「そろそろ飲みに行けば?」と瀬名は二人を急かすような事を言ったが「まだ時間あるから」と言う予想通りの返事が返ってきた。
瀬名は溜息を吐きながらテーブルの下で遥にメールを打ち送信した。
何気なくカウンターの遥に目をやるが、夢中になってマスターと話をしている遥がメールに気づく様子は無かった。瀬名は内心舌打ちしながら、一緒の席にいる二人に相槌を打っていた。
「瀬名お前聞いてないだろう、俺らの話。心此処に在らずって感じだぞ」斗南に鋭い事を言われ瀬名は笑顔で誤魔化した。カウンターで楽しそうに笑っている遥の横顔が気になって仕方なかったのだ。
「瀬名も一緒に新宿行こうぜ」斗南と東條は二丁目のバーに行くつもりらしかった。
「東條さんも?」瀬名は東條はゲイだとは思っていなかったから不思議な気持ちで聞いてみた。
「ああ、俺もちょっと斗南の影響受けちゃって……どっちもいいかな?って思ってるんだ」などと答えた。この二人が男を相手に出来ると分かればなお更遥を紹介出来ない。
そんな話をしている最中に遥が立ち上がって出口に向かった。瀬名の方など見もしないで扉を開け出て行ったのだ。遥の背中に店員が「ありがとうございました」と声を掛けて遥の伝票と金を持ってレジを打っていた。
『しまった!』遥はレジではなくカウンターで料金を払ったのだと気づいた時には、もう窓越しにも遥の姿は見えなかった。
「あ、俺もそろそろ帰ります。まだレポート終わってないから」言い訳がましい事を言って瀬名は立ち上った。
「モデルの仕事と学生の二足の草鞋も大変だな」と東條は言ってくれたが、斗南は違った。「レポートなんて飲んで帰ってから書けばいいだろう?」となかなか瀬名を帰してくれそうになかった。
「いやマジ帰りますから」と瀬名は自分の分の珈琲代金をテーブルに置いて立ち上った。
遥を怒らせると後が面倒くさい。それにこの所お互いに忙しくて甘い時間を過ごしていなかったのだ。
「じゃ俺お先に失礼します」瀬名は後輩らしく二人にきっちり頭を下げて店を飛び出した。
「まったく斗南も意地が悪いなぁ」瀬名が出て行った店で東條がそんな言葉を吐いた。
「だってあいつ、あの子を俺らに紹介しようとしないんだぜ?苛めたくなるじゃん?」
斗南は一度瀬名と遥が仲良く歩いているのを偶然に見かけた事があったのだ。
同じ嗜好の斗南には二人がどういう関係か直ぐに分かった。そして今日先に来ていた遥を見て待ち合わせしていた事を知り、瀬名に悪戯を仕掛けたのだった。
「本当に好みだったんじゃないの?」と、東條が拗ねたように斗南に言った。
「可愛い子だったけどな……俺は今お前に夢中だって知ってるだろう?」
斗南の言葉に東條は少し肩をすくめて「俺たちもそろそろ出よう」と斗南を促した。
レジで代金を支払ながら斗南はその店員の可愛さに口元を緩めた。
店を出た東條が「この浮気者」と斗南を攻めた事は言うまでもなかった。
「近くのモデル事務所の人たちだよね?何度かバラバラに来てくれてたでしょう?」
「ああそうだ、だけど3人で来るとやっぱり華やかだな」
「うん格好いい、でも諒の方が僕には格好いいけどね」
一斉に客が引き今は二人だけの世界だった。二人はカウンター越に微笑み合って又それぞれの仕事に戻った。マンションに帰ればゆっくり時を過ごせるのだ、今はお互いが近くに居られるだけの幸せを噛み締めていた。
一方瀬名が住むマンションの820号室では、先に帰ったはずの遥の姿が見えない事で瀬名が青くなっていた。自分のとった行動が遥を酷く傷つけてしまったのか?と瀬名は参ったなぁと思いながらも遥の帰宅を待っていた。
瀬名から遅れること30分くらいして玄関の鍵が開いた。
「あれ?瀬名帰っていたの?」のんびりした遥の声に安心した瀬名が逆に不機嫌そうに「どうして先に帰った遥が俺より遅いんだよ?」と詰め寄った。
「うん、買い物してたから。今日はもう外食やめて家で食べようよ」と言う。
「あ・ああ……」瀬名は反撃も無く従順な遥の態度に躊躇った。
さっきの事をもっと怒り感情をぶつけて来ると思っていたのに拍子抜けであった。
「俺も手伝うよ……」
「うん、ありがとう……」やっぱり様子がおかしい遥の隣に立って野菜を洗い始めた。
「あのさ、今日ごめん」
「いいよ、瀬名だって付き合いがあるんだろうから、気にしないで。今夜はオムライスにするから」と遥が作れる料理の中で一番得意とするオムライスを作るらしかった。
「やっぱり怒ってるんだろ?何か態度が変なんだけど?」
「僕だっていつまでも子供じゃないから……」
まるで別人のような遥の腕を取りソファまで連れて来た。
「遥聞いてくれる?今日一緒だった奴らはモデル事務所の先輩だ」
「うん、みたいだね……」
「で、その中の一人はバリタチで、遥を紹介したら絶対狙われるからって心配して遥を紹介出来なかった、それに俺は恋人が男だって誰にも……まだ言えてないから、だからゴメン!」
「だから、怒ってないからって言ってるよ僕。もういい?続き作らなくっちゃ」
そう言うと遥は瀬名から離れてキッチンに行ってしまった。
『やっぱり変だ……』
遥は玉子を割りながら内心ほくそ笑んでいた、瀬名の慌てようがおかしくて堪らない。
さっきの喫茶店のマスターの名前は諒さんで、従業員が廉也って言うらしかった。
その諒が、遥の愚痴を聞いてくれて自分に置き換えてアドバイスをくれたのだった。
「俺だったら、怒ってないと言いながらいつもと違う態度をとられたら、もうお手上げだね」と。遥は諒の意見を色々聞いて実践しているだけだった。
ただ喚き散らすのでは駄目だと分かり、普段よりも聞き分けの良い態度を見せているのだ。
そんな遥の罠にまんまと嵌っている瀬名がおかしくて、でも何だか嬉しくて……玉子を溶く手もいつもよりも軽やかだった。
自分は感情的に突っ走り過ぎるから、年下の瀬名に子供扱いをされる上に、いつも心配をするのも自分ばかりなのだ。たまには瀬名に心配して欲しかった。
そして食事が済んだ頃もう一度瀬名が謝って来たら、甘い夜を過ごそうなどと遥は目論んでいたのだった。
だが遥の性格を知り尽くしている瀬名が楽しそうに鼻歌を歌いながら料理している遥の心中を見抜けない筈がなかった。最初は心配していた瀬名も遥の単純な行動に考えている事を想像できてしまったのだ。
『ふ~ん、そっちがそのつもりなら……』
普段よりも下手に出ながら「美味しい」を連呼し申し訳無さそうな顔で食事を済ませた。
「俺が後片付けをするから、先に風呂入れば?」と遥に風呂を勧めた。
いつもの週末のパターンで遥は瀬名が後から入って来ると踏んでいた。だが逆上せる程待っても瀬名が入って来る事はなかった。
「随分長湯だなぁ」呆れたように言われ逆上せた頭と体で遥は返事も出来ずにソファに横たわった。
「じゃ俺風呂入って来る」そう言って瀬名は部屋を出て行った。
「あ~のぼせる~せなぁ~喉かわいた~」とベッドの上で言ってみても返事など返ってくる筈もなく遥はふらふらしながら冷蔵庫まで行きペットボトルを取り出した。
冷たいボトルで首筋を冷やすと気持良かった。考えてみればここまで意地を張る必要は無かったような気がする。たかが仕事仲間を優先されたくらいで冷たくし過ぎた気がしてきたが、今更時を戻す事など出来はしないのだとペットボトルの蓋を開けながら、早くも後悔し始めていたのだった。
<次回へ続きます>
すみません、予定来るっています。
花粉症か風邪か判断つなかい状況です^^;
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