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僕の背に口付けを 序章「-雅-」7

 12, 2011 00:00
そしてそれからの雅は、ひたすら技術に磨きを掛ける事に勤しんだ。何かを忘れるように……
雅の元を訪ねる輩は大勢居たが、やはり雅は簡単には首を縦に振らなかった。
あれから二年の月日が流れ、そして又雅の元に訃報が飛び込んだ。たった一人の身内、弟夫婦の死だった。
自分の仕事柄頻繁に行き来はしていなかったが、お互いを理解し合っていた弟の死は、雅にとってもショックだった。

そして雅は弟夫婦の忘れ形見を引き取った。
自分の仕事を考えると、この環境で子供を育てる事を躊躇ったが自分が見捨てると、この甥っ子は施設行きだ……

皮肉なものだ……お互い大切な者を事故で失った。
「傷を舐めあって生きろと言うのか?」雅は神に聞いてみたい心境だった。


「さぁ此処が今日からお前の家だ」
引いていた小さな手をそっと放して、家の中に招いた。
たった七歳の甥は見た目は嫁に似ていたが、この強い眼差しは弟というよりも、伯父である自分に似ていると思った。

「ここで僕は暮らすの?」少し不安そうな声で甥っ子は雅を見上げた。
「ああ、そうだ」と答える雅に小さな甥は「伯父さん、これから宜しくお願いします」と頭を下げた。

雅は口元を、緩め声を掛けた。
「さぁ、千尋入れ」


「伯父さん、僕これが好き」千尋が手にしたのは、昇り竜の絵だ。
「又竜か……好きだなお前は」
呆れるように答える眼鏡の奥の目がいつも笑っていた。

「ねえ竜はまだ?」
小学生の頃から聞き続けていた言葉は中学の頃まで続いた。
その答えは何時までたっても「まだだ」だった。

雅はそんな千尋に優希の面影を重ねていた。
(優希も竜の絵が一番好きだった……)
あれから十年―――過去と呼ぶにはあまりにも切なかった。


雅は、千尋が最近少し暗い少年になってきているのが少し気になっていた。元々口数の多い子では無かったが、そこに影が出てきている。
ある日雅が、千尋が持ち出した刺青の写真集を見たくて千尋の留守に部屋に入った。

男同士の気軽さで入ったのだが、写真集を探している時にふと一冊の雑誌に目が留まった。
それを手にした雅は少し困惑したが、暫くすると雅は口元を緩めニヤッと笑った。
そしてその雑誌を元の場所に仕舞い、見なかった事にする。
雅が手にした雑誌は古い物だったが、確かにゲイの雑誌だった。

何となくそんな気はしていた。
同じ嗜好の者同士というか……経験者の勘というか……
逆にそれが千尋に影を落としているだろうと推測され、理由が判って雅は、違う意味ほっとしていた。

高校を卒業したら働くという千尋を説得し、大学進学を勧めた。
自分は中退している身だったが、やりたい事がまだ見つからないのなら進学しろと強く勧めた。
多分千尋は遠慮していたのだろうと思う。
「お前を大学にやるくらいの金なら充分ある」そう言って安心させた。実際金銭的には何も問題は無かった。

雅はこれまで九人客をとった、その金額も一人当たり中堅クラスの年収以上だった。
男二人で静かに暮らすには充分な収入だった。

高校三年になり、千尋が進学に向け塾や図書館通いで、帰宅が遅くなりだした。その頃雅の元に一人の男が訪ねて来た。

「豊川光輝です」目力のある、まだ若い男だった。
「豊川?」雅は聞き覚えのある名前に反応を示した。
「豊川正樹は父です」
「父親を彫ったからと言って、息子を彫るとは限らない」

そんな雅に向かって「勿論、私と父は同じ人間ではありませんから」若さの割には人を食ったようなふてぶてしさがある。
祖父の代からのヤクザ家業だからだろうか?否、この男からは又違う匂いを感じる。
敷かれたレールの上を走っているようで、自分で切り開いているような逞しさを感じて雅は少し嬉しくなった。

だが簡単に承諾する訳には行かない。
それからその男は日参してきた。
手土産のきんつばに舌鼓を打つと、そればかりを持って来る。
「いい加減俺も糖尿病にはなりたくないからな……」
そう言って、和室に通したのが、初めて来た日から丁度二月後だった。
雅がこんなに長く結論を出さなかったのには理由があった。

いつもと同じように、座卓の上にデザイン画を伏せた。
「昇り竜と観音菩薩以外で、この絵と希望が同じなら……」雅は、そう言ってその男の顔を見据えた。

ふっと不適な笑みを浮かべた口から「昇り竜」という言葉が出てきた。
今まで雅が拒み、そして誰も口にしなかった言葉だった。
雅はこの男を睨みつけるように見据え、一瞬も目を逸らさないこの豊川光輝の前にデザイン画を表に返した。

雅が黙って右手を差し出すと、豊川光輝も黙って右手を出し握手を交わした。
「平日の九時以降五時までだ」
雅がそう言うと肩を竦めながら「まるで銀行みたいだ」豊川光輝は笑った。
「甥っ子が受験勉強中だ」雅に似合わない家庭的な返事を返す。

光輝が雅に投げかけた視線は、軽蔑したでも無く揶揄するでも無く、何故か温かいものを感じた。


それから半年かけ、雅は昇り竜を仕上げた。
その間、千尋とこの豊川光輝が出会う事は一度も無かった。

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■次回で最終になります。


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