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愛しい人へ 1

 02, 2010 01:05
まだ雪が残る2月の札幌の夜は酷く寒かった。
「おい三枝まだ先なのか?」
「もう少し先だ、我慢しろよ、お前だって4年間こっちで過ごしたんだろう?」

ファー付きのロングコートをモデルのように着こなして文句を言うこの男は
北海道の大学で4年を過ごし、今は東京に戻って不動産業を営んでいる。
「ん?」
少し歩みを緩め視線の先を見ると公園のベンチに黒いパーカーのフードをすっぽり被り
足を投げ出して座っている者が居た。

フードで顔が隠れているので男か女かは判らないが
投げ出した足の格好で男だろうと推察できた。
この寒空の下、パーカーだけで寒いだろうに・・・
一瞥し先を急ぐこの男の名前は杉浦 俊介(すぎうら しゅんすけ)30歳

俺は三枝 誠司(さえぐさ せいじ)杉浦と同じ大学を出て
去年の冬に親父の引退を期に三枝総合病院の跡を継いだ。

3月になると不動産業が忙しくなるからと言って
少し時間が摂れたこの時期に俺の院長就任祝いに来てくれた。
この寒空の下歩いているのは単にあの店に行くには車よりも歩いた方が便が良かったからだ。

「おう此処だ」
それはごく一般家庭みたいな家で表札のような小さい看板が出ているだけの店だった。
「ふく」表札だけでは全く何なのか判らない、そして紹介でしか入れない店だった。
俺は医師免許取得の祝いに父親に連れて来られて以来贔屓にしていた。

「親父も、もう少し早く紹介してくれれば良かったのに」
そう思って以前に文句を言った事があった。
「若造には贅沢だ・・・」
特別に値段が高い訳でも無いのに、隠れ家的な存在で、
尚且つこの店の雰囲気が若者を受け付けないってのが最近判った気がした。

開いてから手の施しようが無くて又閉じる・・・
そんなやるせない気持ちの時に黙って酒を飲ませてくれ旨いツマミを出してくれる。
そういう時に若者の甲高い声は耳障りなだけだった。
そんな疲れた大人の為にあるような店がこの「ふく」だった。

今夜は久し振りの再会で嬉しい席だが、俺は一度杉浦を此処に連れて来たかった。
欲しい物は全て手にしているようなのに、本人は何時も何かを渇望していた。

席に着くなり「ふく」ってどういう意味だ?と尋ねてくる。
俺も最初の頃あまりにさっぱりとした平仮名の店名を尋ねた事があった。
この店を仕切っている40代の夫婦の名前でもない。

その時に返ってきた答えが
「お好きに付けて下さい。ご自分の気分とお好みで・・・」
そう言って妖艶に微笑むのはここの奥さんの若林美里(わかばやし みさと)さんだ。
「こうふく ふくろう 後・・復縁ってのもありますね、心のままにどうぞ」

その話を杉浦にすると「復讐ってのもあるな・・」と小さく呟く。
驚く俺に「単なる言葉遊びさ、気にするな」と杉浦は言った。

それからの俺たちは大学時代の話しに花を咲かせ、
今あいつはどうしてるだの、何処に勤めているなどと仲間の近況も語り合った。
杉浦のように大学だけこっちに来て又故郷に帰る奴も少なくはなかった。

2時間程「ふく」で飲み食いして店を後にする。
来た道を戻りながら「どうする?おネェちゃんのいる店で飲みなおすか?」
そうこう話しながら歩いて行くと、杉浦の足が止まり向きを変えた。

向かった先はさっきの公園のベンチだ。
行く時見かけたのと同じ格好でそいつはベンチに座っていた。
頭のフードには薄っすらと雪が積もっている。

「おい!お前さっきから此処に居るけど誰か待ってるのか?この寒空!」
杉浦が怒ったように睨み付けながら言葉を吐いている。
その男はパーカーのポケットに両手を突っ込んて足を伸ばした格好のままゆっくり顔を上げた。

「!」まだ少年じゃないか!驚いて杉浦を見ると、
「おい、返事しろよ、誰か待ってるにしろ無茶だろうこんな所で、
もし眠ったりしたら死んでしまうぞ!」
何故かムキになっているような杉浦だ。
「・・・待ってるんです・・・」小さい声は寒さで震えていた。
「誰を?」
「・・・死神を・・・・」

「何をふざけてる!」杉浦の手がその少年の肩に掛かった時少年はベンチから崩れ落ちた。
その光景が俺の目にはスローモーションのように映った。
そしてまるで黒い花が手折られたような儚さも感じさせた。




クリスマス企画に向けての「天使の箱庭」からの転載です。

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COMMENT - 2

-  2010, 12. 02 [Thu] 02:37

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kikyou  2010, 12. 03 [Fri] 00:09

鍵コメ NKさま

こんばんは。

愛しい人へ、大好きと言ってもらえてこちらこそありがとうございます。
実はアンケで2位だったのがちょっと意外だったんです^^
おお皆さん読んで下さってるんだぁ!って感激していました。

札幌出身ですか!
いいですね。
実は北海道関連の仕事をしていた時期がありまして、大好きなんです北海道。

2・3年のうちに娘を連れてゆっくり回りたいと思っています^^

コメントいつもありがとうございます。

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