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僕の背に口付けを 序章「-雅-」5

 10, 2011 09:13
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「豊川正樹……」雅は流石に今までのように、この男を見ただけで追い返すような事はしなかった。
優希の目から見ても、今まで来た奴らとは風格が違うのが判る。
だが雅は一度で決めるような事はしなかった。
そして雅はその男が初めて訪ねて来た日からひと月後に答を出した。
「昇り竜と観音様以外なら」
「風神雷神で」

豊川正樹のその言葉に雅がにやりと笑い、雅の予想通りの注文に優希が驚いた。
それから見切りのデザインや長さや詰めた話になったので優希は席を外し、簡単な酒の仕度をしてから自分のアパートに戻った。
雅はあの豊川という男を皮切りに昇って行くだろうと思った。

一時間程して雅が突然アパートに訪ねて来た。
「雅…あの人は?」
「もう帰った、明日から忙しくなる」
やはり気に入った男に彫れるのは嬉しいらしい、雅が珍しく興奮していた。

靴も脱いでいないのに、優希の腕を取り引き寄せて唇を重ねて来た。
「優希……見ていてくれ」雅が耳元で熱く囁き、返事をする前に又激しく絡める口付けを落とされた。


それから半年かけて彫られた風神雷神は、素人の優希が見ても素晴らしい彫り物だと判った。腰に彫られた落款は『彫雅壱』となっていた。
そしてその夜雅がぽつっと言葉を吐いた。

「一緒に暮らすか?」と。
「え……っ?」思ってもいなかった言葉だった。
「嫌か?」
「い、嫌じゃない……本当に良いの?」信じられないで優希がそう聞いた。
「ああ…お互いもう三十だ、そろそろ身を固めないとな」
「あはは…プロポーズみたいだな……」優希は力なくそう言ってみた。

「プロポーズなら二年前に済ませてある」
そう言いながら、雅は優希のシャツを脱がせにかかった。
「あ…雅何?」
唖然としている間にズボンまで脱がされ、慌てて抑えるが雅の力に優希が適う筈も無かった。

「あ、馬鹿……恥ずかしいだろっ」
薄暗い部屋の布団の上ならまだしも、和室の明るい電灯の下、流石に恥ずかしいものがあった。
そんな優希を後ろから雅が抱きしめた。
「お前の背中には何が彫ってある?」
何故今更そんな事を聞くのだろうと訝しく思いながらも、雅の指が触れた先が熱くなった。

「『彫雅命』……」
「その意味も判らなかったのか?」雅が呆れたように言った。
「だ・だって……」それが優希個人に対してのメッセージだとは思いたかったが、思わないようにもして来た。


雅の前に松田と名乗る男が現れたのは、それから半年程してからだった。
三十半ばの恰幅の良い男だった。表の黒塗りの車の多さを見れば、言わずともその立場が判る。
三度目に訪れた時に雅は和室に通した。そして座卓の上に一枚のデザイン画を伏せて置く。
「昇り竜と観音菩薩以外で、この絵と一致すれば……」
とんでもない提案に優希は驚いたが、松田という男はにやっと笑っただけだった。

男はゆっくり口を開いた。
「唐獅子と牡丹で……」
雅がゆっくりとそのデザイン画を表に返すと、松田が又にやっと笑って、右手を差し出し、その手を雅が握り返した。

そんな様子をほっとした気持ちで優希は見ていた。
そしてそっと酒を出して、席を外す。


そんな生活が五年続いた頃、雅が「完済したぞ」と突然言って来た。
「え、何を?」
「家……」
「雅知っていたの……か……?」

優希は驚いたが、鋭い雅にならバレても当然か……と思った。
五年前に言葉でプロポーズされた後に、優希が奔走して借りていた家を買い取る算段をしていたのだ。
家賃と同じ金額になるように、ばれないようにローンを組んだ。十年の予定だったが、雅がまとまった金を払ったのだろう。
不動産業に就いていた事が本当に役に立ったと優希は内心満足していた。
この五年間雅は何も言わずに気づかないふりをしていたんだ……。

優希はそれ以上何も言わずに肩を竦めた。
そんな優希にやっといつもの笑みを雅は見せる。
それだけで二人の思いが通じるほど、優希と雅は深い所で繋がっていた。

優希はそんな幸せを噛み締めていた。
(こんなに幸せでいいのだろうか?)そう思う程優希は幸せだった。

十八歳の時に雅と大学で知り合って、そして優希は雅を好きになった。
十九歳で大学の先輩に酷い目に合わされたが、雅に助けてもらい二十歳で雅と初めて結ばれた……

あれから十五年……これ以上何も望むものも無い程充実した毎日だった。


「雅……俺すごい幸せ……」言葉にして雅に伝えると「もっと幸せにしてやる……来い」と引き寄せられる。
その言葉にこの後の行為を想像して顔が熱くなるのが判った。
「三十五にもなって……」優希の純情さに雅が、呆れたように笑った。


―――そしてこの夜が、ふたりにとって最後の夜になる事など神も知らなかった。



「雅、凄く旨い冷酒が手に入ったから……まだ酒飲むんじゃないぞぉ」
夕方帰宅途中に優希から電話が入ったが、こういう事は珍しかった。余程良い酒が入って浮かれているんだろう。雅は苦笑しながら、優希の帰宅を待った。

この近くの酒屋じゃないのか?そう思いながらもただ待っていた。「仕方ない」そう呟きながら立ち上がり、食器棚から水色と薄グリーンの硝子のぐい飲みを取り出した。
慣れない事をしたせいか、水色のグラスを取り落とした。
パリン……割れるとは思わなかった厚みのあるグラスが、真ん中から綺麗に二つに割れてしまった。

その色は普段優希が好んで使っていた色だった。
帰って来たら文句言われるなぁ……と思いながらしゃがみ込んだ時に「雅」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返るが、そこには誰も居ない―――

雅の背中に一筋冷たい汗が流れた。
「優希……」何だか胸騒ぎがする。
雅はそのグラスをシンクの上に置き、玄関に向かった。
草履を履き外に出た時に、駅の方に向かう救急車に抜かれた。

雅は足早にその救急車の後を追うように駅に向かう。
五分程行った所でその救急車は留まっていた。
雅は野次馬が集まっている所に行き「何かあったんですか」と聞いてみた。

話し始める主婦の声を聞きながら、横断歩道の横にあるポールが車の形に歪んでいるのに気づいた。
「なんだか、サラリーマン風の男性らしいですよぉ」
「車が突っ込んで来たのに気づかなかったみたいで」
「でも、あれは車が悪いわよねぇ……」

数人の声が一斉に耳に飛び込んで来るが雅の視線が捕らえたのは、その歪んだポールと少し移動させられた車の間に散乱している、瓶の破片と大量の血液だった。
近寄ると酒の匂いがぷーんとした。
「優希!」そう叫ぶと、まだ発車していない救急車に詰め寄った。
「あー駄目です、離れて下さい」そういう警察官を突き飛ばし締まりかかった救急車の扉を開けた。

「知っている奴かもしれない!」
雅の切羽詰った声に救急隊員が中に入れてくれた。
雅が見たのは、殆ど顔色などなく真っ白な顔をした優希の顔だった。
「早く!早く病院へ!」
その声と同時に救急車がけたたましくサイレンを鳴らしながら、走り出した。

「優希!優希!」何度呼びかけても優希の意識は無い。
十分近く走っただろうか?それを何時間にも感じて雅は焦っていた。
多分雅の人生の中でこんなに長く感じ、そしてこれほど焦ったのも初めてだろう……

手術中のランプがもう四時間も消えないままだった。
薄暗い廊下のベンチの上で雅はただ祈っていた。
片腕が捥がれようが、障害が残ろうが構わない、生きていてくれと。

そうしているうちに、警察から連絡を受けた優希の両親と姉というのが駆けつけて来た。
その時やっと手術中のランプが消え、中から医師が疲れた顔で出てきて誰にともなく、首を横に振った。

「!」雅が天を仰いだ時、優希の母親が医師に縋りつくように泣き叫んだ。
「せんせー!!優希はどうして?どうして?」
医師は躊躇うように、言葉を発しなかった。
そして「こちらへ……」そう言って小さな部屋に案内した。

「息子さんは暴力団員ですか?」
医師の質問に両親が寝耳に水という顔と安堵の顔を見せた。
「先生、何を?……ああ、じゃあれは優希じゃないわ!間違いだったのよ!」
母親が泣き笑いの声を上げた。

そこに雅が「あれは優希……坂口優希に間違いありません」そう言葉を添えた。ここに居る全員の目が雅に注がれた。

医師が個人の事情は関係ないというように
「そうですか……内臓損傷が酷かったのと、あと頭も打っていましたが……MRI検査が出来ませんので……」
「どうしてMRI検査が出来ないの?」母親が問い詰める。
「刺青……あれは金属が含まれていますから、そういう検査は出来ないのですよ」医師が言いにくそうに言葉を吐いた。

「刺青ですって!」
驚く両親と姉に向かい雅が告白した。
「私が彫りました」
「失礼ですが、優希とはどういう関係で?」冷静な父親が聞いてくる。
「一緒に住んでいます」

一緒に住んでいる意味がこの家族には理解できないだろう、そう雅は思ったがそれ以上何も説明する訳にも行かなかった。
多分この医師以外はその意味を判ってはいないだろう。

「あんたみたいな男と一緒に居るから優希は、ろくな死に方をしなかったのよっ!」と、母親の怒りの矛先が雅に向かった。

その時、交通課の署員が目つきの悪い男を連れて入って来た。
「この度はご愁傷様でした」一応故人の冥福を祈ってくれる。
「あ、こちらマル暴の三田さんで……話を聞きたいと」
三田の名前に雅が振り返った。
こういう仕事をしていれば、マル暴の刑事の顔と名前くらい数人は知っていた。
雅の顔をちらっと見た三田が言った。
「坂口優希はどの暴力団員でも、何処かの構成員でも無い事が判りましたから」
そう言って、部屋を出ようとしたが優希の母親が食い下がった。
「どうして暴力団員でもないのに、優希は……優希は刺青を!?」

優希の父親が雅に向かって「優希は自分の意思で?」と聞いてきたので、雅は黙って頷いた。
「そうですか……判りました。今日はもうお引取り願えますか?あとは家族の者で話し合います」

家族で……雅はそのまま立ち上がり部屋を後にした。

ふらふらと病院の外に出ると一台の車に、ぷっと軽いクラクションを鳴らされた。
「三田……」振り向いた雅に、マル暴の三田が運転席から声を掛けてきた。
「おい、送るぞ」
雅は黙ってその車に乗り込んだ。

体中の筋肉が弛緩したように、力が入らなかった。
雅は背凭れに身を任せた。家の前で車を降り、黙って頭を下げて家に入った。

水を飲もうと台所に行った時に、シンクにある割れたぐい呑みが目に入った。
『雅、凄く旨い冷酒が手に入ったから……まだ酒飲むんじゃないぞぉ』
数時間前に聞いた声が最後になった事を痛感した。


「優希っ……」





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