そしてとうとう明日は旅行に行く・・・・
空港で待ち合わせしているから、馨の手元には飛行機のチケットがある。
夕方家に帰ってから、馨はずっとそのチケットを手にし眺めていた。
『どうすればいいのだろう?』
最後の思い出として行くべきか否か何度も何度も考えていた。
馨の中で結論が出たのは・・・
いや出たというか無理矢理そう結論づけたのはもう10時に近い頃だった。
携帯電話を片手にチケットを持って馨は家を出た。
「もしもし、沖本です、突然で申し訳ありませんが、これから会えないでしょうか?」
「あら馨君・・・急にどうしたの、別にいいけど」
馨は待ち合わせの場所を決めて、そこに向かって歩いた。
『これでいいんだ・・・』
それから30分後馨の待つカフェバーにやって来たのは、同じ会社の星野ゆかりだった。
「お待たせ、でもどうしたの馨君から連絡あるなんて珍しいわね」
「すみません、何人かの人に星野先輩の番号聞いてしまいました」
「いいわよ別に、それよりこんな遅くにどうしたの?」
「あの・・・これ星野先輩に」
馨がおずおずと出したのは明日の千歳行きのチケットだった。
「えっ、どうして私にこれを?太陽君と一緒に行くんじゃなかったの?」
「僕、家の事情でどうしても明日行けなくなったんです。だから先輩太陽と一緒に行ってもらえませんか?太陽・・北海道に行くのを凄い楽しみにしてたから・・」
「馨君・・・あなた?」
「お願いします」
馨はそう言って、チケットを星野に押し付けるようにして伝票を掴んで店を飛び出した。
「はぁっ・・・・参ったなぁ・・・」星野は置いてけぼりのチケットをひらひらさせながら溜息を吐いた。
自分が明日空港に行っても太陽が喜ばない事など星野は重々承知だった。
ふとひらひらさせてる手を止めた。
どうして馨は自分を呼び出して、チケットなど寄越したのだろう?
今まで、特別に太陽と噂になった事もなければ、告白した事もされた事もなかった。
仲の良い先輩と後輩ではあったが、一緒に旅行に行く間柄だとは誰も思わないだろう。
「・・・あっ!」もしかして、自販機の前で仲良くしていたのを馨に見られたのかもしれない、星野にはそれしか思い当たる節がなかった。
星野にとって太陽も馨も可愛い後輩でしかなかった。
馨にちょっかい出すと太陽に睨まれるので、星野のストレス解消の相手は必然的に太陽になっていた。
星野にチケットを押し付けるかたちで店を飛び出した馨は、近くのバス停のベンチに脱力したように座っていた。
途中で買った缶ビールが手に冷たい。
金曜日有給を取ったから3連休だ・・・どうやって時間を潰そう。
そんな事をぼんやり考えながら冬の空を見上げていた。
ポケットの携帯が振動した。
「もしもし・・・」
「いよいよ明日だね、心の準備は出来た?」滝沢からの電話にタイミングの悪さを感じた。
今の馨なら誰にでも縋ってしまいそうな気分だった。
「明日・・僕は行きません」
「どうして?何かあった?」馨の予想していなかった返事に滝沢は驚いた。
「もしかして、腰が引けてるの?」
「太陽は僕となんか行くよりも、もっと楽しめる人と行った方がいいと思って・・」
「それは彼がそう言ったの?」
直接言われた訳じゃなかったが、言われたも同然だ。
だが馨は見聞きした事を滝沢に言うには自分があまりにも惨めに思えて躊躇った。
「そうじゃないけど、言われなくても判るよ」
そう言うと馨はぐびっと缶ビールをあおった。
「飲んでるのか・・今どこ?」
「うん・・缶ビールだけどね、今?・・・バス停のベンチ」
馨が酒に弱い事は滝沢だってよく知っている。
「ちょっと、外で一人で飲んだりしたら危ないじゃないか?」
少し怒った口調になった滝沢に馨は「大丈夫ですよ、缶ビール1本くらいなら飲めるようになりましたから」と自嘲気味に言った。
「慰めてあげようか?」
馨はその言葉を待っていたような、言って欲しくなかったような・・・
自分で自分が判らなくなっていた。
だけど、一人で過ごせる自信もなかった。
「・・・・・慰めてく・・・・」
「馨っ!!」
「えっ?・・・太陽・・・どうしてここに?」
太陽は走って探し回っていたのか息が荒くそして白かった。
「ナイトの登場みたいだね、では切るよ。でもそれでも何かあったら又電話下さい」
ツーツーと通話は切れているのに、馨は携帯を耳に当てたまま固まっていた。
「お前何やってんだよっ、こんな寒空の下・・・無防備もいい所だ!」
「あぁ太陽・・偶然だね。僕これから人に会う約束があるから行くよ」
今太陽の顔を見る事は馨にとって凄く辛い事だった、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「誰と会うつもりだよ、こんなに遅くに、えっ?」
何処からどう見ても太陽は怒っている。
「それに何だよ、これ!?」太陽の手にはさっき星野に渡したはずのチケットが握られていた。
「あ・・・っ・・僕行けなくなったから、代わりに星野先輩に行ってもらおうと思って・・
その方が太陽だって嬉しいでしょう?」
「はあっ?何ふざけた事言ってるんだ?」
「あ・・僕もう時間が無いから、行くよ」怒る太陽の前から逃げようとしてベンチから立ち上がった。
一瞬くらっとして足が縺れてしまったが、それでも一歩二歩と歩いた。
「ちょっと来いよ!」怒りの収まらない太陽に腕を取られ、無理やりタクシーに乗せられた。
「太陽何処行くんだよ?僕約束が・・・」あくまでも約束があると嘘を吐き通そうとする馨の腕をタクシーの中でも太陽は離そうとしなかった。
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