「立夏……起きて、朝だよ」
立夏の肩をそっと揺らす手は姉の物ではなかった。少しだけベッドで微睡んでから立夏はガバッと身を起した。
「先生……?」
立夏は一瞬どうしてここに慶吾がいるのか理解できない様子で、慶吾を見詰めている。
「トーストでいいか?玉子はスクランブルしか出来ないから、それで我慢しなさい」
「……あ―――っツツッ」
今の状況をやっと把握出来た立夏が大きな声出した。そして口端の痛さに顔を歪める。
「大丈夫か?ふふふっ昨日よりも酷い顔になっているぞ」
慶吾が笑いを含んだ顔でそう言うと、立夏は慌てて洗面所に駆け込んだ。
「あ~これじゃあ姉さん心配するな……」
「俺だって心配しているんだけど?」
何時の間にか背後に立っていた慶吾に揶揄するように言われ、立夏は昨夜の失敗を思い出し身を強張らせた。
「先生、本当にごめんなさい……」
「そんな事よりも飯だ」
「そんな事って……」
だが、立夏の言葉など気にならない様子で慶吾は食卓に着いた。
「これ先生が?」
食卓の上には、こんがりと焼かれたトーストとスクランブルエッグと、コンビニのサラダらしき物が並んでいた。立夏はバイトに来て3か月、慶吾が珈琲を淹れる姿さえ見た事がないのにと、シンプルな食事でも感動してしまった。そしてそれだけ慶吾に気を使わせてしまっている自分を尚更責めた。
「頂きます、ほら立夏も食べなさい。大したものじゃないけど……」
「いえ……頂きます」
まだ大きな口を開けると、口端が痛むので立夏はトーストを手で千切りながら口に運んだ。
「先生は結婚しないのですか?」
見た目も職業も格好いい慶吾だったが、女性の影が全くなくて立夏は思い切って聞いてみた。
「結婚?しないよ。俺も徹も」
「徹さんも?どうして?」
「さあね。一人が楽だからじゃない?」
全く他人事のように慶吾が口端を上げながら言った。でもどうして徹もしないと言い切れるのだろうか?そんな疑問を立夏はトーストと一緒に呑み込んだ。
「さて、どうする?あと2・3日泊まる?」
慶吾の質問に立夏は項垂れる。この顔で部屋に戻っても姉は心配するが、バイト先に2日も3日も泊まるのも如何なものかと思われてしまう。考え込んだ立夏を慶吾は口元を緩めて見ていた。
「本当に立夏は、お姉さんが大事なんだな」
「だ、だって二人っきりだから……」
自分の今の悩みは子供じみているかもしれないが、今の立夏には姉よりも大切な存在などいなかった。
「お姉さんだと分かっていても妬けるね」
慶吾のからかう言葉に立夏は少しだけ口を尖らせた。
「今夜まで泊めて下さい」
立夏は、やっと決心がついて慶吾にお願いした。
「いいよ、何日でも泊めてあげるよ」
「今夜まででいいです」
立夏に普段の口調が戻って来て、慶吾は立夏に悟られないように安堵の息を吐いた。
その時玄関で乱暴な音がした。
「あ……っ」その音の主に気づいた慶吾が眉根を寄せながら小さな声を発した。
「くそっ、台風で飛行機飛ばない……立夏?」
「徹さん……おはようございます……」
「どうして立夏がこんな朝にこの部屋にいるんだ?」
不機嫌そうな徹の声と顔に立夏がまた小さくなった。
「昨夜はお泊りだよねぇ立夏」
慶吾が徹の不機嫌さも気にしないで、逆にからかうように言い放つ。
「泊まり?」
徹の不機嫌な顔がさらに不機嫌になり、立夏は怖くなり目を逸らした。
「てめぇ、立夏に何した?」
突然徹が慶吾の胸倉を掴んで立たせた。だが当の慶吾はニヤニヤしたままで、徹の言動を全く恐れてはいない。
「徹さんっ!何を。僕が先生に迷惑かけて泊めてもらったんです」
「それに何だ立夏のあの顔は?」
立夏の言葉など徹の耳には入っていないようだ。
「お前まさか……無理やり……」
何が何だか分からない立夏は、今にも慶吾に殴りかかりそうな気配の腕に飛びついた。
「あっ!」
徹の引いた肘に立夏の顔が当たり、立夏は小さな悲鳴を上げて蹲った。
それから1時間後―――
「あーあ、まるでパンダだな……」
「誰のせいだと思っているんですか?それにどうして僕が此処に泊まっただけで喧嘩になるんですか?」
立夏は訳の分からないうちに、片方だけだった目の周りの青あざが両方に広がり、少々ふてくされていた。完全に姉に合わす顔が無い。
「これで1週間は泊まりだな」
立夏の心配を他所に慶吾はすこぶる機嫌が良かった。
「俺がやったんだから、俺の部屋に泊まれ」
「僕……事情を姉に話して帰りますから」
「「駄目だ」」
立夏の言葉に珍しく二人の意見が一致した。
いつも応援ありがとうございます(*^_^*)
FC2のランキングも参加中です。
発送までの間をもたせようと書いた話が終わらなかった……
自分の首を毎回絞めている私ですが、更新していないにも関わらずポチして下さり有難うございました。
だから、頑張れます!!
- 関連記事
-