「へっ!補佐!しっかりして下さい」
こんな状態になって、仁は改めて虎太郎は、熱があった事を思い出した。
「ヤバイ!救急車?それとも若頭に電話?」
慌てる仁に向かって目を瞑ったままの虎太郎が、「大丈夫だ、朝まで寝ていれば治る、だからお前シャワー浴びて体綺麗にして来い、朝までベッドを離れるな」などと仁に向かって言ってきた。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ、心配するな」それだけ言うと虎太郎はもう小さな寝息をたてていた。
少し安心した仁はベッドから降りようとして、ベッドの下に崩れ落ちた。
「へっ?どうして?体が言う事を聞かない……」
腰も脚の付け根も、そして後孔も痛みとだるさがある。
それでも仁は這うようにゆっくり部屋を出て、検討をつけたバスルームに辿り着いた。壁に手を突きながら、やっと自分の精液でベトベトの体を洗った。
そっと腫れているような後ろにも手を伸ばすと、虎太郎の吐き出した精液が零れ腿を伝った。
「うっ、エロイ」
自分の体が淫蕩に思えてきて、仁はひとり顔を赤らめた。
そして腰に衝撃を与えないように、ゆっくりと歩いて、虎太郎の眠る寝室に入った。
さっき使ったタオルを手に戻り、もう一度蒸しタオルを作り、そのタオルで虎太郎の体を綺麗にしてやった。
熟睡しているのかビクともしない虎太郎に痛む体で三十分かけて服を着せ、額に買って来た冷却シートを貼って、やっと仁も虎太郎の横で小さくなって眠りに就いた。
翌朝、すっきりとした気分と体調で虎太郎は目覚めた。横を見ると、仁は小さくなってまだ眠っている。仁を起こさないようにそっとベッドから下り、浴室に行って鏡を見て驚いた。
まるで子供のように額に貼り付いている冷却シートに口元が緩んだ。そして、裸で寝たはずの自分がパジャマを着ている。
「仁……」
初めての行為のあとに、ここまでしてくれた仁が愛しかった。
「参ったな、手放せなくなった」とひとりごちる。
自分の額に手を当てると、もう体温計は必要ないだろう程度に下がっていた。軽くシャワーを浴びて寝室に戻ってもまだ仁が目を覚ます気配はなかった。
そんな仁の額に軽く唇を当てると、楽しい夢でも見ているのか仁はふふっと小さく笑った。
そっとドアを閉め、キッチンに行くと昨日仁が買って来た大量の食材を片手に虎太郎は調理を始めた。その料理が出来上がろうとする頃、玄関のチャイムが鳴った。
誰が訪ねて来たか、大体の想像がつき、ちっと小さく舌打ちしてから玄関の鍵を開けに行った。
「おう、どうだ具合は?」と言ってから元気そうな虎太郎の顔を見て「何だ、もう大丈夫そうだな……」と口角を上げる。
「おかげさまで……」
「ところで、仁を行かせた筈だが?」
ニヤニヤしながら言う光輝に「帰れ」と言おうとした時に光輝の背後から「果物持ってきました」と千尋が顔を出した。
「おや、千尋さんまで……たかが風邪くらいで大袈裟ですよ」と取り繕った。
「あれ?仁君は?」
二人に聞かれてしまい、虎太郎は観念したように「あっちで寝ている」と寝室に視線を投げた。
「へえ?まだ寝ているのか?躾の出来てない奴だな、叩き起こすか?」
揶揄するように言う光輝に向かって、もう一度舌打ちする。
「……多分、今日の仁は使いもんにならないから、今日まで休ませてくれ」と虎太郎は渋い顔で言う。
「えっ?どうして?仁君まで風邪引いた?」
何も気づかない千尋に光輝が耳打ちした。
一瞬驚いた顔をした千尋は、頬を染めて「そう」と呟く。
「僕たちはお邪魔みたいだから、もう帰ろう」と千尋に言われれば光輝も頷き、千尋の肩を抱く。
「あ、これ……では仁君に食べさせて下さい」と持って来た見舞いの果物の籠を虎太郎に手渡した。
「恐れ入ります」そう言って虎太郎は千尋から籠を受け取る。
「トラ、お前も今日までは仕事出なくていいぞ」そう言って光輝と千尋は早々に虎太郎のマンションを後にした。
「仁君と虎太郎さんが……」
千尋が嬉しそうな顔で呟いていた。バレンタインのチョコを嬉しそうな顔で買う仁を見て、千尋は仁の虎太郎を思う気持ちに気付いた。
当の本人が自覚しているかは判らないが……
「仁君幸せになれるよね?」
千尋が真剣な目をして光輝に聞いた。
「さあな、幸せなんて他人が量るもんじゃないさ」
「そうだね……」
「それより、今日は邪魔者がいないから……」
「はあ?光輝は虎太郎さんの分まで働かなくっちゃダメでしょう?僕だって、仁君の分まで働くから」
「何、今夜は千尋の手料理か?」
「……簡単なのでよければ……」
千尋達の口に入るものは殆ど料理上手な仁が作ってくれていた。
「千尋が作ってくれるんなら、ご飯と味噌汁だけでも俺は嬉しいけどな」などと言われれば、悔しくて「魚くらいは焼ける」などと千尋もムキになってしまう。
「俺は飯よりも千尋を……」と言いかける光輝を置いてさっさと千尋は車まで歩いて行ってしまう。
「おい、危ないから勝手に先行くな」などという光輝の声など千尋には届いてはいないようだ。
「ったく……」
「光輝、車の鍵貸して」そう言って千尋が手を差し出した。
「何するんだ?」
「仁君の代わりの僕が運転するから、今日一日僕を運転手として雇って?」
光輝は今まで千尋が車を運転する姿など見た事がなかった。
「運転って……運転出来るのか?」
「失礼な……ちゃんと免許は持っているから」
プイと剥れる千尋だが、運転に慣れない者が簡単に運転出来るような車ではなかった。
「僕って意外と器用なんだよ、知らなかった?」
「いや……知らないし……お前の運転なんて怖くて乗っていられないような気がするが……」
「酷いなぁ……」悔しそうに言う千尋に「最後に運転したのはいつだ?」と聞くと「二年前、教習場の卒検の時」と、とても怖い返事が返って来たので、光輝は丁重に千尋を助手席に案内した。
「僕だって、光輝の役に立ちたいのに……」運転を却下され千尋は寂しそうに呟いた。
「千尋……役に立つってのは、形に見えるものばかりじゃないだろ?俺にとって千尋の存在自体が有難いんだ」
「でも……」
「急がなくていいから、何かやりたい事を探してくれ」
光輝は千尋が今の環境に不満というか、不安を持っているのは判っていた、だからといってどこかの会社に勤める事を認める事は出来なかった。
小さくても一つの社会の中に入ったら千尋は必ず傷つけられてしまう……要らない傷など負っては欲しくなかった。
そう思いながら地下駐車場から地上に上がった。
「うあぁ良い天気」
千尋が眩しそうな顔で、久々に暖かくなった今日を喜んでいるようだった。
「ああ、良い天気だな」
光輝もそう言って、車が停車した一瞬の隙に空を見上げた。
「光輝……」
「ん?何だ?」
「何でも無い、ちょっと呼んだだけ……」
「千尋……」
「ん?」
「好きだよ」
「……もうすぐ春だね……」
そう答える千尋に苦笑しながら光輝はアクセルを踏み込んだ。
おわり
◇春に書いた作品ですので、季節が少しずれています^^;
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