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再)僕の背に口付けを 2

 21, 2011 00:01
「お人払いをお願いします」の声に豊川が酌をしていた女性達に「外せ」と一言告げた。
こういう事には慣れているのだろう、何の言葉も発せずに女性達はすっと席を外し、部屋から出て行った。

あまり飲んでいなかった千尋は空いているコップに、徳利の日本酒を全部注いだ。そして、一気に半分程呑んだ。そんな千尋の様子を二十の眼球が見つめている。
千尋は立ち上がると、自分でシャツのボタンに手を掛けた。
誰かが「何?」と口にしたが、違う誰かが目で黙れと合図をしている。
千尋はゆっくりとシャツを脱ぎ捨てた。そして十人の男に背中が見えるように向きを変える。

誰の口からも声は漏れない。千尋はコップに残った半分をぐいっと飲み干した。
身体が段々と熱くなってくる。それでも皆何も言わずにじっと千尋を見ているだけだった。
二、三分の時がゆっくりと流れた。

「あっ!」と言う声が千尋の耳に届いた。多分最初に声を出したのは光輝だ。
光輝はこの青年は一体何を始めるつもりか?と思って只黙って女よりも白くて滑らかな肌を持つ青年の背中を見ていた。酒で桃色に染まった体が艶かしかった……そうするうちに、この青年の背中に色が浮き出て来たのだった。

誰かが「白粉彫(おしろいぼり)?」と声を上げた。
白粉彫りとは、平素では見えないが、体温が上昇した時に浮かび上がる彫り方だ。

その白い背中に浮かんだ物は、蓮の花をあしらい、凛とした顔で全てを見通すような微笑みの観音菩薩の姿だった。余計な装飾を施さず、蓮と菩薩のみのシンプルな物が彫雅の腕の良さを引き立てていた。
そして千尋の腰の辺りに「彫雅魂」と彫ってある。

千尋をこの世界では名の知れた面々が固唾を呑んで見守っている。そして誰の目にも光る物があった。

『これが皆を魅了した彫雅の遺作だ』

この汚れをも知らないような青年の白い背中にまさか……
素人の背中に彫り物をするなんて……
彫る者も彫られる者も生半可な覚悟では出来ない。生きて行く世界が変わってしまう恐れがあるからだ。身体に刺青があると暴力団員と判定される。普段は見えないにしろ、知られた時は千尋は暴力団の烙印を押されてしまう。

豊川が口火を切った。
「千尋君、どうして?」
「……僕が望んだ事です……これが、彫雅が生きていた証なのです」そう言うと千尋は又皆に向き直った。
「ありがとうございました。そして今見た事はどうぞお忘れになって下さい」と頭を下げる。

素人とはいえ、家に出入りするのはヤクザ連中ばかりだ。肝も据わるはずだがこれから普通に生きていくには、少し無茶だったような気がする、と誰もが思っていた。

つい光輝は「お前はどっちの世界で生きていくつもりだ?」と聞いてしまった。
すると千尋は酒で潤んだ目を向けて「僕は僕の世界で生きて行きます」と微笑んだ。
家に出入りするヤクザの姿は近所の人にも見られている。彫師だとは知っていても、やはり世間の目はヤクザを見る目と同じだった。

シャツを羽織り胸のボタンを掛ける時垣間見た桜色の尖りが、光輝の目に焼き付いた。
(あんな出っ張りも何も無い胸を見て俺は何をドギマギしているんだ?)
光輝は自問自答するが、答えは見つからず何故か焦るばかりだった。

(このままこいつを帰せない)光輝はただそう思った。背中の観音菩薩に魅入られたのか、この潤んだ瞳の千尋という青年に魅せられたのかは判らない。
(こいつを手に入れたい……)心から渇望している自分に光輝は驚いた。

「千尋君、タクシーを呼んだから君はもう帰りなさい」
千尋に声を掛けたのは、唐獅子牡丹で弐の落款を彫った男だった。
「はい、ありがとうございます。」
そして又皆に向かって「本日はありがとうございました」と頭を下げ、千尋は部屋を後にした。

光輝は送って行きたい気持ちを抑え、千尋が居なくなった部屋で両手を畳についた。
「皆様方、お願いが御座います」皆驚いたような顔で光輝の次の言葉を待った。
「私、豊川組若頭、豊川光輝が斉藤千尋の後見人になる事をお許し下さい」
千尋は未成年でも無く、さしたる財産がある訳でも無い。ここで光輝の言う後見人とは法的な事では無い事ぐらい判らない輩はひとりも居ない。

「惚れなさったのか?」さっきの年長の男が光輝の目を覗き込む。
(そうだ、この帰したくないなんて気持ち……俺は千尋に惚れたんだ……)この焦燥感の謎が解けたような気持ちで、光輝はその男の目を見据えて「はい」と頷いた。
まるで、睨み合いのような視線が絡まる。ふっと視線を外した男は「あっしは異存無いが?」と他のメンバーを見回した。

そういうこの男は、光輝の父親よりも年も立場も上だ。関東では三本の指に入る組の組長を張っていた松田という男だ。この男が彫雅に彫ってもらったのは、三十代半ばだった。
その頃にはもう若頭まで昇っていたのだが、まだ身体は綺麗な物だった。

本人に言わせると『惚れた彫師に巡り合わなかったからだ』そうだ。そしてやっと巡り会った彫雅に男としてとことん惚れて『彫雅弐』を彫ってもらった。
今はもう引退しているが、松田の力は引退しても衰えるものでは無かった。
松田に「異存は無い」と言われたら他のメンバーに異議がある筈もない。
「おい豊川のボンよ、大事にしてやりなさい」皆に声を掛けられ光輝は深く頭を下げた。

先に言ったもん勝ちの世界でもある。後で他の輩が手を出そうとしても、それでは仁義が通らない。先手必勝であった。
そして此処で公言して認められたという事は、ここに居る連中、そして傘下の者……大勢の者が手を出せないという事だった。光輝とて普段簡単に人に頭を下げる事は無い。だが今下げないと何も始まらない……そう考えて、男が……若頭が皆の前で頭を下げたのだ、千尋を手に入れる為だけに。

「あの子もあの身体じゃ堅気の世界で生きるのも大変だろう。あっしも少々気に掛けては居たんだが、ま……若いものに任せてみよう」という松田の言葉に「はい、ありがとうございます」光輝は再び頭を下げた。

「だがな……ボンよ、あの子は気をつけないと良くない連中が目付けるぞ」
「はい?」
「あれはな……男の色気が強すぎる、素人が刺青入れたせいなのか、持って生まれたものかは判らんが、あれは女よりも男を惹きつけるタイプだ。それも、どっちかと言ったらこっちの世界の男をだ……」
「はい、肝に銘じておきます」光輝こそ、それだった。
今まで男に惹かれた事などなかったし、女に不自由した事も無かった。そんな光輝が一目で千尋に堕ちたのだ。

「光輝」父の豊川正輝が声を掛けた。
「あの家は近いうちに処分した方がいい、本人も何れはそのつもりらしいがまだ躊躇っている、お前が背中を押してやるんだな」と有難い助言をくれた。
「はい、そうします組長」光輝にとって実の親でもあり、縦社会の親でもある。

『彫雅を偲ぶ会』がお開きになって、それぞれ黒塗りの車で警護の者を引き連れて帰って行った。光輝はひとり、自分のマンションに帰り「ふーっ」と溜息を吐きながらネクタイを緩める。そしてベッドに身体を投げ出し、目を瞑ると千尋の刺青を入れた背中が目に浮かんだ。

「くそっ」今直ぐにでも、あの身体を手に入れたいと思う。もう一度近くでゆっくりと見たい。この手であの肌を撫でてみたい。そんな願望だけが光輝の脳内を侵食していく。

「くそっ」もう一度声に出し光輝はシャワールームに向かった。熱い湯が掛かり、背中の竜がまるで生きているように蠢く。
(身体が熱い……)光輝はきゅっとシャワーを止めて、タオルで身体をさっと拭いて又服を着た。

そして三十分後、光輝は半年間彫る為に通った彫雅の家の前に立っていた。チャイムなど無い古い家の玄関の扉をドンドンと叩く。
暫くして玄関の中に灯りが点った。
「……はい……どなた様でしょうか?」
常識で考えれば家を訪ねる時間では無い、ヤクザとてそんな事は百も承知だ。だが今の光輝は明日まで待つ事など出来なかった。

「豊川光輝だ」
「豊川光輝……?」さっきの料亭で逢った男だと千尋は思い出した。
「何か御用でしょうか?」引き戸を開けながら千尋が尋ねる。
「お前を貰いに来た」そう言って光輝は家の中に足を踏み入れて来た。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」光輝の強い口調に千尋は驚く。
「俺はお前を貰いに来たと言ったはずだ」もっと強い口調で光輝が同じ言葉を繰り返した。

「おっしゃっている意味が判りません!」だが千尋も怯まない。
「俺のもんになれって言っているんだ」
光輝はそう言って更に一歩千尋に近づいた。

「はあ?何を言っているのかご自分で判っているんですか?」
「充分判っているつもりだが?」
光輝はそれが何だ?と言わんばかりの態度だ。
「呆れた……、」
千尋は、この男は本当に彫雅が認めた男なのだろうか?と思ったが、さっき見たあの彫り物はまさしく伯父の彫った物だったし、あの背中に見惚れた自分も居た事は確かだった。

「上がらせてもらうぞ」そして光輝は呆然と立ち尽くす千尋の前に立ちはだかった。
「……何を……んん……」だが、千尋が責める言葉を吐く前にその唇を塞がれてしまった。
「……んん……ん……ふぁ……」
永遠とも思える時間の後、やっと唇が解放された。その瞬間に千尋の右手が光輝の左頬を、音をたて打った。

**『おしろい彫りとは、架空の彫り方です』

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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^

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-  2011, 07. 21 [Thu] 03:21

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-  2011, 07. 21 [Thu] 09:12

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