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罪よりも深く愛して 13

 27, 2011 00:00
速水は急かす事無く、千夜が全てを書き終えるのを黙って待っていた。
「これでいいですか?」
黙って書類を受け取リ、速水はFAXしてからもう一度森川に電話を掛けた。
色々と予定などを詰め電話を切る速水に向かって、千夜は聞いた。
「このことを千里は?」
「勿論伝えていない」
風邪をひいて移ると大変な事になるから、暫くは見舞いに来られないと伝えてあるらしい。

「良かった……」千夜は安堵してそう呟いた。手術が済み体調が落ち着くまでは言えない。
「大丈夫だ、千里君は森川の妻に懐いている」
聞けば千里が小児科にいる頃から、看護師として千里を可愛がっていたらしい。
そう言われてみれば渡米の日に、空港で何だか親しげに話しをしていたような気がした。

自分の事で、一杯でそんな事も気付かなかったのか?とまた千夜は己を責める。
だが千里にいつまでも黙っておく事は出来ない。
本当の事を千里に告げる勇気が自分にあり、そしてそれを千里は受け止める事が出来るのだろうか?
移植を希望するという事は誰かの死を待つ事……
判ってはいたのに、千夜は改めてその現実に心が折れそうだった。
22歳の千夜が全てを背負うには、あまりにも過酷な現実だった。

「少し眠れ」速水にそう言われ改めて時計を見ると、もう4時を過ぎていた。
「―――あっ」速水は2つも手術を控えた身だと今頃思い出した。
「すみません、寝て下さい……俺は……眠れそうにないですから」
ギリギリあと3時間は寝られるはずだ、速水にはこれ以上負担を掛けたくなかった。

「お前も眠れなくても横になって目を瞑っておけ」
そうする事で速水が眠れるのなら、そうしようと思って千夜もベッドに横になった。
まるで抱き枕のように、後ろから千夜を抱え込み速水も目を瞑った。
千夜は横になり目を瞑ると、さっき見た幻のような母の顔を思い出した。

(……母さんごめん)
新たな涙が千夜の頬に伝わるが、動くと速水の睡眠の妨げになりそうで身動き出来ない。
零れる涙がシーツを濡らしシミを作っていく。
静かに吸う息が震えているのを速水に知られたくはなかった。

「――――千夜、愛している」
「え……っ?」いったい速水は何を血迷って、そんな事を言っているのだろうか?
それとも自分の聞き間違いなのか?
「愛している……」もう一度背後から同じ言葉が繰り返された。
千夜は驚き濡れたままの目で振り向き速水を見た。

速水は少し身を起こし千夜の濡れた頬を指で拭った。
「何で?」
速水はどうして、今この期に及んでそんな事を言い出したのだろうか?
だけどその言葉が免罪符のように千夜の心に沁みこんでいく。

「ずっとお前を見てきた、高校生の頃から多分そういう目で見ていたと思う。そして大学生になったお前の剣道の試合を見た、白袴姿を見てどうしても手に入れたいと思うようになった。ただ俺は人を愛した事が無い……愛の無いセックスを繰り返してきた。」

速水は千夜を抱き締めたまま、淡々と自分の過去を語りだした。

「私は小さい頃から、いわゆる英才教育というものを受けさせられていた。それも医師になるための英才教育だ。」
「医師になるための?」
「そうだ、俺の父親は感情を持つ事を禁じた。まるで機械のように育てられた。俺は医者としては名を上げても、人として……男としては落第さ」
初めて聞く速水の心の内……今までの速水からは、想像つかない弱々しい口調だった。

「でも俺は知っている、貴方が千里の病室でいつも眠る千里に向かって『頑張れ』って声を掛けていた事を……」
「―――見ていたのか?」
「だから……貴方は感情のない機械なんかじゃない」
「だが、俺は千夜を金で買った、他の方法があったかもしれないのに……お前が傷つく方法を俺は選んだ」
「でも貴方はいつも優しく俺を抱いた……」
「だが他の男たちにお前を抱かせた」
「…………」
「そしてお前の目の前で他の男を抱いた」
「…………」

「千里君の手術が無事終わったら、もういいぞ……」
「えっ?何がもういいのですか?」
「もう俺から開放してやる、って言っているんだ」考えもしなかった言葉に千夜は言葉を失った。

「それは、もう俺は必要ないって事なんですか?俺が傍にいちゃ駄目なんですか?」
「誰もそんな事は言ってない……お前もつらいだろう?」
「貴方は勝手だ……」そこまで言うと千夜の目に涙が溜まってきた。

それを拭おうともせずに千夜は言葉を続けた。
「貴方は勝手だ……拒否できないような条件で俺を買って俺を抱いて……そして貴方を好きにさせた……俺の心は何処に行けばいいんですか?」

「千夜お前……?」
「俺は……俺は、貴方が好きです」
母親が死んで、弟が難しい手術を受けようとしている時に自分は愛の告白をしている。
何と言う息子で兄なんだろう?そんな事が脳裏を過ぎったが、もう千夜は自分の気持ちを止められなかった。

「お前を他の男に抱かせた奴だぞ俺は?」
「貴方も辛そうな顔をしていた!」
「お前の前で他の男も抱いたんだぞ?」
「ここが苦しいから、もう他の男を抱かないで下さいっ」千夜は自分の胸に手を置いて速水に訴えた。

そんな千夜を速水は胸にきつく抱き締めた。そして貪るように千夜の唇に唇を重ねる。
「あぁ」小さな吐息を漏らしながらも千夜もそれに応えた。
気持ちが通じ合った後の触れ合いは、甘美で千夜の胸は高鳴り震えた。
角度を変えるたびに「千夜」と名前を呼ばれ、そして深く絡まる。
何度も何度も繰り返される口づけは速水の凍った心を溶かし、そして千夜の寂しい心も溶かしていった。

ふと速水は立ち上がり冷蔵庫からペットボトルの水を持って来た。
そして口に含み千夜の唇に寄せた。
躊躇いながらも千夜はごくっと飲み干した……
だが一緒に何かの錠剤を飲まされた事に気付いたのは、喉を錠剤が滑り落ちた後だった。
「えっ何?」
「軽い睡眠薬だ、少し眠った方がいい、向こうに着いてからの方が大変なのだから」
速水の優しい声に頷いて千夜はそっと目を閉じた。

母や弟の事を思うと今夜は眠れそうにないと思っていたのに、速水から飲まされた睡眠薬のお陰で、千夜は静かに睡魔に襲われていった。
軽い寝息を立てる千夜の髪を撫でながら速水はこれからの事を考えた。
そして想像しなかった千夜の告白に、口元が緩んでしまうのは止められなかった。



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8話の拍手コメのロン様、ありがとうございます。
拍手の所にお返事を書いてありますが、ここでもう一度ヽ(゚∀゚)ノ
ありがとうございました。


拍手鍵コメの 一読者さま
おめでとうのお言葉ありがとうございます!
はぁ……と吐息が漏れる年齢ですが(笑)
また1年書き続けようと思っております。

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