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僕の背に口付けを 序章「-雅-」6

 11, 2011 00:28
流石に雅は翌日何もする気が起きなかった。
一緒に暮らし始めて、初めて一人で迎える朝だった。
昨日の事は夢だったのでは?雅は起き上がって台所に行ってみた。
もしかして、味噌汁とか作っているのかも?
現実主義の雅にしては珍しく妄想を抱いていた。
だが、そこには優希は居ない……割れたグラスがそのまま置いてあるだけだった。
雅は飯も食わずにぼーっと和室の柱に凭れていた。

そんな中、昼過ぎに電話が鳴った。
あまり電話の鳴らない家だった、時々外から優希が掛けてくる程度だ。
しつこく鳴る電話に舌打ちしながら、雅は受話器を持ち上げた。

「あの……優希の姉ですが」恐縮した声が聞こえて来た。
雅はふと、どうしてここの電話番号を知ったのか…と思った時「あの…優希に此処の電話番号を聞いていました」と言われ納得した。

この二つ上の姉は優希から色々な事を聞いていたらしい。
雅と優希の関係も知っているとの事だった。
優希も両親には打ち明けられなくても、姉には自分がゲイである事を若いうちに告白したらしかった。

結婚とか、跡取りとかは諦めて欲しい…
僕は家を継がないし、財産も要らない…でも姉さんには迷惑掛ける…そういう意味合いも含んでの告白だったらしい。

「今夜が通夜になります。私ひとりになる時間があると思いますのでその時に……優希に逢ってやって下さい」
「ありがとうございます…」
「母は…交通事故の加害者でもない雅さんなのですが、やはり刺青の事がとてもショックだったらしくて、雅さんには会いたくないと言っておりますので」
申し訳なさそうに姉がそう言葉を添えた。

通夜会場の場所を聞いて、近くで待機する約束をした。車を使えば、神奈川でも二時間くらいで行ける筈だった。
夕方六時からの通夜だが、多分逢わせてやれるのは深夜、身内が休んでからになるだろうと言われていた。

雅もその方が都合良かった。優希と二人っきりになりたかった。

予想通り雅が呼ばれたのは、もう夜も十一時を回った頃だった。
「母は父が無理に連れて帰りました」そう言われながら、優希が眠る部屋に案内される。
優希の姉は簡単な酒の仕度をしてくれた。
「お構いなく……」

その姉が突然畳に手を突いて、雅に向かって頭を下げた。
「優希を…優希を愛して下さって本当に、有難う御座いました」
姉の涙がポタポタと畳にシミを作って行く。
「時々電話を寄越しても、話すのはあなたの事ばかりでした。あんな子が幸せになれるのか心配していましたが……短かったですが、とても幸せな人生だったと思います」

雅はそんな優希の姉の言葉にただ頭を垂れるだけだった。

「私一度家に帰って来ますので、一時間くらいお願いして良いですか?」
「どうぞ、ゆっくりして来て下さい」
無理に作った用事なのかもしれないと、雅は心の中で感謝した。


雅はそっと優希の顔に掛けられた白い布を取った。
「……優希」
そこに眠る優希の顔には傷は無かったが、血の気の無い顔は、優希が本当に死んでいる事を雅に教えた。

「優希…お前本当に俺と一緒で幸せだったか?」
雅の口から、ついそんな弱気な言葉が出ていた。
甘い言葉など言ってやった事もない、何処かに遠出した記憶も無い……

「優希…馬鹿だな…命預けたのは俺なのに、お前が先に逝ってどうすんだよ?」
独り言とも愚痴ともとれる言葉が、無口な雅から溢れ出てくる。
優希の冷たい頬を撫で、乾いた唇に酒を含んで飲ませる。
その酒は吸い込まれる事なく、つつーっと唇の端を流れて行った。
「優希……」


翌日の午後から葬儀だと聞いて、雅は優希の姉に見送られ部屋を出た。勿論堂々と出席はしない約束をする。

本当は連れて帰りたかった。あの家でもう一度寝かせてやりたかった……
そう思いながら、雅は運転席のシートを倒して目を瞑った。

せめて今夜は同じ敷地内で眠ろう……
昨夜殆ど寝ていない雅は、優希の顔を見られた事と、普段めっぽう強いのに酒に酔ったのか暫くすると眠りに落ちていった。

「雅……雅……」
今までの事が夢だったように、優希が雅に声を掛けた。
「優希?」だが窓ガラスの向こうに居たのは、優希の姉だった。雅はそれに気づくと慌てて身を起こし、窓を開けた。

「こちらに泊まられたのですか?」
「あ……ええ」
優希の姉は塩むすびと沢庵の乗った紙の皿を持っていた。
「何もございませんが……」恐縮して言う姉に向かって礼を述べ受け取り「また午後に出直して来ます。外から送ります」と、そう言う雅にまたも優希の姉は深く頭を下げた。

雅は早朝の道を自宅へと向けてハンドルを握った。
二時間かけて帰るよりは、留まって時間を潰した方が効率は良かったが雅はあえて、自宅へ戻った。

家に帰ると、熱いシャワーを浴びてさっぱりし、クローゼットを開け黒いスーツを取り出した。
サラリーマンだった優希は殆どがスーツだったが、雅は年間の殆どを作務衣か甚平で過ごしていた。

クローゼットの中には、普段あまり着る機会など無い黒服がいつもきちんと手入れして掛けてあった。
『こういう服は急ぎの場合が多いからね、常日頃からいつでも着れるようにしておかないとね』
『そんな必要ない』そう雅が何度言ってもサラリーマンとしての自分の経験からも、優希は譲らなかった。

それでも今までに何回かは着る機会もあった。
見慣れないスーツ姿に優希がいつも「雅……格好いい」と溜息を吐いていた。
「珍しいからそう見えるんだ」無愛想に答えても「そんな事ない、雅のスーツ姿惚れ直しそう」

そんな会話を思い出しながら、雅は黒いネクタイをきゅっと締めた。途中花屋に寄り、葬儀には不釣合いな大きく派手な花束を買った。だが結んでもらったのは黒いリボン……
花屋の店員が訝しげな顔をしていたが、そんな事は雅には関係なかった。


人々の嗚咽の中、優希は荼毘に付された。
母親の悲鳴のような泣き声が参列者の涙を誘っていた。


その頃雅は斎場の外で空に上がって行く煙を眺めていた。
ただじっと……空を見上げていた。
「雅、ありがとう……」そんな優希の声が聞こえた気がした。

「優希……愛している」

雅は、優希が生きている間に一度だけ囁いた言葉を呟く。
もっと沢山囁いてやれば良かったか?
そう思ったりもするが、その言葉を優希が強請る事は無かった。雅の性格も何もかも承知していた優希だった。

「俺凄い幸せ」
事故の前夜の優希の言葉を思い出す。
「優希お前本当に幸せだったか?」

『雅……愛してるよいつまでも……』
風にのってそんな言葉が聞こえた。
雅はその花束を、優希を乗せた車が通るだろう場所にそっと置いた。

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イラストの版権・著作権は♯06のmk様に御座います。




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COMMENT - 2

しお  2011, 07. 11 [Mon] 01:23

kikyoさん

めちゃ泣いちゃいました
まだ泣いてます

なんだか切ないけど
二人愛し合って雅に愛し愛されユウキはホントに幸せだったんだなって心から感じました。
私も良いkikyoさんの作品を読ませて頂けて幸せです
お仕事、家事、子育てとお忙しい中の更新すごく嬉しいです
暑い日が続きますが体調には気を付けて下さいね
更新楽しみにしてます

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-  2011, 07. 11 [Mon] 14:47

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