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週末の恐怖 前編

 19, 2011 10:44
「いやあ―――ぁ!」
闇の中で振り返ると、迫り来る革靴のつま先だけが見える。心臓が激しく鼓動し息苦しい。額には汗が滲み、普段はさらさらしている髪が少し湿り気を帯びている。
近づいた男の手には鋭いナイフのような物が握られていた。その手が逃げる体に追いつき背後から襟首を掴んだ。
「逃げても無駄だ」
その低い声に、振り向く事も出来ずまた、恐怖で走り出す事も出来ない。
「いやっ、来ないで。触らないでっ」



「紫苑……」
「やあ―――っ」
突然暗がりの中で、紫苑は肩を叩かれた。
「何をしているんだ?こんなに真っ暗にして……ビデオ鑑賞?」
「あぁ……びっくりした。今日は遅くなるんじゃなかったのですか?」
「せっかくの金曜日なんだ。遅くまで仕事していられるか。それより何だ、ホラー映画なんて珍しいな」
「暇なら観てみればって広海さんが、貸してくれたんです」

また広海に悪戯を仕掛けられているなんて紫苑には分からないだろうと、紫龍は紫苑に気づかれないように小さく溜息を吐いた。
「部屋は暗くして観た方が雰囲気がでるよって教えてもらったんですよ」
それでもやはり怖かったのか、紫苑は体育座りをして胸と膝の間にクッションを挟んだまま、そのクッションの端をぎゅっと握りしめていた。

そんな紫苑を見ながら紫龍はネクタイを緩める。紫苑が慌てて立ち上がろうとするが、紫龍はそれを目で制して、風呂に入ってくると耳たぶをひと舐めしてから囁いた。そんな事にも紫苑の体はビクンと小さく跳ねる。


紫龍は浴槽に身を沈め、口元を緩めた。広海にああいう映画の趣味は無い。きっと紫苑を怖がらせる為の悪戯だろうと思う。それに便乗しない紫龍ではなかった。
風呂から上がるとバスローブを羽織り、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出す。

紫苑はまだ真剣な顔をして画面を見つめている。意外と大丈夫なのか……と少しがっかりしながら体育座りする紫苑の後ろに腰を下ろした。紫龍が手に缶ビールを持っているのに気づき紫苑がツマミをと立ち上がろうとするのを肩を押し留めた。
「いいよ、ゆっくり観ていて。湯上りの1本だけだから」
「はい」
おとなしく座った紫苑と一緒に紫龍も画面を見つめる。映像に合わせて紫苑の体が強張ったり弛緩したりして面白い。
臨場感あるシーンで、つるつるした生地の上から紫苑の尖りを探して摘んだ。それに驚いた紫苑の体が跳ねる。紫龍はくくっと喉で笑いながら飲み干した缶を脇によけた。



その頃、深田はマンションの駐車場に停めた買ったばかりの愛車の洗車をしていた。ふたりで働いていると週末にまとめ買いが必要になる。ドライブしたり松本に帰省するのにも車があった方が便利だと広海と話し合って、車を購入したのは先月の事だった。
明日は、そのまとめ買いを予定していた。

勿論駐車場も紫苑から借りている。今まで停めてあった紫苑の赤いママチャリは今はジャガーの前に停めてある。深田の購入した車は国産の中型車だ。紫苑の自転車はここに停めた方がいいのに、紫苑は気を使ってくれてジャガーの車止めの前に置いていた。

駐車場に降りた時には無かったジャガーが駐車されていた。
「社長帰って来たんだ」
独り言を言いながら、エレベーターに乗り込み広海の待つ部屋に戻った。

「おい、社長帰っているぞ」
「えっもう?やばい……」
「やばいって?」
「紫苑君が一人だと寂しいだろうと思ってDVD貸して来たんだ……」
「はあ?エッチなのを?」
どういう顔をして紫苑が観ているか深田はちょっと想像してしまった。
「違う、ホラー」
「はい?」
「……まずいかな?」
「つか、広海にそんな趣味あった?」
深田はホラー映画は嫌いじゃない、もし広海が好きなら一緒に映画館に行こうかとまで思っていたが、広海の返事はあっさりしたものだった。
「好きじゃない……つか怖い」
怖いの一言に深田が失笑する。きっと紫苑を怖がらせようと貸したのだと推測できた。
「何って映画?」
だが深田は広海が答えたタイトルを聞き顔を曇らせた。
「何、すごく怖いのそれ?」
広海は観た事はないが、タイトルくらいは今までの評判で知っていたから、その中から怖そうな物をチョイスしたと言う。

「それ……最後に大火事のシーンがあるから……」
「え……」
広海が口元を抑えたまま狼狽えている。紫苑の火事のトラウマは二人とも知っていた。
「どうしよう。まさかそんなシーンがあるなんて……」
広海も悪意でした訳ではない。広海がレンタルショップに行く途中に買い物帰りの紫苑と遭遇したのだ。その時に紫龍の帰宅が遅くなるのを聞いて悪戯心を起こしただけだった。

「圭、どうしよう……」
「社長に知らせた方がいい」
「う、うん」
広海が慌てて携帯を取出し、紫龍にかけるがなかなか繋がらない。部屋まで行くと逆に紫苑に怪しまれてしまう。電話で教えて紫苑が観ないようにして欲しかった。

仕方なくて、深田が紫苑に電話を掛けた。5回ほど呼び出した後に紫苑の声が聞けた。
「深田だけど、社長いる?ちょっと車の事で相談があるんだけど」
「はい、ちょっと待って下さいね」
車の事と言えば紫苑も怪しまないだろうと、深田は咄嗟に思いつき紫龍と代わってもらった。

紫苑に悪戯を仕掛けようと目論んでいた紫龍は、面白くないという顔で電話を受け取った。
「夜分すみません」
「本当だ」
(う、機嫌悪い……)深田は内心自分の雇い主に畏怖を覚えてしまうが、そんな事を言っている場合ではないと、携帯を強く握りしめた。

「すみません、紫苑から離れていただけませんか?」
深田の強張った声に紫龍も、何気なく紫苑から離れ冷蔵庫からビールを出すふりをする。
「広海が渡した映画を観ていますか?」
「ああ、今二人で観ていたところだ」
そんな話だったのかと紫龍は余計に不機嫌になる。紫龍にしてみれば映画の内容など関係ないのだ、紫苑に悪戯を出来ればそれでいい。

「実は……広海は映画の内容など知らなくて紫苑に貸したみたいなのですが……」
「だから、どうした?」
紫龍の読んだ通りだ。

「俺は昔観た事があるんで……あの映画の最後の山場のシーンが大火事なんです。今どの辺りですか?」
「火事……」その言葉に紫龍の顔も強張る。電話をもらった時に観ていたシーンを説明すると深田が小さく息を詰めた。もうすぐで最後のシーンだ。そこまで観てしまったら最後まで観ないと紫苑も気が済まないだろう。

「わかった。心配するな、紫苑ももう大人だ」
「すみませんでした」
「ああ、じゃあ切るぞ」
事情を聞けば深田と話をしている数秒も惜しい気がする。電話を切り飲むつもりもなかったビールをアリバイのように手にして紫龍は元の場所に腰を下ろした。

「紫苑、つまみ欲しい」
「もう少しで終わるから待っていて下さい」
紫苑が紫龍の事を後回しにするなんて珍しい、余程最後まで観たいのだろう。
紫龍は覚悟を決めた。自分が傍にいるのだから大丈夫だと自身に言い聞かすように、紫苑とは違う意味で息を詰めて画面を見つめた。



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-  2011, 11. 19 [Sat] 10:58

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-  2011, 11. 19 [Sat] 19:54

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