天使の箱庭＜eternity＞

金曜日の診察の日、病院まで送ってくれた瀬田は、来なくてもいいと言う拓海の背中を押して一緒に診察室に入って来た。

｢尾崎さん退院後の調子はいかがですか？｣
そう聞いてきたのは拓海の執刀医の遠藤医師だった。
まだ三十くらいで若いが腕が良いと評判の医師だ。
｢はい、少し引き攣る感じはありますが痛みはありません｣
｢そうですか、出血の割には傷はそう深い物ではありませんでしたからね｣

｢じゃ傷の具合を診ますから横になって｣
拓海は言われた通りに診察台に横になった。
拓海のシャツをたくしあげ｢ベルトを緩めて｣と指示した。

そう言いながらちらっと瀬田を見ると瀬田は｢保護者ですから｣と自分が立ち会う事の正当性を主張した。

遠藤医師は瀬田が手術の時に付き添い輸血までした事は勿論知っている。
遠藤医師はこの二人の関係に首を傾げる気持ちもあった。

拓海の傷を消毒しながらその白く綺麗な肌を見ながら
｢綺麗な肌に傷が残ってしまいましたね｣と言った。
｢大丈夫です、俺男ですから｣
瀬田は少し離れた所に立っていたがぱっと見で判るほど拓海の傷は痛々しかった。

｢あの－仕事来週から復帰しても大丈夫ですか？｣
真剣な顔の拓海に遠藤医師は
｢外勤ですかそれとも内勤？｣
｢内勤です、それも無理な事はさせません。｣
答えたのは拓海ではなく瀬田だった。

そんな瀬田に苦笑しながら｢それなら大丈夫でしょう。｣
｢有り難うございます。｣
嬉しそうな拓海にくれぐれも無理はしないように、させないように｣
瀬田に向かっても釘を刺した。

｢運動はいつから大丈夫ですか？｣
そう聞いたのは瀬田の方だった。
｢運動？どの程度の運動ですか？｣
拓海は医師に正面から見つめられ顔が熱くなってすぐ答えられなかった。

｢あ・どの程度なんでしょうね？｣
｢はい？私が聞いてるんですが？｣
遠藤は拓海の様子からある程度内容を察したが、もしかして相手は保護者だと言っているこの男なのか？

そう思うと何故か意地悪したくなった。
｢あ～暫くは運動駄目ですよ｣
その言葉に大きく肩を落としたのはやはり瀬田だった。
拓海を見ると首まで赤くして俯いている。
その顔からはがっかりしてるのか、ホッとしてるかは判断つかなかった。

傷口の消毒が終わると拓海は身繕いをして最後にまた少し問診を受けた。
拓海は素直に医師の質問に答え、次は来週の金曜日にもう一度来て下さいと言われ、礼を述べ診察室を出た。

｢あぁ保護者の方ちょっと｣瀬田だけ呼び戻された。｢えーと、ワセリンも出しておきますので、くれぐれも激しい運動は避けて下さいよ｣
｢それって？｣
｢ええ、もう大丈夫でしよう。その代わり無茶はしないと約束して下さい｣

｢先生は拓海に何か特別な感情を？｣
瀬田の言葉に遠藤は｢貴方と同じ感情ではありませんが、幸せになってもらいたいと思っている一人です｣

｢私は最近この病院に移って来たのですが、以前は菱和病院に居ました。｣
｢菱和病院？｣それは拓海の母親が入院していた病院だった

｢彼はあの病院では有名でしたからね｣
健気に母親の世話をする拓海の事は多くの人の心を打ったらしい。

｢だから私たちはどんな形にしろ彼の幸せを願っているんです。｣
｢有り難うございます。必ず幸せにしますから｣

｢拓海君が待ってますから行って下さい｣
遠藤医師にそう急かされ瀬田は拓海何々の待つ待合室に向かった。




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