結局手術が思った以上に長引き、速水が院長室に戻ったのは夕方だった。
一緒に外に食事に行き、そのまま速水のマンションに向かった。
車の中でハンドルを握りながら千夜は溜息混じりに「ステーキ本当に食べられるんですね?」と聞いてしまった。
1日2つの手術をこなし、夕飯にステーキを食べる速水のパワーに脱帽してしまう。
そして悔しい事に手塚の助言は当たっていた。
「もっ……速水さん、明日も手術が……あっ」
「まだだ……まだ足りない、千夜が足りてない」
千夜は、その言葉の意味をどう受け止めればいいのか分からなかった。
千夜自身を求めてくれているのだろうか?
(最近はそんなことばかり考えてしまう……)
速水の左手でしっかりと堰き止められているために、千夜は達する事が出来ない苦しみに堪えていた。
「ああっ……お願いです」
達けなくて苦しいのに、それでも違う快感が千夜の体を駆け巡っている。
「あああっ!変になる……助けてああぁぁっ」
孔だけが別の人格を持ち、別の動きをしながら速水を捉えて離さない。
昇り詰めた千夜の体は幾度も浮遊と落下を繰り返し、目の奥がチカチカして止まない。
「ああっ……もっ達くっ!速水さんお願い達かせて……」
それでも速水は千夜の孔を激しく擦り続ける。
「もうだめっ……」小さく呻いた千夜の体は、弛緩を繰り返しながら速水をも呑み込んでいった。
「くっ!千夜」速水の呻きと同時に堰き止めた左手が外された。
「ああぁぁぁあ」この世のものとも思えぬ開放感と、絶頂に千夜の頭は真っ白になり、体はガクガクと震えが止まらなかった。
『千夜……』その吐精の瞬間声が聞こえた気がした。
そしてその姿が一瞬見え、そして幻のように儚く消えていった。
(母さん?)胸騒ぎを感じながらも、千夜の意識はそれを確認する前に闇に堕ちて行った。
一体どのくらい意識を飛ばし、そのまま眠ってしまっていたのだろう?
深々(しんしん)とした闇間に携帯の着信音が響いた。
いつもと変わらぬ音量なのに、深夜のせいなのかやけに大きく千夜の鼓膜に響いた。
鳴っていたのは千夜の携帯電話だった。
「早く出ろ」速水も電話に起こされてしまったのか、戸惑う千夜に催促をする。
速水も何か感じているのだろうか?
―――ドキッドキッドキッ
不協和音のように心臓が騒ぎ出す、枕元の時計を確認すると今は夜中の3時過ぎ……
常人が電話する時間帯ではない。
携帯の液晶を見る『森川修』その名は千里に付き添って、カリフォルニアに行っている医師の名前だ。
元看護師の妻と一緒に渡米し、千里と母の面倒をみてくれているのだ。
だが渡米してから森川医師が直接千夜に、電話を掛けて来た事など一度も無かった。
その名前を見ただけで千夜の体が一瞬にして凍りついた。
日本時間が判っている森川がこんな時間に、それも千夜に直接掛けてくる事自体がもう緊急事態なわけだ。
「森川先生からです」千夜は携帯を握り締めたまま速水に向かって伝えた。
「早く出ろ」速水の眉間にも皺が寄っている。
「もしもし、千夜です」
「ああ良かった……繋がって……千夜君よく聞いて、気を確かに、判った?」
挨拶も何も無く、いきなり本題に入ろうとする森川の言葉を聞き逃さないように、千夜は携帯を強く握り締めた。
「―――はい」
「お母さんが倒れられた……いや……正確に言うと……亡くなった」
「え……っ」
(自分は夢を見ているのだろうか?)
千夜の体がぐらりと大きく揺れたのを背後から速水が支え、千夜のただならぬ様子に電話を取り上げて「私だ、速水だ」と……電話に出た。
夢を見ているような千夜と電話を代わった速水が、森川から詳細を聞いていた。
それから数分後速水が電話を切った……
「くも膜下出血で脳死判定されたらしい」
「くも膜下出血……?」まだ45歳になったばかりの母だった。
「多分ストレスや過労が重なったんだと思う、他と違って若くてもなりやすい病気だ」
「脳死って……もう助からないんですか?」
「今、森川からFAXが届く、千夜お前がサインするんだ」速水も苦渋に満ちた顔をしていた。
「サインって?」速水の言葉の意味が、全く千夜は分からなかった。
「臓器移植の家族の承諾書のサインだ」
「臓器……移植……母さんの?」
「ああそうだ、全ての臓器に丸がついたドナーカードを持っていたって事だ……
今、千里君に適応するか検査しているそうだ……」
「千里に……母さんの?……」
千夜は千里の名前を聞き、ようやく少しだけ夢から覚めたような表情になった。
「母さんの心臓を千里に……ああああ―――っ!!」
やっと全てが飲み込めた……千夜の慟哭が静かな部屋に響き渡った。
「母さん、千里」と名前を呼びながら千夜は、体を震わせながら泣き叫んだ。
3人で幸せになれる道は閉ざされた。千里の手術が成功したら、苦労した母にも女としての幸せを探して欲しいと願っていた。
これは人の死を願った自分への罰なのか……
母親一人に慣れない生活をさせて、自分は……一体何をしていたんだろう?
「わあああぁぁぁ―――っ!俺は……俺は汚い、俺が代わりに……うううっ!」
「千夜!しっかりしろっ!千夜っ!」
腕を掴まれ揺さぶられても、千夜は速水を見てはいなかった。
バシッ!!右の頬を打たれ、そしてもう一度左の頬も打たれ、千夜はやっと少し冷静になれた。
「速水さん……俺……俺どうすれば?」
「とりあえず落ち着け……」
速水はそう言うと千夜を自分の胸に抱き寄せた。
興奮して熱くなった頬が冷たいシャツに触れて気持ち良かった。
「ううっううっ……母さん、千里……ごめん、ごめん……」
全てを一人で背負ったつもりでいた千夜は、そんな自分を責めた。
「自分を責めるな、誰が悪いわけじゃない」見透かしたような速水の声が、頭の上から聞こえてくる。
いつもは冷たく言葉も少ないのに流石に今夜の速水は優しい。
そう感じる余裕が少しだけ出てきたのは、やはり速水の腕の中が安心するからなのだろうか?
トゥルルル……トゥルルル……ピーッ
FAXの受信音に速水が千夜の体をそっと離し、それを確認に行った。
1枚の用紙はさっき聞いた臓器移植の承諾書だった。
心臓以外の臓器は千里と同じように、提供者を待ちわびている患者に移植されるのだろう。
「母さん……ごめん」本当は、体を切り刻んで欲しくは無かった。
勝手なものだ……自分は欲しいと望むくせに、いざその立場になると拒絶したい気持ちになってしまう。そんな愚かしい自分に鞭打ってペンを手にした。
ペンを持つ指がブルブル震え上手くサインが書けない。
又涙が零れてしまいそうになり、唇を噛みペンを持つ右手に左手を重ねた。
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