天使の箱庭＜eternity＞

「秀人……無事帰ったか気になってな」兼介の顔は笑っていたが目は笑ってはいない。
「秀人？」蓮が秀人の顔の高さまで膝を曲げ顔を覗き込んできた。
「う・うん……隆弘知ってるでしょ？その隆弘のお兄さんで、堀内兼介さん」
結局秀人が間に入って二人を紹介する形になってしまった。

「堀内です。君が秀人の思い人かな？」
自分より年下であろう蓮に対して兼介は上から目線で聞いて来た。
「小野田蓮です」そんな兼介の視線を気にしないかのように蓮は兼介に握手を求めた。
社会人らしく兼介もそれに応じるが、その目は好意的には感じられなかった。

「モデルなんだって？」兼介は蓮を上から下まで見定めるようにそう言った。
「ええ、一応……でも将来的には医学の方に進むつもりではいますが……」
「気にいらないな……」呟くように言ってもその声は秀人にも蓮にもしっかりと聞こえている。
「兼にぃ！」秀人はお願いだからやめてという目をして兼介を見つめた。

「まぁいい、秀人捨てられたら俺の所に来るんだぞ」これ以上秀人を困らせるのも可哀想だと思い兼介はそう言って「じゃ」と手を挙げた。
「生憎ですが、俺は秀人を捨てるような事はしませんから」
やっと会えた秀人ともう離れられる筈もなかった。
背中を向けたまま片手を挙げ帰って行く兼介の背中をふたりで見送った。

「……彼は何も感じていないのかな？」
蓮は自分に嫉妬という感情以外のものを見せなかった兼介を訝し気に見ていた。
「多分何も知らない……今は」
出来る事ならこのままでいて欲しいと秀人も蓮も願った。

「もう遅いから家にお入り」
「……はい、次はいつ会える？」
「明後日の夕方以降は仕事入ってないから、来られる？」
「明後日…………」今の秀人にはそれが随分と遠い日に思えて仕方なかった。
「大丈夫だよ、そんな不安そうな顔をしないで。俺はいなくなったりしないから」
蓮はそう言うと秀人の額に軽く唇を付けた。
「これ以上したら又連れて帰りたくなるから」
微笑む蓮に秀人も小さく頷いてから「おやすみなさい」と囁いた。

「じゃ……明後日終わったらメールするよ、いや明日も会えなくてもメールする」
その言葉にやっと安心したような顔で秀人は玄関に向かって歩き出した。
「おやすみ秀人、愛しているよ」家の前でこんな事を言うのが恥ずかしそうに蓮も笑顔を見せた。

二人が別れを名残惜しんでいるうちに兼介は自宅に辿り着き自分の部屋のベッドに倒れ込むように身を投げた。
まだ子供だと思っていた秀人の蓮を見る目を思い出しただけで胸がキリキリ痛むようだった。
そして自分がこんなに秀人を好きだったのかと、改めて思い知らされた夜でもあった。
『あいつ……何処かで会ったような気がする……』
漠然とした記憶が、あのポスターを見たせいなのか、それとも何処かですれ違っただけなのか兼介には分からなかった。
秀人が知り合って直ぐに好きになるように見た目は良い男だった。
あの妖艶な目が印象的だと兼介は天井を見つめながら思っていた。

『血が騒ぐ……』もし今の自分の気持ちを一言で表せと言われたらこの言葉しかない……
兼介はこの感情は嫉妬なんだろうと自分の気持ちを整理しながら起き上り、最近はあまり吸わなくなった煙草に火を点けた。



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