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吐息の白い夜 2

 20, 2011 22:44
「いたッ!」
「一条観念しろ。罰ゲームだ」
どうして、堀内の罰ゲームに自分が観念しなくてはならないのだと詰め寄ろうとした視線の先に、堀内の顔があった。
「やだっ」
本能が小さな叫び声を上げるが、その声は堀内の酒臭い唇に塞がれた。

「んん―――っ!」
堀内に押し倒された星哉の力は非力で、押し戻す事が出来なかった。周囲が大歓声を上げていた。誰も堀内を止めようとはしていないようだ。これも宴会芸か何かと考えているのだろうか。
堀内の下で、星哉は頭を振って避けようとするが、堀内は星哉の唇から離れようとしない。
(やだっ、気持ち悪い……)
生まれて初めてのキスが酔っ払いの罰ゲームなどとは、余りにも悲し過ぎる気がする。
周囲の酔っ払いがやんやと囃し立てる声が星哉の耳に不快な音として聞こえて来た。

「んんっ」
何度も呻きながら首を振るが、蛭のように吸い付いた唇から解放される事はない。
それが暫く続き堀内がようやく唇を離した。星哉は肩で息を吐きながら堀内を睨みつける。
「やばっ……そそられる」
「え……?」
やっと解放された唇が再び塞がれて星哉は逃げようと、脚をばたつかせた。だがそのせいで足の間に堀内の体が差し込まれる。
「目を瞑って好きな子だと想像すれば?」
などと誰だか分からないが無責任な声が耳元で囁かれた。星哉はさっきから気持ち悪くて、そしてだんだん怖くなってぎゅっと目を瞑っていた。

(好きな子……)
そう脳みそをすり替えようとした時に、さっき聞かされた涼太の言葉が脳裏を掠めた。
『だから、女抱いていても何か……ついお前の顔に置き換えるんだよ。そしたら直ぐにイける』
(涼太……)
ふっと星哉の体から力が抜けてしまった。堀内よりは涼太の方がマシだとも思う。ここで女子の顔を思い浮かべる事の出来ない自分を情けなく思ったりもした。
(涼太……)無意識に涼太に助けを求めるように手を宙に彷徨わせる。
(ああ……暫く会わないって言われたんだ)
今は堀内に無理矢理キスをされている事よりも、涼太に会えない事の方が重要な気がしたが、気持ち悪さは相変わらず続いている。

(涼太の唇だ。涼太の唇だ)自分に呪いのように言い聞かす。
そう思うと、不思議と気持ち悪さが軽減されたような気がした。力の抜けた星哉の隙を突いて堀内の熱い舌が捻じ込まれた。

「うう―――っ!」
途端に、相手が堀内だと知らしめされる。


堀内の激しい口付けに、いつの間にか囃し立てる声がしなくなった。
「堀内、いい加減にしろよ」
「一条泣いているぞ」
「おい、やばいんじゃないか?」
などと、星哉を庇うような声に変わる。

堀内も充分に女にモテそうな見た目をしていた。何を好んで男の星哉にこんな激しいキスを仕掛けているのかさっぱり分からなかった。悔しいのと気持ち悪いのとで、星哉の目からは涙がボロボロ零れていた。
逃げる星哉の舌が捕まりそうになった瞬間に、堀内の重みが不意に消えた。やっと解放されたかと安堵の息を吐いた時に、激しく物がぶつかる音がして、星哉は瞑っていた瞼を開いた。

たった今まで星哉の上に乗って星哉を蹂躙していた堀内が、壁際までぶっ飛ばされていたのだ。
堀内を投げ飛ばしたであろう男の後ろ姿を見て、星哉は小さく「うそ……」と声を漏らした。

茫然としているメンバーと、壁に体をぶつけて蹲っている堀内と、その前に仁王立ちしている……涼太……。

「涼太……」
涼太の姿を見て安心した星哉の目からは再び涙が零れ落ちる。
「堀内先輩やり過ぎですよ」
星哉には涼太の声のトーンが酷く怒りに満ちている時のものだと確信できた。いやこの部屋にいる誰もが涼太の怒りをひしひしと感じていた。

「ちょっとふざけていただけだろう?」
体をさすりながら堀内がそう言い訳をする。
「星哉はイヤがっていた!」
「シラケる奴だな」
謝る事などしないで、堀内が涼太を貶めるような言葉を吐いた。その言葉が終わるか終らないかのうちに、涼太が堀内に飛びかかる。

いや、実際は飛びかかり殴ろうとした時に、涼太の前で体を張って庇った……千草だった。危うく涼太は千草を殴りそうになり、懸命にそれを回避した。
「涼太、止めなさい。バカを殴っても手が腐るだけよ」
千草は、堀内の為に身を挺した訳ではなかった。いくらサークルの宴会中といえ暴力沙汰を起こすわけにはいかないのだ。そしてそれが涼太であってはならない。動機は何であれ、先に手を出した方が悪くなる。

(あ……)もしかして、涼太と千草はまだ付き合っているのかもしれない。別れたと思っているのは星哉だけで、密かに交際は続けられていたのかも。千草が1時間遅く来たのも、涼太が一人でこの宴会に参加したのも、千草と示し合わせての事かもしれない。そう考えれば合点がいく。

何だか何もかもイヤになった。隣にいたであろう松田が堀内を止める事もなかった。もしかしてこうなる事を予期していたのかもしれない。涼太を止めた千草が堀内を止める事もなかった。これが大人の飲み会ならば二度と参加などしないと星哉は心に誓った。

「う……っ」
色々自分の中で結論が出た時に激しい嘔吐感に襲われてしまった。気持ちの悪い堀内とのキスや、止めなかった周囲、そして涼太を庇った千草。そして何よりキスの最中に涼太の顔を思い浮かべた自分にも、全てが吐き気に変わり星哉を襲う。

星哉は、手のひらで口元を抑えながら、宴会場を飛び出しトイレに駆け込んだ。きっと普段よりも酒量が多いのも原因のひとつだろうと言い訳しながら、トイレで吐いた。吐き気が治まるまでトイレでじっとしていた。最近の居酒屋のトイレは綺麗なもので、不快感なく長くいられる。ぼうっとしている時とんでもない事に気づいた。それは堀内とのキスシーンを涼太に見られた事だ。


別に男同士の酒の席での戯れと諦めればいいのだ。例えそれが初めてのキスでもカウントしなければいい。そう星哉は思おうと努力した。
「星哉、大丈夫か?」
かなり長くトイレに籠っていたらしい。涼太が心配そうな声で星哉に呼びかける。
「うん、大丈夫……」
そう答えて静かに内鍵を外し星哉は扉を開けた。目の前に心配そうな涼太の顔があった。無意識に星哉の視線は涼太の唇に向く。だが向けた瞬間に星哉は目を逸らした。

「涼太、悪いんだけど……俺の鞄と上着を、あ……」持ってきてもらおうと思っていた星哉の鞄とコートが涼太の腕の中にあった。
「ありがとう、持ってきてくれたんだ」
礼を言いながら星哉はコートを受け取り羽織る。その態度がそっけなかったのだろうか、涼太が鞄を渡しながら眉間に皺を寄せていた。さっきまでの心配そうな顔などどこにもない。

「お前何やってるんだ?」
「別に……」
「何で、こんな飲み会なんかに参加してるんだよ?」
ああ、涼太が怒っているのは涼太に内緒で飲み会に参加した事なのだ、と弱った頭で理解した。きっと千草とこの後ホテルにでも行くのかもしれない。
「俺帰るからさ、涼太はゆっくりしてこいよな」
星哉と違って涼太は酒も強いし、簡単に男に押し倒されるような事はない。いや女になら押し倒されるだろうが、それはそれでいいんじゃないかと一人で勝手に結論を出す。

「俺も帰るし」
涼太が不機嫌そうな顔のまま、そう呟いた。
「千草先輩いるんだから、ゆっくりしてくれば」
「星哉は一人で帰れるのかよ?」
「……当たり前だ。俺だって男だし……」
男だとはこの状況ではあまり強くは言えない気がした。さっき無理に男にキスされた非力な自分なのだ。

「千草とはもう関係ない……」
涼太はそう言い切るが、その声は歯切れが悪いものだった。涼太らしくない声と未だに先輩とは呼ばずに呼び捨てしている涼太に背を向けて、洗面台でうがいして顔も洗った。唇を痛いくらいに擦る。


「バカ、そんなに強く擦ったら切れるぞ」
星哉が顔を上げると、鏡越しに涼太の歪んだ顔が見えた。
「星哉……」
水道の水で濡れたのでは無い水滴が星哉の顔を濡らしている。いくらふざけたとはいえ、割り切れないものが星哉の中で燻っていた。

「俺、やっぱり堀内先輩許せない」
星哉の泣き顔を見て、涼太が唸るような声を出した。
「なんで涼太が許せないんだよ?」
自分だって散々女と付き合っていたくせに、男の星哉が男にキスされただけで、涼太は人生を棒に振りそうな勢いだった。それを涼太には関係ないとやんわりと諭す。

「俺、俺だってしてないのに……」
「はあ?何人の女と付き合った?よく言うよ」
呆れたように言い捨て、星哉は涼太を押しのけるようにトイレから出ようとした。
「俺が星哉のファーストキスを貰うつもりだった……」
小学生のガキが拗ねているみたいだ。
「馬鹿じゃないの……」
今度は吐き捨てるように言って星哉は、洗面所の扉を肩で押すようにして外に出た。
そこには何故か松田と千草が待ち伏せするように立ち話をしていた。
「一条君大丈夫?」
松田が馴れ馴れしそうに星哉の肩に手を置いた。

「星哉に触るな」
抑えているが、怒気を含んだ声で涼太は松田をけん制する。
「さすがボディガード」
今の言葉は完全に涼太を揶揄している。冷えた空気を遮るように千草が口を開いた。
「私、そろそろ抜けるから……涼太送ってくれる?」
「……」
この時間に千草一人で店を出る事は危険だと予測できる。街中には酔っ払いがうろうろしている筈だろう。

涼太はポケットに手を突っ込んで財布から1万円札を抜いて、それを星哉に握らせた。
「星哉、タクシーで帰って」
星哉は唖然と手の中の万札を見詰める。そしてくしゃっと握り潰すよう力をこめ、それを涼太の顔めがけて投げつけた。
「ふざけんなっ!俺は男だ」

それだけ言い捨てると3人に背を向け走るように店から飛び出した。

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