2ntブログ

スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(10万hitキリリク)何処までも果てしなく 1

 04, 2011 00:03
拓海は自分が器用でない事を、最近は痛感していた。
同じベッドで軽い寝息をたてている男が、自分の勤務する会社のトップだと思うと、簡単に手を伸ばす事など出来なかった。
末端でも同じ側に立つと、この男の凄さと忙しさが良く分かった。
自分が入院したあの時、何日も付き添う時間を作る事が、どれ程大変な事だったか今になって思い知った。


拓海は新人の登竜門的な営業部に配属された。
ペアを組まされた四つ上の野村は優秀な営業マンだった。
野村に付いて歩くのは楽しかった。優秀な人間が優秀な指導員とは限らないが、野村に関しては両立している上に見た目も良かった。
二人社食で昼飯を摂っている時、女性社員の熱い視線を背中に感じるのも慣れた。

「おい、尾崎視線痛くないか?」
「痛いです。野村さん何とかして下さいよ」
「いくら新人とはいえ、自分のケツくらい自分で拭けよ」
「え……?」
「はぁ……これだからお坊ちゃまは……俺一人の時には感じないんだけど?」
予想していなかった野村の反応に、拓海はただ唖然とするだけだった。

やっと我に返り「お坊ちゃまって、誰が?」と呆れたように聞くと
「尾崎だよ」と言いながら、野村は拓海の上から下へと視線を投げた。
「俺?」
そう言われてみれば、瀬田の用意してくれたスーツは良い仕立てのオーダー品だった。
ワイシャツもネクタイも高価な物に違いないのだろう……
いくら仲良くしている先輩であっても、自分の立場や経歴をぺらぺらと喋る訳にはいかなかった。
「……そんな事ないです」
拓海はそれだけ言うのが精一杯だった。

「ま、尾崎がお坊ちゃまだろうが、なかろうが俺には関係ないけどな」
野村はそう言うと、残りの味噌汁を飲み干した。
「はい」そんな野村に頷いてから拓海も同じように味噌汁を飲み干す。

(いい先輩に恵まれた……)
拓海は素直な感想を心の中で呟いた。
半年は一緒に行動する先輩の当たり外れは、新人にとっては大きな問題なのだ。
気が合わなくて、会社に来る事すら億劫になると零す同期もいるくらいだ。

「尾崎、珈琲奢ってやるよ」野村は定食の乗ったトレイを下げながらそう声を掛けてくれた。
珈琲と言ってもしがないサラリーマン、カフェに行くわけでは無く、社内にある喫煙コーナーで飲む缶コーヒーだ。
煙草を吸わない拓海は、ご馳走になった缶コーヒーを片手に休憩室の椅子に腰を下ろした。
午後からも外回りだ。今日はそう辛いコースではない。
金曜日ともなれば疲れているだろう拓海に気を使って、野村は余裕を持ってスケジュールを組んでくれている。

拓海がプルトップを開け、一口飲み顔を戻した視線の先に瀬田の姿を見た。
「どうだ?」会社で拓海に声を掛けて来る事など、今まで殆どないことだった。
第一、こんな休憩室に社長である瀬田が来る事自体珍しい事で、その瀬田に声を掛けられる新人としては身が縮む思いだった。
「はい、何とか……」
「隣いいか?」
「はい……」
周りから見たらきっと新人の様子を伺う社長って見えているだろうと思う。いやそうでなければ困る。

「どうだ仕事は、慣れたか?」
ありきたりな言葉を掛けられ、拓海も「はい少しは慣れました」と答える。
「そうか、頑張りなさい」その声は少し大きかったが、その後瀬田は小声に切り替え「これから大阪まで行って来る。今夜は帰れないと思う」と拓海にだけ聞こえるように呟いた。
「メールでもいいのに、わざわざ……」忙しい身なのだからそんな気遣いしなくてもいいのに、と、拓海は思って少し抗議するような声で言った。
「拓海の顔が見たかっただけだよ」
「……はい、気を付けて下さい」
「じゃ、行くよ」立ち上る瀬田を拓海も立ち上り、頭を下げて見送った。

瀬田とすれ違うように野村が戻って来た。
「社長どうした?」拓海と話をしていたのを遠くで見ていたのだろう、野村がそう聞いて来た。
「あ、仕事慣れたかって」
「へえ……?わざわざ声を掛けるなんて、尾崎お前凄いな」
野村はそう言いながら、正面に座る拓海の顔を眺めていた。

清楚で整った顔は誰が見ても、苦労知らずで穏やかな優しい顔だった。
野村の視線を感じ「ん?」という顔で見返す拓海にどきっとした自分に野村は頭を振った。
「今日は飲みにでも行くか?俺奢るよ」
「割り勘なら行きます」
瀬田のいない夜くらい、同僚と飲みに行ってもいいだろうと拓海は思った。
「たまには奢られろよ」野村が呆れたように、拓海にそう言った。
「じゃあ焼鳥屋で……」拓海も負けてはいない。
「尾崎って本当は苦労人?」まさかそんな事はないだろう、という顔で野村が笑った。

瀬田は拓海を徹底的に甘やかしていた。
「俺は拓海を甘やかしたいだけだ……」
口癖のように囁く瀬田を有難いとは思うが、五体満足な自分が経験した苦労など大した事は無いと拓海は思っていた。
両親が揃った同じ年頃の人間に比べたら、苦労したかもしれないが、今となっては過去の事だ。

脇腹の傷が少し痛んだ(明日は雨かな?)
「コーヒーご馳走様」拓海はそう言って、飲み干した缶をゴミ箱に捨てた。




ランキング参加中です、ポンと気前よく押して下されば嬉しいです(#^.^#)
にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
にほんブログ村


あれ?誘い受けは何処に?……


関連記事

COMMENT - 2

kai  2011, 06. 05 [Sun] 01:33

久しぶりー拓海くん
元気そうでなによりです
新入社員と社長という両端みたいな立場で恋人なんて苦労が絶えないんじゃないかなと思ってました
その後の彼らの様子が知りたかったのでうれしいです

Edit | Reply | 

NK  2011, 06. 05 [Sun] 02:16

あら、瀬田さんは今晩いなくて、
面倒見がよくて尊敬している先輩と一緒に飲みに。。。
拓海くんは、誰を誘惑しちゃうのかしら。
予想外の展開に。

Edit | Reply | 

WHAT'S NEW?