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再)僕の背に口付けを 11

 31, 2011 00:03
「どうした千尋?」仁と入れ替わりに光輝が入って来た。
「お願い!僕を……僕をあの家に連れて行って」
「連れて行くけど、熱が下がって落ち着いてからでいいだろう?」そんなに急ぐ事は無い、光輝はそう思っていた。
「だめ……早く……お願いだから」

千尋はあの絵が気になって早く確認したかった。そんな千尋の様子に「判った、体は大丈夫だな?それなら仕度しろ」と光輝は頷いた。
「はい」千尋は重たい体を動かした。気は焦っていても体がついて行かないが、それでも確認したかった。光輝の背に背負っているのは僕の竜なのか……を。

仁の運転で家に送ってもらった。勿論光輝も一緒に付いて来ている。仁と光輝に少し待っているようにお願いして千尋は玄関を開けるやいなや、真っ先に自分の部屋に向かった。
(どこだっけ?)逸る気持ちで引き出しを開けて行った。
「あっ!」引き出しの奥に菓子の箱が入っている。それは千尋の宝箱だったが、高校生になった頃からあまり開けなくなった箱だ。

蓋をそっと開けて中を見ると、4つに畳まれた紙が入っていた。
「これだ」千尋はその4つ折を丁寧に開く。
「竜だ……僕の竜」千尋はそれを胸にそっと当てた。
(伯父さん……)その下絵の日付を見ると、今から七年前、千尋が十五歳の頃だった。

改めて自分の部屋を見回すと、たった二日留守にしただけなのに、何故か懐かしい。持って行く物など殆どない、服はマンションに沢山用意してあった。勉強道具や好きな本だけで充分だった。千尋はその下絵を本に挟んで抱え、光輝の元へ行った。

勉強道具などを持って行きたいと伝えると、仁が箱を持って来て丁寧に仕舞ってくれた。千尋は、仏壇の雅と父の位牌と遺影を手にした。光輝に打ち明けた通りに母の物はここには何も無い。

「貴重品もちゃんと持って行けよ」と光輝に言われ、家の権利書や少しばかりの預金通帳と、以前雅の会の人たちがくれた香典の束。それらを大きめの紙袋に入れた。

あと、彫雅の看板だ―――

「用意は出来たか?これだけで大丈夫か?」などと聞かれたが、必要あればまた来ればいい。
千尋は「はい」と頷いて、光輝と仁と一緒に家の玄関に鍵を掛け、車に乗り込もうとしていた。
ふと見ると、来た時は停まっていなかった車が、通行の邪魔をするように停車していた。仁が「あの車邪魔だなぁ」と不機嫌に呟いた時にその車の助手席から人が降りて来て、後部差席のドアを開けた。
「知っている奴か?」光輝が千尋の耳元で尋ねるが千尋は首を振った。

「斉藤千尋君だね?」光輝と同じ位の体躯で年は三十代半ばだろうか?仕立ての良いスーツを身に纏った男が、千尋に向かって声を掛けて来た。その男から千尋を庇うように立ちはだかった光輝が「お宅は?」と睨みを効かせて尋ねた。

「これは、申し遅れました、私は宝田流星(たからだりゅうせい)と申します。そこに居る斉藤千尋の叔父に当ります」
「叔父?」「叔父さん?」千尋と光輝が同時に口を開いた。

光輝が千尋の顔を見て「知っているのか?」いう目をしたが千尋はただ、首を横に振るだけだ。差し出された名刺を見ると「宝田物産 代表取締役」の肩書きが付いている。「宝田物産?」その名に光輝は心当たりがあるようだ。

だが宝田に向ける強い視線は緩めない。
「そんな人が千尋にどういうご用件で?それに叔父だという証拠も無い」
「それはそうでしょうね、私もこの子に会うのは初めてですから」
光輝の目には、この宝田という男は表の人間ではあるが、限りなく裏に近い男のように映った。
「何か証拠でも出しますか?」宝田は余裕綽々としている。
「そんなのは必要ない、貴方がどういう用件で此処に見えたかは知りませんが、今は何も関係ないのではないですか?」
「どうしてですか?千尋は私の姉の子、私のたった一人の甥ですよ」

「ちょっと待って下さい……突然叔父だと言われても、僕には何が何だか……」
母方の事は千尋には全く知らされていなかった上に、母の位牌さえ何処にあるのかも千尋は知らない。困惑する千尋を庇うように、光輝が「宝田さんと言われましたね。千尋は、今日は体調が不十分です、日を改めては下さいませんか?」と、その言葉は柔らかかったが、目は笑ってはいなかった。

「そうですか……残念ですね、私は今夜にでも千尋を私の家に連れて行こうと思っていたのですがね?」
簡単には譲りそうもない宝田に光輝は「十五年も放っておいて、そんなに何を急がれます?」と皮肉を込めて言った。

「十五年放ってはおいたが、ちゃんと遠くから見守っていましたよ、豊川さん?」不遜な笑みを口元に浮かべ宝田はそう言った。
光輝はまだ名乗っては居なかった。
(俺の事も調べ済みか……)後手に回るのは分が悪い。自分はまだ何も情報収集はしていないと光輝は状況を把握した。

「兎に角、この通り千尋は熱があります……後日にして頂けませんか?」
「そうですか、残念ですが、日を改めさせてもらいましょう」
そして千尋に向き直り、その頬に手を添え言った。
「千尋……亡くなった姉さんに良く似ているね……」

千尋は頬に触れた指に何故だか嫌悪感が沸いてきた。
「そ、そうですか?母の顔もあまり覚えていなくて……」そう言って顔を背け宝田の指から逃げた。
「今度ゆっくり色々教えてあげるよ」宝田は千尋を見て微笑むが、その微笑を千尋は強張った目で見返した。
「では宝田さん失礼しますよ」遮るように光輝が言った。
「ではご連絡お願いしますよ……それに、千尋はそっち側の人間ではありませんから、その辺の事は良く判っておいて下さいよ」
柔らかい言葉でしっかりと釘を刺された光輝の目が、剣呑な物に変わった。

「すみません……僕、熱が上がって来たみたいだから、早く帰りたい……」
千尋が光輝を促すと、仁も慌てたように「それやばいですよ、早く帰りましょう」と光輝を促した。

素人相手に揉め事を起こす気は無いが面白くは無い。そんな光輝の腕をもう一度引っ張り「早く」と千尋は急かした。
「判った、帰ろう俺達のマンションへ」喧嘩を売るような言葉を選んで光輝は答えた。

車に乗り込む千尋の背中に向かい宝田は「千尋、お前のお祖母様が逢いたがっているから、なるべく早く連絡くれないか?」と声を掛けた。
「……お祖母様?」
千尋は自分に祖母がいる事すら知らなかったのだ。肉親の情に訴えるような言葉を無視するように光輝が乗り込み「仁、出せ」と命令した。

「はいっ!」仁がエンジンキーを回すと、宝田も前の車に乗り込み、その黒塗りの車はゆっくりと走り去った。
「凄いっすね、ベンツのリムジンですよ」
さっきまで静かにしていた仁が興奮気味に話している。だが、千尋の不安気な顔と光輝の不機嫌な顔に口を噤んでしまった。本当に熱が上がっているのだろう、車が発進すると同時に千尋がだるそうに光輝に凭れ掛かって来た。
「大丈夫か?」心配そうな光輝の口ぶりに「大丈夫」と答えて、下絵の挟んである本をぎゅっと胸に抱きしめた。

マンションまでの車中光輝に凭れたままの千尋だった。
「何を大事そうに抱えているのか?」千尋が胸に抱いた本を見ながら聞いてみた。
「内緒」体を起こさずに答える千尋だったが、その顔が幸せそうだったから光輝はそれ以上追求しなかった。

さっきの叔父だという男の出現も祖母が逢いたがっているという言葉も、今の千尋には遠い世界の事に思えていた。記憶の中の母は優しかった。だけど、雅の家には母に結びつく物は何も無かった。
最初の頃は両親を思い出し淋しい思いもしていた。だが年月が千尋を成長させ、そして成長した千尋は形の無い物を少しずつ忘れていった。

千尋の額に大きな手が優しく労わるように触れて来る。
「まだ少し熱があるな……」独り言のように呟いている光輝に向かって「すみません、ご迷惑をおかけして……あの叔父さんって言う人には体調が良い時に僕から連絡いれますから」と千尋は力の無い声で言った。

「……そうか」と光輝は取り敢えず承知したような返事をしたが、内心では色々と調べるつもりでいた。千尋を育てる財力が無い訳では無い宝田の家が、何故千尋を引き取らなかった?やはり辿り着く所はそこだ、そして何故今頃現れた?

悶々とするうちに車がマンションの駐車場に入った。位牌を仏壇に置いて、線香を焚いた千尋をベッドに寝かせた。余程疲れていたのだろう、三分もしないうちに軽い寝息が聞こえてきた。
光輝はそんな千尋の瞼にキスを落として、起こさないようにそっと部屋を出た。

光輝は虎太郎に『宝田流星』について調べるように頼んだ。
「宝田物産?あそこは最近社長が交代していますね……」
「ああ、その社長が自ら千尋の叔父だと名乗って来た」
「何かありそうですね……二日程時間をもらいますが?」
「頼む」そう言うと光輝も疲れた顔でソファに凭れ掛かった。

「わ、若頭?俺はどうすれば?」帰っていいのか判断できない仁が声を掛けて来た。
「今夜は事務所に泊まって、明日は朝飯の仕度をしろ」
「はいっ、ありがとうございますっ」仁は、千尋の世話をやける事が嬉しかったし、何よりも大勢の若い衆の中から自分を選んでくれたのが嬉しかった。

組でのパシリも雑用も苦では無かったが、あの千尋の「ありがとう」をもう一度聞きたかった、いや何度でも聞きたかった。
仁は高校を一年で中退してから、食う為にバイトをした。料理が嫌いでなかったから、色々な店の厨房で働かせてもらったが、なかなか一箇所に長続きをしなかったのだ。

別に気が短い訳でも何でも無いのだが、何故だか先輩と上手く行かなくて辞めてしまう。ちょっと働いてはその金で夜遊びをする、そして金が無くなると働く、その繰り返しだった。十八歳の時ラーメン屋でバイトしている時に豊川組のテツと出会った。

何となく気が合い、つるむようになったが、最初はヤクザの組の下っ端というのを知らず、それを聞かされた時は腰が抜けるほどビックリした。
そんなテツに「普通気が付かね?」と揶揄され「いや……不良っぽいな、とは思っていたけど……」と答えたら大笑いされてしまった。
テツはそんな少し抜けた所のある仁を可愛がってくれ、いつの間にかテツと一緒に豊川組に出入りするようになっていたのだった。
何でも良い返事をして気軽に動く仁を皆可愛がってくれた。そして二年が過ぎたが仁は、まだ構成員にもなっていなかった。

次の朝、仁は預かっていた鍵でそっと部屋を開けキッチンに入った。冷蔵庫を開け、何を作ろうかと考えていた所に「おはよう」と背後から声を掛けられた。振り向くと昨日よりは随分顔色の良くなった千尋が立っていた。

「お、おはようございますっ!」
「ふふふ……朝から元気だね」千尋は口元を緩め微笑んだ。
(ひえー朝から俺幸せ)
「あの……熱は?大丈夫なんですか?」仁の心配そうな顔を見て、千尋が自分で自分の額に手を当て「うん、もう熱は無いみたい、仁君の作ってくれたご飯のお陰かな?」などと言った。
「そ、そんな……滅相もありません……」仁が慌てて手を振ったが「僕も手伝おうか?」と千尋が近づいて来た。
「まさか!そんな事をしてもらったら、若頭に殺されます」

「仁君面白いね」千尋は仁が冗談で言っていると思っているらしい。
「あ、若頭は、まだ?」
「うん、疲れたのかな、まだ寝ているよ」そう言って千尋はベッドルームの方に視線を投げた。

「あれぇ?若頭千尋さんのベッドに潜り込んだんですか?体が大きいから大変じゃなかったですか?」何の裏も無い仁の言葉なのだが、千尋はその言葉に頬を染めた。
「あ、うん……大丈夫」

「あー千尋さん、座っていて下さい、何か飲み物を……何が良いですか?」
「牛乳あったらカフェオレがいいな……」
「大丈夫です、あります!今用意しますから」
仁は内心(カフェオレかぁ……千尋さんの雰囲気にピッタリな飲み物だなぁ……)と思いながら、鼻歌混じりで牛乳を温め始めた。

「随分と上機嫌だな仁」背後から聞こえる光輝の不機嫌な声に体が飛び上がった。
「お、おはようございますっ!」仁は直角に体を折り曲げ挨拶をした。
「おはようございます」千尋も釣られて光輝に朝の挨拶をするが、座ったままだ。

「おい、千尋ちょっと来い」相変わらず不機嫌な声で千尋をベッドルームに連れて行った。
(ひえー若頭機嫌悪い)仁はかなりビビリながら、牛乳を沸騰させないように気を付けて温めた。

ベッドルームに呼ばれた千尋が「何?今カフェオレ作ってもらっているんだけど……」と言うと光輝は「ここに座れ」とベッドをポンポンと叩いた。
千尋は渋々言われた場所に腰を降ろした。
「おはようのキスは?」
「はぁ?」
「おはようのキスだよ」ヤクザの若頭が拗ねている姿はちょっと笑えた。
「ちゅっ」千尋が光輝の頬にキスをした。

「反対側」
子供じゃあるまいし、と思いながらも片側の頬に唇を寄せた瞬間腕を掴まれ、唇を押し付けられた。
「んん……」それは朝からするような軽いキスでは無かった。
千尋をやっと解放し「暫くはこれ以上出来ないんだから」
と言い訳がましい事を言う光輝を睨んだ千尋の目元が、紅く色付いていた。

千尋を促しダイニングに入った光輝が「おお良い香りだな、俺にもくれ」とにこにこして仁に声を掛けた。その様子からはさっきの不機嫌さは微塵も感じられない。

(すっげぇ千尋さん、あんなに不機嫌だった若頭の機嫌を直している、俺もコツを教えてもらおうかな?)未だに全く何も気づいていない仁が内心そう考えていた事など、千尋も光輝も思いもしていなかった。



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