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悲願花 2

 05, 2011 00:26
幸か不幸か今日の夕方から速水に予定は入っていなかった。
千夜が手伝い帰り支度をしている時に、速水の携帯が鳴った。
院内で使う携帯ではない、個人携帯の方が机の上で震動と共に鳴っている。
速水はシャツの袖口のボタンを留めている途中だったが、千夜は速水の携帯に触れる事は無かった。
今まで一度も触った事は無い携帯だ。『触るな』と以前から言われている。

すっと速水が近づき携帯を取り上げた。
「シロか……」
千夜はあの忌まわしい交わりの後に、一度だけシロと剛に会った事があった。
速水に連れて行かれた小劇場の舞台の上で、二人の姿を見た時には流石に千夜も驚きの声を上げた。
千夜が気づいたと知った速水は、黙って千夜の手を握ってきた。
その手の温もりと力強さに速水の横顔を眺めると「すまなかった」とその唇が動いた。

あの夜の出来事は辛いものだったが、あの夜があったから速水との結びつきも強くなった気がする。
お互い同じ痛みを共有しているような感じ、とでも言えばいいのだろうか?

「何……、分かった。ちょっと救急隊員と代われ」
速水の言葉に千夜は驚いてその顔を見た。
救急隊員と幾つか言葉を交わし、速水の病院に搬送するように指示を出し、電話を切る速水を不安な顔で千夜は見詰めた。

「剛が怪我をしたらしい、緊急オペになるかもしれない」
それだけ言うと、速水は内線で指示を出している。
白衣に着替え直した速水に付いて、千夜も後を追った。
暫くすると救急車のサイレンの音と共に、搬入口が賑やかになった。

「速水さん!」救急車から降り立ったシロが速水に縋り付いて来た。
そんなシロの肩に一度手を掛けてから、千夜を振り返り「シロを頼む」と声を掛けて、ストレッチャーに乗せられた剛に付いて処置室に消えて行った。

「シロさん……大丈夫ですか?」
「千夜君……剛が、剛が落ちて来た照明の下敷きになって……」
「大丈夫、速水先生に任せておけば……」
あの日の舞台の後に一緒に食事をして、シロが自分よりも1つ年下だと知った。
あんな事をされたのに、自分よりも年下だと分かれば何故か、シロの事も可愛く思えてしまう。

「千夜君、剛にもしもの事があったら……僕どうしよう……」
「大丈夫だよ」
シロは激しい動揺を隠せない、白く細い指が小刻みに震えていた。

暫くして処置室から速水が出てきて、これから緊急手術をすると伝えて来た。
「手術……」千夜とシロが同時に呟いた。
「大丈夫だ、背中に受けた傷が深いだけだ。手術は難しいものじゃない。千夜、シロを部屋に連れて行ってくれ」
「はい」

千夜は、手術室の前からシロを半ば強制的に院長室に連れて行った。
ソファに座らせ、飲み物を出してやりながら「ご家族に知らせなくてもいいの?」と聞いた。
シロはゆっくりと首を振り「僕も剛も家族はいない。僕らは同じ施設で育ったんだ……」と力なく言った。

「……そうだったんですか」
シロの動揺が激しかったのが何となく分かる気がした。
きっと二人は恋人同士という以前に、もっと深い部分で繋がっているのだろうと千夜は思った。

「僕は小さい頃からずっと剛を好きだったんだ……」突然シロがそんな事を語り始めた。
「でも剛は、昔は女の人が好きで一度は諦めて他の人と付き合ったりもしたんだけど、やっぱり剛の事を諦めきれなくて……」
「……そうだったんだ」穏やかな声で千夜が相槌を打つ。
「だから、僕の想いが通じた時は、凄く嬉しくて。ああ見えても剛って凄い上手い役者なんだよね。まだ日の目は見ないけど……こんな小さな舞台じゃなくて、もっと大きな舞台に立たせてやりたい」

そう、千夜もこの二人が役者だった事にあの日は驚いたのだ。
「だから、僕は剛の為なら何でも出来る」
千夜はそんなシロに過去の自分を重ねた。
「大丈夫、速水先生に任せて……」今の千夜はそれしか言葉を持たなかった。



「千夜君、ごめんね。取り乱して……千夜君のお陰で少し落ち着いた」
その言葉に、ようやく普段のシロの笑顔が見られた気がした。
千夜はシロに温かい珈琲を淹れ直しテーブルに置いた。
ありがとうと受け取りながら「千夜君幸せそうだね」と呟かれ、色々思い出し少し照れた顔で「はい……」と答えた。

「速水先生も俺様だから大変でしょう?」
「え、ええ……まあ」
「でもね、速水先生は千夜君の事凄く愛していると思うよ」
「……」その言葉にどう返事をしていいか千夜は戸惑った。
気分を紛らわそうとしているシロの気持ちも痛い程判るから、千夜はあまり触れられたくない話題にもイヤな顔を見せずに話に付き合っていた。

「ね、速水先生の携帯見たことある?」
「いえ、見るなと釘を刺されていますから……」速水の言いつけを破る訳には行かなかった。
「へえ……真面目だね千夜君は」普段と変わらぬシロの顔に少し安心しながら、千夜は「別に携帯を見た所で俺には関係ないですから」と答えるとシロが可笑しそうに「今度内緒で見てご覧」と千夜を唆した。

速水の携帯に何があるのか、考えた事もない千夜はシロの言葉に首を傾げながらも、壁に掛けてある時計の針をちらっと盗み見た。
手術が始まって1時間が経過していた。




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-  2011, 07. 05 [Tue] 02:37

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