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「取敢えず、部屋に戻ろう」
このままでは、二人とも雨に濡れるばかりだ。なかなか先に進もうとしない立夏の手を無理に引っ張り、慶吾は自分の部屋に戻って来た。
「先にシャワー使って来なさい。話はそれからだ」
秋の夕刻に降る雨は、もう冷たい。冷えからなのか、立夏の体が小刻みに震えていた。
「先生、僕……」
「話は後だと言ったよな?」
「は……はい。シャワー借ります」
慶吾は、まだ何か言いたそうな立夏を浴室に追い立てた。
浴室からシャワーの音が聞こえる。慶吾は着替えを見繕って脱衣場に置き、立夏に声を掛けた。
「立夏、着替えここに置いておくから、着なさい」
シャワーの音で聞こえなかったのかと思い、もう一度声を掛けるが、返事が無い。慶吾は三度声を掛けると共に浴室のドアを開けた。
「立夏!大丈夫か?」
浴室の床に座り込んでいた立夏が、驚いたように顔を上げた。シャワーの水なのか涙なのか分からない水滴が頬を濡らしている。
慶吾は一つ溜め息を落してから、自分も中途半端に濡れた服を脱ぎ捨て、浴室に入った。
「ほら、立てないのか?何処か痛いのか?」
「先生……」
いや、聞かなくても立夏の顔を見れば、痛いのがよく判る。眉毛の上辺りを殴られたのだろう、目の周りまで既に青あざが浮き出ていた。唇の端も少し切れているようだが、滲んだ血はもう固まっていた。
「ここに座って」
慶吾は、浴室の椅子に立夏を座らせ、髪を洗ってやった。簡単に背中も流してやり足も洗う。その間立夏は一言も発せずただ黙って、慶吾の言いなりになっていた。
立夏を座らせたまま、慶吾は自分も簡単に雨の湿気を洗い流す。
立夏の帰って来た時の様子を見れば何があったか、大体は察しがついた。
「これ飲んで」
風呂上り立夏は、慶吾から新しい下着を貰い少し大き目のシャツと、慶吾がジョギングする時に履くジャージを着せられた。そして慶吾が淹れてくれた温かいココアのカップを両手で大事そうに持っている。
「落ち着いたら何があったか話して」
慶吾に促され、立夏は静かに話し出した。
渋谷で二人の不良に絡まれて、財布を巻き上げられ携帯電話を壊された事。そして慶吾のマンションまで歩いて帰って来た事を話した。
「はぁ……店が近いだろう?どうして店に行かなかったのか?」
溜め息を吐きながら慶吾が尋ねた。誰が考えても渋谷からここまで帰って来るよりは、店に行った方が早いと思うだろう。
「だ、だって……あそこは……あそこは、女の人の聖域だから、ボロボロの僕が行ったら穢すようで……」
立夏は、女性の最高の時を飾るドレスを売る店に行けなかったのだ。
「はぁ……っ、立夏はまだ女性に夢を抱いている年頃か」違う部分で慶吾が感心していた。
「先生……雨で汚れたドレスは僕が弁償します。今日受け取る予定だった方にも、僕が謝りに行きます」
思いつめた顔で立夏がそう言うと、慶吾が口元を緩めた。
「あのドレスはディスプレイ用だ。特定の人の為に作ったのでは無いから安心しなさい。それより傷の手当をしよう」
ドレスの箱は雨で汚れただけでは無かった。きっと立夏が体を張って守ったのだろうと、慶吾は思っていた。売れば幾らかの金になる新品のドレスを、不良たちが見過ごす筈はないだろう。
慶吾は傷の手当をしながら、今夜はこの部屋に泊まるように立夏に言った。
「お姉さんに連絡しておくか?」
「はい……」
立夏は、部屋の電話を借りて姉に連絡を入れた。姉の方から何度も立夏の携帯に電話を入れていたらしい。冬香も今夜は帰れないそうだ。立夏はバイトが忙しくて、今夜は泊めてもらう事と携帯電話を落して使えなくなった事を姉に報告した。
そして慶吾が途中で電話を代わり、大人の対応で話を付けてくれた。
電話を切った後、慶吾は立夏の口元を指でなぞった。
「あーあ、二・三日は愛しい姉さんに会えないぞ」
立夏もさっき浴室の鏡で、自分の顔を見て驚いた。歩いている時はまだ興奮していたせいか、痛みは感じなかった。顔の傷よりも長い時間歩いた脚の方が疲れ痛かったからだ。
まるで漫画のように、自分の目の周りに、青あざが出来ていた。違う意味(あれは本当なんだ)と感心したりもしていた。目の上の絆創膏も傷全部を隠しきれてはいない。
「すみません、お世話になります。それと……弁償しますから、金額を教えて下さい」
いくらディスプレイ用だと言っても、金額が決まっていない筈はない。場合によっては、そのまま売られてしまう事もあるのだと、立夏は知っていた。
「大丈夫だ、立夏から金を取るつもりはない。不可抗力だったんだから仕方ないだろう」
「でも、そういう訳には……」
「それよりも俺は腹が減った」
「あ……」
昼食用の弁当も結局買えなかった。立夏もこの部屋を出てから何も口に入れていなかった。
「先生、もしかして何も食べていないんですか?」
「それは、立夏も同じだろう?」
弁当を買って来れなかった事も、ドレスを汚してしまった事も慶吾は責めない。その事が逆に立夏を申し訳なさでいっぱいにさせている。
「僕、何か作りましょうか?」
基本家での食事は姉が作ってくれていたが、傍で立夏も手伝ったり簡単な物は教わったりもしていた。慶吾よりはマシな物が作れそうな気がした。
「うちの冷蔵庫にアルコール以外の物が入っていると思うか?いいさ、今夜は何かデリバリーしよう」
慶吾は揶揄するように言い、デリバリーする為にパソコンを開いた。
結局簡単な所でピザとサラダを注文して、慶吾は冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。
「立夏も飲むか?」
「僕は飲むと眠くなるから……」
今日はバイトどころじゃなかった、まだやる事は沢山残っている筈だ。せめてそれくらいは済ませてから休みたかった。
「そうか、じゃあピザ食べながら飲んで今夜は早く寝なさい」
「先生……」まだ何か言おうとする立夏に「そうしなさい」と慶吾は諭すように言った。
「はい、すみません」
今の立夏は慶吾に従うしかない。
無理に食べさせたピザと、無理に飲ませたビールのせいで頬を桜色に染めている立夏が、ソファの上で小さな寝息を立てていた。
慶吾は、立夏を起さないように抱き上げ自分のベッドに寝かせた。
「さて……始めるか……」
そう小さく呟くと、慶吾は仕事に使っている部屋でデザインブックを広げた。
今日渡せなかったドレスの主に『貴方のイメージにぴったりな素晴らしいデザインが閃いた』などと口から出まかせを言い、納期を1週間延ばしてもらった。
慶吾は深く溜め息を落してから、鉛筆を動かし始めたが浮かぶ映像は立夏の可愛い寝顔だった。
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このままでは、二人とも雨に濡れるばかりだ。なかなか先に進もうとしない立夏の手を無理に引っ張り、慶吾は自分の部屋に戻って来た。
「先にシャワー使って来なさい。話はそれからだ」
秋の夕刻に降る雨は、もう冷たい。冷えからなのか、立夏の体が小刻みに震えていた。
「先生、僕……」
「話は後だと言ったよな?」
「は……はい。シャワー借ります」
慶吾は、まだ何か言いたそうな立夏を浴室に追い立てた。
浴室からシャワーの音が聞こえる。慶吾は着替えを見繕って脱衣場に置き、立夏に声を掛けた。
「立夏、着替えここに置いておくから、着なさい」
シャワーの音で聞こえなかったのかと思い、もう一度声を掛けるが、返事が無い。慶吾は三度声を掛けると共に浴室のドアを開けた。
「立夏!大丈夫か?」
浴室の床に座り込んでいた立夏が、驚いたように顔を上げた。シャワーの水なのか涙なのか分からない水滴が頬を濡らしている。
慶吾は一つ溜め息を落してから、自分も中途半端に濡れた服を脱ぎ捨て、浴室に入った。
「ほら、立てないのか?何処か痛いのか?」
「先生……」
いや、聞かなくても立夏の顔を見れば、痛いのがよく判る。眉毛の上辺りを殴られたのだろう、目の周りまで既に青あざが浮き出ていた。唇の端も少し切れているようだが、滲んだ血はもう固まっていた。
「ここに座って」
慶吾は、浴室の椅子に立夏を座らせ、髪を洗ってやった。簡単に背中も流してやり足も洗う。その間立夏は一言も発せずただ黙って、慶吾の言いなりになっていた。
立夏を座らせたまま、慶吾は自分も簡単に雨の湿気を洗い流す。
立夏の帰って来た時の様子を見れば何があったか、大体は察しがついた。
「これ飲んで」
風呂上り立夏は、慶吾から新しい下着を貰い少し大き目のシャツと、慶吾がジョギングする時に履くジャージを着せられた。そして慶吾が淹れてくれた温かいココアのカップを両手で大事そうに持っている。
「落ち着いたら何があったか話して」
慶吾に促され、立夏は静かに話し出した。
渋谷で二人の不良に絡まれて、財布を巻き上げられ携帯電話を壊された事。そして慶吾のマンションまで歩いて帰って来た事を話した。
「はぁ……店が近いだろう?どうして店に行かなかったのか?」
溜め息を吐きながら慶吾が尋ねた。誰が考えても渋谷からここまで帰って来るよりは、店に行った方が早いと思うだろう。
「だ、だって……あそこは……あそこは、女の人の聖域だから、ボロボロの僕が行ったら穢すようで……」
立夏は、女性の最高の時を飾るドレスを売る店に行けなかったのだ。
「はぁ……っ、立夏はまだ女性に夢を抱いている年頃か」違う部分で慶吾が感心していた。
「先生……雨で汚れたドレスは僕が弁償します。今日受け取る予定だった方にも、僕が謝りに行きます」
思いつめた顔で立夏がそう言うと、慶吾が口元を緩めた。
「あのドレスはディスプレイ用だ。特定の人の為に作ったのでは無いから安心しなさい。それより傷の手当をしよう」
ドレスの箱は雨で汚れただけでは無かった。きっと立夏が体を張って守ったのだろうと、慶吾は思っていた。売れば幾らかの金になる新品のドレスを、不良たちが見過ごす筈はないだろう。
慶吾は傷の手当をしながら、今夜はこの部屋に泊まるように立夏に言った。
「お姉さんに連絡しておくか?」
「はい……」
立夏は、部屋の電話を借りて姉に連絡を入れた。姉の方から何度も立夏の携帯に電話を入れていたらしい。冬香も今夜は帰れないそうだ。立夏はバイトが忙しくて、今夜は泊めてもらう事と携帯電話を落して使えなくなった事を姉に報告した。
そして慶吾が途中で電話を代わり、大人の対応で話を付けてくれた。
電話を切った後、慶吾は立夏の口元を指でなぞった。
「あーあ、二・三日は愛しい姉さんに会えないぞ」
立夏もさっき浴室の鏡で、自分の顔を見て驚いた。歩いている時はまだ興奮していたせいか、痛みは感じなかった。顔の傷よりも長い時間歩いた脚の方が疲れ痛かったからだ。
まるで漫画のように、自分の目の周りに、青あざが出来ていた。違う意味(あれは本当なんだ)と感心したりもしていた。目の上の絆創膏も傷全部を隠しきれてはいない。
「すみません、お世話になります。それと……弁償しますから、金額を教えて下さい」
いくらディスプレイ用だと言っても、金額が決まっていない筈はない。場合によっては、そのまま売られてしまう事もあるのだと、立夏は知っていた。
「大丈夫だ、立夏から金を取るつもりはない。不可抗力だったんだから仕方ないだろう」
「でも、そういう訳には……」
「それよりも俺は腹が減った」
「あ……」
昼食用の弁当も結局買えなかった。立夏もこの部屋を出てから何も口に入れていなかった。
「先生、もしかして何も食べていないんですか?」
「それは、立夏も同じだろう?」
弁当を買って来れなかった事も、ドレスを汚してしまった事も慶吾は責めない。その事が逆に立夏を申し訳なさでいっぱいにさせている。
「僕、何か作りましょうか?」
基本家での食事は姉が作ってくれていたが、傍で立夏も手伝ったり簡単な物は教わったりもしていた。慶吾よりはマシな物が作れそうな気がした。
「うちの冷蔵庫にアルコール以外の物が入っていると思うか?いいさ、今夜は何かデリバリーしよう」
慶吾は揶揄するように言い、デリバリーする為にパソコンを開いた。
結局簡単な所でピザとサラダを注文して、慶吾は冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。
「立夏も飲むか?」
「僕は飲むと眠くなるから……」
今日はバイトどころじゃなかった、まだやる事は沢山残っている筈だ。せめてそれくらいは済ませてから休みたかった。
「そうか、じゃあピザ食べながら飲んで今夜は早く寝なさい」
「先生……」まだ何か言おうとする立夏に「そうしなさい」と慶吾は諭すように言った。
「はい、すみません」
今の立夏は慶吾に従うしかない。
無理に食べさせたピザと、無理に飲ませたビールのせいで頬を桜色に染めている立夏が、ソファの上で小さな寝息を立てていた。
慶吾は、立夏を起さないように抱き上げ自分のベッドに寝かせた。
「さて……始めるか……」
そう小さく呟くと、慶吾は仕事に使っている部屋でデザインブックを広げた。
今日渡せなかったドレスの主に『貴方のイメージにぴったりな素晴らしいデザインが閃いた』などと口から出まかせを言い、納期を1週間延ばしてもらった。
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