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罪よりも深く愛して 18

 02, 2011 00:00
明後日には帰国しなくてはならない。
忙しい速水にはそれが、此処にいられるギリギリの日数だった。
千夜だけ残るという手段も勿論あったが、千里の手術が成功し落ち着いている今、千夜にはやらなくてはならない事がまだ残っていた。

母の遺骨を早く日本に連れて帰りたかった。
とりあえず、速水の知り合いの寺に預かってもらう事になっている。母の実家はもう他人だけの家族だった。母の兄が3年前に病気で他界した後、その嫁は再婚して今はその再婚相手と、母の実家で暮らしている。

元々兄嫁とはあまり折り合いが良くなかった母の遺骨を持って、頭を下げに行きたくは無かった。
それに金のかかる甥っ子を兄夫婦は当の昔に見放していた。
その話を速水にした時に「俺に任せておけ」と心強い言葉を貰った。
今の自分には何も出来ない……千夜は速水に頼るしかなかった。

速水に渡された炭酸水が喉に沁みる。
速水と共に千里の病室に戻ると、そこには初めて見る顔の男がいた。
千里の顔を覗きこむように楽しそうに話をしている。
「速水ドクター」
「譲二、今回は世話になったな」

(ジョージ?)

「千夜、彼は移植コーディネーターの氷室譲二(ひむろじょうじ)君だ」
どう見ても見掛けはアメリカ人のこの男性は、人懐っこい顔で速水に再会の握手をした後に、千夜にも手を差し伸べた。

「君が千夜だね?噂は千里から聞いているよ。会いたかった」
速水とは握手だけだったのに、譲二は千夜にハグしてきた。
「あ・あの……」
顔がアメリカ人なのに言葉は流暢な日本語を話す、そして行動は……アメリカ人だった。

「ジョージ、兄貴が驚いているでしょう」何となく千里の声に甘えがあるような気がした。
千夜は気を取り直して、今回世話になった事の礼を丁寧に述べた。

氷室譲二の父親は日本人だったが、母がアメリカ人だという事だった。
「千里の言う通り、美人な兄さんだね」千夜をハグした後に千里に向かってウィンクをしている。
「うん、僕の自慢の兄貴だよ、ジョージ」

移植コーディネーターという事は、千里のドナーが誰だか知っているのだ。
知らない間にジョージにも、重いものを背負わせてしまったのかもしれない。
本来なら患者にドナーの情報は一切入る事は無い、だが今回のケースは知らせない訳にはいかないのだ。
ジョージの負担も大きいだろうと思うと、千夜はいたたまれない気持ちになった。

その後森川医師の妻が千里の身の回りの世話に来たのを機に、ぞろぞろと病室を追い出された。
「そんなに大勢で居たら、千里ちゃんが疲れるでしょう?!」
夫も院長も関係なかった、森川の妻の言葉は看護師というよりも、身内に近い言葉だった。
その言葉に千夜は頭を下げ、病室を後にした。

――――すれ違った時に微かに線香の香りを嗅いだ。
千夜はもう一度心の中で森川の妻に頭を下げた。



*****************************


「―――お兄ちゃん……ごめん」
千夜の告白を聞いた後、擦れた声でぽつりと千里はそう呟いた。

千里が兄貴と呼ぶようになったのは、中学2年になった頃だ。
友達の影響と、そして甘えてばかりはいられないと、無理して兄貴と呼んでいるようだった。
そんな千里の成長は嬉しくもあり、そして少し寂しかったのを千夜は覚えている。

だけど感情が昂ぶっているのだろう、昔に帰ったように「お兄ちゃん」と呼ぶ千里の衝撃が計り知れた。
「お兄ちゃん、ごめん……僕はお兄ちゃんから全てを奪った……」
「千里何言って?……」
「僕のせいで母さん達は離婚して、お兄ちゃんから父さんを奪った。僕、知っている……お兄ちゃんが中学の修学旅行に仮病を使って行かなかったのを。運動会の日も知らせずに、コンビニのおにぎりを食べていたっていうのを後で友達に聞いて、母さん泣いていた……全部僕が悪いんだ」

「母さんの自由な時間は全部僕が貰った……」

「でもまさか……母さんの心臓までっ!」

母の死とその心臓の行方を聞いた千里は、淡々と呆けたように喋っていたが、千里の装った平静は、もうとっくに限界を超えていたみたいだった。

「お兄ちゃんごめん、母さんごめん……お兄ちゃんごめん、母さんごめん……」
白い布で包まれた桐の箱を胸に抱えたまま、呪文のように千里は繰り返す。
千里の目から零れ落ちた涙でその白い布は点々と、そして大きな染みを作っていった。

立ち会った速水もジョージも何も言えずに黙って二人を見守っている。
森川の妻は辛すぎるから、と病室に入って来る事は無かった。
しんとした部屋の中、千里の啜り泣きだけが時を刻んでいるようだった。

その静寂を破るようにノックの音が響いた。
「あの、昼食の時間ですが」ナースの言葉に、ジョージは黙ってそのワゴンを受け取ると、部屋の隅に置いた。食事という日常に千里の気持ちが動くはずもなかった。

「千里、食事して薬飲もう」
そう言って千夜は抱えている母の遺骨を、千里から返してもらおうと手を伸ばした。
だが千里は、兄千夜の言葉に駄々っ子のように「いやだ、いやっ」と、しがみついて離さない。

「お願い、一人にして……もう少し母さんと一緒に居させて。そうしたらちゃんとご飯食べて薬も飲むから……」千里の懇願にジョージが動いた。
「千夜、そうしよう?今は君の顔を見るのもつらいだろうから……」
「でも……」今の千里を一人にしていいのか千夜は迷った。
「大丈夫、僕がついているから」
ジョージの言葉に速水も「千夜、少し出よう」と千夜を促した。

「ジョージさん、千里をお願いします」
千夜が頭を下げ速水に肩を抱かれるように病室の外に出た。
1階下にある談話室でふたり並び座るが、千夜の口からは何の言葉も出ては来ない。

「千夜、大丈夫か?」
「は……い……」千里の苦しみを考えると千夜の胸も潰れる思いだった。
千夜は体に力が入らず、まるで速水に凭れ掛かるように座っていた。



「千夜っ!千夜っ!」15分も経ったのだろうか?
自分の名前を大きな声で呼びながら、病院にもかかわらず走ってくるジョージの姿を見た時に、千夜の顔から血の気が引いていった。

「千里が居なくなった!!」
ジョージの姿を見た時にその言葉を千夜は予想してしまっていた……
(やはり一人にするんじゃなかった……)
真っ青な顔の千夜にジョージは説明した。
「すみません、電話が来て……千里を見たら遺骨を抱えたまま目を閉じて身じろぎもしないから、泣き疲れて寝てしまったと……」

ジョージが部屋を空けたほんの5分ほどの間に、千里がいなくなったと言う。
「それに、遺骨も無いんだ」
「!」
漆黒の闇のような嫌な予感が千夜を襲った。
母の遺骨を抱えたまま、いったい千里は何処に消えてしまったのだろうか?
焦る気持ちを落ち着かせようと努力しているのに、速水の言葉に体中の血液が逆流を始めた。

「――――屋上を探そう」




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■次回最終話になります

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