仁の運転で光輝と虎太郎が部屋を出て行った後、千尋は仁が戻って来るのを一人待っていた。
中々仕事に就く事を許してもらえない千尋は、毎日時間を持て余していた。
窓を開け春の暖かい空気と入れ替えようと、ベランダに立った。
遠くに救急車のサイレンが鳴り響いているが、この都心では聞かない日の方が少なく、千尋もその感覚が麻痺していた。
随分と近くでサイレンが鳴りやみ、千尋はベランダから外を眺めた。
目が眩む高さに、長くは覗いていられないが、小さく2台の車が見えた。
1台は点滅を続ける救急車、そしてもう1台は黒い乗用車だった。
だがその乗用車の角度に千尋は首を傾げた。道路での事故には見えない不自然な停車の仕方に胸騒ぎを覚えた。
(光輝……?)
黒い乗用車なら何処にでもある、と内心否定しながら千尋は部屋を飛び出した。
どう見てもあの角度は、このマンションの駐車場から出た角度だ。
千尋は部屋に鍵も掛けずに、エレベーターに乗り込んだ。
逸る気持ちで1階に到着したエレベーターから飛び出し、未だ救急車がいる現場に向かった。
そんな千尋の目に、さっきは気づかなかったトラックも見えた。
そしてその後ろにはっきりは見えないが、黒塗りの高級そうな乗用車が1台。
人混みを掻き分けるように覗き込もうとする千尋の耳に『うわっベンツ勿体ない』などと野次馬の声が飛び込んで来た。
「ちょっと、通して下さい」千尋がその野次馬の中に入ろうとした時に、後ろから声が掛けられた。
「君、斉藤千尋さん?」
「は……い」千尋は事故の様子も気になりながらも、呼ばれた方に振り返った。
事故の報告かと思い、もう足が小刻みに震えるのを止める事は出来なかった。
「あの……もしかして、あの車?」
「ちょっとこちらへ」
気が動転している千尋は全く警戒せずに、その男二人に着いて行った。
だがその二人はそれ以上何も語らず、千尋の腕を引いて駐車場へと歩き出した。
「ちょっと、何処へ?」
千尋は踏ん張ろうとするが、男二人の力に敵う筈もなく停車してあった車に押し込まれた。
そのスモークを貼った乗用車は、千尋を乗せると外の野次馬を、激しいクラクションで散らし走り出した。
ほんの1・2分の間の出来事だった。事故の様子に気を取られている野次馬や、通行人には誰一人気づかれる事なく、千尋の姿がマンションから消えた。
仁がマンションに戻って来たのは、それから2時間くらいしてからの事だった。
部屋に鍵が掛かっていない事を訝しく思いながら、仁は千尋の名前を呼んだ。
「千尋さーん?何処ですかぁ?」
部屋の中の様子は、朝仁が出かけた時と何ら変わりは無かった。
だが、ベランダに続く窓が開いていてレースのカーテンが、穏やかな風に靡いている事だけが変わっていた。
「ベランダですか?」
そう声を掛けながら覗いても千尋の姿は見当たらない。
自分のポケットから携帯を取り出し、千尋に掛けたがその着信音は寝室から聞こえて来た。
「何処に出掛けたんだ?」
そう声に出すが、その声が酷く不安な音となって自分の鼓膜に響く。
仁は急に落ち着かなくなって、今度は虎太郎の携帯に電話を掛けた。
『どうした?』
『いえ、あの……千尋さんが何処かに出掛けるって聞いているかな?って思って……』
電話口で虎太郎が光輝に確認している声が聞こえる。
仁みたいな下っ端は、本来なら虎太郎にだって直接電話を掛けられないのだが、部屋付のような形になっている今は、連絡を取り合うのは必須だった。
『どうした、千尋は部屋に居ないのか?』
急に別の声に変わり、仁は慌てながら「はい、何処にも姿が見えません」と報告した。
『携帯は?』徐々に声が低くドスの効いた声になるのに怯えながらも、仁は「携帯は寝室みたいです」と答える。
『今虎太郎をそっちに向かわせる』そう言って電話がぶつっと切れた。
「はぁ~っ」仁は携帯を片手に大きく溜め息を吐き、ソファに腰が抜けたように座り込んだ。
30分程して虎太郎が部屋を開けるまで、仁は一歩も動けずに座り込んだままだった。
「千尋さんは?」
「あぁ補佐……」仁は虎太郎の顔を見て、少し緊張の糸が解れたように「まだです」とだけ告げた。
そして、仁が部屋に戻った時の様子を虎太郎に説明して聞かせた。
「おかしいな」虎太郎のその言葉に仁は顔を強張らせた。
「どうしましょう?」心細そうに言う仁に「大丈夫だ」と根拠のない言葉を虎太郎も吐いていた。
調べたら財布もある。
携帯も財布も持たずに遠くに外出する筈も無い、それが二人を余計に不安にさせていた。
「ちょっと向かいに行って来る」虎太郎はそう言って、同じ階にある光輝の会社に向かった。
「あ、俺も」心細くて虎太郎に着いて行こうとする仁を「お前はここで待っていろ」と言い捨てて虎太郎は部屋を出て行った。
「そんなぁ、虎太郎さん」二人だけの時に呼ぶ名前を口にすると、何か少し落ち着いた気がして仁はまた腰を下ろした。
光輝がフロント企業として幾つかの会社を経営していた。
そして同じマンションにある会社は、従業員を一人しか置かないパソコンだらけの事務所だった。
そこで働いているのは、三浦要25歳。
3年前までは、オタクと言われた類の男だった。
自分の家に引きこもっていた三浦が、たまたま外に出た時の帰り道、他の組のチンピラに絡まれていた所を、光輝が助けた事で懐かれ、今に至っている訳だった。
パソコンがあれば何も要らない、と言う程のパソコンオタクの三浦には、充分過ぎる報酬と仕事が出来る環境を与えてやった。
そして金にも執着を見せずに、ゲーム感覚でパソコンを操作する三浦にとって、光輝がヤクザだろうがそんな事は関係なかったのだ。
欲しかった機材もソフトも遠慮なく買える環境に狂喜すらしていた。
光輝のお陰で人生が楽しくなったと言い切る三浦は、ある意味組員よりも光輝に忠誠心を持っていた。
仁が部屋で待っていると、渋い顔をした虎太郎が戻って来た。
だが仁には何も言わずに、携帯を取り出し呼び出している。
「出来たら直ぐに帰って来い」虎太郎が上役である光輝にこういう話し方をする時は、非常事態だというのは仁にも判った。
「もう向かっている?正解だな」そう言って虎太郎が電話を切った。
「あの、いったい何が?」
だが虎太郎は仁の問い掛けには答えず「熱い珈琲淹れてくれないか?」と言っただけだった。
「はい……」それ以上仁には掛ける言葉が無かった。
光輝を呼ぶと言う事の重大さは、仁にも判る。
(千尋さん……)
下の千尋画像をポチっとすると、ブログ村のランキングに10ポイント入ります。
押して下されば嬉しいです!
にほんブログ村FC2のランキングにも参加中です
4日も更新を休んでしまいました。
その間もランクングのポチをして下さいまして、
本当にありがとうございました!
箱庭からの記事数と合わせて750余りあります。
(お知らせ記事も含んでいますが)
移動するだけでも、右手が痛くなりそうです。
コメントのお返事も放置しっぱなしで、本当に申し訳ございません。
今日は、以前少し書いて置いた千尋の話を更新致します。
駿平の方も気になりますよね^^;すみません。
HPを立ち上げても、ブログはこのまま残すつもりでいます。
文字数がブログだと2000文字を目安にしているのですが
サイトになると、やはり5000文字前後は普通らしいです。
一気には無理ですので、ブログで更新したものを、数話まとめる形になると思います。
現時点ではランキングもブログも変更はありません(*^_^*)
引き続き可愛がって下されば嬉しいです。
- 関連記事
-