天使の箱庭＜eternity＞

「今夜はひとりですか？」仙波は皮肉を込めて兼介に聞いた。
「見れば判るだろう？」以前秀人を連れて来て以来久しぶりだった。経営も殆ど仙波に任せているこの店は月に一度メールで売上表を送ってもらい、銀行振り込みしてもらえば済むのだ。それだけ仙波を信頼しているという証拠でもあるが、やはり兼介が顔を出さない事に仙波は面白くはないらしい。

「お前今夜空いているか？」
兼介の言葉にグラスを拭いていた手を一瞬止めそして何でもない事のようにまたその作業を続けた。
「それは、あなたと寝る時間はあるか、って事でしょうか？」
「そうだ、それとも他の誰かで間に合っているとか？」
兼介の言葉に仙波はむっとした顔をして「私はあなたとは違う……誰でもいいわけじゃない」
先日は自分の目の前で若い子を口説いていた兼介に皮肉を込めて仙波は言った。

「あの子は……特別だ」
それを聞いた仙波はバーテンダーの顔に戻り「何をお作りしましょう？」と目の前の男を客としてを見た。
「ふふ……そに気位の高さは流石だな、新宿のホストクラブで長年ナンバーワンを張っていただけあるな」仙波の態度に腹を立てるどころか満足そうに兼介は口元を綻ばせた。

ホストとして昇っていた仙波の性癖を見破りこの店を任せたのは今から２年前だった。
ホスト時代よりは稼げないけど安定した収入と地位、そして何よりも女を相手にしなくていいという事は、仙波にとって一番有難いことだった。
この店は営利目的よりも兼介の道楽でやっているような店だったが、その経営方針が逆に客を呼び寄せ必然的に黒字経営を打ち出していたのだ。

当然マスター兼バーテンの仙波を口説く輩も多くいる。自分はゲイじゃないという嘘はゲイ相手には通用はしない。だが仙波は誰の誘いにも乗らずにただ兼介が訪れるのを待っていた。
ホスト時代の自分を考えれば、ただ待つだけの自身を笑いたくなるが何故かそれが当たり前のような気がしていた。

「私も今夜はたまたま空いています……」
こんな男を相手にするのには虚栄も張りたくなるというものだ。
「そうかじゃ１杯飲んだら先にマンションに行ってるよ、適当に閉めて来いよ」
「はい判りました」今この店の中にいる客は兼介以外に二組だ。ここでまとまったカップルが一組と、もう一組は何度か来たことのあったカップルだ。両方ともそう長居はしないと予測がついた。

兼介はマティーニを飲み干すと仙波に目配せしてから店を出て行った。
仙波は兼介の帰った後に、表の看板のコンセントを抜きに外に出るともうその看板に灯りは点ってはいなかった。兼介が帰り際に抜いて行ったと思われる。
その行動に仙波は口角を上げ少し笑った。
兼介にとって自分は特別では無いのだろうけど、仙波にとっては兼介は特別な存在だった。経営者と従業員という立場もそうだが、本音は身も心も兼介と繋がっていたかった。



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