2ntブログ

スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

愛しい人へ 10

 06, 2010 14:07
進はテーブルの下の足がガクガク震えていた。
律子の顔は強張り、目が引き攣っている。
「で?結局私達に麗のせいで損害を被った1億を払えと言っているんですか?」
律子が噛み付かんばかりの勢いで捲くし立てている。

「いえ、あなた達に払えとは言ってませんが?」
「今払えって・・」
「前原麗君が相続した遺産で払うのですから、あなた達のお金ではないでしょう?」
「・・・」進は何も言えなかった。
律子は「はん、あの子が相続したものなど何もありませんわ」と鼻で笑っている。

「可笑しいですね?両親の交通事故の保険金、加入していた生命保険
道庁勤めの父親の恩給と退職金、合わせると3億円以上あるはずですが?」
「それと、この家もそうですねぇ」と西条が付け加えた。

「人の家の事調べたんですか?」律子が目を剥いている。
「今までの個人の貯金が幾らあったかまでは知りませんよ、
でもそれ以外の事など簡単に調べは付きますけど?素人でも」
その言い回しが暗に自分は素人ではないと言ってるようで松本夫妻を更に不安にさせた。

昨夜杉浦という男から電話がきて11時に会う約束をさせられた。
そして今日時間丁度に現れた二人の男は杉浦と秘書の西条と言う男だった。
家の外には黒塗りのベンツが止まり、中には運転手が居る。

貰った名刺には「杉浦興業」という怪しげな名前と東京の住所だ。
この住所も本当かどうか判らない。
俳優かモデルと言っても通用するような体格の良い美丈夫なこの男と
優しい顔だが目が笑っていない頭の切れそうな秘書。

「とにかく麗も私達も1億というお金なんか持ってませんから!」
妻は何も判っていない・・・
ただ目先の事だけしか考えていないようだ。
この二人は何もかも知っているのだ。

「おかしいですねぇ?保険金の受取人は息子である前原麗さんなんですが?」
畳み込むように西条に言われて
追い込まれた妻が
「あの子は相続放棄したんです!だから麗はお金など持っていません!
麗の損害賠償など私たちが払う義務もありませんからっ!」
と悲鳴のように怒鳴っている。

「そうですかぁ・・・相続放棄ねぇ・・・」意味ありげに西条が目を光らせた。
「そうです、一円も持たない麗を私達が引き取って面倒みてやってたんです
感謝されても、そんなお金払う義務は無いですから」

『金の亡者め!』杉浦は腸が煮えくり返りそうな気分だった。

「ではお宅と前原麗君とはもう何の関係も無いと解釈して宜しいんですね?」
と西条が冷静な声で念を押した。

「そうです!」
西条の問いかけに、ほっとしたように律子が強気で答えた。
律子は、とにかく折角手に入れた贅沢な暮らしとお金を守る事に必死で
杉浦たちの腹の中までは読めないでいた。

そして律子は癖のように左指に填められたダイヤの指輪をなぞっている。
「ほう、いいダイヤですね、何キャラットですか?」
あまり口を開かなかった杉浦が皮肉を込めた口調で言った。

慌てて自分の背中に腕を隠し「偽物ですよ」と答える律子に
「そうですか・・・」
と口端だけで笑っている杉浦の目が怒りを通り越して呆れていた。

「では一筆書いてもらいましょうか?」
西条の言葉に律子が「えっ?」という顔をする。
「松本さんと前原君の間に何ら関係の無い事を」
「ええ、書きます!」これさえ書いてしまえば安心と律子の声が明るくなった。

そのきちんと作られた書類を見て
「随分用意がいいんですね?」
と今まで黙って座っていただけの進が疑問を口にした。

「債務を肩代わりします、という書類もありますが、
そちらに判を頂けるのならそちらを出しましょうか?」
その西条の言葉に律子が慌てて
「あなた!あなたは黙ってて、余計な事言わないで!」と怒鳴りつけている。

「前原君の身柄はこちらで預かりますが宜しいんですよね?」
「はい、どうぞ、どうせ高校卒業したらこの家から出・・」
言い過ぎたと気づいた律子は言葉の途中で口を噤んだ。

律子に促され進も署名捺印する。
「これで、もうあの子とは縁が切れたんですよね?関係ないんですよね?」
律子が保身の為だけに念を押した。
「そうですね、前原君が何処かで野垂れ死にしようが貴方達とは一切関係ないですね」
西条が言った野垂れ死にという言葉に進の体がビクッと反応したのを杉浦は見逃さなかった。

では私達はこれで、と立ち上がる二人に進は表まで送りますと着いてくるが
妻の律子は立ち上がろうともしない、金を守れたのに安心して腰でも抜けたか?

玄関を出ると、進が「お願いがあります、ちょっと待ってて下さい」と
自分用であろう軽自動車に駆けていった。
この家にはもう1台国産車だが高級車が停めてあった、多分妻の車だろう。

進が小さい紙袋を持って戻って来た。
「あの・・・麗は無事なんですよね?」恐る恐る聞いてくる進に向かい
「あなたに無事を尋ねる資格がありますか?」
進は唇を噛み俯いた・・・・

「松本さん、何もしないで見てるのも同罪ですよ?」
諭すように杉浦に言われ
「はい・・判っています」
私には麗を心配する資格などなかったのだ、と進は項垂れた。

「あの、これを麗に渡してやって貰えませんか?」
差し出された物はフォトフレームに入った家族写真だった。
「これ1つしかこの家には残ってなくて・・・」
妻に全部処分されたのだろう、車に隠し持っていた訳か?
「判りました、渡しておきますよ」

「あとこれは私の生命保険証書です、受取人は麗になってます1億の保険です」
今この証書を渡したら自分は殺されるかもしれない、と覚悟していた。
「・・・・必要ないです、受取人名義を書き換えて下さい、
あなた達から受け取る物はもう何も無いんですよ?
さっき書類を交わしたでしょう?もう今日からは赤の他人なんですよ」
杉浦の言葉にどうしていいか判らない様子の進だった。

「でもこれがあれば・・・・」


だが杉浦は写真のみを受け取り車に乗り込み、不安な顔の進に向かって
「心配しなくていい、ここよりはマシな生活が送れる」
そう皮肉ともつかない言葉を残して走り去って行った。


走る車の中で
「思ったより早かったな?」と運転手が声を掛けてきた。
「ああ、守銭奴には金を掴ませるよりも請求した方が効き目あるからな」
「そうか・・・・しかし三枝総合病院の院長と車を足代わりに使うなんて・・・」
と憮然と三枝は呟くが安心した事は確かだった。

「で、高校の方はどうなった?」
全く人の話を聞き流すのが得意な奴だ、内心舌打ちしながら
三枝は「卒業は出来るよ、かなり優秀だったみたいだぜ、西条、俺とお前の後輩だ」
と最後は西条に向けて言った。

「ほう・・・それは会うのが楽しみですね」と西条が笑顔を見せた。
西条は足元に落とした自分の財布でさえ拾わないであろう杉浦が
公園で拾ったという少年に興味を覚えていたのだ。
そこまで人や物に執着をした杉浦を見たことが無かったからだ。

そして3人を乗せたベンツは三枝総合病院へと向かった。





クリスマス企画に向けての「天使の箱庭」からの転載です。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
にほんブログ村



関連記事

COMMENT - 0

WHAT'S NEW?