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雪の音 5

 10, 2013 00:01
 肩書の多い凜太郎の前で弱音を吐くと、まるで仕事を紹介してくれと言っているようなものだ。何故か優斗にはそれが出来なかった。上手に世渡り出来る奴なら、きっとこの秋山グループの社長である凜太郎を上手く利用したのかもしれないと思いもした。
「自分のやりたい仕事と巡り会えるまでゆっくり探しますよ」
 そう言って優斗は笑顔を見せた。これでこの話は終わりだと言うように。
「私なら優斗の望みを叶えてあげられると思わないのか?」
「そうかもしれませんね。でも俺は……」
「優斗、今の日本の人口を知っている?」
「え、人口ですか……」
 突然話を変えてきた凜太郎に優斗は向き直る。
「一億くらいですか?」
 きちんとした数字は優斗も気にしていなかった。
「一億二千八百万人は超えているよ」
「そうですか、結構多いですね」
 凜太郎がどうしてそんな話を始めたのか、優斗は理解出来ない。
「そんなに多くの人間がいるのに、私と優斗は一日で二度も出会った。それも全く違う土地で、だよ。凄い事だと思わないか? 万が一あの飛行機が墜落でもしていたら、私と優斗は一緒に天国に昇ったかもしれないのだよ」
 凜太郎は内心、違う天国なら一緒に昇りたいが、などと思いながらそんな事を言っていた。
 言われてみればそうだと優斗も思うが、だからと言って凜太郎を頼ってもいい、という答えには結びつかないのだ。
 ふっと凜太郎がため息と共に失笑を零す。
「優斗もたいがい頑固だね」
「……」
 頑固でなければDⅤの父を持ち、自分を保ってはこられなかったと、優斗は言葉には出さずに胸の中で反論していた。父の暴力は母にだけ向いていたわけでは無い。いや優斗の方の被害が大きかったかもしれない。顔に痣を作りパートには行けない事を父は分かっていたから、その分優斗に向かう事が多かったのだ。自分にひとつも似た所のない優斗を、もしかしたら父は憎んでいたのかもしれない。他人を見るような父親の視線に何度震えたことだろう。その数は数えきれない程だった。

「私に頼るつもりはないの?」
 その言葉に驚いて優斗は凜太郎を正面から見据えた。何故か自分を気に入っているふうなのも不思議だ。何の取り柄もない自分を食事に誘うのはまだ分かるが、仕事となれば別問題だろうと思う。その思いが優斗の首を横に振らせてしまった。
「ありません……。俺は凜太郎さんの希望に適うような人間ではありません」
 凜太郎の名刺の裏に書かれた関連会社はどれも一流と呼ばれる会社だった。学歴もない自分が今そこにコネで入ったとしても、長続きなどしないだろう。
「今日は、ご馳走様でした」
 優斗はいたたまれなくなり、席を立った。
「まだ帰さないよ。もう一件付き合ってもらいたい。軽く飲まない?」
 言葉使いは優しいが、凜太郎の言葉にはいつも逆らう事の出来ない何かがあった。この威圧感が人の上に立つ者だと優斗に知らしめる。

 結局、優斗が次に連れて行かれた店は、小さなバーだった。それは意外だったけど、それでもその場所は雰囲気も良く凜太郎に相応しいような店だった。スツール一つをとっても優斗でも判るほどに高級感が漂っていた。
「いらっしゃいませ、秋山様」
 バーテンが凜太郎に向かい軽く会釈してからら優斗に視線を投げる。少しだけ驚いた目をしたが、優斗は気づかない。
「私はいつものを。優斗は何がいい?」
「俺は……よくわからないので任せます」
 まだ二十歳になったばかりの優斗だ。そうそうに酒を飲む機会もないし、こういうバーに来た事も生まれて初めての事なのだ。酒の名前などビールとチュウハイくらいしか知らない。
「布施君、ではこの子にはスクリュードライバーを」
「はい」
 布施と呼ばれたバーテンは頷くとカクテルを作り始めた。カシャカシャと格好いい仕草でシェーカーを振るのを優斗は黙って眺めていた。優斗の前にオレンジジュースのようなカクテルが置かれた。凜太郎の前にはオリーブの実が入ったカクテルが置かれる。
「では乾杯しようか。私たちの奇跡的な縁にね」
 凜太郎はグラスを手にし、優斗に向かってわざとらしくウィンクをしてみせる。そんな気障な仕草もさまになる凜太郎がやけに格好良く見えた。
 いや実際に男の優斗が見ても凜太郎はかなり格好いい。身長も百八十は軽く超えているだろうし、顔の造作も半分異国の血が混ざっているのではと思う程に彫が深い。深い色の瞳に見据えられたら普通の人間なら恐怖すら感じるかもしれない。
 三杯目のグラスを空にする頃には、優斗の体も浮遊感に包まれ、今まで研ぎ澄まされていた神経も弛緩し始めた。
「お酒あまり強くないの?」
 どうして年上で偉い立場の男がいつも丁寧な口調なのだろうか、などと思いながら優斗は、こくんと頷いた。口を開くのも少し億劫になってきていたからだ。
 凜太郎は、最初こそは弱くて飲みやすい酒を優斗に勧めていたが、二杯目三杯目と少しずつ度数を強くした酒を出させていた。それに気づかずに優斗は同じペースで飲み干す。
 酒に上気した頬と潤んだ目で、優斗は凜太郎を見上げる。
「凜太郎さんって酒強いですね」
「慣れだよ」
「そうか……俺もそのうちに酒に強くなれるかな? 俺はね、酒に飲まれる人間が一番嫌いなんです。親父みたいな……」
 優斗の語尾は非常に弱く、凜太郎には聞き取りにくいものだった。
「そろそろ帰りますか?」
「はい……」
 そう言ってスツールを降りた優斗の足がもつれ膝が折れた。だがその瞬間に優斗の体は凜太郎に抱き止められていた。

 優斗は雲の上のような心地よさに薄く目を開いた。誰かが自分を横抱きにして、背中でドアを押し開いている。
「あ……」
「気が付きましたか?」
 優斗の小さな声を拾い、囁くように言葉が返って来た。
「凜太郎さん? 俺……」
「帰りの車の中で眠ってしまって、住所も分からないので、ひとまず私の部屋に連れて来たのですよ」
 そう言われながら、高級な革張りのソファに優斗はそっと下ろされた。
「具合は悪くないですか?」
「いえ、それより俺帰ります……すみません。ご迷惑をお掛けしてしまって」
「私がつい勧めてしまったのが悪かったのですよ」
 凜太郎は、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのキャップを捻った後、それを優斗に渡してくれた。
「今日はもう遅いから、私の所に泊まって行きなさい」
「いえ、そんなご家族の方に迷惑掛けるような事はしたくありません」
 遠慮する優斗に凜太郎は口元を緩め、照れたように言った。
「残念ながら私には遠慮するような家族はいませんので」
「え、もしかしてまだ独身ですか?」
「まだとは失礼ですよ。こう見えてもまだ二十九歳ですから」
「あ……ごめんなさい」
 秋山凜太郎の肩書を見れば、誰もが少なくとも三十代だと思うだろう。優斗もその肩書故に年齢を聞かずに、勝手に三十代と思い込んでいた。
「ま、私も来年は三十歳になるのですがね」
 苦笑して言う凜太郎に優斗も苦笑で返す。
「今ゲストルームを整えて来ますから、少し横になっていなさい」
「そんな贅沢な……俺はこの辺の床で寝ますから大丈夫です」
 優斗の言葉に凜太郎は一瞬目を丸くしたが、却下と笑いながら奥の部屋に消えてしまった。


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COMMENT - 1

けいったん  2013, 04. 10 [Wed] 19:03

優斗に 至れり尽くせりの凛太郎氏
普通 ここまでされたら ちょっと考えるよね。
「下心あり?」って!
「利用してヤロウ」って!

でも それをしない優斗の純粋さと鈍さが 
世間の醜さ非情さを知っている凜太郎には 心に響くのでしょ♪
可愛いんだろうなぁ~
(*--)ヾ( ̄▽ ̄*) ナデナデ...byebye☆


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