体が床に散らばった破片に傷つく前に、その体はアキトの腕に抱き留められた。
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「またブラックアウトか……一体お前は何を抱えている?俺との事を全て忘れる程の何があった?」
レイジを抱きかかえながらアキトがそう呟いた事など、レイジには聞こえない。
レイジが翌朝目覚めた時、その指に白い包帯が綺麗に巻かれていた。
ゆっくり首を動かして、自分の状況と周りを見回した。
広いベッドで一人寝かされていた。隣には人が寝ていた形跡は無かった。
レイジはベッドの上で体を起した。見下ろした自分はここに来た時とは違う、柔らかい素材のパジャマを着せられていた。
それはまるでレイジの為に用意したような……レイジに丁度良いサイズの服だった。もしこれがアキトの服ならばもう少し大きいだろうと思う。
「アキト?」
改めてここがアキトの部屋だと思い出し、昨日ちらっと見かけた物を確認する為にベッドから降りリビングに向かった。
ソファの前に無造作に置かれた多数の郵便物……その宛名を確かめないと駄目な気がして焦った。
3人掛けのソファに、それでも窮屈そうにアキトが眠っていた。
起さないようにそっと、その郵便物の束を手にする。
(諏訪部彰人、諏訪部彰人、諏訪部……)全ての郵便物が諏訪部彰人宛ての物だった。
「諏訪部彰人……」レイジは何度も目で読んだ名前を口にした。
「目が覚めたか?」
背後から突然掛かった声にレイジの肩がビクンと震えた。
まるで悪戯を見つかった子供のように、肩を竦めたまま振り返る事は出来なかった。
レイジの手にある物を確認したのだろう「気が済んだか?」とアキトは言う。
「何で?何であんたが諏訪部先生と同じ名前なんだよ?」
「ほう、同姓同名の奴でも知っているのか?」
レイジの言葉に動じないような声でアキトが切り返す。
「惚けるなよ?!」
「俺が、諏訪部彰人だと何か都合の悪い事でもあるのか?」
「先生は……先生はいい人だった。俺を貶める事などしなかった……多分」
最後まで突っ張れない何かを感じて、レイジは言葉を濁した。
自分が先生に懐いていた事は覚えている。だが先生との記憶はそれだけ……
もっと他にも沢山話した気はするが、詳しくは覚えていない。
覚えていない事が、ただそれだけの思い出だという事なのだ。
だが、諏訪部への信頼は何故か心の奥からひしひしと湧き出るような気がした。
ローテーブルの前で座り込んでいたレイジを背後からアキトが抱きしめた。
「鴻上玲……」
「どこで知ったか分からないけど、その名前で俺を呼ぶなよ、俺はレイジだ」
「鴻上玲……」
「ふざけ……っ」
レイジの項に熱いものが触れた。
それがアキトの唇だと理解できずに、レイジは固まるが気づいた瞬間その体は大きく跳ねた。
「俺に触るなっ!」
「軽く触れただけだ……」
「俺に触れていいのは……俺に……」
レイジは、はっとして口を噤んだ。自分はいったい何を言おうとしているのか。誰なら自分に触れていいと言おうとしているのか、自分でも判らなくなった。
過敏に縺れたレイジの神経の糸を解すように、アキトは1枚の写真を差し出した。
目の前に出された写真に視線を投げたレイジの睫毛が震えている。
「これ……」
そこには、レイジと白衣を着た諏訪部先生が楽しそうな顔をして写っていた。
「まだあるぞ、見るか?」
そう言うとアキトは携帯を弄り始めた。
「こっちのは、写真で残せないからな……ちょっとヤバイ写真だ」
ヤバイと言いながらアキトは楽しそうな目で、レイジを見る。
「な……?」
「あったあった、ほら可愛いだろう?」
アキトに携帯を渡され、その画面をじっと見るレイジの手が小刻みに震えてしまっていた。
そこに写る自分の顔は今のレイジが知らない顔だ。
頬を染めた上、瞳が濡れているのが液晶画面でもはっきり見てとれる。
そして一番目を背けたかったのが、そこに写る二人の肩が……肩までしか写っていないが、服を着ていない事だった。
「ダレコレ?合成写真?」全く身に覚えの無いレイジが力なく聞いた。
自分じゃないと言いたいけど……少年の頃の自分である事は自分が一番知っている。
「鴻上玲と諏訪部彰人だ……」アキトが真面目な声で答えた。
「この人たち何してんの?」
自分と諏訪部の写る画像を見て、レイジは他人事のように聞いた。
「セックス」
アキトの言葉に眩暈がして、レイジはテーブルの端をぎゅっと掴んだ。
「正確には、セックスの後?」
「お、俺はあんたとセックスした覚えは無いっ」
「あんなに俺に抱かれて善がったのになぁ」
明らかにその声はレイジを揶揄するトーンだった。
「あんた……俺を犯したのか?」
「この顔を見て、犯されたと思うか?」
目の前に二度と見たくない画像を突き付けられた。
「いやだっ、見たくない」
目の端に入らないように、携帯をどけようとするがアキトはそれを許さない。
「ちゃんと見るんだ!お前がどういう顔をしているかよく見ろ」
「いやだ……見たくない、汚い……いやだ……汚い」
何故か涙がボロボロ出て来て止まらない。
そんなレイジをぎゅっとアキトは抱きしめるが、それを振りほどく力はレイジには残っていなかった。
ただ呪文のように「俺は汚い……」と繰り返すだけだった。
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レイジを抱きかかえながらアキトがそう呟いた事など、レイジには聞こえない。
レイジが翌朝目覚めた時、その指に白い包帯が綺麗に巻かれていた。
ゆっくり首を動かして、自分の状況と周りを見回した。
広いベッドで一人寝かされていた。隣には人が寝ていた形跡は無かった。
レイジはベッドの上で体を起した。見下ろした自分はここに来た時とは違う、柔らかい素材のパジャマを着せられていた。
それはまるでレイジの為に用意したような……レイジに丁度良いサイズの服だった。もしこれがアキトの服ならばもう少し大きいだろうと思う。
「アキト?」
改めてここがアキトの部屋だと思い出し、昨日ちらっと見かけた物を確認する為にベッドから降りリビングに向かった。
ソファの前に無造作に置かれた多数の郵便物……その宛名を確かめないと駄目な気がして焦った。
3人掛けのソファに、それでも窮屈そうにアキトが眠っていた。
起さないようにそっと、その郵便物の束を手にする。
(諏訪部彰人、諏訪部彰人、諏訪部……)全ての郵便物が諏訪部彰人宛ての物だった。
「諏訪部彰人……」レイジは何度も目で読んだ名前を口にした。
「目が覚めたか?」
背後から突然掛かった声にレイジの肩がビクンと震えた。
まるで悪戯を見つかった子供のように、肩を竦めたまま振り返る事は出来なかった。
レイジの手にある物を確認したのだろう「気が済んだか?」とアキトは言う。
「何で?何であんたが諏訪部先生と同じ名前なんだよ?」
「ほう、同姓同名の奴でも知っているのか?」
レイジの言葉に動じないような声でアキトが切り返す。
「惚けるなよ?!」
「俺が、諏訪部彰人だと何か都合の悪い事でもあるのか?」
「先生は……先生はいい人だった。俺を貶める事などしなかった……多分」
最後まで突っ張れない何かを感じて、レイジは言葉を濁した。
自分が先生に懐いていた事は覚えている。だが先生との記憶はそれだけ……
もっと他にも沢山話した気はするが、詳しくは覚えていない。
覚えていない事が、ただそれだけの思い出だという事なのだ。
だが、諏訪部への信頼は何故か心の奥からひしひしと湧き出るような気がした。
ローテーブルの前で座り込んでいたレイジを背後からアキトが抱きしめた。
「鴻上玲……」
「どこで知ったか分からないけど、その名前で俺を呼ぶなよ、俺はレイジだ」
「鴻上玲……」
「ふざけ……っ」
レイジの項に熱いものが触れた。
それがアキトの唇だと理解できずに、レイジは固まるが気づいた瞬間その体は大きく跳ねた。
「俺に触るなっ!」
「軽く触れただけだ……」
「俺に触れていいのは……俺に……」
レイジは、はっとして口を噤んだ。自分はいったい何を言おうとしているのか。誰なら自分に触れていいと言おうとしているのか、自分でも判らなくなった。
過敏に縺れたレイジの神経の糸を解すように、アキトは1枚の写真を差し出した。
目の前に出された写真に視線を投げたレイジの睫毛が震えている。
「これ……」
そこには、レイジと白衣を着た諏訪部先生が楽しそうな顔をして写っていた。
「まだあるぞ、見るか?」
そう言うとアキトは携帯を弄り始めた。
「こっちのは、写真で残せないからな……ちょっとヤバイ写真だ」
ヤバイと言いながらアキトは楽しそうな目で、レイジを見る。
「な……?」
「あったあった、ほら可愛いだろう?」
アキトに携帯を渡され、その画面をじっと見るレイジの手が小刻みに震えてしまっていた。
そこに写る自分の顔は今のレイジが知らない顔だ。
頬を染めた上、瞳が濡れているのが液晶画面でもはっきり見てとれる。
そして一番目を背けたかったのが、そこに写る二人の肩が……肩までしか写っていないが、服を着ていない事だった。
「ダレコレ?合成写真?」全く身に覚えの無いレイジが力なく聞いた。
自分じゃないと言いたいけど……少年の頃の自分である事は自分が一番知っている。
「鴻上玲と諏訪部彰人だ……」アキトが真面目な声で答えた。
「この人たち何してんの?」
自分と諏訪部の写る画像を見て、レイジは他人事のように聞いた。
「セックス」
アキトの言葉に眩暈がして、レイジはテーブルの端をぎゅっと掴んだ。
「正確には、セックスの後?」
「お、俺はあんたとセックスした覚えは無いっ」
「あんなに俺に抱かれて善がったのになぁ」
明らかにその声はレイジを揶揄するトーンだった。
「あんた……俺を犯したのか?」
「この顔を見て、犯されたと思うか?」
目の前に二度と見たくない画像を突き付けられた。
「いやだっ、見たくない」
目の端に入らないように、携帯をどけようとするがアキトはそれを許さない。
「ちゃんと見るんだ!お前がどういう顔をしているかよく見ろ」
「いやだ……見たくない、汚い……いやだ……汚い」
何故か涙がボロボロ出て来て止まらない。
そんなレイジをぎゅっとアキトは抱きしめるが、それを振りほどく力はレイジには残っていなかった。
ただ呪文のように「俺は汚い……」と繰り返すだけだった。
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「俺は最初は……無理にでも体を繋げて思い出させようと思ったが、そんな事しても何も始まらないって気づいたんだよ」
「な、何……」アキトの体から逃れようとしたが、その声がとても切なく思えてその腕を振り払うのをレイジは止めた。
「先ずはお前の壊れた心を治さないとな……」
「俺の心は壊れている?」レイジは、つい釣られてそんな事を聞いてしまった。
「無自覚か……」アキトの腕に力が入った理由をレイジはまだ知らない。
「あんたとは双子の兄弟がいるとか?」
「いる訳ないだろう」即座にレイジの考えを否定された。
レイジは本当にこのアキトと諏訪部が同じ人間か分からなくなってしまっていた。
「諏訪部先生は、もっと真面目な人だった……」
レイジの記憶にある諏訪部は、こんな器用な人間では無かったような気がする。
「つか、教師やってたんじゃないのかよ?」
「教師は、保険だ。俺は大学生の頃からバイトでホストやってたからな……」
「保険……」自分が懐いていた教生は保険だけであんな事をしていたのだろうか?
「俺って、人を見る目が無いんだな」ついそんな言葉が零れてしまう。
「あれも本当の俺だ、鴻上玲が付き合った諏訪部も俺だし、今こうしてお前を抱きしめているのも俺だ」
「諏訪部先生が二重人格だと知っていたら、俺は好きにはならなかった……」
言ったそばから、レイジは自分の言葉に首を傾げる。
(俺……諏訪部先生を好きだったの?)
「俺、分かんない……」
「いいよ焦らなくても」後ろから優しく髪を梳かれて何故かレイジは、その手を温かいと感じていた。
何だか穏やかな時が流れていた。レイジは黙ってアキトの手を受け入れている。
その静寂を破ったのは1本の携帯電話だ。勿論レイジの電話では無い、アキトの最新の携帯電話がテーブルの上で震動と共に鳴っていた。
それを切っ掛けに、レイジはその腕の中から解放された。
身軽になった体が少しだけ淋しいと言ったような気がした。
電話が終わったアキトがレイジの所に戻って来た。
「午後から開店する店の準備に行く。お前も一緒に行くぞ」
「俺は関係ない」男相手の店など勤めるつもりなど、レイジには全くなかった。
「関係なくはない、お前の為の店だ」
「はあ?」アキトが何を考えてそんな事を言うのか全く分からなかった。
「ゲイバーって行った事あるか?」
突然の話の転換にレイジは眉根を寄せながら「あるわけない」と吐き捨てた。
自分にゲイの自覚もないのに、そんな場所に行く事など無い。
「そうか、あそこは楽しいぞ」
「俺は、ゲイじゃない……」
「はぁっ」アキトはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
「あんなに感じやすいのに、よく今まで何も無しで来れたよな?」
「か、感じやすくなんか無い!」
あの夜以来自分の男としての機能は無いのだ。自分が感じやすかった記憶も無い。
「まあ今はいい、そのうち俺が欲しいって、あの頃のように言わせてやるから」
全く身に覚えのない事を言われ、レイジは鼻で笑う。
その時に視線の中に、見慣れないパジャマが飛び込んで来た。
「あ、このパジャマ……」
「お前の為に揃えた服だ、他にも沢山あるからちゃんと着ろよ」
その目が似合っているよ、と言っているようでレイジは再びアキトから視線を逸らす。
「本当に強情な奴だな……まぁだから心が壊れちまったのかもしれないな」
独り言のように言ってアキトが部屋から出て行った。
そして寝室のベッドの上からレイジを呼んだ。
あまりにしつこく呼ぶから、レイジは重い腰を上げてさっきまで自分が寝ていた寝室に行った。
「な、何?」
「2時間くらい寝るから、一緒に寝るぞ」
レイジも2年間夜の商売をしてきて、作り替えられた体はまだ睡眠を求めていたが、同じベッドに入ろうとは思わなかった。
自分がベッドを占領した為に、アキトはソファで熟睡出来なかったのだろうとレイジは思った。
「ほら」アキトはベッドを半分を空けてポンポンと打っている。
レイジがベッドに入らない限り、持ち上げた手は下がりそうになかったから、レイジは諦めたようにアキトの隣に体が触れないように少し離れて滑り込んだ。
だが、レイジの体は簡単にアキトに引き寄せられてしまう。
「大丈夫、何もしないから」
アキトの言葉に強張った体から力が抜けた。
何かされるのなら、朝一人のベッドに寝ていなかっただろうと、アキトの言葉を信じた。
もし本当に諏訪部ならば、自分のイヤがる事はしないだろうとレイジは、自分の記憶を信じて目を瞑った。
暫くすると、疲れた体は再び睡魔に襲われ闇に落ちていく。
「玲……」アキトは寝入っているレイジの顔をずっと見つめていた。
教職課程を選択していたアキトは、レイジにも話したように保険のつもりで教師を選んでいた。大学に入った頃は目的もなく教育学部を選んだのだが、この街でバイトをするうちに自分に合っている水商売に目覚めてしまった。
だからといって教育実習を蹴る訳にはいかない。東京から離れた千葉の中学を選んだ。
そしてそこで鴻上玲という少年と出会った。
玲に出逢うまでは、女としか寝た事は無かった。だが玲に惹かれる気持は日に日に強くなり、実習が終わっても連絡を取り合うようになった。
玲も自分に懐いてくれていたから、日曜日には眠い体に鞭打って玲に会いに電車に飛び乗っていたのだ。
玲が高校に進学しても、付き合いは続いた。
そして玲が高校1年の夏休み、二人で旅行に行く計画をたて実行した。
相手は高校生だぞという常識は、もうとっくに彰人の中では壊れていたのだ。
気持のままお互いを求め合い、貪るように愛し合った。
玲は勿論の事だが、アキトだって男との交渉は生まれて初めての事だった。
そしてアキトは玲に溺れて行った。少年の清潔さを持ち男としての色気も充分に持っていた玲を手放したくは無かった。玲が高校を卒業したらこっちに呼んで一緒に暮らそうとも考えていたし、玲も東京の大学に働きながらでも行くと夢を語っていた。
玲は母親の再婚の為に、家族に負担を掛けないように遠慮して暮らしていた。アキトは玲の夢の為ならば援助も惜しみなくするつもりだった。
そのアキトの頑張りが結果ナンバーワンホストという地位に押し上げてくれたのだ。
全て玲の為、玲との将来の為だった。
だが、玲が高校2年の時、突然連絡が取れなくなりアキトの前から消えてしまった。
玲の家に訪ねて行っても話を聞けるような状態では無かった。
『玲なんて息子は居ない、いらない』そう繰り返す母親からは何も情報を得る事は出来なかった。
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「な、何……」アキトの体から逃れようとしたが、その声がとても切なく思えてその腕を振り払うのをレイジは止めた。
「先ずはお前の壊れた心を治さないとな……」
「俺の心は壊れている?」レイジは、つい釣られてそんな事を聞いてしまった。
「無自覚か……」アキトの腕に力が入った理由をレイジはまだ知らない。
「あんたとは双子の兄弟がいるとか?」
「いる訳ないだろう」即座にレイジの考えを否定された。
レイジは本当にこのアキトと諏訪部が同じ人間か分からなくなってしまっていた。
「諏訪部先生は、もっと真面目な人だった……」
レイジの記憶にある諏訪部は、こんな器用な人間では無かったような気がする。
「つか、教師やってたんじゃないのかよ?」
「教師は、保険だ。俺は大学生の頃からバイトでホストやってたからな……」
「保険……」自分が懐いていた教生は保険だけであんな事をしていたのだろうか?
「俺って、人を見る目が無いんだな」ついそんな言葉が零れてしまう。
「あれも本当の俺だ、鴻上玲が付き合った諏訪部も俺だし、今こうしてお前を抱きしめているのも俺だ」
「諏訪部先生が二重人格だと知っていたら、俺は好きにはならなかった……」
言ったそばから、レイジは自分の言葉に首を傾げる。
(俺……諏訪部先生を好きだったの?)
「俺、分かんない……」
「いいよ焦らなくても」後ろから優しく髪を梳かれて何故かレイジは、その手を温かいと感じていた。
何だか穏やかな時が流れていた。レイジは黙ってアキトの手を受け入れている。
その静寂を破ったのは1本の携帯電話だ。勿論レイジの電話では無い、アキトの最新の携帯電話がテーブルの上で震動と共に鳴っていた。
それを切っ掛けに、レイジはその腕の中から解放された。
身軽になった体が少しだけ淋しいと言ったような気がした。
電話が終わったアキトがレイジの所に戻って来た。
「午後から開店する店の準備に行く。お前も一緒に行くぞ」
「俺は関係ない」男相手の店など勤めるつもりなど、レイジには全くなかった。
「関係なくはない、お前の為の店だ」
「はあ?」アキトが何を考えてそんな事を言うのか全く分からなかった。
「ゲイバーって行った事あるか?」
突然の話の転換にレイジは眉根を寄せながら「あるわけない」と吐き捨てた。
自分にゲイの自覚もないのに、そんな場所に行く事など無い。
「そうか、あそこは楽しいぞ」
「俺は、ゲイじゃない……」
「はぁっ」アキトはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
「あんなに感じやすいのに、よく今まで何も無しで来れたよな?」
「か、感じやすくなんか無い!」
あの夜以来自分の男としての機能は無いのだ。自分が感じやすかった記憶も無い。
「まあ今はいい、そのうち俺が欲しいって、あの頃のように言わせてやるから」
全く身に覚えのない事を言われ、レイジは鼻で笑う。
その時に視線の中に、見慣れないパジャマが飛び込んで来た。
「あ、このパジャマ……」
「お前の為に揃えた服だ、他にも沢山あるからちゃんと着ろよ」
その目が似合っているよ、と言っているようでレイジは再びアキトから視線を逸らす。
「本当に強情な奴だな……まぁだから心が壊れちまったのかもしれないな」
独り言のように言ってアキトが部屋から出て行った。
そして寝室のベッドの上からレイジを呼んだ。
あまりにしつこく呼ぶから、レイジは重い腰を上げてさっきまで自分が寝ていた寝室に行った。
「な、何?」
「2時間くらい寝るから、一緒に寝るぞ」
レイジも2年間夜の商売をしてきて、作り替えられた体はまだ睡眠を求めていたが、同じベッドに入ろうとは思わなかった。
自分がベッドを占領した為に、アキトはソファで熟睡出来なかったのだろうとレイジは思った。
「ほら」アキトはベッドを半分を空けてポンポンと打っている。
レイジがベッドに入らない限り、持ち上げた手は下がりそうになかったから、レイジは諦めたようにアキトの隣に体が触れないように少し離れて滑り込んだ。
だが、レイジの体は簡単にアキトに引き寄せられてしまう。
「大丈夫、何もしないから」
アキトの言葉に強張った体から力が抜けた。
何かされるのなら、朝一人のベッドに寝ていなかっただろうと、アキトの言葉を信じた。
もし本当に諏訪部ならば、自分のイヤがる事はしないだろうとレイジは、自分の記憶を信じて目を瞑った。
暫くすると、疲れた体は再び睡魔に襲われ闇に落ちていく。
「玲……」アキトは寝入っているレイジの顔をずっと見つめていた。
教職課程を選択していたアキトは、レイジにも話したように保険のつもりで教師を選んでいた。大学に入った頃は目的もなく教育学部を選んだのだが、この街でバイトをするうちに自分に合っている水商売に目覚めてしまった。
だからといって教育実習を蹴る訳にはいかない。東京から離れた千葉の中学を選んだ。
そしてそこで鴻上玲という少年と出会った。
玲に出逢うまでは、女としか寝た事は無かった。だが玲に惹かれる気持は日に日に強くなり、実習が終わっても連絡を取り合うようになった。
玲も自分に懐いてくれていたから、日曜日には眠い体に鞭打って玲に会いに電車に飛び乗っていたのだ。
玲が高校に進学しても、付き合いは続いた。
そして玲が高校1年の夏休み、二人で旅行に行く計画をたて実行した。
相手は高校生だぞという常識は、もうとっくに彰人の中では壊れていたのだ。
気持のままお互いを求め合い、貪るように愛し合った。
玲は勿論の事だが、アキトだって男との交渉は生まれて初めての事だった。
そしてアキトは玲に溺れて行った。少年の清潔さを持ち男としての色気も充分に持っていた玲を手放したくは無かった。玲が高校を卒業したらこっちに呼んで一緒に暮らそうとも考えていたし、玲も東京の大学に働きながらでも行くと夢を語っていた。
玲は母親の再婚の為に、家族に負担を掛けないように遠慮して暮らしていた。アキトは玲の夢の為ならば援助も惜しみなくするつもりだった。
そのアキトの頑張りが結果ナンバーワンホストという地位に押し上げてくれたのだ。
全て玲の為、玲との将来の為だった。
だが、玲が高校2年の時、突然連絡が取れなくなりアキトの前から消えてしまった。
玲の家に訪ねて行っても話を聞けるような状態では無かった。
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玲と連絡がとれなくなってから1年過ぎた頃、この街で玲を見かけた。
車だったアキトが停める場所を見つけている間に、その姿を見失い失望したが、玲がこの街にいるはずが無いと、見かけた姿を否定もしてみた。
真面目な玲がこんな不夜城のような街にいるはずが無い……その姿はぶらっと遊びに来た服装ではなかったから余計にそう思った。だがアキトは万が一の事を考えて次の日から玲を探し始めた。携帯の差し支えない画像を知り合いに見せ、情報提供も求めたお陰で意外と簡単に玲らしい男を探し当てる事が出来た。
オカマバーで裏方をしているらしいという言葉に再び玲じゃないと思った。玲を見つけたいと思う気持ちと、この街にはいて欲しくないという気持ちに挟まれ、アキトも珍しくイラついていた。店が終わる頃に気づかれないように、裏口で見張った。
数名のニューハーフに囲まれて、玲が裏口から出て来た。その姿形はアキトが知る玲に間違いないと思った。だがアキトはやっと探せた玲に声を掛ける事はせずに、その場を足早に去った。いや去ろうとした時に、その中の一人に見つかり声を掛けられてしまったのだ。
「夢苑のアキトー」目立たない格好をしていても、アキトはこの街には馴染過ぎていた。その声に玲と一緒にいた数人が振り返り、アキトに寄って来た。
だが玲だけは、興味ないようにその場所から足を動かそうとはしない。
「どうしたのぉこんな所で、たまには店に来てぇ」アキトを取り囲むように、しっかり営業をする辺りは水商売の人間たちだと妙な所に関心したが、当の玲は全くアキトに興味を示さずに早く帰りたさそうな顔を見せている。
「あんな可愛い子いつ入ったの?」アキトは一人に営業スマイルを見せながら聞いてみた。
「ああ、レイちゃん?ここだけの秘密だけど、あの子は久美ちゃんのいい人だから」
「え……?」
久美とはどいつだとアキトが顔を見回すと、それらしいニューハーフにぷいと視線を外された。
「レイ帰ろうか」とアキトから逃げるように玲の手を引いて、足早に去ってしまった。
とにかく玲の様子が少し分かった事をよしとして、アキトは「じゃ俺も。お疲れ様」と集団に声を掛けてから背を向け歩き出した。
内心の動揺を見破られる前に、この場から去らないととんでもない事になりそうだった。
「あの人誰?」玲はアパートに向かいながら、久美に聞いていた。
「ああ、夢苑のナンバーワンよ」
「夢苑?」当時の玲には馴染の無い名前だった。
「うん、この街で一番のホストクラブ、そしてそこのナンバーワンのアキトという男よ」
「ふーん」
アキトは自分の部屋に戻りあれは確かに玲だったと思った。だけど自分を見ての反応は全く思ってもいない態度で、間違いかと戸惑っていた。
「玲……」少しの間、アキトらしくなく頭を抱え目を瞑った。久美というニューハーフと付き合っている事も全く像像も出来ない。一緒に住んでいるのだろうか?と狼狽えてしまう自分に失笑する程に、アキトは揺さぶられていた。
それから時間を掛けて玲の事を調べさせた。何度か偶然を装って玲の前を通るが全く気付いてもらえない。この街一番の自分が空気のように扱われている。だが誰に無視されても本当は何でもない、玲さえ自分に気づいてくれればいいと願っても、肝心の玲はアキトに微塵の注意も払っていなかった。
そして一番気になったのは、久美という存在だった。それも調べた。玲と幼馴染だと調査結果が届いた時には、少しだけ安堵の吐息を吐いた。一緒に住んでいる以上何か関係があるのか。もし関係あったのならそれは、同性としての関係なのか異性としての関係なのか……アキトの心が休まる事はあまり無かった。
欲望に任せてどの女を抱いてもアキトが満たされる事は無かった。自分が一番欲しいものを手に入れられないもどかしさの中、月日は流れて行った。
アキトはずっと計画していた事を早く実現させたくて、懸命に働きナンバーワンの座もキープしていた。充分な資金を貯蓄しやっと自分の店を持てる。一度はこの街を去ろうかとも思ったが、玲の存在がアキトの足をこの街に留めた。
そして1週間前、玲の前に改めて姿を現し、周りを固めた。
愛しい存在が、今同じベッドの中で静かに寝息をたてている。めちゃめちゃに抱き壊したい気持ちを抑えて、アキトは堪えていた。自分がこんなに玲を好きな事を玲は何も分かっていない。それが辛いが、玲が女を抱けない体になってしまっていた事を違う意味安堵していた。
だから自分も耐えられると……もう玲以外を抱きたいとは思わない。この禁欲生活がいつまで続くか、いつ自分が獣になって玲に手を出してしまうか不安にならない筈が無い。
「彰人ぉ……もっと」可愛く強請る玲の声を早く聞きたい。16歳の玲は淫らに乱れ彰人を誘っていた。そういう体にしたのは自分だ、だが今の玲からは全く性的な匂いは感じられなかった。どちらかといえば、それを避けている、怖がっているという感じだった。
だが、本人や周りが言っているように本当に不能になったのだろうか?まだアキト自身でそれを確認はしていない。
眠る玲のそこに手を伸ばそうとしたが、アキトは理性を総動員させ自分の手を抑えた。
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車だったアキトが停める場所を見つけている間に、その姿を見失い失望したが、玲がこの街にいるはずが無いと、見かけた姿を否定もしてみた。
真面目な玲がこんな不夜城のような街にいるはずが無い……その姿はぶらっと遊びに来た服装ではなかったから余計にそう思った。だがアキトは万が一の事を考えて次の日から玲を探し始めた。携帯の差し支えない画像を知り合いに見せ、情報提供も求めたお陰で意外と簡単に玲らしい男を探し当てる事が出来た。
オカマバーで裏方をしているらしいという言葉に再び玲じゃないと思った。玲を見つけたいと思う気持ちと、この街にはいて欲しくないという気持ちに挟まれ、アキトも珍しくイラついていた。店が終わる頃に気づかれないように、裏口で見張った。
数名のニューハーフに囲まれて、玲が裏口から出て来た。その姿形はアキトが知る玲に間違いないと思った。だがアキトはやっと探せた玲に声を掛ける事はせずに、その場を足早に去った。いや去ろうとした時に、その中の一人に見つかり声を掛けられてしまったのだ。
「夢苑のアキトー」目立たない格好をしていても、アキトはこの街には馴染過ぎていた。その声に玲と一緒にいた数人が振り返り、アキトに寄って来た。
だが玲だけは、興味ないようにその場所から足を動かそうとはしない。
「どうしたのぉこんな所で、たまには店に来てぇ」アキトを取り囲むように、しっかり営業をする辺りは水商売の人間たちだと妙な所に関心したが、当の玲は全くアキトに興味を示さずに早く帰りたさそうな顔を見せている。
「あんな可愛い子いつ入ったの?」アキトは一人に営業スマイルを見せながら聞いてみた。
「ああ、レイちゃん?ここだけの秘密だけど、あの子は久美ちゃんのいい人だから」
「え……?」
久美とはどいつだとアキトが顔を見回すと、それらしいニューハーフにぷいと視線を外された。
「レイ帰ろうか」とアキトから逃げるように玲の手を引いて、足早に去ってしまった。
とにかく玲の様子が少し分かった事をよしとして、アキトは「じゃ俺も。お疲れ様」と集団に声を掛けてから背を向け歩き出した。
内心の動揺を見破られる前に、この場から去らないととんでもない事になりそうだった。
「あの人誰?」玲はアパートに向かいながら、久美に聞いていた。
「ああ、夢苑のナンバーワンよ」
「夢苑?」当時の玲には馴染の無い名前だった。
「うん、この街で一番のホストクラブ、そしてそこのナンバーワンのアキトという男よ」
「ふーん」
アキトは自分の部屋に戻りあれは確かに玲だったと思った。だけど自分を見ての反応は全く思ってもいない態度で、間違いかと戸惑っていた。
「玲……」少しの間、アキトらしくなく頭を抱え目を瞑った。久美というニューハーフと付き合っている事も全く像像も出来ない。一緒に住んでいるのだろうか?と狼狽えてしまう自分に失笑する程に、アキトは揺さぶられていた。
それから時間を掛けて玲の事を調べさせた。何度か偶然を装って玲の前を通るが全く気付いてもらえない。この街一番の自分が空気のように扱われている。だが誰に無視されても本当は何でもない、玲さえ自分に気づいてくれればいいと願っても、肝心の玲はアキトに微塵の注意も払っていなかった。
そして一番気になったのは、久美という存在だった。それも調べた。玲と幼馴染だと調査結果が届いた時には、少しだけ安堵の吐息を吐いた。一緒に住んでいる以上何か関係があるのか。もし関係あったのならそれは、同性としての関係なのか異性としての関係なのか……アキトの心が休まる事はあまり無かった。
欲望に任せてどの女を抱いてもアキトが満たされる事は無かった。自分が一番欲しいものを手に入れられないもどかしさの中、月日は流れて行った。
アキトはずっと計画していた事を早く実現させたくて、懸命に働きナンバーワンの座もキープしていた。充分な資金を貯蓄しやっと自分の店を持てる。一度はこの街を去ろうかとも思ったが、玲の存在がアキトの足をこの街に留めた。
そして1週間前、玲の前に改めて姿を現し、周りを固めた。
愛しい存在が、今同じベッドの中で静かに寝息をたてている。めちゃめちゃに抱き壊したい気持ちを抑えて、アキトは堪えていた。自分がこんなに玲を好きな事を玲は何も分かっていない。それが辛いが、玲が女を抱けない体になってしまっていた事を違う意味安堵していた。
だから自分も耐えられると……もう玲以外を抱きたいとは思わない。この禁欲生活がいつまで続くか、いつ自分が獣になって玲に手を出してしまうか不安にならない筈が無い。
「彰人ぉ……もっと」可愛く強請る玲の声を早く聞きたい。16歳の玲は淫らに乱れ彰人を誘っていた。そういう体にしたのは自分だ、だが今の玲からは全く性的な匂いは感じられなかった。どちらかといえば、それを避けている、怖がっているという感じだった。
だが、本人や周りが言っているように本当に不能になったのだろうか?まだアキト自身でそれを確認はしていない。
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