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SS 『pendulum』 1杯目

 23, 2011 00:05
カランコローン♪と優しい音色のドアベルが今日の1人目の来客を告げる。
ここ『pendulum』の開店時間は正午丁度だった。
軽食を出さないこの店は食後の珈琲を欲しがる客を目当てとし、
喫茶店にしては随分と遅い時間の開店だった。
まだ正午を5分ほど過ぎたばかりの店内には客は誰もいない。

すったもんだしたあの日から大して儲かる訳ではなかったが、二人食べて行くには何とかなる程度の儲けは出していた。
だが従業員を雇う程の忙しさも、雇うつもりも無かった。
ただ二人のんびりと、好きなように経営していたのだった。

本日一人目の客は、黒のハイネックのセーターに大判の藤色のマフラーをした30代半ばくらいの綺麗な女性だった。
「いらっしゃいませ」
廉也はテーブルに音を立てないように水の入ったコップを置いた。
「いつものね」女性の言葉に驚いて廉也の動きが止まった。
今までに来た客の顔は覚えているはずだった・・・
もし1・2度来た事はあったとしても『いつもの』という言葉が出てくるはずもない。

「あの・・・」廉也が確認しようと口を開いた時に後ろのカウンターの中から諒が
「かしこまりました」と返事を返した。
「えっ?」と振り向く廉也に、諒は目で大丈夫と合図を送って寄越した。
もしかして諒の知り合い?こんな美人と何時の間に、自分の知らない所で知り合いになったのか?
そう思うと廉也は怒りにも似た寂しさを感じた。
でも店の中で痴話喧嘩をする訳にも行かなくて、黙ってカウンターに戻った。

芳醇な香りを漂わせた深緑のカップが廉也の前に置かれた。
この店は基本オフホワイトのカップを使うが、諒は女性客の場合にはこういう違うカップを出す事がある、もしかして何か秘密の意味でもあるのだろうか?
廉也は黙って受け取り、客の待つテーブルに運んだ。

紅いルージュの唇がカップの淵に付けられ一口飲み干す。
「さすが、美味しい」そう言うとニッコリ笑って廉也を見た。
「あ、はい・・ありがとうございます・・・」
美味しいと言われて文句を言えるはずもなく、トレンチを抱えて諒の所に戻った。

何だか諒が笑いを堪えているような顔をしている。
そんなに嬉しい客なのか?文句の代わりに溜息をひとつ吐き出す。
美人の客は荷物を椅子に置いたまま、カップだけを手に持ちそんな二人の居るカウンターまでやって来て、椅子に腰を降ろした。

「どうしたんですか、今日は?」諒が客に親しげに話しかけた。
「ちょっと野暮用・・・」諒に向かってウィンクを投げる客に廉也はあからさまに眉を寄せた。
「そうですか、だからそんなに今日は綺麗なんだ」
諒の言葉を聞いて廉也は内心昼間にしては化粧が濃過ぎるなどと思いながらも、綺麗という言葉を否定できない自分がいて、それがとても悲しかった。

「ありがと、でも泣きそうよ?いいの?」そう言ってちらっと廉也を見た。
そんな事を言われた諒は、少し困ったような顔をしてその客の耳元に顔を近づけ何か囁いていた。
その姿はまるで恋人どうしのようだった、諒に囁かれ客は妖しい笑みを零した。
ここで妬いてゲイカップルの店だという評判を立てる訳にもいかない。
客が退くのも、興味本位で来られるのも望む事じゃない、折角諒が開いた店なのに自分のせいで順調にきていた店を潰すわけにもいかないのだ。

多分廉也はとても複雑な顔をしていたのだろう、とうとう諒とその客が噴出すように笑い出した。
「えっ?なに・・・どうして?」廉也には全く笑われた意味が判らない。

「本当に廉ちゃんって可愛いわね」その客はそう言うと廉也をぎゅっと抱き締めた。
「えっ?えっ?ちょっと離して下さい」オタオタする廉也の背中をぎゅっと抱き締めた後、その手を素早く前に回して廉也の男の中心をさっと撫で上げた。
「あっ」廉也の小さな悲鳴と同時に「啓さん!」と厳しい諒の声も飛んだ。

「あれ、いいじゃないの撫でるぐらいは・・・それにしても廉ちゃん感度いいわねぇ」
「えっ?えーーっ!啓さん!?」
啓とは、ここが開店して3日目に初めて来てから毎日欠かさず昼過ぎにやって来くる男だった。
眠そうな顔でコンビニで買ってきた数誌の新聞に目を通している。
軽口を叩く日もあれば、珈琲1杯では目が覚めないと言って何杯もお代わりする無口な日もある、とにかく廉也の印象は変わった男だった。

「啓さんて女だったんですか?」
「確かめてみる?」言うよりも早く廉也の手を自分の股間に導いた。
「啓さん!」諒の叱責もどこ吹く風のように「ね?今度アタシのも挿れさせてくんない?」
などと言われ、廉也は真っ赤になったり真っ青になったり忙しかった。

「じゃアタシは行くね、ご馳走様」
啓はこれから5店舗目になる店の下見に行くと言って『pendulum』を後にした。
「全然分からなかった・・・・・」
まだ呆然とした様子で廉也はそんな事を言いながら、自分の手の平を眺め
「・・・でもちゃんと着いてた」とぼそっと呟いた。

「浮気するなよ・・・」豆の比率を計りながら諒が言うと
「あ・あれは啓さんが・・・・」と言いかけて廉也はただ「うん」と頷いた。
ふっと視線を絡ませる。
廉也の口元も緩み「好き」と言おうとした時に
「ほら、お客様だ・・・」と諒が窓の外の人影に視線を走らせた。

カランコローンと変わらぬ音色と共に二人は笑顔で木の扉を押して入ってきた客に向かった。
「いらっしゃいませ」


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こちらは先日参加しました「観潮楼冬企画」の「この温もりを知ればいい」の番外になります。
設定が喫茶店なので、ふっと思いついたら不定期に上げて行きたいと思っています。



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COMMENT - 8

けいったん  2011, 01. 23 [Sun] 02:55

オォー番外編~♪

昼間の顔とは 大きな違いなんだもん。 廉也に気づけって方が 無理だよねー!
諒も 啓も 廉也を 苛めちゃダメだからね プンスコo(`ω´*)oプンスコ

時々で いいですから 『pendulum』に kikyouさま宅の 素敵な御子息の登場を お願いします(人'д`o)...byebye☆

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NK  2011, 01. 23 [Sun] 08:02

同意見です

穏やかな毎日が漂ってくるカップルですよね。
微笑ましい。
私もこんな雰囲気の良い喫茶店でまったりしたい!

それよりも、確かにご子息さまがお客として訪れるのを
楽しみに待ちたいなぁ。
自社ビルに喫茶店を持つ社長さんもいた気がしますが、
ほのぼのさんから剣呑なお方まで、徹子の部屋のように日替わりで
来てくれないかな。

Edit | Reply | 

紫猫  2011, 01. 23 [Sun] 17:23

あぁ、なんてのんびりできて幸せな感じがする喫茶店なのでしょう・・
思わずうっとりしてしまいますw(* ̄∇ ̄*)
題名のところの『1杯目』というのも素敵です!
たしかに、この喫茶店にいろんな人が訪れてくれるのも嬉しいですねwゆっくりと、待つとしましょう☆

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kikyou  2011, 01. 23 [Sun] 23:06

けいったんさま  オォー番外編~♪

こんばんは。

ふふっ、ブンスコだって、可愛いです。

このままこの店を続けていったら、廉也はドジっ子になって行きそうです^^;


うちの子たち来させていいでしょうか?!
何だからレトロな雰囲気に似合わない子が多い気がして、控えていましたが。

きゃっ、どの子から出てもらいましょうか?
喫茶店が一番似合わない、あの男からにしましょうかね?(笑)

コメントありがとうございました。

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kikyou  2011, 01. 23 [Sun] 23:09

NKさま  同意見です

こんばんは。

本当にここでは、まったりとした時が流れているような気がします。

のんびりと美味しい珈琲をいただきながら、窓の外をぼぅっと眺めていたいですね。

自社ビルの喫茶店オーナー・・・あぁその店の名前を思い出せない^^;
徹子の部屋(笑)
いいですねぇ・・・

けいったんと、NKさんのコメ読んでから、
ちょっと想像していました。
最初のカップルは、あの子たちです(笑)
近いうちに、と思っています。

コメントありがとうございました。

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kikyou  2011, 01. 23 [Sun] 23:34

紫猫 さま

こんばんは。

こちらにもありがとうございます(#^.^#)

アナログな雰囲気、いいですよね。
この店で新しい恋も生まれるだろうし、
進行形のカップルも・・・・

皆さんの後押しで、ちょっとうちの子にも美味しい珈琲を飲ませてみようかな?
と考えています。

1杯目・・・・あの話の続編だと判ってもらえるかな?って思って
こういう番号を付けました^^

コメントありがとうございます!

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此花咲耶  2011, 01. 25 [Tue] 17:06

kikyouさま

ベルの優しい音が聞こえてくるような気がしました。
こうして常連さんもできて、心地好い空間に二人がいるのが素敵です。
お客様の、その後の野暮用も気になります。
この喫茶店を軸に、お話が広がってゆくのですね。
幸福な綺麗な人たち、想像するだけでじ~ん・・・とします。

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kikyou  2011, 01. 26 [Wed] 12:53

此花さま

こんにちは。

とっても気に入ったオマケが付いてきたような感じです。

喫茶店というオープンなスペースが出来上がったおかげで
次の話も書くことができました。

今は身近でもカフェが多く、行く時間帯によっては全く従業員の顔も違います。
それはそれで楽しめはしますが、やはり落ち着く店も欲しいですね。

近くにあったら、私毎日行きますとも(笑)

コメントありがとうございました。

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