「いや、俺らと同じ年くらいの三人連れ」
「野口が知らないなら俺も知らない」
優斗には、こっちに来てまだ友達と呼べる人間はいなかった。偶然に故郷の友達に会ったとしたら野口が知らない筈はない。
「そうか、じゃあ俺が意識し過ぎかな……」
だけど野口の口調は何故か弱々しく、不安気だった。
それから2時間ほど飲んで野口とは駅で別れた。久しぶりの再会と美味い酒に優斗の気持ちも幾分上昇していた。また明日からバイト探しに頑張ろうと思えて来たのも、野口のお陰だと感謝しながら長い通路を歩いていた。
その時ふと両腕を見知らぬ男に挟まれてしまい、あっという間に近くのトイレに連れ込まれてしまった。優斗は自分の身に何がおきたのか分からず引きずられるままに、個室に押し込まれた。
「何だよお前ら!」
「お兄さん綺麗だね、俺らと遊ばない?」
両手を押さえた二人以外にもう一人……その顔に見覚えがある。先日凜太郎と一緒の所を絡まれ凜太郎に殴られた男だ。
「あ、あんたは……」
「覚えていてくれたとは嬉しいね」
強張る優斗に比べて男は随分余裕で、優斗を揶揄するような言葉ばかりを吐いている。
「離せよ、お前らなんかと遊ぶ暇はないんだよ」
優斗は怒りを籠めた目で男を睨み付けるが逆に嗜虐心を煽るのか、男はにやにやしているばかりだった。
優斗が二人の腕を振りほどこうともがくが、簡単には腕を離してもらえそうになかった。
「金なんか持ってないから」
実際優斗の財布の中には数千円の金額しか入っていない。全部野口が出すというのを無理して半分払ったのは男の意地と、野口に心配を掛けたくない気持ちからだった。こんな男達に金を渡すのなら全部自分が払えば良かったなどと、身動きの取れない体でそんな事を考えたりしていた。
「お金ないの? それは残念だね。でも金が目的じゃないんだよね」
相変わらず男は口元に笑みを浮かべ優斗を揶揄する。
「お兄さんならその気になれば幾らでも稼げるよ。でもその前に俺が味見するけどな」
「な、何言って……」
男の目的が自分の体だと、ここまで聞けば優斗も理解できる。だけどこんな狭いトイレの中に四人の大人が立っているだけで酷く窮屈だ。優斗はどうしてもここから逃げ出す必要があった。どこか知らない所に連れて行かれでもしたら、自分独りでは逃げ出す事も困難だろう。そう思うと急に恐怖が襲ってくる。この個室から出る事さえ出来れば、外には溢れる程の人間がいるのだ。だがそれは簡単な事では無い。
そんな優斗を見ながら男は言葉を続ける。
「逃げようなんて思っても無駄だからな。ここで会ったのも何かの縁だと諦めるんだな」
「縁……」
優斗は自分から切った凜太郎との縁を思った。そして凜太郎に会いたいと願っている自分がいる事に気づき違う意味恐怖を覚えた。運が悪ければここで自分の人生は終わってしまうかもという時に、凜太郎を思う事の答えが見えて来たからだ。
「兄貴、場所変えましょうよ」
優斗の右腕を掴んでいる男がそんな事を言って来た。この時がチャンスだと優斗が顔を上げた時に見えた物は男の手にある白い布きれだった。
「嫌だっ! 離せっ」
その言葉を最後に優斗の体は男達の手の中に崩れ落ちて行った。
「意地を張るのもいい加減にしたらどうだ?」
遠くからそんな言葉が聞こえて来た。まだ完全に覚醒しきれない感覚の中、優斗はゆっくり目を開けた。
突然目に飛び込んできたのは目が痛いほどの、天井の明るさだった。自分のアパートにぶら下がっている四角い妙に和風の蛍光灯ではなく、地震が来ても揺れないシーリングライトだ。まるで自分に向かって言われたような言葉が、誰かが携帯電話を片手に話していると分かって安堵の息を吐いた時に、自分の置かれている状況に驚愕した。
優斗は野口と駅で別れた後に三人組の男に……優斗はゆっくりと首を動かし周囲を見た。そうして自分が横たわっている物がシンプルなベッドだと知った。この部屋で電話をしている男の声は聞こえるが、姿は見えない。優斗を拉致したであろうあの男達の姿も見えなかった。だからと言って安心出来る訳では無かった。いつあの男達が乱入して来るか分からない。
優斗は気配を殺して、怠慢な動きでゆっくりと自分の体に触れて顔色を失った。さっきまで着ていたはずのシャツは身に着けておらず、ゆったりとしたТシャツを着ている。恐る恐る手を伸ばすと素足の腿に触れた。だが体に違和感は無いような気がしたが、動かしてみないと分からないような気もする。気を失っている間に凌辱されたのかもしれないと考えると、腿に置いた手が僅かに震えてしまう。
「とにかく早く来いよ」
男はその言葉を最後に、電話を切ったようだ。そして男の気配が優斗に近づいた。優斗は強張った体を気づかれないように、眠ったふりをしていた。実際に良くない薬品を嗅がされたせいで頭ががんがんと警鐘をならしている。この男を突き飛ばしてでも逃げ出したいが、多分思うように体は動かないだろうと観念した。逆に電話で呼んだ誰かがここに到着するまで体を休めていた方がいい。
優斗は長年父親の暴力を、伊達に耐えていたわけでは無かった。父の暴力からは簡単に逃げられなかったが、多少なりともかわす術は学習していた。
その時男の体温がさらに近づき優斗の顔を覗き込む気配がした。相手が三人だったら力を振り絞ってでもベッドから逃げ出したかもしれない。ふっと鼻で笑うような気配の後、優斗はふんわりとした温かさを感じた。男の手によって足元にあった布団が肩まで引き上げられたのだ。
男の体温がゆっくりと離れて行くのを感じても、優斗は目を開けて後姿さえ見る事が出来なかった。
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