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悲願花

 04, 2011 00:00
「おーい、千夜ー!」
「譲二さん?」
「2年ぶりだね、千夜……また綺麗になったな」揶揄する大男は、アメリカ人と日本人とのハーフである氷室譲二(ひむろじょうじ)。
そして速水総合病院の廊下で思いっきりハグされているのは、この病院の事務員兼院長秘書の千夜である。

「ちょっと譲二さん、ここは日本ですよ」譲二の大胆な行動を咎める千夜の耳元で「ドクター速水がヤキモチ妬くかな?」と揶揄する。
はっきりと口に出して言われた事はないが、すっかり速水との関係がバレていそうだった。

「それより、どうして?」
「あれ?千里から聞いてないのかい?来週からこの病院で勤務する事になったんだよ」譲二は両手を大きく広げ、肩を竦めてみせる。
相変わらず仕草はアメリカ人である。いや流暢な日本語さえなければ何処から見てもアメリカ人だ。

弟千里は手術の後、半年をアメリカで過ごし森川の妻と一緒に帰国し、千夜と一緒に暮らしている。やっと平穏な生活が千夜兄弟に訪れ、その生活を兄弟仲良く満喫していた。
千里は現在、介護福祉士の資格を取得する為に勉強をしている。

「今日からお世話になるよ、宜しく千夜」改めて譲二に右手を差し出され、千夜も歓迎の笑みを浮かべ握手を返した。
「荷物は今日届くから……」
「は……い、何処に?」
「え、千夜のマンションに決まっているだろう?いやー楽しみだな。千夜と千里との3人の共同生活……うん楽しみだ」
勝手に盛り上がり院長室に向かって歩き出す譲二の後を慌てて追った。

「あのー譲二、俺には意味が……?」
「あれ?千里から聞いてないのか?そうかそうか、千里は忘れっぽいからなぁ」
豪快に笑われ、千夜は戸惑いながら大股で歩く譲二の背中を茫然と見ていた。


渋い顔の速水が神経質そうに机をトントンと指で叩いていた。
重苦しい沈黙に、千夜は掛ける言葉を探している。
その時ドアが軽快にノックされ、勢いよく千里が飛び込んで来た。
「ジョージ!」
「千里、会いたかったよ」千夜の時よりも、がっつりと体が絡み合っているように見える。
この1年半の間に、二人が直接会う事は無かったが、メールや電話で頻繁に連絡を取り合っていたのは、千夜も知っていた。
だけど、二人の抱擁を見ていると患者と移植アドバイザーという関係を超えているようにも感じてしまうのは自分が、速水とあんな関係にあるからなのだろうか?などとぼうっと千夜は考えていた。

「どういう事だ?」速水が千夜の腕を引き寄せ耳元で囁くように聞いて来た。
「俺にも何が何だか……」
速水が譲二に用意すると言った部屋を「宛てがある」と断ったらしかったが、その宛てが千夜のマンションとは聞いて驚くしかなかった。

「兄貴……ごめんね、内緒にしていて」
千里に改めて謝られてしまえば、千夜も弟に甘い兄だ、拒絶する言葉は出ては来なかった。
だがあの部屋は速水に用意してもらった部屋、勝手に同居人を増やすのも躊躇われた。
「あ、ああ……」自然と千夜の歯切れも悪くなる。
部屋の持ち主の件は千里にも話してある事だった。
だが速水との関係は詳しくは言えなかった……

「速水院長、いいですよね?ジョージもこの病院に勤務するんだから……」
千里が速水に向き直りそう確認してきた。
速水は苦虫を噛み潰したような顔で「まあ、いいだろう」と諦めたように答えた。千夜と同様に速水も千里には非常に甘い。

譲二が小さくガッツポーズをするのを千夜は、見逃さない。
千夜には今ひとつ、譲二の考えている事が理解できなかった。
「千夜、改めて宜しくー」そう言うと譲二はもう一度千夜を強く抱きしめた。
譲二にハグされながら、速水と視線がぶつかった。
(あぁ怒っている……)患者に対してはポーカーフェイスなのに、千夜には分かりやすい顔を見せる速水だ。
速水の不機嫌さをこれ以上酷くしない為に、千夜はそっと譲二の胸を押すようにして離れた。

千里の話だと、午前中に譲二の荷物が届いたらしい。
今更その荷物を何処かに運び出せとは、速水も言えない。
挨拶だけで勤務は来週からの譲二と、迎えに来たであろう千里が居なくなると、途端に速水の態度が変わった。

「千夜、今夜きっちり落とし前を付けてもらうぞ」速水は医者らしからぬ言葉で千夜を責める。
「え……だ、だって……」
千夜とて何も知らなかった事なのに、その責任を取れと言う速水に文句を言っても通用しないのは、ここ2年半近い付き合いで充分に分かっていても、つい言い訳がましい言葉が零れてしまう。
速水の言葉の意味は簡単に察する事は出来る。すっかり速水の色に染められた体が少しだけ夜を待ち遠しいと疼くような気がした。



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■ちょっと番外を書いてみました。何話になるかは不明です。



悲願花 2

 05, 2011 00:26
幸か不幸か今日の夕方から速水に予定は入っていなかった。
千夜が手伝い帰り支度をしている時に、速水の携帯が鳴った。
院内で使う携帯ではない、個人携帯の方が机の上で震動と共に鳴っている。
速水はシャツの袖口のボタンを留めている途中だったが、千夜は速水の携帯に触れる事は無かった。
今まで一度も触った事は無い携帯だ。『触るな』と以前から言われている。

すっと速水が近づき携帯を取り上げた。
「シロか……」
千夜はあの忌まわしい交わりの後に、一度だけシロと剛に会った事があった。
速水に連れて行かれた小劇場の舞台の上で、二人の姿を見た時には流石に千夜も驚きの声を上げた。
千夜が気づいたと知った速水は、黙って千夜の手を握ってきた。
その手の温もりと力強さに速水の横顔を眺めると「すまなかった」とその唇が動いた。

あの夜の出来事は辛いものだったが、あの夜があったから速水との結びつきも強くなった気がする。
お互い同じ痛みを共有しているような感じ、とでも言えばいいのだろうか?

「何……、分かった。ちょっと救急隊員と代われ」
速水の言葉に千夜は驚いてその顔を見た。
救急隊員と幾つか言葉を交わし、速水の病院に搬送するように指示を出し、電話を切る速水を不安な顔で千夜は見詰めた。

「剛が怪我をしたらしい、緊急オペになるかもしれない」
それだけ言うと、速水は内線で指示を出している。
白衣に着替え直した速水に付いて、千夜も後を追った。
暫くすると救急車のサイレンの音と共に、搬入口が賑やかになった。

「速水さん!」救急車から降り立ったシロが速水に縋り付いて来た。
そんなシロの肩に一度手を掛けてから、千夜を振り返り「シロを頼む」と声を掛けて、ストレッチャーに乗せられた剛に付いて処置室に消えて行った。

「シロさん……大丈夫ですか?」
「千夜君……剛が、剛が落ちて来た照明の下敷きになって……」
「大丈夫、速水先生に任せておけば……」
あの日の舞台の後に一緒に食事をして、シロが自分よりも1つ年下だと知った。
あんな事をされたのに、自分よりも年下だと分かれば何故か、シロの事も可愛く思えてしまう。

「千夜君、剛にもしもの事があったら……僕どうしよう……」
「大丈夫だよ」
シロは激しい動揺を隠せない、白く細い指が小刻みに震えていた。

暫くして処置室から速水が出てきて、これから緊急手術をすると伝えて来た。
「手術……」千夜とシロが同時に呟いた。
「大丈夫だ、背中に受けた傷が深いだけだ。手術は難しいものじゃない。千夜、シロを部屋に連れて行ってくれ」
「はい」

千夜は、手術室の前からシロを半ば強制的に院長室に連れて行った。
ソファに座らせ、飲み物を出してやりながら「ご家族に知らせなくてもいいの?」と聞いた。
シロはゆっくりと首を振り「僕も剛も家族はいない。僕らは同じ施設で育ったんだ……」と力なく言った。

「……そうだったんですか」
シロの動揺が激しかったのが何となく分かる気がした。
きっと二人は恋人同士という以前に、もっと深い部分で繋がっているのだろうと千夜は思った。

「僕は小さい頃からずっと剛を好きだったんだ……」突然シロがそんな事を語り始めた。
「でも剛は、昔は女の人が好きで一度は諦めて他の人と付き合ったりもしたんだけど、やっぱり剛の事を諦めきれなくて……」
「……そうだったんだ」穏やかな声で千夜が相槌を打つ。
「だから、僕の想いが通じた時は、凄く嬉しくて。ああ見えても剛って凄い上手い役者なんだよね。まだ日の目は見ないけど……こんな小さな舞台じゃなくて、もっと大きな舞台に立たせてやりたい」

そう、千夜もこの二人が役者だった事にあの日は驚いたのだ。
「だから、僕は剛の為なら何でも出来る」
千夜はそんなシロに過去の自分を重ねた。
「大丈夫、速水先生に任せて……」今の千夜はそれしか言葉を持たなかった。



「千夜君、ごめんね。取り乱して……千夜君のお陰で少し落ち着いた」
その言葉に、ようやく普段のシロの笑顔が見られた気がした。
千夜はシロに温かい珈琲を淹れ直しテーブルに置いた。
ありがとうと受け取りながら「千夜君幸せそうだね」と呟かれ、色々思い出し少し照れた顔で「はい……」と答えた。

「速水先生も俺様だから大変でしょう?」
「え、ええ……まあ」
「でもね、速水先生は千夜君の事凄く愛していると思うよ」
「……」その言葉にどう返事をしていいか千夜は戸惑った。
気分を紛らわそうとしているシロの気持ちも痛い程判るから、千夜はあまり触れられたくない話題にもイヤな顔を見せずに話に付き合っていた。

「ね、速水先生の携帯見たことある?」
「いえ、見るなと釘を刺されていますから……」速水の言いつけを破る訳には行かなかった。
「へえ……真面目だね千夜君は」普段と変わらぬシロの顔に少し安心しながら、千夜は「別に携帯を見た所で俺には関係ないですから」と答えるとシロが可笑しそうに「今度内緒で見てご覧」と千夜を唆した。

速水の携帯に何があるのか、考えた事もない千夜はシロの言葉に首を傾げながらも、壁に掛けてある時計の針をちらっと盗み見た。
手術が始まって1時間が経過していた。




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悲願花 3

 06, 2011 00:27
「まだ終わらないのかな……」シロも時間が気になったのか、ポツリとそんな事を呟いた。
その時千夜の胸ポケットに入れてあった携帯が振動で着信を知らせる。
一瞬ギクリとして携帯を取り出し、液晶画面を確認すると弟千里からの電話だった。

「あ……」今頃になって千夜は、譲二の歓迎会をする約束を思い出した。
剛の事故のせいですっかり忘れてしまっていたが、その前に速水に拘束されそうになっていたので、どちらにしても参加出来なかったかもしれない。

「千里?」
『兄貴まだ仕事終わらないの?折角の料理が冷めてしまうよ』
千里が通常の生活を送れるようになってから、一番初にやりたがった事は料理だった。それまでは食事制限付だったので好きな物を思いっきり食べられないし、食べた事のない料理もあったのだ。
それを取り戻すように、料理を覚え好きな物を食べている。
100%完全ではないが、普通の生活は充分に送れていた。

「千里ごめん、急な手術が入って院長がまだオペ中なんだ」
申し訳ない気持ちで、千里に詫びた。
『そうなんだ、速水先生も大変だね……』
長い療養生活で、医師の大変さも患者の大変さも千里は身を持って知っていたから、そういう緊急の予定変更でも文句を言った事は無かった。

「だから、譲二には申し訳ないけど二人で始めていてくれないか?」
『うん、分かった。兄貴今夜は帰って来られるの?』
「……まだ分からない、もしかしたら帰れないかもしれない」
『そう。何か僕に出来る事があったら電話して』そう言って千里からの電話は切れた。

「シロさん、ごめん弟でした」
「うん、僕に構わないでいいよ。弟さん、もう大丈夫なの?」
「大丈夫。それに今夜はアメリカから知り合いが来ているから……」
いや正確には遊びに来ている訳ではない、一緒に暮らそうとしている譲二を思い出し、千夜は内心頭を抱えていた。


それから30分程して、速水が手術着のまま部屋に入って来た。
疲れた顔でソファに凭れ掛かっていたシロが勢いよく立ち上った。
「速水先生!!剛は?」
「ああ心配するな、大丈夫だ。ガラスで切った痕は残るが、命に別状はない」
「あぁぁ良かった」急に力が抜けたのだろう、シロが膝から崩れ落ちた。
そんなシロを支え、「病室に行きましょう」と声を掛けた。

「特別室だ。だがあと30分は目を覚まさないぞ。後はお前が何とかしろ千夜」
一先ず特別室に運び入れたようだ。その辺のやり繰りは、もうすっかり千夜に任せても心配はいらなかった。
この病院に正式に就職してから現事務長と速水から病院経営の何たるかは叩き込まれていた。

「特別室だなんて……僕らはそんなに金持っていないよ」
シロが情けない顔で呟いた。
「お前らから金なんか取れるとは思っていないから安心しろ。千夜俺はシャワー浴びて来る」
そう言うと、速水は奥にある部屋に入って行った。

速水の言葉は、自分がシャワーから出る前にここに戻って来いという、千夜にしか分からない意味が含まれていた。
「シロさん、行きましょう」
そう言って千夜は、シロを剛の眠る部屋に案内した。
まだ麻酔が効いて意識は無いが、そう辛そうな表情ではなかった。それはシロも感じたのだろう安心した吐息を吐いて、ベッドの脇の椅子に座り剛の顔を覗き込んだ。
「剛……」点滴の針の刺さっていない方の手の平を、労わるようにシロは撫でていた。

「シロさん、任せていいですか?剛さんの目が覚めたら院長の携帯に連絡もらえますか?」
「うん、分かった。千夜君ありがとう」
「いえ、俺は何もしていないし……」そう言って千夜が微笑むと
「千夜君のお陰で僕も落ち着いていられた……ありがとう」
「じゃちょっと院長の世話に行ってきます。また後で」
「千夜君も大変だね……早く行った方がいいよ」
逆にシロに後押しされるように、千夜は病室を後にした。

急ぎ足で院長室に戻ると、まだ速水はシャワールームにいるようで安堵した。
着替えを用意して、洗面所に行くと「千夜か?」と中から声が掛かった。
「はい……着替え用意しておきましたから」と言葉を返す。
「お前も入って来い」
「……」手術の後に繋がる事は度々あったが、今日のように知り合いの場合は何となく気が引ける。

ドアの前で躊躇っていると、ガタンとその扉が中から開けられた。
「え……あ……」突然の事で千夜は固まったままでいると「何俺とは入らないで、家に帰ってから譲二とでも入るつもりか?」などと聞かれる始末だ。

「どうして譲二が?」ここで出て来るのだろうか?と思ってしまう。

「風邪引きますよ……」扉を開けたままの速水に向かって言うと、突然服を着たままなのに引っ張り込まれてしまった。
「ちょ、ちょっと待って」千夜は携帯やメモ帳が入っている背広を慌てて脱ぎ捨て洗面台に放った。
「素直に入ってくれば濡らさなくて済んだものを……」などと溜め息混じりに言う速水に少し腹を立てる。
濡れたワイシャツが肌に纏わり付き気持ちが悪かった。
千夜は、濡れたシャツのボタンを上から順番に一つずつ外す。
もう以前のようにボタンを外す指先が震えて手間が掛かる事は無かった。

全部ボタンが外れたのを見計らっていたのか、速水がそのシャツを袖から抜いた。
千夜がベルトを緩めると同時に速水の大きな手がその中に差し込まれる。
「あっまだ……」下着の上からその形を確かめるように、速水の手の平が千夜を弄り始めた。
「あ……っ」千夜は反射的に腰を引くが、速水の指は適格に千夜の感じる箇所に触れてくる。

「千夜……俺の部屋に越して来い」
「え……?」驚いた顔を上げた千夜の足元に抜き取られたベルトが音を立てて落とされた。





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■すみません、やっと更新です。コメントのお返事相変わらず遅れています。

悲願花 4

 09, 2011 00:18
「越して来いってどういう意味ですか?」
速水はさらりと、もの凄い事を言っているような気がした。
「あの部屋は、千里君と譲二に住まわせろ」
「で、でも……」あの二人だけで同居させる事は千夜にとって、とても不安な事だった。

「お前がいても邪魔なだけだ……」
速水は言葉を続いているが、指先は千夜の体を弄っていた。
「邪魔?俺が?」
「お前もとことん鈍い奴だな、あの二人は好き合っている」
「え……千里が譲二と?」
兄弟のように仲が良いと感じていたが、それが性愛に繋がるものだとは千夜は考えていなかった。

「あ……っ」速水の指が千夜の胸と尖りを指の腹で転がしている。
「本当は、譲二は千里君と一緒に日本に戻って来たかったんだ。だが仕事の引き継ぎや担当している患者の事で、戻るのに1年半もかかったんだ」
水面下でそんな工作をしていた事も、千夜は初耳だった。

(千里が譲二と……)
千夜にしてみれば、実の弟まで男とそんな関係になるのが信じられなかった。
いや、信じたくなかった……

―――もう自分は速水のいない生活は考えられない。
精神的にも肉体的にも速水と離れたくは無いと思っていた。
だが、千里は別だ……
やっと普通の生活が送れるようになった千里は、いつか女性と結婚して子供のいる暖かい家庭を築いて欲しかった。
自分のような思いは千里にはさせたくなかった。

茫然としている千夜の体を速水は綺麗に洗っていた。
何も考えたくなくて、千夜はただ速水に身を任せていた。
シャワーの湯で洗い流された泡が足元に流れ、消えて行く様子を黙って見ていた。

大きなバスタオルで体を拭かれ、プライベートルームに連れて行かれベッドに腰を下ろした時に、初めて今の状況を呑み込めた。

「千里君と譲二が俺たちみたいな関係になるのは嫌か?」
「……はい」
「そうか……」速水の声が幾分沈んだ声だったのを気づいたが、今の千夜は速水を気遣う余裕は無かった。

「千夜、お前は今幸せじゃないのか?俺と一緒にいて不幸か?」
「え……?」千夜は不幸とか感じた事が無かったが、改めて尋ねられれば即答で「幸せ」とは答えられなかった。
千里の事がなければ、即答したかもしれない……

自分の立場は棚に上げている事は重々承知している、だけど弟の事は別問題だ。
「……千里に聞いてみます」
千里に本当の気持ちを聞いてみたい、もしかしたら速水の勘違いかもしれない。
千夜はそう思いたかった。

せっかく子供を持てる体になったのに……
(母さん……)
千夜は速水に押し倒されながら、無念に亡くなった母の気持ちを思った。


ふいっと速水が千夜の体から離れた。
「今のお前は抱きたいとは思わない。帰りたかったら帰れ」
怒っているのか、呆れているのか速水はそう言い捨てた。
「ごめんなさい」
速水が不機嫌だからと言っても、今の千夜は体を繋げる気持ちになれなかった。

速水はバスローブのままで、ベッドの上に疲れたように体を投げ出していた。
千夜は、この部屋に置いてある自分用の着替えをクローゼットから取り出し、身支度を整えプライベートルームから出た。
本当は、速水を拒む自由など千夜には無い事は分かっている。
だけど千里の事がはっきりしない以上、身を任せる気にはならない。

千夜が院長室に戻ると、丁度速水の携帯が鳴った。
(シロかもしれない)そう思うと、つい千夜は速水の携帯に手を伸ばした。

「もしもし」思った通りシロの声だった。
「千夜です、剛さん意識が戻られましたか?」
「うん、戻った!ちゃんと喋れるし、僕の事も覚えている」とシロは嬉しそうに言った。
「いや、傷は背中だから……」千夜も呆れて失笑した。

「あれ?これって速水先生の携帯でしょう?大丈夫なの?」
「あ!拙いかも……」咄嗟に出てしまった携帯は速水の物だ。
「でも、もう出てしまったのは仕方ないね。先生にも伝えておいて」
そう嬉しそうにシロは言って電話を切った。

千夜は、手の平の中にある携帯電話をどうしたものかと、持て余した。
パタンと電話を閉じたが、手遊びするように何度か開けたり閉じたりしていた。
さっきのシロの言葉が頭の隅に残っていた。

つい千夜は携帯を完全に開いた。
「……」そして慌てて閉じた。
そして、もう一度開き、携帯の待ち受け画面をじっと眺めた。
パタンと音を立てて、再び閉じる―――

「い……いつの間にこんな写真」
そこにはもう何年も着ていない、白袴姿で笑顔の千夜が収められていた。
まだ何も知らなかった頃の千夜だ……笑顔に曇りが無いと自分でそう思ってしまった。
(俺の笑顔は曇ってしまったのだろうか?もうこんな顔で笑えない……)


「シロは何だって?」
いつの間にか入口に速水が立っていた。
千夜は速水の携帯を握り締めたまま、言葉に詰まった。




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■色々な事のお返事が遅れています。ごめんなさい。
明日は余裕がありそうです。

悲願花 5

 10, 2011 10:27
「あ……」速水の声に千夜は、手にした携帯を今更戻す事も出来ないで、固まった。
「ごめんなさい、シロさんかと思ってつい出てしまいました」
千夜は、そう言って携帯を速水に向けて差し出した。

「見たのか?」真っ直ぐに目を見る事が出来ない千夜は、その声だけでは速水の感情を読み取れなかった。
「……はい、ごめんなさい」
少しの沈黙が、千夜にとってはとても長い時間に感じた。

「まあいい」吐息混じりの声に千夜の身が竦んだ。
「あの時、俺はお前に惚れた」
「え……っ」
千夜はどさくさに紛れて、とんでも無い告白を聞いた気がした。
お互いの気持ちは2年前に伝え合っていたが、まさか画像として当時の千夜が今でも残されている事に驚きを隠せなかった。

「自分でも……いい顔で笑っているなぁって思いました。けど……」
「けど?」
「いえ……」
奨学金で大学に通い、空いた時間の殆どはアルバイトに精出していた。
幽霊部員の千夜は、その実力を買われ大会にはどうしても出場してくれと頼まれる。
千夜も、人並みに大学生としての思い出も欲しくて、時間を作って出場していたのだ。
苦学生だったが、充実した時間は過ごしていた。

剣を振っている時は何もかも現実を忘れられた。ましてや、試合ともなれば熱も入る。そんな中、良い結果を出せれば自然と笑顔も輝くのだろう。
―――もうあの笑顔は無理だ……
そう思った瞬間に速水に腕を取られ引き寄せられた。
「心配するな、お前の笑顔は曇ってなんかいないから」
千夜の不安を見透かしたような言葉に苦笑してしまう。
「外科医じゃないのかよ……」千夜には珍しく悪態めいた言葉を吐いた。
「ああ、千夜専用の精神科医だ」
「ばか……」
千夜は、そう呟いて速水の背中に腕を回した。

「千里君の事は心配するな、あの子は千夜とは違って真正だ」
「何それ?」
千夜は速水の肩に顔を乗せたまま聞いた。
「まだ千里君が中学生の頃に相談を受けた事がある。『僕、若い看護師さんよりも若いドクターにドキドキするんだけど、病気かなぁ?』って」
「千里がそんな事を……?」
千夜は自分には何も言っては来なかった事を少し不満に思った。

「他人だから聞ける事もあるんだ」
「やっぱ外科よりも精神科が合っているんじゃない?」

「千里君よりもお前の方が心配だ……」
「え……?」
「お前は……俺が無理に開発した。いつか気持ちが女性に戻ってしまうんじゃないかと、俺はいつも不安だ」
初めて聞いた速水の不安な声に千夜は驚いて顔を引き、速水の顔を正面から見た。
「速水さんでも、そんな事思うんだ?」
自信家の速水とは思えない言葉に率直な意見を述べた。

「当たり前だ、俺だって今は人間だ」
その言葉に、以前に聞いた速水の告白を思い出した。
この男は父親に機械のように育てられた事を……

「ごめん……でも俺も、他の男をそういう目で見た事もないけど、女の人をそういう目で見た事もない」
そう答えながら千夜は改めて、誰かを性愛の対象に見た事はない事に気づいた。
「俺も相当だ……」自嘲気味の言葉が自然と千夜の口から零れた。

「何が相当なのだ?」訝しがって速水が尋ねた。
「俺も相当……速水さんに惚れているって事だよ、うっ」
言い終わらないうちに、千夜の口は速水に塞がれてしまう。

何度も絡められた唇が離され「鎮まったのに、火を点けるお前が悪い」と速水が耳元で囁く。
「先生、剛さんの所に行かなくていいんですか?」
千夜は理性を奮起して、そう囁き返した。
「くそっ……」
そう呻いて千夜を乱暴に離し、速水は身支度を整える準備をした。
「俺が戻って来るまで帰るんじゃないぞ」
「シロさんに何か必要な物が無いか聞いてきて下さいね」
「全くお前もお人よしだな……」
呆れたような言葉を残し速水が部屋を出て行った。
(貴方には敵わないよ……)心の中で千夜は呟いた。

千夜は事務長に見せてもらった帳簿に孤児院への寄付があるのを知っていた。
今夜シロから聞いた孤児院と同じ名称だった。

速水が居ない間、千夜は千里に電話を掛けた。
「ごめん、今夜は帰れそうにない、知り合いが怪我をして担ぎ込まれた」
「そうなの、で大丈夫なの?」
先に怪我人の心配する弟が好きだと、千夜は思った。
「ああ、無事手術も終わって、意識も戻った。今院長が様子を見に行っている」
「良かったぁ。じゃ帰れないのも仕方ないね、先生にもお疲れ様って伝えておいてね」
「分かった。……それで譲二は?」
「変わろうか、ちょっと待って」

電話口で譲二を呼ぶ声の甘さに千夜は気づいた。
「もしもし、あれから緊急オペだったんだ?」
譲二も病院関係の人間だ、緊急オペの大変さは知っている。
「はい、だから今夜は帰れません。せっかく譲二が来たのに」
「俺の事はいいよ、速水ドクターのケアを頼むよ」
その声に厭らしい気持ちは含まれていない事に千夜は安堵した。

「はい、今度ゆっくり飯食いましょうね」と千夜は電話を切った。
携帯を握り締めソファに深く腰を下ろした。
千夜は、速水に言われた千里の事が気になって仕方ない。
自分の事はすっかり棚に上げているとは思っても、やはり諦めきれない千夜だった。




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悲願花 6

 11, 2011 00:00
「剛は大丈夫だ」30分程して速水がそう言いながら部屋に戻って来た。
「今夜はどうするんですか?ここに泊まります?」
「いや、自宅に帰る。その方がゆっくり眠れるからな……」
その言葉に千夜は、剛の容体が落ち着いている事を再認識して安堵の吐息を吐いた。
「さあ、帰るぞ」
「はい、シロさんに聞いてくれましたか?」
「ああ、明日でいい」
「そうですか」

「千夜は何処に帰る?」
「俺はもう、今夜は帰れないと連絡しました」
速水の弱い部分を見せられて、それでも自分の部屋に帰りたいとは言えなかった。
「そうか」珍しく嬉しそうな顔を千夜に見せる速水に、自分の選択は間違っていなかったと思った。

「飯食って帰るぞ」ご機嫌な声の速水に苦笑しながら千夜は、速水の後に続いて院長室を後にした。
途中和食の美味い店で夕飯を済ませ、千夜は速水と一緒に速水のマンションに着いた。

「風呂どうしますか?」
病院で簡単にシャワーを浴びただけの速水に声を掛ける。
「一緒に入るか?」
「……いいですよ。じゃ支度して来ます」
あっさりと承諾する千夜に速水は少々意外な顔を見せるが、千夜はそのまま浴室に消えた。

風呂は通いのお手伝いさんが綺麗に掃除を済ませてくれている。
千夜は湯を溜めるだけで良かったのだが、浴槽の縁に腰を下ろし溜まる様子を見ていた。
浴槽に満たされるまで、じっと水面を眺めていた。
しばらくして速水を呼びにリビングに戻ると、ソファにもたれ掛かり軽い寝息をたてている速水を見た。

余程疲れているのだろう、起すのも忍びない気がしたが、きちんとベッドで寝て欲しかったから、肩に手を掛けてそっと呼びかけた。
「爽輔……」
その頬をそっと指で撫でた。
今更自分はこの男と別れる事など出来ない……
だけど、未来は無い……

「千夜……」瞼を閉じたままの速水に名前を呼ばれ、千夜は指を離した。
「俺から離れて行くなよ」
何故か今日の速水は、弱気な発言が多いような気がする。
きっと千夜の心の奥底にある不安が速水にそんな事を言わせているのかもしれない。

千里と譲二の事を徹底的に反対するとすれば、千夜も速水と別れなければならない。
速水との切欠を千里に知られてはならない。
「男同士の何が悪い?」
「……未来がありません」
「どうすればお前の全てが手に入る?」
「俺の全てなんか、もうとっくに手に入れているじゃありませんか?」
千夜は、一生掛かっても返せない借金を速水にしているのだ。

「風呂に入って来る」速水は急に立ち上り、浴室へと行ってしまった。
迷った挙句5分程時間をおいて、千夜も浴室に入った。
千夜が入って来た事に少し驚いた顔を見せた速水だったが、黙って広い浴槽に浸かっていた。
シャワーで簡単に体を洗い、千夜は二人で入っても余裕のある浴槽に体を沈めた。

「千夜、こっちへ来い」
速水に導かれ千夜はその腿に跨るように座った。
正面から抱き合う体勢で千夜は、速水の顔を見詰めた。

速水の手が後頭部に触れ、千夜の顔を引き寄せる。
重なった唇は直ぐに開かされ、速水の蠢く舌を受け入れる。
速水の色に染められ開発された体が反応を示すには、時間は掛からなかった。
速水の体も同じように反応している事が、逆に恥ずかしかった。

「千夜……」
浴室で聞く声は、千夜の鼓膜に心地良い響きを与えてくれる。
「爽輔……」
「抱いてもいいか?」
許可を求める癖は出会った頃から変わらない。
「ここで?」
「ああ、今直ぐに抱きたい」
「逆上せるから……」

速水の指が背中に回り、背骨の形を確認するかのようになぞって行く。
「あ……」
背中にも千夜の性感帯が隠されている。
背中を反らせる事で、速水とより一層体が密着してしまい千夜は慌てて身を引いた。
「2年半も抱いているのにまだ慣れないのか?」
速水がまた淋しそうな顔を見せる。

「いや、ただ恥ずかしいだけだから」
千夜の背中をなぞっていた指が、狭間に降りた。
「あ……っ」
その指が奥を目指しているのが分かって、今さらながら腿を跨いで座った事が失敗だと気づいた。
速水の指は簡単に開いた孔を探し当て、撫で回す。

「あぁ……」
ぞくりとする感触に湯の中でさえ体が粟立つ。
入口を解すように、そっと動く指先に嫌悪も不安もなく、待ちわびているような気がした。
「やはりベッドに行くか?」
速水の言葉に千夜も濡れた目で頷いた。
(俺は駄目だ……この人が好きだ)
自分こそ、失うのが怖いんだ。

千夜と別れても速水は何も困らないと思った。
速水の地位と経済力をすれば、新しい相手など直ぐに見つかるだろう。
惨めに捨てられるのは自分だ……

「早く……ベッドに行きたい」
「珍しく積極的だな」速水が少し余裕を見せて揶揄する。
今は、千里の事も将来の事も何も考えないで、快楽に身を任せたい。

その夜今までで一番乱れたかもしれない自分の痴態を、千夜は速水に見せてしまった。




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悲願花 7

 14, 2011 01:08
翌日千夜は、だるい体に鞭打ちながら仕事をこなした。
「大丈夫か?」すれ違いざまに速水が耳元で囁いて行くのが、腹立たしくもあり恥ずかしくもある。
何かを忘れるように強請った自分の全てを速水は受け入れてくれた。
揚句の果て「悩んでいる千夜は可愛いな」などと言われてしまった。
逃げても仕方のない事なのに、千里と向き合わない日々が続いた。

そして、明日から譲二が勤務するという夜、千夜は譲二に呼び出されバーのカウンターに並んで腰を下ろしていた。
勿論速水には、譲二と会う事は伝えてある。

「俺は、千夜とゆっくり話がしたいと思っていた」
「すみません……」
「千夜は、俺があの部屋に住む事は反対なのか?」
「反対という訳ではありませんが……」
「が?」はっきりしない千夜にアメリカで育った譲二はイライラしているかもしれないと千夜は、申し訳ない気持ちと、そう感じるのなら出て行って欲しいという気持ちが交差していた。

「譲二さん、正直に答えてくれますか?」
「俺はいつでも正直だよ、可愛い千夜」
からかいながら、千夜の頬をツンと突く譲二にあからさまに不快な顔を千夜は見せた。
「ああ、悪い、あまりにも千夜が真面目な顔をしているから苛めたくなった。続けて」

「譲二さんは、千里の事をどう思ているのですか?」
「千里の事?勿論可愛いと思っているよ」
「それだけですか?」
もしかしたら、千里の片思いなのかもしれないと、千夜は淡い期待を持った。

「可愛いくて、愛しい……」
「……」
「俺たちは愛し合っている」
(愛し合って……)
譲二の言葉は、千夜の一縷の望みを粉砕してしまった。

「千夜?君もドクター速水を愛しているのだろう?」
「……千里には、普通の生活を送って欲しかった」
「どうして?男同士愛し合う事が悪いと千夜が言えるのかい?」
「悪いとは言っていません、ただ……」
千夜とて自分の気持はエゴや我儘で、勝手だとは重々承知しているのだ。
そんな千夜の肩に譲二が腕を回して来て、千夜を抱え込むように話し始めた。

「でも、まだ抱いていないから」
「え……?」
不規則な千夜に比べて時間は充分にあったはずだ、千夜はもうとっくに二人はそういう関係になっていると思っていた。
「何もしていないとは言わないよ、でも最後までは行ってはいない」
「それは、千里の体の事を考えての事ですか?」
もしかしたら、まだそういう行為は体に負担が掛かり、良くないのかと違う意味で心配をしてしまう。

「いや、体はもう問題は無い」
「じゃ何故?」
千夜の素早い質問に譲二が含み笑いをしている。
「千夜、君は賛成なのかい?それとも反対なのかい?」
そう揶揄され、千夜は顔が熱くなるのが分かった。
自分の言っている事は支離滅裂だ。

「千里がね……」
もしかして、千里がそうなる事を拒んでいるのかもしれない。
また千夜の気持ちが期待に膨らんで、譲二の次の言葉を待った。

「千里が、兄貴に……許してもらうまでは、駄目だって」
「千里がそんな事を……」
「『兄貴には返せない程の恩がある、償いきれない程の罪がある……僕は兄貴が駄目と言えば、生きる事も愛する事も止められる』って言うんだ……」

自分の前では、とても明るく朗らかな弟がそんな事を考えていたとは、千夜は驚くと同時に胸が締め付けられるような痛みを感じた。
自分以上に罪の意識を感じている千里が、不憫で仕方なかった。
「千里……」ずっと病弱で、好きな事も出来なかった千里に、好きな事をさせる為の手術じゃなかったのか?
千夜は理想だけを押し付けようとしていた自分を責めた。
千里には誰よりも幸せになって欲しかったのに、危うくその幸せを一番望んでいる自分が壊してしまう所だった。

「譲二……幸せの形は色々だよね。千里は千里の幸せを見つけて欲しいって伝えてくれないですか?」
「千夜……許してくれるのか?」
「許すなんておこがましい事だと気づきました。千里の人生だから……今まで辛かった分幸せになってくれって伝えて下さい」
「オッケー!千夜ありがとう」
「譲二……千里を宜しくお願いします」
千夜は立ち上り譲二に頭を下げた。

カラン―――優しい音が来客を告げる。

「千夜、話は終わったか?」
まるで会話を聞いていたかのように速水が店に入って来た。
「はい、終わりました」
「そうか、じゃ帰るぞ。譲二明日から仕事だ、色々慎めよ」
速水はそれだけ言うと、千夜を促した。
「譲二さん、俺は近いうちに速水院長のマンションに引っ越します。」
「千夜……俺たちが追い出した事になるのかい?」
言葉は真摯だが、譲二の目は笑っていた。
「いいタイミングだ」千夜の代わりに速水が答える。
そんな速水をちらっと見て、千夜は複雑な笑みを浮かべた。

「幸せにならなきゃ生きている意味は無いからな」
その速水の言葉は誰に向けた言葉なのだろうか?と千夜は思ったが、きっと全員だ。
皆が幸せになれる方法があるのなら、素直にそれを受け入れればいい事なのだ。

速水がドアを開け、千夜の背中に手を添えさり気無くエスコートする。
鬼畜な癖に紳士で、冷たい目をしているのに触れると暖かくて……

千夜は速水に並び車まで歩きながら、「迎えに来てくれてありがとう」と呟くように言った。
少し飲んでいる千夜が今夜は助手席に座った。
「すみません、飲んでしまって……」
「珍しいな」普段殆ど飲まない千夜に速水は、そんな言葉を掛けた。

「まあいい、ほろ酔いのお前もまた違う味がするだろう」
「え……?」部屋に戻ったら、きっちり喰う気満々の速水の横顔を眺めた。
その時千夜の携帯が胸ポケットで震動した。
見ると千里からのメールが届いていた。

『お兄ちゃん、ありがとう。僕は譲二が好きだよ。
生きていて良かった……許してくれてありがとう。僕凄く幸せだよ』
(千里、幸せになろうな……)
千夜は、流れるテールランプがまるで彼岸花のように見え、窓の外をじっと眺めていた。
(母さん、ありがとう。俺と千里を産んでくれて……ありがとう)




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■悲願花は今回の話で終わりになります。
読んで下さってありがとうございました。

譲二と千里もちゃんと出来るか……見届けなければなりませんので(笑)
悲願花の番外として、1・2話書こうかな?と思っています。

最近夏バテ気味で、更新時間が不定期になるかもしれませんが、
時々チェックして下されば有難いです。


■お知らせ■

「小さな愛の芽吹き」のくっく様が、7月に目出度くブログ開設1周年を迎えられました。
1周年おめでとうございました!

最近は更新をさぼりがちな彼女ですが(笑)学業が忙しいかと思いますので
皆様も暖かい目で見守って下されば私も嬉しいです。
お若いのに、とてもしっとりとした素敵な話を書かれます。
が!まだ数が少ないですwww

今回私が以前ここでリレー小説として書いた話の、そのまた続きを
お祝に書かせてもらいました^^
ファンタジーと呼ぶにはあまりにも稚拙なので、ファンタジーもどき?とでもいいましょうか?

お恥ずかしいですが、くっく様がブログで公開して下さいました。
漆黒の黒天使「魅羅」というタイトルです。
宜しかったら、読んで下さいネ!

(悲願花番外) 証 前編

 15, 2011 01:36
「いやっ、止めてジョージ」
涙目の千里は、とうとうベッドの上で壁際まで追い詰められた。
「千里……俺は止めないよ」
そう言って譲二はじりじりと千里に滲み寄って行った。
「お願い……許してジョージ」瞬きした時にボロボロと涙も零れ始めた。

「千里、泣かないで……愛しているから。全てを愛しているから」
困った顔で譲二は千里の頬に手を伸ばそうとすると、千里の肩がびくんと震えた。
「……」譲二の目に悲しみの色が広がり、黙ってベッドを降りた。
「……ジョージ」譲二のその行動に千里の涙は一層止まらなくなってしまう。

「ジョージごめん、僕も愛しているんだよ……」
一人のベッドで千里はそう呟きながら、胸元を掻き合わせた。
好きだからこそ見せられないのだ、醜い傷跡を。

今まで譲二とは、いっぱいキスをしてペニスを触ってもらった。
自分の手ですら経験の無かった千里に初めての快感を教えてくれた。
アメリカの病院で初めて譲二を見た時に、胸がドキリと高鳴りその優しさと明るさに、どんどん惹かれていった。
譲二が胸の大きい綺麗な女性のドクターと仲良く立ち話をしているのを見かけ、病気では無い胸の苦しみを感じた。

これが恋なんだと気づいたのは、急なオペになると告げられた時だった。
不安でいっぱいになった千里の手をとり、励まし頬に優しくキスをしてくれた。
「大丈夫だ、千里。手術は必ず成功する。本当ならその可愛い唇を奪いたいところだけど、それは手術後にとっておくよ」
冗談ともとれる言葉に千里は頬を染めながら「お守りちょうだい」と強請った。

すると譲二は、千里の白い手首の内側の柔らかな皮膚に唇を付けた。
「痛い……」千里はその痛みが譲二に吸われている痛みだと直ぐには気づかなかったのだ。
「ほら、俺からのお守りだ」
そう言われ千里はそっと、自分の手首を見た。
日に焼ける事を知らない白い肌に、赤い花びらのような痕が付いていた。
「綺麗……」つい零れた千里の言葉に譲二の頬が緩んだ。

「それ1週間は消えないから覚悟しておいて」
「うん、お守りありがとう」
「もう直ぐ、千里のお兄さんもこっちに到着するから頑張るんだぞ」
「うん……」千里は微かに微笑んだ。


「ジョージ……ごめん」
気を取り直して千里がリビングに行くと、譲二はソファに深く凭れ掛かっていた。
「千里、俺も大人気なかった……こっちにおいで」
譲二は大人の余裕を見せて、千里の手を引き膝の上に座らせた。
「そんなにイヤ?」千里の顔を見上げるようにもう一度尋ねた。
「だって……醜いから……」
好きだからこそ見られたくは無い……胸に走る傷跡を。

「千里、俺に悪いと思っているのなら千里からキスして」
キスはもうどちらからでも沢山交わしてきた、千里は慣れた様子で譲二の顔に唇を近づけた。
長く絡めるキスを交わしている間に、譲二の手の平が千里の胸元に差し込まれた。
「えっ?」シャツの裾から忍び込んだ指先は直接千里の胸の小さな粒を抓んでいる。
「あ……」初めて受ける刺激に、千里が小さな声を漏らした。

「ここ気持ちいい?」
「な、なんか変な感じ」
すると譲二は、指の腹で触れるか触れないかの微妙な刺激を与えて来た。
それがもどかしいと感じ始めた時に次は強めに捏ねられる。
「あぁん……」自分の声が恥ずかしくて千里は譲二の胸に顔を埋めた。

「……ちゃんと元気に動いている」
譲二の大きな手の平は、千里の胸の……心臓の上にその響きを確認するかのように広げられていた。
「うん、僕……生きているよ」
「千里は、俺が同じようにボロボロな体になったら、俺から目を背けるのか?」
「まさか!どんな姿になってもジョージはジョージだよ」
「千里……俺の気持ちが分かるか?」
「……ジョージ、ごめんなさい」
千里はもう何も抵抗すまいと思った。この人なら自分の全てを受け入れてくれると分かっていたのに、それ故の抵抗があったのだ。

「ジョージ、僕の全てを見てくれる?」
「ああ、千里の全てを隅々まで見せてもらうよ」
少し揶揄するような言葉に千里は顔が熱くなってしまうが、勇気を奮ってシャツのボタンに手を掛けた。
自分で外さなければ意味が無いから、頑張ってゆっくりと外して行く。

時間を掛けて全てのボタンを外し、シャツを肩から落した。
「ジョージ……」
今まで絶対見せてもらえなかった千里の胸は醜いというよりも、痛々しかった。
でもそれ以上に愛しさが募り、譲二はその縦に走った生きている証に唇を寄せた。
「あ……っジョージ……」

(千里を生かせてくれてありがとう)
譲二は、胎内に埋め込まれた母の心臓に語りかけるように、波打つ皮膚の上にも唇を寄せる。

そして儀式は終わったと言わんばかりに、譲二の動きが変わった。
「千里、愛しているよ。千里とSexしたい」
「ジョージ……僕も……ジョージと……シタイ」
最後は蚊の鳴くような情けない声になってしまい、千里は顔を上げられなかった。
「聞こえないよ、千里。もう一度聞かせて」
「もうっ」全くジョージという男は、デリカシーがあるのか無いのか分からない。
そう拗ねたような顔を見せながらも、千里は再び囁いた。
「ジョージ、僕を抱いて……僕もずっとジョージとSexがしたかった」
千里の小悪魔のような言葉に譲二は、そのまま千里を抱き上げ寝室へ運び、壊れ物のようにベッドにそっと横たえた。




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(悲願花番外) 証 後編

 16, 2011 00:00
千里の充分に解された小さな蕾に譲二の逞しいペニスが押し付けられた。
「……ぁ」その熱を感じ千里が小さく慄き目をぎゅっと瞑った。
「千里、俺の顔をちゃんと見ていて」
「ん……」返事だけは小さく返すものの、千里はその瞳を開けようとはしない。
「千里、千里……俺は譲二だ、千夜じゃない。だからきちんと顔を見て」

譲二の言葉に驚いたように千里が目を見開いた。
「ジョージ……どうして?」
どうしてここで兄千夜の名前を出すのかと、千里は睨むように譲二を見上げた。

「好きだったんだろう?千夜の事を?」
「あ・兄貴だから好きに決まっている」
「それだけ?」
「……」
譲二に問い詰められて千里の言葉が詰まった。
自分は実の兄をそういう目で見ていたのだろうか?と自問自答してみる。
千里にとっては、4つ違いの千夜は誰にでも自慢できる素敵な兄だった。

「兄貴だから……」
それは譲二に言っているのか、自分に言い聞かせているのか千里には分からない。
自分が女性よりも男性に心が動かされる事を自覚したのは中学生の頃だった。
若いドクターを見てドキドキした事もあったが、一番心が揺れたのは兄の笑顔を見た時だった。
間違っている……何もかも間違っていると思っていたけど、兄が見舞いに来てくれる予定の日は朝から待ち遠しくて仕方なかった。
だから、無理を言っていると分かっていても、発売日に漫画本を強請ってしまう。

兄の全てが好きだと思った。ただそれが重傷のブラコンなのか、もっと違う感情なのかを知るには、千里はあまりにも子供過ぎたし非力だった。

「俺と千夜が溺れたらどっちに手を差し伸べる?」
意地悪な譲二が究極の選択を聞いてきた。
「……僕は……」
「その時は迷わずに千夜を助けろ」
譲二は真っ直ぐに千里の目を見てそんな言葉を吐いた。
「ジョージの馬鹿、僕はきっとジョージの手を取る」
千夜の手を取る人はいる……
速水と千夜の仲を気づいた時には、かなりショックを受けた千里だったが、今は心から祝福している。そう思えたのはきっと譲二の存在がもう心の中で兄よりも大きかった為だと思う。
兄とは正反対の譲二だが、だからこそ惹かれたのだと思う。

「千里……」
「ジョージ、僕の初恋は兄貴だったけど、今はジョージが大好き。愛している」
「千里、本当かい?」
「そんな事も分からないの?」
「いや、知っていたよ」
きっと譲二も心のどこかで不安に感じていたのだろうと思う。

「挿れるよ……」
「……うん」
千里が小さく頷くと、ゆっくりと熱く昂ぶった譲二の楔が打たれて行く。
「あぁ……」無意識な呻き声を聞き譲二が千里の髪を梳いた。
「大丈夫?」
「うん、だから続けて」
譲二が千里の体に負担が掛からないように体勢を整え、体を先に進めた。
千里は唇を噛んで、その瞬間をやり過ごそうとしている。
「ううっ……」
「千里、大きく息を吐いて」
譲二の言葉に合わせて、千里が肩で息をすると、その隙を突いて譲二の切っ先が胎内に埋められた。

今まで数多くの痛みや苦しみは経験してきたつもりだったが、初めて知る痛みの種類に千里は生理的な涙を零す。
千里の零した雫を譲二の熱い舌が舐めとって行く。
「ジョージ……ジョージ」
熱に浮かされたように譲二の名前を連呼する千里の胸を抱きしめるように、譲二は全てを埋め尽くした。
「あぁぁ……っ」言葉では言い表せない異物感と違和感に千里は悲鳴とも嬌声ともつかない声を漏らした。
「千里……大丈夫か?全部千里の中だ」
「カエルみたいな格好で……恥ずかしい」
千里は脚を大きく開いた自分の格好を譲二に見られていると思うと、恥ずかしくて脚を閉じたくなったが、それは譲二の体に遮られ無理な話だ。
「色々な千里をこれからも見てみたい……」
それは、別に千里に様々な体勢をさせようと言っている事では無いと、千里は充分に分かっていたが、恥ずかしくてつい「ジョージのエッチ」と言ってしまった。

一瞬目を見開いた譲二が口元を卑屈に緩め「そうだよ、俺はエッチだよ。覚悟するんだな千里」と言い内壁を擦りながら腰を引いた。
「あぁっ、ジョージ……」
その感触に千里は慌てて、譲二の腕に縋った。


それから何度も中の敏感な部分を擦られ千里は甘く喘ぎながら、意識を手放した。
(さようなら……お兄ちゃん)
兄から卒業して、僕は譲二と一緒に生きて行く。
兄弟の縁が切れる訳では無いが、千里は兄に感謝と別れを告げたかった。


あれから1年―――
事務長の片腕となった千夜は、若い看護師の熱い視線を微笑みでかわし速水と肩を並べて、院内を歩く。
「いよいよ今日だな」
速水の言葉に、千夜の身が引き締まり顔に緊張が走った。
そんな千夜を横目で眺め速水は小さな溜め息を吐く。

病院の出入り口で千里と譲二が立ち話をしている姿が目に入った。
千里は真っ直ぐに歩いてくる千夜を見詰めている。
「千里……今見惚れていただろう?」
譲二が千里の耳元で揶揄するように囁いた。
「もう、譲二は相変わらずなんだから」その声は譲二にだけ判る甘いものだった。

「院長、兄さん!」
「千里……おめでとう」
今日は、千里が通っていた栄養士の専門学校の卒業式だった。
そして千里は管理栄養士を目指し速水の病院で、働く事になっている。

千夜の目に映った千里は、もうあの頃のひ弱な少年ではなく、強い意志と希望を持った立派な青年だった。
少年の千里を支えたのは自分だったが、青年の千里を支えてここまで導いてくれたのは、横に立つ譲二だ。
千夜は、譲二に改めて感謝の言葉を述べた。

「千里、来月から同僚だ……宜しく」
兄千夜が差し出した手を取らずに、千里はその胸に飛び込んだ。
「ありがとう、兄さん。全部兄さんのお陰だよ。僕頑張って院長にも兄さんにも恩返しするから待っていて」
この日は千夜と千里にとって、本当の意味での卒業だった。

「相変わらずお前らは……」
そう言って速水と譲二が二人を引き離した。
だがその顔はとても優しく、それぞれのパートナーを愛しむ目で見ていた。

二人の悲願の花が今、咲いた―――
真っ直ぐ上を向き咲く凛とした花は、2輪並んで綺麗に咲いていた。
過去より辛い未来は無いと、二人は信じて笑顔で生きていくことだろう。

―――悲願花<完結>―――



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