仁の運転で光輝と虎太郎が部屋を出て行った後、千尋は仁が戻って来るのを一人待っていた。
中々仕事に就く事を許してもらえない千尋は、毎日時間を持て余していた。
窓を開け春の暖かい空気と入れ替えようと、ベランダに立った。
遠くに救急車のサイレンが鳴り響いているが、この都心では聞かない日の方が少なく、千尋もその感覚が麻痺していた。
随分と近くでサイレンが鳴りやみ、千尋はベランダから外を眺めた。
目が眩む高さに、長くは覗いていられないが、小さく2台の車が見えた。
1台は点滅を続ける救急車、そしてもう1台は黒い乗用車だった。
だがその乗用車の角度に千尋は首を傾げた。道路での事故には見えない不自然な停車の仕方に胸騒ぎを覚えた。
(光輝……?)
黒い乗用車なら何処にでもある、と内心否定しながら千尋は部屋を飛び出した。
どう見てもあの角度は、このマンションの駐車場から出た角度だ。
千尋は部屋に鍵も掛けずに、エレベーターに乗り込んだ。
逸る気持ちで1階に到着したエレベーターから飛び出し、未だ救急車がいる現場に向かった。
そんな千尋の目に、さっきは気づかなかったトラックも見えた。
そしてその後ろにはっきりは見えないが、黒塗りの高級そうな乗用車が1台。
人混みを掻き分けるように覗き込もうとする千尋の耳に『うわっベンツ勿体ない』などと野次馬の声が飛び込んで来た。
「ちょっと、通して下さい」千尋がその野次馬の中に入ろうとした時に、後ろから声が掛けられた。
「君、斉藤千尋さん?」
「は……い」千尋は事故の様子も気になりながらも、呼ばれた方に振り返った。
事故の報告かと思い、もう足が小刻みに震えるのを止める事は出来なかった。
「あの……もしかして、あの車?」
「ちょっとこちらへ」
気が動転している千尋は全く警戒せずに、その男二人に着いて行った。
だがその二人はそれ以上何も語らず、千尋の腕を引いて駐車場へと歩き出した。
「ちょっと、何処へ?」
千尋は踏ん張ろうとするが、男二人の力に敵う筈もなく停車してあった車に押し込まれた。
そのスモークを貼った乗用車は、千尋を乗せると外の野次馬を、激しいクラクションで散らし走り出した。
ほんの1・2分の間の出来事だった。事故の様子に気を取られている野次馬や、通行人には誰一人気づかれる事なく、千尋の姿がマンションから消えた。
仁がマンションに戻って来たのは、それから2時間くらいしてからの事だった。
部屋に鍵が掛かっていない事を訝しく思いながら、仁は千尋の名前を呼んだ。
「千尋さーん?何処ですかぁ?」
部屋の中の様子は、朝仁が出かけた時と何ら変わりは無かった。
だが、ベランダに続く窓が開いていてレースのカーテンが、穏やかな風に靡いている事だけが変わっていた。
「ベランダですか?」
そう声を掛けながら覗いても千尋の姿は見当たらない。
自分のポケットから携帯を取り出し、千尋に掛けたがその着信音は寝室から聞こえて来た。
「何処に出掛けたんだ?」
そう声に出すが、その声が酷く不安な音となって自分の鼓膜に響く。
仁は急に落ち着かなくなって、今度は虎太郎の携帯に電話を掛けた。
『どうした?』
『いえ、あの……千尋さんが何処かに出掛けるって聞いているかな?って思って……』
電話口で虎太郎が光輝に確認している声が聞こえる。
仁みたいな下っ端は、本来なら虎太郎にだって直接電話を掛けられないのだが、部屋付のような形になっている今は、連絡を取り合うのは必須だった。
『どうした、千尋は部屋に居ないのか?』
急に別の声に変わり、仁は慌てながら「はい、何処にも姿が見えません」と報告した。
『携帯は?』徐々に声が低くドスの効いた声になるのに怯えながらも、仁は「携帯は寝室みたいです」と答える。
『今虎太郎をそっちに向かわせる』そう言って電話がぶつっと切れた。
「はぁ~っ」仁は携帯を片手に大きく溜め息を吐き、ソファに腰が抜けたように座り込んだ。
30分程して虎太郎が部屋を開けるまで、仁は一歩も動けずに座り込んだままだった。
「千尋さんは?」
「あぁ補佐……」仁は虎太郎の顔を見て、少し緊張の糸が解れたように「まだです」とだけ告げた。
そして、仁が部屋に戻った時の様子を虎太郎に説明して聞かせた。
「おかしいな」虎太郎のその言葉に仁は顔を強張らせた。
「どうしましょう?」心細そうに言う仁に「大丈夫だ」と根拠のない言葉を虎太郎も吐いていた。
調べたら財布もある。
携帯も財布も持たずに遠くに外出する筈も無い、それが二人を余計に不安にさせていた。
「ちょっと向かいに行って来る」虎太郎はそう言って、同じ階にある光輝の会社に向かった。
「あ、俺も」心細くて虎太郎に着いて行こうとする仁を「お前はここで待っていろ」と言い捨てて虎太郎は部屋を出て行った。
「そんなぁ、虎太郎さん」二人だけの時に呼ぶ名前を口にすると、何か少し落ち着いた気がして仁はまた腰を下ろした。
光輝がフロント企業として幾つかの会社を経営していた。
そして同じマンションにある会社は、従業員を一人しか置かないパソコンだらけの事務所だった。
そこで働いているのは、三浦要25歳。
3年前までは、オタクと言われた類の男だった。
自分の家に引きこもっていた三浦が、たまたま外に出た時の帰り道、他の組のチンピラに絡まれていた所を、光輝が助けた事で懐かれ、今に至っている訳だった。
パソコンがあれば何も要らない、と言う程のパソコンオタクの三浦には、充分過ぎる報酬と仕事が出来る環境を与えてやった。
そして金にも執着を見せずに、ゲーム感覚でパソコンを操作する三浦にとって、光輝がヤクザだろうがそんな事は関係なかったのだ。
欲しかった機材もソフトも遠慮なく買える環境に狂喜すらしていた。
光輝のお陰で人生が楽しくなったと言い切る三浦は、ある意味組員よりも光輝に忠誠心を持っていた。
仁が部屋で待っていると、渋い顔をした虎太郎が戻って来た。
だが仁には何も言わずに、携帯を取り出し呼び出している。
「出来たら直ぐに帰って来い」虎太郎が上役である光輝にこういう話し方をする時は、非常事態だというのは仁にも判った。
「もう向かっている?正解だな」そう言って虎太郎が電話を切った。
「あの、いったい何が?」
だが虎太郎は仁の問い掛けには答えず「熱い珈琲淹れてくれないか?」と言っただけだった。
「はい……」それ以上仁には掛ける言葉が無かった。
光輝を呼ぶと言う事の重大さは、仁にも判る。
(千尋さん……)
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本当にありがとうございました!
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(お知らせ記事も含んでいますが)
移動するだけでも、右手が痛くなりそうです。
コメントのお返事も放置しっぱなしで、本当に申し訳ございません。
今日は、以前少し書いて置いた千尋の話を更新致します。
駿平の方も気になりますよね^^;すみません。
HPを立ち上げても、ブログはこのまま残すつもりでいます。
文字数がブログだと2000文字を目安にしているのですが
サイトになると、やはり5000文字前後は普通らしいです。
一気には無理ですので、ブログで更新したものを、数話まとめる形になると思います。
現時点ではランキングもブログも変更はありません(*^_^*)
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仁がマンションに戻って来たのは、それから2時間くらいしてからの事だった。
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「千尋さーん?何処ですかぁ?」
部屋の中の様子は、朝仁が出かけた時と何ら変わりは無かった。
だが、ベランダに続く窓が開いていてレースのカーテンが、穏やかな風に靡いている事だけが変わっていた。
「ベランダですか?」
そう声を掛けながら覗いても千尋の姿は見当たらない。
自分のポケットから携帯を取り出し、千尋に掛けたがその着信音は寝室から聞こえて来た。
「何処に出掛けたんだ?」
そう声に出すが、その声が酷く不安な音となって自分の鼓膜に響く。
仁は急に落ち着かなくなって、今度は虎太郎の携帯に電話を掛けた。
『どうした?』
『いえ、あの……千尋さんが何処かに出掛けるって聞いているかな?って思って……』
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仁みたいな下っ端は、本来なら虎太郎にだって直接電話を掛けられないのだが、部屋付のような形になっている今は、連絡を取り合うのは必須だった。
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そこで働いているのは、三浦要25歳。
3年前までは、オタクと言われた類の男だった。
自分の家に引きこもっていた三浦が、たまたま外に出た時の帰り道、他の組のチンピラに絡まれていた所を、光輝が助けた事で懐かれ、今に至っている訳だった。
パソコンがあれば何も要らない、と言う程のパソコンオタクの三浦には、充分過ぎる報酬と仕事が出来る環境を与えてやった。
そして金にも執着を見せずに、ゲーム感覚でパソコンを操作する三浦にとって、光輝がヤクザだろうがそんな事は関係なかったのだ。
欲しかった機材もソフトも遠慮なく買える環境に狂喜すらしていた。
光輝のお陰で人生が楽しくなったと言い切る三浦は、ある意味組員よりも光輝に忠誠心を持っていた。
仁が部屋で待っていると、渋い顔をした虎太郎が戻って来た。
だが仁には何も言わずに、携帯を取り出し呼び出している。
「出来たら直ぐに帰って来い」虎太郎が上役である光輝にこういう話し方をする時は、非常事態だというのは仁にも判った。
「もう向かっている?正解だな」そう言って虎太郎が電話を切った。
「あの、いったい何が?」
だが虎太郎は仁の問い掛けには答えず「熱い珈琲淹れてくれないか?」と言っただけだった。
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今日は、以前少し書いて置いた千尋の話を更新致します。
駿平の方も気になりますよね^^;すみません。
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それから10分程して、光輝が部屋に戻って来た。
「千尋から連絡は?」
虎太郎と仁の顔を見比べるように聞くが、「まだだ」という虎太郎の返事に「そうか」と短く答えた。
その顔は怒っているようでもあり、不安そうでもあり、とにかく仁が初めて見る顔だった。
「他に情報は?」
「何もない」
ふたりの短い会話に割り込んで「もしかしたら、散歩に出ているだけかもしれませんよ?」と仁は言ってみたが何の返事も返っては来なかった。
「くそっ」唸るような声に仁の肩がビクンと震える。
今の所抱えているトラブルもない、完全に千尋の事を隠せていたわけでも無いが、千尋が巻き込まれるような、深刻なトラブルもあるようには思えなかった。
光輝も虎太郎も腕組みをしたまま黙り込んだ。
何か心当たりはないかと頭をフル回転させているようにも思えた。
こういう稼業と、いくつかの会社や店舗を抱えていれば、多少のトラブルはつきものだったが、千尋を巻き込む程の度胸のあるやつなどいないはずだ。
もしかして光輝とは関係なく、千尋側の問題か?とも考えてみても何も思い当らなかった。
長い静寂のあと、虎太郎がぽつんと言葉を発した。
「静岡か……」
「駒田組か?」
仁にはどういう意味か分からなかったから、黙って次の言葉を待った。
「まさか今頃?」
光輝はそう反論しながらも、千尋が何ら関係していない事を祈った。
そして今から3か月ほど前の事件を思い出していた。
事の始まりは単純な事で、静岡から遊びに来ていた女が、たまたま光輝の経営している店のひとつである、ホストクラブに通い詰めた事が発端だった。
一晩に100万の金を1週間毎晩落した上客だった。
ひとりのホストを気に入り、店の外でもだいぶ金を使ったらしい。
静岡に戻ってからも、2日に1度はタクシーを飛ばし店に通った。
それがひと月も続けば、周りも不安になる。
いったいどこの令嬢かと思いもするが、どうみてもそんな雰囲気はなかった。
本人は静岡の地主の娘だと言っていたらしい。
そんな女がホストと居なくなった翌日、静岡の駒田組の連中が乗り込んできた。
ホストクラブの店長から、女の様子を聞いていた虎太郎は内心やっぱり、と思った。
店で暴れるだけ暴れさせ器物破損と業務威力妨害で警察を呼んだ。
勿論、光輝も虎太郎も表に出る事はなかった。
聞く所によると、女が持ち出した金は現金で1億円。
そのうちの2千万はホストクラブに落しているわけだ。
残りは逃走資金と今後の生活費という所だろうが、もう辞めてしまったホストの事など店には何の関係もなかった。
女に金を持ち逃げされ、若い衆をブタ箱に入れられ男としても、組長としての面子も潰され、この世界ではいい笑い者になった男が、駒田組組長、駒田信一郎多分50歳を少し超えたぐらいだと思われる。
『いい年をして若い女に入れ込んでいるからだ。』などとあちこちから蔑む声が聞こえた。
駒田組のようなあまり大きくない組にとって1億という金は痛手だったのだろう。
その後にあまりいい噂は聞こえて来なかった。
その時、虎太郎の電話が鳴った。
「ああ俺だ」
電話の相手の言葉を頷きながら聞いていた虎太郎が難しい顔で電話を切った。
「山崎(ホストクラブの店長)に、ちょっと店の子に聞いてもらっていたんだが……」
言葉を切った虎太郎に「続けろ」と光輝は先を促した。
「最近店の周りで静岡ナンバーの車を頻繁に見かけたそうだ……」
店のホストたちは、例のホストが戻って来ないかと見張っているのだろう、くらいに考えていてあまり気にしていなかったようだった。
何かあったのかと察した山崎は、報告が遅れた事を必死に詫びていたらしいが後の祭りだ。
「向こうから動きがあるまで、待っているのか?」
「ああ、まだ憶測だけだ、今動くのは危険過ぎる」
二人の会話を仁は黙って聞いていた。
仁は、千尋がいなくなった事がまるで自分のせいのように感じていた。
千尋が自分たちが出た後、直ぐにいなくなったとしたら、もう3時間は経っているのだ。
仁の不安は募るばかりだった。
(千尋さん……早く帰って来て下さいよ)
多分泣きそうな顔をしていたのだろう、虎太郎に名前を呼ばれた。
「仁、大丈夫だ」
虎太郎の言葉に小さく頷きながら、光輝を見ると腕組みをしたまま、固く目を瞑ってソファに身を沈めていた。
息苦しい程の沈黙を破ったのは、10分以上その状態が続いた時だった。
虎太郎が自分の携帯を開いて耳に当てると、組事務所からの電話だった。
「何か変な奴から若頭はいるか、って電話あったんですがどうしましょう?」と。
「そうか、俺のこの番号を伝えろ」
また5分程したら電話するという伝言を聞いて、虎太郎は電話を切った。
「動き出したか?」光輝の怒りを抑えたような声に、虎太郎が頷いた。
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「千尋から連絡は?」
虎太郎と仁の顔を見比べるように聞くが、「まだだ」という虎太郎の返事に「そうか」と短く答えた。
その顔は怒っているようでもあり、不安そうでもあり、とにかく仁が初めて見る顔だった。
「他に情報は?」
「何もない」
ふたりの短い会話に割り込んで「もしかしたら、散歩に出ているだけかもしれませんよ?」と仁は言ってみたが何の返事も返っては来なかった。
「くそっ」唸るような声に仁の肩がビクンと震える。
今の所抱えているトラブルもない、完全に千尋の事を隠せていたわけでも無いが、千尋が巻き込まれるような、深刻なトラブルもあるようには思えなかった。
光輝も虎太郎も腕組みをしたまま黙り込んだ。
何か心当たりはないかと頭をフル回転させているようにも思えた。
こういう稼業と、いくつかの会社や店舗を抱えていれば、多少のトラブルはつきものだったが、千尋を巻き込む程の度胸のあるやつなどいないはずだ。
もしかして光輝とは関係なく、千尋側の問題か?とも考えてみても何も思い当らなかった。
長い静寂のあと、虎太郎がぽつんと言葉を発した。
「静岡か……」
「駒田組か?」
仁にはどういう意味か分からなかったから、黙って次の言葉を待った。
「まさか今頃?」
光輝はそう反論しながらも、千尋が何ら関係していない事を祈った。
そして今から3か月ほど前の事件を思い出していた。
事の始まりは単純な事で、静岡から遊びに来ていた女が、たまたま光輝の経営している店のひとつである、ホストクラブに通い詰めた事が発端だった。
一晩に100万の金を1週間毎晩落した上客だった。
ひとりのホストを気に入り、店の外でもだいぶ金を使ったらしい。
静岡に戻ってからも、2日に1度はタクシーを飛ばし店に通った。
それがひと月も続けば、周りも不安になる。
いったいどこの令嬢かと思いもするが、どうみてもそんな雰囲気はなかった。
本人は静岡の地主の娘だと言っていたらしい。
そんな女がホストと居なくなった翌日、静岡の駒田組の連中が乗り込んできた。
ホストクラブの店長から、女の様子を聞いていた虎太郎は内心やっぱり、と思った。
店で暴れるだけ暴れさせ器物破損と業務威力妨害で警察を呼んだ。
勿論、光輝も虎太郎も表に出る事はなかった。
聞く所によると、女が持ち出した金は現金で1億円。
そのうちの2千万はホストクラブに落しているわけだ。
残りは逃走資金と今後の生活費という所だろうが、もう辞めてしまったホストの事など店には何の関係もなかった。
女に金を持ち逃げされ、若い衆をブタ箱に入れられ男としても、組長としての面子も潰され、この世界ではいい笑い者になった男が、駒田組組長、駒田信一郎多分50歳を少し超えたぐらいだと思われる。
『いい年をして若い女に入れ込んでいるからだ。』などとあちこちから蔑む声が聞こえた。
駒田組のようなあまり大きくない組にとって1億という金は痛手だったのだろう。
その後にあまりいい噂は聞こえて来なかった。
その時、虎太郎の電話が鳴った。
「ああ俺だ」
電話の相手の言葉を頷きながら聞いていた虎太郎が難しい顔で電話を切った。
「山崎(ホストクラブの店長)に、ちょっと店の子に聞いてもらっていたんだが……」
言葉を切った虎太郎に「続けろ」と光輝は先を促した。
「最近店の周りで静岡ナンバーの車を頻繁に見かけたそうだ……」
店のホストたちは、例のホストが戻って来ないかと見張っているのだろう、くらいに考えていてあまり気にしていなかったようだった。
何かあったのかと察した山崎は、報告が遅れた事を必死に詫びていたらしいが後の祭りだ。
「向こうから動きがあるまで、待っているのか?」
「ああ、まだ憶測だけだ、今動くのは危険過ぎる」
二人の会話を仁は黙って聞いていた。
仁は、千尋がいなくなった事がまるで自分のせいのように感じていた。
千尋が自分たちが出た後、直ぐにいなくなったとしたら、もう3時間は経っているのだ。
仁の不安は募るばかりだった。
(千尋さん……早く帰って来て下さいよ)
多分泣きそうな顔をしていたのだろう、虎太郎に名前を呼ばれた。
「仁、大丈夫だ」
虎太郎の言葉に小さく頷きながら、光輝を見ると腕組みをしたまま、固く目を瞑ってソファに身を沈めていた。
息苦しい程の沈黙を破ったのは、10分以上その状態が続いた時だった。
虎太郎が自分の携帯を開いて耳に当てると、組事務所からの電話だった。
「何か変な奴から若頭はいるか、って電話あったんですがどうしましょう?」と。
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組の者にそう告げると、虎太郎と光輝は立ち上った。
「ど・どこへ?」仁が不安そうな顔で聞くと「会社だ」とだけ返事が返って来た。
仁も二人にくっ付いて、同じフロアにある会社に向かった。
仁にしてみれば、ここは何か落ち着かない……初めて虎太郎に弄られたのもここだった。
だが、今日は唯一の社員の三浦がいた。
「おい、携帯の逆探知出来るか?」光輝の問いかけに三浦がにゃっと笑った。
「30秒繋いでくれれば」
そう言って三浦は奥の部屋に、三人を案内する。
仁がこの部屋に入るのは初めてだった。
踏み入れて先ず驚いたのは、訳の分からない機器が所狭しと並んでいた事だった。
「すげぇ……何ですかこの部屋は?」
薄暗い部屋に機器の電源ランプだけが目立ち、仁は薄ら寒い気分になってきた。
「携帯貸して」三浦は横柄な口の聞き方で、虎太郎に手を伸ばした。
組の者が聞いたら目を吊り上げて怒るだろう物言いに、光輝も虎太郎も何も文句も言わないのが仁には不思議だった。
「いいんだよ、こいつは」と仁の顔色に気づいた虎太郎が、耳元でそう囁いた。
「で・でも……」
「今はそれどころじゃない」囁いた声の甘さなど微塵も感じさせない声が返された。
「はい……」
三浦が、虎太郎の携帯をパソコンに繋ぎ準備が終わったと同時に、着信音が響いた。
3回程コールさせた後、難しい顔をした光輝が通話ボタンを押した。
「もしもし」
「豊川組の若頭で?」
「そうだ」
やはり狙いは自分だと確信を持った光輝の目が更に厳しく光った。
「どなたさんで?」と素知らぬふりして光輝は言葉を続けた。
「まぁ、田舎のちょっとした筋のもんですがね……」
まだ自分の本性を明かそうとしない電話相手に苛々していると
「お宅の部屋住の若い衆を保護しているんだけど?」
「保護?拉致の間違いじゃないのか?」
「随分と酷い言われ方だな、うちの事務所の前に拘束された状態で放置されていたのを、わざわざ保護してやったと言うのに……」
「そうですか、でもうちの者だという確証もないですからね?」
光輝がそう言うと、電話の向こうでバタバタと人が動く音が聞こえてくる。
「……すみません……わ・若頭……」
その声は紛れもなく千尋の声だ。
自分の事を若頭と呼ぶ状況を考えると、光輝は心臓をぎゅっと鷲掴みにされたように痛かった。
(千尋……)
「この野郎!何ドジ踏んでるんだよっ」
心を鬼にして、光輝は怒鳴った。
「ごめんなさい……」
その言葉を最後に電話の相手が変わった。
「で、どうするんだい?保護料は払ってくれるのかい?」
「幾らだ?」
「ま、このお兄さん綺麗だから、そっちで払わないってなれば、何処かその手の所に行ってもらうだけだけど?」
「だから幾らだと聞いているんだ?」
試すような言葉に光輝も声を荒げた。
「1億ってことで?」
「直ぐには無理だ」
「まぁそうだろうな?いくら二代目って言っても簡単に用意出来る金じゃないよな?」
ニヤニヤしている顔が見えるようで、光輝は携帯を握り締める手に力を篭めた。
「夕方にもう一度連絡を入れるよ、それまでに用意しておくんだな」
「ああ、何処に運べばいい?」
「取りあえず、東名高速に直ぐ乗れるように」
「金は必ず用意する、その代わりそこにいる奴の身の安全は保障しろよ」
「ああ」くくくっと笑う声と共にその電話はぶつっと切られた。
「あいつ等……千尋さんを組の人間と勘違いしてる?」
そういう仁の頭をぺちと叩きながら「そんな訳ないだろう?ただの部屋住の人間に1億もの金を吹っ掛けるか?普通」と虎太郎に言われ、仁の顔が青ざめた。
「これ住所」話の腰を折るように三浦がメモを差し出した。
そのメモを見て、光輝が口角を上げ「虎、キャッシュだ」とだけ言った。
「1億ってそんな大金どこに?」と仁はおろおろするが、5分もしないうちに虎太郎が大きめのジェラルミンケースを運んで来た。
「えっ?えっ?」事態が呑み込めない仁を見て、三浦が見下すように言う。
「無いなんて時間稼ぎでしょう?あんたヤクザのくせに、そんな事も判らないの?」
「時間稼ぎ……」
「そんな事はどうでもいい、さあ出かけるぞ」
駐車場で、3人は2台の車に分乗した。
仁は光輝を乗せ、そして虎太郎は自分で運転だ。
「自分で運転する」という光輝を諌めたのは虎太郎だった。
「今のお前は普通じゃないからな……」
光輝は冷静そうに応対していたが、虎太郎から見たらとても普通ではなかった。
気が急いて、スピード違反て捕まってもシャレにもならないのだ。
一方千尋は、いったい自分の身に何が起きているのか判らなかったが、電話の相手が光輝だと知った時点で、自分が光輝の足を引っ張り弱点になってしまった事に気づいた。
数時間しか離れていないのに、長い間離れていたような気持ちだった。
そして、もしかして光輝の声を聞くのは、最後になるのかもしれない、とさえ思ってしまった。
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ここで小さな声でお知らせです。
(あまり気づかれなければ、別記事を上げますが……)
6月からリアル忙しくなりそうです。
同人誌が出来てから、随分と温めてしまいました。
表紙含めて202ページです。
内容は、「僕の背に口付けを」本編 -雅- 【それぞれのクリスマス】千尋からの贈り物
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桜咲く(天使が啼いた夜の紫苑がゲスト出演)
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価格 1200円(送料別)になります。
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「ど・どこへ?」仁が不安そうな顔で聞くと「会社だ」とだけ返事が返って来た。
仁も二人にくっ付いて、同じフロアにある会社に向かった。
仁にしてみれば、ここは何か落ち着かない……初めて虎太郎に弄られたのもここだった。
だが、今日は唯一の社員の三浦がいた。
「おい、携帯の逆探知出来るか?」光輝の問いかけに三浦がにゃっと笑った。
「30秒繋いでくれれば」
そう言って三浦は奥の部屋に、三人を案内する。
仁がこの部屋に入るのは初めてだった。
踏み入れて先ず驚いたのは、訳の分からない機器が所狭しと並んでいた事だった。
「すげぇ……何ですかこの部屋は?」
薄暗い部屋に機器の電源ランプだけが目立ち、仁は薄ら寒い気分になってきた。
「携帯貸して」三浦は横柄な口の聞き方で、虎太郎に手を伸ばした。
組の者が聞いたら目を吊り上げて怒るだろう物言いに、光輝も虎太郎も何も文句も言わないのが仁には不思議だった。
「いいんだよ、こいつは」と仁の顔色に気づいた虎太郎が、耳元でそう囁いた。
「で・でも……」
「今はそれどころじゃない」囁いた声の甘さなど微塵も感じさせない声が返された。
「はい……」
三浦が、虎太郎の携帯をパソコンに繋ぎ準備が終わったと同時に、着信音が響いた。
3回程コールさせた後、難しい顔をした光輝が通話ボタンを押した。
「もしもし」
「豊川組の若頭で?」
「そうだ」
やはり狙いは自分だと確信を持った光輝の目が更に厳しく光った。
「どなたさんで?」と素知らぬふりして光輝は言葉を続けた。
「まぁ、田舎のちょっとした筋のもんですがね……」
まだ自分の本性を明かそうとしない電話相手に苛々していると
「お宅の部屋住の若い衆を保護しているんだけど?」
「保護?拉致の間違いじゃないのか?」
「随分と酷い言われ方だな、うちの事務所の前に拘束された状態で放置されていたのを、わざわざ保護してやったと言うのに……」
「そうですか、でもうちの者だという確証もないですからね?」
光輝がそう言うと、電話の向こうでバタバタと人が動く音が聞こえてくる。
「……すみません……わ・若頭……」
その声は紛れもなく千尋の声だ。
自分の事を若頭と呼ぶ状況を考えると、光輝は心臓をぎゅっと鷲掴みにされたように痛かった。
(千尋……)
「この野郎!何ドジ踏んでるんだよっ」
心を鬼にして、光輝は怒鳴った。
「ごめんなさい……」
その言葉を最後に電話の相手が変わった。
「で、どうするんだい?保護料は払ってくれるのかい?」
「幾らだ?」
「ま、このお兄さん綺麗だから、そっちで払わないってなれば、何処かその手の所に行ってもらうだけだけど?」
「だから幾らだと聞いているんだ?」
試すような言葉に光輝も声を荒げた。
「1億ってことで?」
「直ぐには無理だ」
「まぁそうだろうな?いくら二代目って言っても簡単に用意出来る金じゃないよな?」
ニヤニヤしている顔が見えるようで、光輝は携帯を握り締める手に力を篭めた。
「夕方にもう一度連絡を入れるよ、それまでに用意しておくんだな」
「ああ、何処に運べばいい?」
「取りあえず、東名高速に直ぐ乗れるように」
「金は必ず用意する、その代わりそこにいる奴の身の安全は保障しろよ」
「ああ」くくくっと笑う声と共にその電話はぶつっと切られた。
「あいつ等……千尋さんを組の人間と勘違いしてる?」
そういう仁の頭をぺちと叩きながら「そんな訳ないだろう?ただの部屋住の人間に1億もの金を吹っ掛けるか?普通」と虎太郎に言われ、仁の顔が青ざめた。
「これ住所」話の腰を折るように三浦がメモを差し出した。
そのメモを見て、光輝が口角を上げ「虎、キャッシュだ」とだけ言った。
「1億ってそんな大金どこに?」と仁はおろおろするが、5分もしないうちに虎太郎が大きめのジェラルミンケースを運んで来た。
「えっ?えっ?」事態が呑み込めない仁を見て、三浦が見下すように言う。
「無いなんて時間稼ぎでしょう?あんたヤクザのくせに、そんな事も判らないの?」
「時間稼ぎ……」
「そんな事はどうでもいい、さあ出かけるぞ」
駐車場で、3人は2台の車に分乗した。
仁は光輝を乗せ、そして虎太郎は自分で運転だ。
「自分で運転する」という光輝を諌めたのは虎太郎だった。
「今のお前は普通じゃないからな……」
光輝は冷静そうに応対していたが、虎太郎から見たらとても普通ではなかった。
気が急いて、スピード違反て捕まってもシャレにもならないのだ。
一方千尋は、いったい自分の身に何が起きているのか判らなかったが、電話の相手が光輝だと知った時点で、自分が光輝の足を引っ張り弱点になってしまった事に気づいた。
数時間しか離れていないのに、長い間離れていたような気持ちだった。
そして、もしかして光輝の声を聞くのは、最後になるのかもしれない、とさえ思ってしまった。
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<通販のお知らせ>
ここで小さな声でお知らせです。
(あまり気づかれなければ、別記事を上げますが……)
6月からリアル忙しくなりそうです。
同人誌が出来てから、随分と温めてしまいました。
表紙含めて202ページです。
内容は、「僕の背に口付けを」本編 -雅- 【それぞれのクリスマス】千尋からの贈り物
空を見上げれば(書き下ろし)虎太郎×仁
桜咲く(天使が啼いた夜の紫苑がゲスト出演)
先日ここで公開した「桜咲く」の千尋バージョンです。
価格 1200円(送料別)になります。
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「それにしても、二代目が囲っていたのが男とはねぇ……」
駒田は千尋の頬に手を掛け、顔を左右に動かした。
「僕は、関係ない。お前たちが思うような関係じゃない……」
千尋は駒田の顔を見据えて、そう言った。
「ほう、随分と気が強そうな……どういう関係じゃないって言っているのかい、お兄さん?」
「……囲われているんじゃない」
シラを切りとおすしか千尋には、方法が無かった。
自分と光輝の関係を、こんな輩に踏みつけにして欲しくは無い。
駒田組は、静岡ではそう大きい組では無かった。
だが、観光地という事でそれなりの利益は上がり、その金を使って上に登ろうとしていた矢先に、女に裏切られたのだ。
駒田組にとって、1億という金は取り戻さないと組の存続にもかかわる程の金額だった。
組長、駒田信一郎は若い頃からこの道に入り、いわば下積みを経験した苦労人。
光輝のような、二代目でインテリやくざが一番憎かった。
殆ど逆恨みだが、自分の女がその二代目が経営する店のホストと出奔したかと思えば、憎さは募るばかりだった。
「僕に1億の価値はない」
駒田から目を逸らす事なく千尋は訴えたが「それならそれまでさ、お兄さんの体で返してもらうだけだから」と薄気味悪い笑顔を千尋に向けて駒田は答えた。
「……体で…………」
それがどういう意味なのか分かっている千尋は、それ以上口を開く事は出来なかった。
「本当に綺麗な顔をしている……」駒田の目が厭らしく光り、千尋は顔を背けた。
「ま、夜まで待とう。金さえ手に入れば後はこっちの思うツボだ」
そう言って楽しそうに笑う駒田に千尋は唇を噛んだ。
後手に拘束されたままの千尋は、今の状態では逃げ出す事も抵抗する事も出来ない。
(光輝に迷惑を掛けるのだけは嫌だ……)
「おい、向こうの部屋に閉じ込めておけ。あいつ等が来る前にあれを使え」
何かとても恐ろしい事を指示しているようだが、千尋は気づかないふりをしていた。
今の自分が何を言っても、相手を挑発するか、光輝を窮地に追い込むかどちらかになると思っていた。
そして千尋が連れて来られたのは、小さな窓がひとつあるだけ、家具も何もない部屋だった。
水のペットボトルだけ渡され、縛られていた手は解放された。
それは、この部屋からは容易に出られない事の裏付けでもある。
鍵の掛かった部屋の隅で、千尋は膝を抱えて座った。
自分の愚かな行動を責めてみても始まらないが、どうして飛び出すより先に電話の1本を入れなかったのか、後悔してしまう。
(光輝……ごめん)
千尋の前ではやくざな顔を見せない光輝に、つい油断していたのだ。
千尋は閉じた瞼の奥に、光輝の背中で蠢く竜を思っていた。
大好きな竜の絵……大好きな伯父である彫雅が掘った千尋の大好きな竜……
千尋は、それだけは自分が守りたいと思った。
どのくらい時間が経ったのだろうか、小さな窓から見える外は薄暗かった。
こんなに簡単に時間の感覚が麻痺するとはと、妙な所で感心してしまう。
突然一人の男が、盆に乗ったスープとサンドイッチを持って来た。
「ほら、これ喰って」
「いらない……」
考えてみたら朝少し食べただけで、それ以降は何も口には入れてなかった。
「スープだけでも飲んだ方がいいぞ、体力温存って言うだろう?」
何の為の体力温存だよ?と突っ込みたい気分だが、千尋はとりあえずその盆を受け取った。
「毒なんか入ってないから、さっさと食えよ」
サンドイッチとスープという組み合わせが変だったが、コンビニのサンドイッチに少し安心して手を伸ばした。
この男の口車に乗る訳じゃないが、体力温存は実際に必要なのだ。
もし、無事ここから出してもらえなければ、いざという時に足を引っ張るかもしれない。
封を切った千尋を確認して、男は部屋を出てまた外から鍵を掛けた。
初夏とはいえ、薄手のシャツ1枚で何も無い部屋の中ではうっすら寒い。
千尋は、スープ口を付けた。それはごく普通のコーンスープだった。
外の様子が全く判らないから、千尋には今光輝が此処に向かっているのかさえ判らない。
10分程して再びドアが開いた。
「おい、出ろ」横柄な口調で顎をしゃくられ、千尋はのろのろと立ち上った。
連れて行かれたのは、さっきとは違う和室だ。
駒田は座椅子で寛ぎ酒を飲んでいた。
「8時にはここに二代目が来る予定だ」
千尋が周りを見回しても時計らしき物は見当たらなかった。
「今何時なんですか?}
「7時半だ」
(あと30分……)あと少しで逢える……
千尋がそう思い小さな吐息を漏らした時に、両手を捕られまた拘束された。
「そんな事をしなくても、僕は逃げないし、あと30分したら迎えが来るんだから」
あと30分という考えが千尋に余裕と油断を与えた。
千尋を縛った男が、その手を頭上に持ち上げ鴨居から下がったフックに掛けた。
足は畳に着いてはいるが、両手を上に拘束されれば動く事など出来やしない。
「こんな事しなくても……」
ぐるっと体を回転させ、駒田を睨み付けた。
「ふふふ……せっかく遠くからいらっしゃる客人に、余興を見てもらうんだよ」
「どうしてっ……」千尋がそう叫んだ時に、目の前の男が千尋のシャツのボタンを引きちぎり飛ばした。
「シャツは剥ぎ取れ」駒田がニヤニヤしてその男に命令すると、ビリビリと引き裂かれ、残った生地が千尋の腕に絡み付いた。
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駒田は千尋の頬に手を掛け、顔を左右に動かした。
「僕は、関係ない。お前たちが思うような関係じゃない……」
千尋は駒田の顔を見据えて、そう言った。
「ほう、随分と気が強そうな……どういう関係じゃないって言っているのかい、お兄さん?」
「……囲われているんじゃない」
シラを切りとおすしか千尋には、方法が無かった。
自分と光輝の関係を、こんな輩に踏みつけにして欲しくは無い。
駒田組は、静岡ではそう大きい組では無かった。
だが、観光地という事でそれなりの利益は上がり、その金を使って上に登ろうとしていた矢先に、女に裏切られたのだ。
駒田組にとって、1億という金は取り戻さないと組の存続にもかかわる程の金額だった。
組長、駒田信一郎は若い頃からこの道に入り、いわば下積みを経験した苦労人。
光輝のような、二代目でインテリやくざが一番憎かった。
殆ど逆恨みだが、自分の女がその二代目が経営する店のホストと出奔したかと思えば、憎さは募るばかりだった。
「僕に1億の価値はない」
駒田から目を逸らす事なく千尋は訴えたが「それならそれまでさ、お兄さんの体で返してもらうだけだから」と薄気味悪い笑顔を千尋に向けて駒田は答えた。
「……体で…………」
それがどういう意味なのか分かっている千尋は、それ以上口を開く事は出来なかった。
「本当に綺麗な顔をしている……」駒田の目が厭らしく光り、千尋は顔を背けた。
「ま、夜まで待とう。金さえ手に入れば後はこっちの思うツボだ」
そう言って楽しそうに笑う駒田に千尋は唇を噛んだ。
後手に拘束されたままの千尋は、今の状態では逃げ出す事も抵抗する事も出来ない。
(光輝に迷惑を掛けるのだけは嫌だ……)
「おい、向こうの部屋に閉じ込めておけ。あいつ等が来る前にあれを使え」
何かとても恐ろしい事を指示しているようだが、千尋は気づかないふりをしていた。
今の自分が何を言っても、相手を挑発するか、光輝を窮地に追い込むかどちらかになると思っていた。
そして千尋が連れて来られたのは、小さな窓がひとつあるだけ、家具も何もない部屋だった。
水のペットボトルだけ渡され、縛られていた手は解放された。
それは、この部屋からは容易に出られない事の裏付けでもある。
鍵の掛かった部屋の隅で、千尋は膝を抱えて座った。
自分の愚かな行動を責めてみても始まらないが、どうして飛び出すより先に電話の1本を入れなかったのか、後悔してしまう。
(光輝……ごめん)
千尋の前ではやくざな顔を見せない光輝に、つい油断していたのだ。
千尋は閉じた瞼の奥に、光輝の背中で蠢く竜を思っていた。
大好きな竜の絵……大好きな伯父である彫雅が掘った千尋の大好きな竜……
千尋は、それだけは自分が守りたいと思った。
どのくらい時間が経ったのだろうか、小さな窓から見える外は薄暗かった。
こんなに簡単に時間の感覚が麻痺するとはと、妙な所で感心してしまう。
突然一人の男が、盆に乗ったスープとサンドイッチを持って来た。
「ほら、これ喰って」
「いらない……」
考えてみたら朝少し食べただけで、それ以降は何も口には入れてなかった。
「スープだけでも飲んだ方がいいぞ、体力温存って言うだろう?」
何の為の体力温存だよ?と突っ込みたい気分だが、千尋はとりあえずその盆を受け取った。
「毒なんか入ってないから、さっさと食えよ」
サンドイッチとスープという組み合わせが変だったが、コンビニのサンドイッチに少し安心して手を伸ばした。
この男の口車に乗る訳じゃないが、体力温存は実際に必要なのだ。
もし、無事ここから出してもらえなければ、いざという時に足を引っ張るかもしれない。
封を切った千尋を確認して、男は部屋を出てまた外から鍵を掛けた。
初夏とはいえ、薄手のシャツ1枚で何も無い部屋の中ではうっすら寒い。
千尋は、スープ口を付けた。それはごく普通のコーンスープだった。
外の様子が全く判らないから、千尋には今光輝が此処に向かっているのかさえ判らない。
10分程して再びドアが開いた。
「おい、出ろ」横柄な口調で顎をしゃくられ、千尋はのろのろと立ち上った。
連れて行かれたのは、さっきとは違う和室だ。
駒田は座椅子で寛ぎ酒を飲んでいた。
「8時にはここに二代目が来る予定だ」
千尋が周りを見回しても時計らしき物は見当たらなかった。
「今何時なんですか?}
「7時半だ」
(あと30分……)あと少しで逢える……
千尋がそう思い小さな吐息を漏らした時に、両手を捕られまた拘束された。
「そんな事をしなくても、僕は逃げないし、あと30分したら迎えが来るんだから」
あと30分という考えが千尋に余裕と油断を与えた。
千尋を縛った男が、その手を頭上に持ち上げ鴨居から下がったフックに掛けた。
足は畳に着いてはいるが、両手を上に拘束されれば動く事など出来やしない。
「こんな事しなくても……」
ぐるっと体を回転させ、駒田を睨み付けた。
「ふふふ……せっかく遠くからいらっしゃる客人に、余興を見てもらうんだよ」
「どうしてっ……」千尋がそう叫んだ時に、目の前の男が千尋のシャツのボタンを引きちぎり飛ばした。
「シャツは剥ぎ取れ」駒田がニヤニヤしてその男に命令すると、ビリビリと引き裂かれ、残った生地が千尋の腕に絡み付いた。
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「こんな事をして……1億もの金を要求していて……」
千尋は静かだが、厳しい口調でそう言った。
「ふふふ、二代目が来る頃は状況が変わっているさ」
自信ありげに言う駒田の、その根拠が千尋には判りかねた。
(あと30分……)
駒田は、まるで目の前の千尋を酒のつまみにするように飲んでいる。
その口元は嫌らしく薄ら笑いを浮かべていた。
千尋は、両手を頭上と捕えられているからなのだろうか、躰が次第に熱くなって来た事に気づいていた。
最初はこの体勢のせいかと思っていたが、その熱は躰全体に回ってくる。
そんな千尋の顔色を見た駒田が「そろそろだな」と言い放ちぐいっと杯の酒を飲み干した。
駒田の横で酌をしていた男が、駒田に何か耳打ちされ千尋に近づいた。
指の腹で俯いた顔を上げさせられると、その指の感触に千尋の皮膚がざわついた。
(え……っ?)
「どら、どのくらい敏感になったかな?」
揶揄するように千尋の顔を覗き込んだと思ったら、その指は千尋の首を撫でつつーっと鳩尾まで下りた。
「あっ……」
指がなぞった道筋が異常に火照ってしまい、千尋は男の顔を睨むように見た。
「お兄さん、随分と目が潤んでいるねぇ」
ここまでくれば、素人の千尋にも自分が何か薬を使われた事に気づく。
「あ……っ」コンビニのサンドイッチと一緒に出されたスープだ。
千尋は肌寒さのあまりに、口を付けてしまった事を今更ながらに後悔した。
「全く警戒心の薄い奴だな……今朝といい」
千尋の傍にいる男が、本心から呆れたようにそんな事を言った。
「……どうしてこんな?」
「あんな恥掻かされて、1億ぽっちで済まされると思う方がおかしい」
千尋はこの駒田という男がどんな恥を掻かされたかは知らないが、光輝がそんなあくどい事をするとは考えられなかった。
そしてこの駒田という男が、千尋に薬を使って何をさせようとしているのかも分からない。
「それにしても女みたいな綺麗な肌をしているなぁ……」
千尋の傍に立つ男が、間近で千尋の体を見て溜め息混じりに呟いていた。
「組長、ちょっと弄ってもいいですか?」
「勿論、元よりそのつもりだ」
駒田の承諾を得た男が、にやっと口元を緩め千尋の薄い胸に手の平を合わせた。
「やだ……やめろっ」
千尋は躰を捩って、その手から逃れようとするが、ただぐるぐる回るだけで反って不安定になるだけだった。
「無駄だよ」そう言うと男は楽しそうに、千尋の胸を弄った。
「やだっ!触るなっ!」
男が触れる度に、熱を帯びる面積が広くなり千尋は何度も唇を噛んで堪えた。
体中に広がりつつある熱を……知られてはならないと必死に抗うが、それはもう千尋の意思でどうにか出来る範囲を超えていた。
「おい、坂本!」
「へい……」
坂本と呼ばれた男は、今千尋の胸に手を這わせにやにやと笑っている男だ。
「ちょっと、こっちに背中を向けさせろ」
坂本は駒田の真面目な口調を訝しく思いながら、千尋の背を見せるように向きを変えた。
「……なんだ?」駒田の声が少し掠れている意味を千尋は知っている。
ぎゅっと目を瞑り、熱を発散させようと呼吸を早めた。
そして千尋は、すくっと駒田が立ち上がる気配を背中で感じた。
近くまで来て、千尋の体を舐めるように見詰めている。
千尋はその様子を痛いほど肌で感じた。
「これは、凄い拾い物だ。おいもう少し薬を飲ませろ」
「いやだっ、止めろ」
だが、千尋のそんな抵抗など赤子の手を捻るよりも簡単に防げる。
男二人に鼻を抓まれ小さな粒を放り込まれれば、呑み込んでしまうのも時間の問題だ。
ご丁寧に水まで含まされた。
危ない物が自分の喉を滑り落ちる感覚に、千尋はなす術もなかったのだ。
「ふふふ……ははは……1億で渡すには惜しい」
「ふざけるな……あっ!」
言っている傍から坂本が、千尋の尖りをきゅっと摘まんだ。
予想しなかった動きと、異常に敏感になっている皮膚のせいで、小さな悲鳴が漏れた。
「おお、なかなかいい声で啼くな」千尋の反応に駒田が下衆な笑顔を見せた。
「組長、そろそろお時間です」
入口に控えていた男がそう声を掛けた。
千尋はその言葉に詰めていた息を吐いた。
「そうか、出るか?」
「え……っ?」
千尋はここに光輝が迎えに来るものと思っていた。
「ふふふ、残念だな。お前の男と会うのは組事務所だ。ああ二代目が来る頃には、お前は善がって誰彼にでも脚を開いているんだろうがな?」
駒田の恨みは金だけでは無いのだ、女を奪われ恥を掻かされた。
どうしても同じ思いを二代目に味あわせてやりたいと思っていた。
そして二代目の相手が男だと同業者に広く知れ渡れば、いい笑い者だとさえ考えていた。
だが、千尋の背中を見て欲を掻いた。
「おい、坂本ギリギリの所で止めておけよ。楽しみは後だ」
そう坂本に言いつけて、部屋に5人程残して駒田は出て行った。
「はい、いってらっしゃい」駒田の背中に深々と頭を下げる様子を千尋はぼんやりと眺めていた。
ずくずくと、躰の奥から熱いマグマが噴き出すようだった。
(光輝……)
顔を思い浮かべようと閉じた瞼からぽろっと涙が零れ足元の畳を濡らした。
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千尋は静かだが、厳しい口調でそう言った。
「ふふふ、二代目が来る頃は状況が変わっているさ」
自信ありげに言う駒田の、その根拠が千尋には判りかねた。
(あと30分……)
駒田は、まるで目の前の千尋を酒のつまみにするように飲んでいる。
その口元は嫌らしく薄ら笑いを浮かべていた。
千尋は、両手を頭上と捕えられているからなのだろうか、躰が次第に熱くなって来た事に気づいていた。
最初はこの体勢のせいかと思っていたが、その熱は躰全体に回ってくる。
そんな千尋の顔色を見た駒田が「そろそろだな」と言い放ちぐいっと杯の酒を飲み干した。
駒田の横で酌をしていた男が、駒田に何か耳打ちされ千尋に近づいた。
指の腹で俯いた顔を上げさせられると、その指の感触に千尋の皮膚がざわついた。
(え……っ?)
「どら、どのくらい敏感になったかな?」
揶揄するように千尋の顔を覗き込んだと思ったら、その指は千尋の首を撫でつつーっと鳩尾まで下りた。
「あっ……」
指がなぞった道筋が異常に火照ってしまい、千尋は男の顔を睨むように見た。
「お兄さん、随分と目が潤んでいるねぇ」
ここまでくれば、素人の千尋にも自分が何か薬を使われた事に気づく。
「あ……っ」コンビニのサンドイッチと一緒に出されたスープだ。
千尋は肌寒さのあまりに、口を付けてしまった事を今更ながらに後悔した。
「全く警戒心の薄い奴だな……今朝といい」
千尋の傍にいる男が、本心から呆れたようにそんな事を言った。
「……どうしてこんな?」
「あんな恥掻かされて、1億ぽっちで済まされると思う方がおかしい」
千尋はこの駒田という男がどんな恥を掻かされたかは知らないが、光輝がそんなあくどい事をするとは考えられなかった。
そしてこの駒田という男が、千尋に薬を使って何をさせようとしているのかも分からない。
「それにしても女みたいな綺麗な肌をしているなぁ……」
千尋の傍に立つ男が、間近で千尋の体を見て溜め息混じりに呟いていた。
「組長、ちょっと弄ってもいいですか?」
「勿論、元よりそのつもりだ」
駒田の承諾を得た男が、にやっと口元を緩め千尋の薄い胸に手の平を合わせた。
「やだ……やめろっ」
千尋は躰を捩って、その手から逃れようとするが、ただぐるぐる回るだけで反って不安定になるだけだった。
「無駄だよ」そう言うと男は楽しそうに、千尋の胸を弄った。
「やだっ!触るなっ!」
男が触れる度に、熱を帯びる面積が広くなり千尋は何度も唇を噛んで堪えた。
体中に広がりつつある熱を……知られてはならないと必死に抗うが、それはもう千尋の意思でどうにか出来る範囲を超えていた。
「おい、坂本!」
「へい……」
坂本と呼ばれた男は、今千尋の胸に手を這わせにやにやと笑っている男だ。
「ちょっと、こっちに背中を向けさせろ」
坂本は駒田の真面目な口調を訝しく思いながら、千尋の背を見せるように向きを変えた。
「……なんだ?」駒田の声が少し掠れている意味を千尋は知っている。
ぎゅっと目を瞑り、熱を発散させようと呼吸を早めた。
そして千尋は、すくっと駒田が立ち上がる気配を背中で感じた。
近くまで来て、千尋の体を舐めるように見詰めている。
千尋はその様子を痛いほど肌で感じた。
「これは、凄い拾い物だ。おいもう少し薬を飲ませろ」
「いやだっ、止めろ」
だが、千尋のそんな抵抗など赤子の手を捻るよりも簡単に防げる。
男二人に鼻を抓まれ小さな粒を放り込まれれば、呑み込んでしまうのも時間の問題だ。
ご丁寧に水まで含まされた。
危ない物が自分の喉を滑り落ちる感覚に、千尋はなす術もなかったのだ。
「ふふふ……ははは……1億で渡すには惜しい」
「ふざけるな……あっ!」
言っている傍から坂本が、千尋の尖りをきゅっと摘まんだ。
予想しなかった動きと、異常に敏感になっている皮膚のせいで、小さな悲鳴が漏れた。
「おお、なかなかいい声で啼くな」千尋の反応に駒田が下衆な笑顔を見せた。
「組長、そろそろお時間です」
入口に控えていた男がそう声を掛けた。
千尋はその言葉に詰めていた息を吐いた。
「そうか、出るか?」
「え……っ?」
千尋はここに光輝が迎えに来るものと思っていた。
「ふふふ、残念だな。お前の男と会うのは組事務所だ。ああ二代目が来る頃には、お前は善がって誰彼にでも脚を開いているんだろうがな?」
駒田の恨みは金だけでは無いのだ、女を奪われ恥を掻かされた。
どうしても同じ思いを二代目に味あわせてやりたいと思っていた。
そして二代目の相手が男だと同業者に広く知れ渡れば、いい笑い者だとさえ考えていた。
だが、千尋の背中を見て欲を掻いた。
「おい、坂本ギリギリの所で止めておけよ。楽しみは後だ」
そう坂本に言いつけて、部屋に5人程残して駒田は出て行った。
「はい、いってらっしゃい」駒田の背中に深々と頭を下げる様子を千尋はぼんやりと眺めていた。
ずくずくと、躰の奥から熱いマグマが噴き出すようだった。
(光輝……)
顔を思い浮かべようと閉じた瞼からぽろっと涙が零れ足元の畳を濡らした。
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