天使の箱庭＜eternity＞

翌朝蓮は豪華な日本の朝食をご馳走になって学校に行くと言う秀人と一緒に家を出る事にした。
「本当にお世話になって……ご馳走様でした。凄く美味かったです」
「あらそう？遠慮しないで又食事にいらっしゃいね」
秀人の母は機嫌よくそんな事を言って蓮を誘っていた。

「秀人も兄弟がいないから、宜しく頼むよ」
と父も医学の話が出来る蓮の事をすこぶる気に入ったようだった。
「はい。又伺わせて頂きます」と蓮が言うと
「僕、蓮さんの漢方の本をまた見せてもらいに行ってもいいですか？」秀人が伏線を張った。
「いいよ、今度は泊まりでゆっくり来ればいいよ」と蓮も話を合わせる。

『いつか本当の事を打ち明けよう……』蓮も秀人も心の中でそう誓っていた。

駅までの道のりを二人肩を並べて歩いた。
夕べはキスだけして別々の布団で眠ったのだ。それでも秀人は初めて人を好きになって一緒の時間を過ごせて幸せだった。

「二度と貴方と離れない……」
知らない人間が聞いたら二度と？と思うかもしれないが、その言葉の意味は充分に蓮には通じた。「ああ二度と悲しませない」そう言って蓮は秀人の手をぎゅっと握った。
紅蓮との別れの辛さが先立って秀人の記憶はそれ以前の事はあまり定かではない。
これ以上は覚醒させてはならないと蓮は思っていた。

「明日俺の部屋に泊まりに来られる？」
「いいの？」秀人の顔がぱぁっと明るくなった。
「家の人は大丈夫かな？」「大丈夫、両親とも蓮を気に入っているから……」
「じゃ明日時間決まったらメールする」そう言って蓮は駅で秀人と別れた。
別れる瞬間に寂しそうな顔をする秀人に微笑みを一つ投げてから軽く手を上げた。


その夜蓮の仕事が終わったのは夜も１０時を過ぎてからの事だった。
仲間２人に飲みに行こうと誘われ蓮も付き合いで同行した。
新宿にある小さなバーはいわゆるゲイバーと呼ばれる店だった。
ゲイでなくてもモデル仲間はこういう店を利用する事があると蓮は教わった。
雑誌に載るようなモデル達は女性抜きで静かに飲みたい時に利用するらしいが、半分言い訳に聞こえたが蓮は笑顔でそうですか、と頷いた。

３人並んでカウンターの丸いツールに腰を下ろすと、カウンターの中のバーテンが「いらっしゃいませ」と声を掛けて来た。
その顔を見て蓮の視線が一瞬止まったが何でもなかったように笑顔を見せた。
「こちらの方は初めてですよね？」そのバーテンが仲間に声を掛けて蓮の方を見た。
「そう、こいつもモデル。宜しくな」と仲間が言うと「口紅のポスターの方ですよね？」と蓮の事を知っていた。
「ねぇ仙波君、たまには仕事抜きで飲もうよ」と一人が誘っても愛想笑いでその仙波と言われた青年は誤魔化していた。

こういう所にいたら誘われ慣れているのだろうか、バーテンは嫌な顔もしないが誘いにも乗っては来ない。蓮は勘でこのバーテンもゲイだと見抜いた。
蓮の前にも濃いチェリー色をしたカクテルが置かれた。
「貴方にちなんで『kurenai』と今付けました」
蓮はありがとうと言ってそのグラスに手を伸ばした時店の扉が開き新たな客が来た事を知らせた。

蓮とは一番離れたツールに座った男に蓮は気づかなかったが、その男は蓮を離れた席からじっと見ていた。
「いらっしゃいませ」バーテンが常連らしい客の相手に移ったので、蓮は仲間との仕事の話に加わった。

「よく来るのか？端っこの奴」
「いえ……今日が初めてです。お仲間は時々見えますが……」
離れた席で小声でオーナーに尋ねられバーテンも小声で返した。



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