天使の箱庭＜eternity＞

「あいつって誰だよ？」隆弘の言葉に兼介が反応を示した。
だが秀人は蓮と兼介を会わせたくはなかった。
「兄貴……あの男性モデルがやってる化粧品のポスター見た事ない？」
「あの、紅（くれない）っていう口紅のか？」兼介は半信半疑でそう聞いた。
「そう、この前兄貴にマンションまで迎えに来てもらった……」

「秀人本当なのか？モデルなんかと付き合うつもりなのか？」
一度収まったと思った話が隆弘の発言でぶり返され、秀人は謙介の視線から逃げるように目を逸らした。
「遊ばれて捨てられるのが落ちだぞ？」
モデルという職業だけで人格を決めるような兼介に「蓮はそんな人じゃない」と秀人は言い返した。
「だって会ってまだ日も浅い……」
兼介は秀人がそんなに簡単に躰を許すような奴だとは思っていなかったから、余計に最近出会ったばかりの男と関係を持った事が不思議で、そして違和感も覚えた。

「もしかして無理矢理とか……じゃないよな？」
「ち・違う……僕も望んだ」
兼介の言葉に隆弘が驚き秀人の肩を掴んだ。「何それ？もうやっちゃったって言うのか？」
身も蓋もない隆弘の言葉に秀人はぎゅっと唇を噛み堪えた。
秀人自身ですらその事には驚きを覚えていたのだ。ただ躰が求めた訳じゃない、心が蓮を求めたのだ。

蓮のポスターを初めて見たあの日から、胸の中にざわめく何かの正体を確認出来たばかりなのだ。
本当は離れている今の瞬間でも会いたいと思っていた。離れている事が不安で仕方ないのだ。
「秀人おかしいよ、どうしちゃったんだよ……あんなに嫌ってたのに」
「別に嫌っていたんじゃない、ただ……」
何も感じていない兼介や隆弘に自分と蓮の本当の関係を説明しても理解など出来ないだろう。それどころか蓮の影響で変になったと思われてしまうだろう。

「とにかく……ごめんなさい。後はもう僕の問題だから」
「だからもう何も言うなって言いたいのか？」
「兼介さん……ごめんなさい」
秀人が謝るのは、兼介の思いに応えられなかった事だけで良い筈だった。だが秀人の胸の奥にある罪悪感は消える事は無い。多分一生消えないだろうと睫を伏せた。

「僕……帰るね」
何も言わない二人に背を向けて秀人は兼介の部屋を出た。
いつもなら家の前まで送ってくれる隆弘も付いては来なかった。
自分が蓮を選んだ事で兼介を失う事になるかもしれないとは思っていたが、隆弘まで自分の傍からいなくなってしまうのは寂しかった。

秀人は辛い気分のまま家に帰り着くと、家の前に人影が見えた。
「……蓮？」
自分を送り届けて帰った筈の蓮が家の前に立っていて秀人は驚きながらも嬉しくて駆け寄った。
「秀人、大丈夫だった？……あまり大丈夫じゃなさそうだね」
蓮の顔を確認した途端に堪えていた涙が零れ落ちる秀人を胸にそっと抱き寄せた。
「俺のせいで友達を失くした？」
失くしたのかもしれない？だがまだ本当の結論など秀人には見えてはいない。
ただ今は安心してこの胸に寄り添っていたかった。


そして秀人の家から５０ｍほど離れた場所で、兼介が立ち尽くしていた。
やはり秀人を一人で帰すのは心配で、家の中に入るのを見届けようと思い秀人に気づかれないように後を追っていた。声を掛けるつもりもなかったのに、目の前で男と抱き合う秀人を見て兼介は頭を殴られたような気がした。
まだ自分を諦めさせるだけの嘘の方がマシだった。本当はいつまでも無垢なままでいて欲しかった秀人の嘘だと思いたかった。

だが目の前の現実はそんな兼介の僅かな望も叶えてはくれなかったのだ。
立ち止まっていた兼介が二人から視線を外さないように、ゆっくりと歩き出した。
「秀人……」
ビクンと秀人の肩が震えたのを兼介も、そして背中に手を回していた蓮も気づいた。



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