天使の箱庭＜eternity＞

朝から色々あって大変な思いをした紫苑がようやく自分の仕事場に着いた。
福利厚生課で与えられた自分の席に座り大きく溜息を吐く紫苑に沖田が近寄った。
「あ、おはようございます」頭を下げる紫苑に向かって
「おはよう、どうしました？熱でもありますか？」と声を掛けた。
いつもより紫苑の顔が高揚しているようだった。

「いえ、大丈夫です・・」
「そうですか？自分の体調管理も大切ですよ」
沖田にそう言われまた少し紫苑は落ち込んでしまう。
「さあカウンセリングルームに行きますか？」
「はい」
「そこで今後の仕事の説明をしましょう」

カウンセリングルームで沖田から今後の説明を受けた。
昨年度までは女性の担当者が居たらしいが、家族に介護を必要とする人が居て
会社を退職したと聞いた。
「私もフォローするけど、此処だけをかまっている訳にもいかないんで」
そう言われてみればそうだ、沖田は総務部全体を管理しなくてはならない。

「はい、これは堂本君の」そう渡されたのは新品の白衣だった。
「白衣？」
「そう、此処ではこれを身に着けて」
そして沖田はこんな事を言った。

「私達は医者でも何でも無いが、きちんと資格を持った人間だ。
白衣は相手を少し緊張させはするけど、それと逆に安心させる効果もあるんだよ。
ここに来る人は何かしら不安や悩みを抱えてる。
それを真剣に聞きますよ、そして貴方の秘密は誰にも言いませんよ、という証なんだよ」と。

それを聞いて紫苑も頷き、その白衣に袖を通した。
「似合いますよ」
沖田の優しい笑顔は紫苑の心を癒してくれる。
「ありがとうございます・・」

沖田は鍵付きの引き出しからファイルを取り出した。
「これが最近１年の資料です、暇を見つけて目を通しておいて下さい」
ぱらぱらっと捲りながら紫苑は「思った以上に多いですね」と言うと
「その中で半分は一度で済む程度の、世間話程度の相談です
でもそういう簡単な事でも大事だと判りますよね？」

「はい・・」
確かに誰かに話せば気が済むという場合も多々ある。
「残りの半分は？」
「そうですね、その中の１割弱は、少し時間がかかる相談です
本来なら心療内科を勧めていいくらいの社員もいますが、
時間が無いとか理由を付けて、心療内科に通院する事を嫌がる人も・・様々です。
根気良く話を聞いてあげる必要もあります」

「僕に・・出来るでしょうか？」
「君はきちんと資格も取って勉強もしてますよね？」
「はい・・」
「とにかくこういう仕事は経験です、それとその人が持っている癒しの力も・・・」
そう言いながらその点では紫苑は最高の力を持っていると沖田は思っていた。

説明している時に内線電話が鳴った。
「はい沖田です」
「カウンセリングですか？」そう聞きながら今日の空き時間をチェックしている。
「１０時？はい大丈夫です」受話器を置き沖田は紫苑に向かって
「簡単なカウンセリングです、君にやってもらいましょう」
「ぼ・僕がですか？」
「そうです、それに私は１０時から仕事の打ち合わせありますから・・大丈夫ですよ」

簡単な打ち合わせを済ませた沖田が時間だからと部屋を出て行った。
『あと１０分・・・』
紫苑は初めての仕事に緊張した面持ちで、その時を待っていた。

１０時丁度にドアがノックされた。
ここＤＯＭＯＴＯでは、直属の上司の許可が貰えれば勤務時間内にカウンセリングを受ける事が出来る。
そういうシステムも会社が社員を大事にしている証でもある。
紫龍に代になってからそういうシステムをどんどん取り入れているらしかった。
そしてそれは社員の安心にも向上心にも繋がるのだ。

「どうぞ・・」紫苑がちょっと固めの声で応対した。
「失礼・・」緊張した紫苑が更に緊張する・・・
ドアを開け入って来たのは、何とここの社長である堂本紫龍だった。

「し・・しりゅう・・・・」
緊張していたとはいえ、内心最初の仕事と張り切っていた紫苑の出鼻が挫ける。
驚く紫苑の姿を見た紫龍も紫苑の白衣姿に驚いた。

『紫苑！何て白衣が似合うんだ・・・』初めて紫苑と逢った時のようなときめきを感じてしまった。
あの時はドアを開けて入って来たのは紫苑の方だった。

そう遠い過去ではないのに、紫龍は何だか随分と年月が経ったように思えた。
あの頃の紫苑はこの細い体に沢山の枷を背負っていた。
『俺は紫苑の初めてを沢山もらった・・・』
時計やスーツの事で何時までも意地を張っている自分が情けなくもなってくる。

「紫苑・・今朝は悪かった・・ちゃんと電車に乗れたか？」紫龍の問いかけに
「僕は子供じゃありません、電車くらい一人で乗れます」
「何の問題も無かったか？」
今朝までいつも通りに寝起きを共にしているのに、何年も会ってない者への言葉のようだった。

「べ・・別に痴漢になんかあっていません！」
「え・・・痴漢にあったのか？！」
「あ・・っ」自分の失言に紫苑が気付いた。
つかつかと歩み寄られ紫苑は一歩引いた。

「あっ！」
突然紫龍に抱き締められ驚きの声を上げる。
「紫苑、お願いだ・・明日からは車に乗ってくれ」
叱られるかと思っていた紫苑はその言葉に驚いたが、素直な気持ちで
「はい」と頷いた。
はっきり言って紫苑自身も朝からあんなパワーを使うとは思わなかった。
自分自身に甘いなと思いながらも、紫龍の言葉に頷いた。

「紫龍・・・色々勝手な事をして、ごめんなさい・・」
「俺も大人気なかった・・紫苑が傍にいてくれるだけで満足なのに」
「スーツの事も時計の事も許してくれるの？」
「ああ・・今度吊るしのスーツ一緒に買いに行こう」
「ありがとう紫龍」そう言うと紫苑は背中に回した手に力を込めた。

「う・・・紫苑、夜まで我慢出来なくなるから・・離れて」
「あ！はい」此処で押し倒されても紫苑も困る。
紫龍は肩に手を置いた状態で、少し離れて紫苑を眺めて
「白衣が良く似合う・・」と優しい笑顔を向けた。

「出来たら来週の分もカウンセリング予約しておいてくれないか？」
「・・ダメです！心が健康な人は遠慮して下さい」
びしっと紫苑に拒否され大袈裟に落ち込む振りをしながら
頭の中では『通販で白衣買えるかな？あ、聴診器も必要だ・・・』と考えていた紫龍だった。

---

今夜は白衣姿の紫苑にすっかりと毒気を抜かれた紫龍でした＾＾


拍手やコメントありがとうございます。
いつも嬉しく拝見させてもらっています＾＾

ランキングに参加しています。
ぽちっとして下されば嬉しいです。


にほんブログ村

関連記事

• 天使が啼いた夜　堂本紫苑～12～ (2010/11/16)
• 天使が啼いた夜　堂本紫苑～13～ (2010/11/17)
• 天使が啼いた夜　堂本紫苑～14～ (2010/11/18)
• 天使が啼いた夜　堂本紫苑～15～ (2010/11/20)
• 天使が啼いた夜　堂本紫苑～16～ (2010/11/21)