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俺、武藤駿平 22

 01, 2011 02:02
3年前のあの夜、那月は駿平を責めた訳では無かった。
ただ無視をしてしまっただけだ……それが駿平には一番堪えると分かっていながら無視した。
「那月さん、あいつとは何でもないから……」
「そう……お似合いだったけど?もう寝るから……おやすみ」
そう言って部屋に入り鍵を掛け、駿平の言い訳も聞こうとしなかった。

ずっと自分が年上である事に引け目を感じていた。
駿平と並んでも釣り合わない、このまま年を重ねても自分がみじめになりそうで怖かった。
リードすべき年上の自分が甘えてばかりで、苛立っていたのかもしれない。
違う……単純に今夜見た青年への嫉妬心だった。
「何をしていたの!?」と詰め寄れない立場だと、自分でブレーキを掛けていた。


「聞いているの?」と強く声を掛けられ現実に引き戻された。
「もう終わった事だから」
今更過去へは戻れない事は、自分が一番知っているのだ。
それなのに、この青年は何を責めているのだろう?とまで思う自分に失笑してしまう。
「悪いね、駿平の事は関係ないから、僕はもう店に戻るよ」

那月は青年を置いて先に店に戻ったが、もう飲む気になどなれない。
「僕先に帰らせてもらうよ」
那月がそう声を掛けると伊藤がすかさず立ち上ったが、周りの同僚に「放っておくのも優しさだぞ」と言われ、那月を呼び戻そうと伸ばした手を宙に浮かせた状態で「本当に送らなくても大丈夫ですか?」とだけ言葉を発した。
「ありがとう、でも子供じゃないから」と那月は努めて明るく答えた。

店を出る時に、さっきの青年とすれ違った。
何か言いたそうな眼差しを向けられたが、那月は黙って店を出た。
どこかふらりと飲みに行く事も考えたが、那月は地下鉄の駅に向かって歩いた。
まだ終電には1時間近くあったが、週末の夜は普段と比べてかなり混雑している。
適度に酒を飲んだ連中が大勢ホームでたむろしていた。

那月はそういう団体を避けるように、滑り込んで来た電車に乗り込んだ。
「はぁ……」知らず知らずに小さな溜め息が、漏れてしまう。
駿平と別れてから幾度も吐いた溜め息だ。
(今更逃がす幸せもないか……)
もし駿平が同じ年頃か、年上だったら追い縋ったかもしれない。
心のどこかで、駿平を普通の道に戻そうと思っていた那月には、それが出来なかった。

ぼんやりと立っていた躰は、いつの間にか自分が降りる出口とは反対側の、扉の隅に追いやられていた。
那月は目を閉じて地下鉄の轟音をただ聞いていた。

(え……っ?)
いつの間にか後ろに立っていた男が、異常に密着しているのに気付いたが、那月が立っているポイントは簡単に移動できない場所だった。
痴漢に合うのも一度や二度では無い、軽く尻を触られる事も慣れた訳では無いが、躰をずらしたり肩を揺すったりすれば、大抵の痴漢は手を引っ込めた。

那月がいつものように肩を揺らして、嫌がる素振りを見せたが、今夜の痴漢は簡単に離れそうになかった。
あとまだ5つも駅をやり過ごさなくてはならない。
ここまで密着する程混雑している訳では無いのに、と思い周りを見回しても、那月の様子に気づいているような人間はいなかった。
イヤホンで音楽を聴いている若者や、酒に酔って舟を漕いでいる中年。
他人には一番無関心な曜日と時間帯だった。

背後の男が那月の尻を撫でた後、その手を前に回して来た。
「やめろよ」那月の小さいがはっきりした声は、背後の男には聞こえた筈だ。
だが、その手は怯む事なくズボンの上から、那月の性器を擦っていた。
那月の脳裏には、ずっと前……駿平と出会った当時の恐怖が蘇った。
もう30歳という良い年だ、いつまでも大人しいままいる訳にもいかない。

那月は、自分の前に回された手首を、ぎゅっと掴んで離そうとしたが逆にその手に押さえ付けられてしまった。
その手が那月の手に重ねて、撫で回す。
「いやだ、止めろ」後ろを振り向こうと躰に力を入れた時に、男の動きが変わった。

那月の指に填めた指輪を抜き取ろうとしている。
那月は慌てて指を握り締め、抜かれまいと力を篭めた。
(もしかして、プラチナの指輪と勘違いした?)
プラチナの相場は高い、小さい指輪でも何本か集めれば少しは金になる訳だ。
(こっちが目的か……)
那月は、これは盗っても、換金できる程の価値は無いと言ってやりたかった。
……そう自分以外に、この指輪の価値は見いだせる者はいないのだ。

男は、那月の細長い指を力ずくで拡げようとしていた。
那月も躰で男を押すように抵抗する。
その時男の片方の手が、那月の尻の肉をぎゅっと掴んだ。
一瞬怯んだ指から、シルバーのリングがするっと抜かれてしまう。
駿平と別れてから、夜マンションに帰ってもまともな食事をしなくなった。
少し緩くなっていた指輪は意思を持って抜かれると、簡単に那月の指から離れてしまうのだ。

「ちっ」後ろの男が小さく舌打ちをした。
プラチナでなかった事に失望したのだろう、それならば早く返して欲しい。
何処かに捨てられるかもしれない不安から、那月は「返せよ、僕には大切な物なんだから」と少し振り向き気味に言い放った。
この体勢からは、どうしても顔を見る事は出来ない。

背後でごそごそと動いた男が、那月の手に触れた。
捨てるのも面倒臭いとでも思ったのか、那月の指にその指輪は返された。
もう痴漢した事も、一度盗んだ事も全部不問にする程嬉しかった。
那月は男の気が変わっても大丈夫なように、手の平をぎゅっと握り込んだ。
だが、何か違和感を覚え、親指の腹でそっと指輪をなぞってみた。

(違う……)
きっと盗んだ他のプラチナの指輪と間違えたのだろう。
那月はもう一度確認するように撫でてから、その手を目の高さに持って来た。
(馬鹿な奴……)
そう思っても、盗品を自分が持っている訳にはいかない。

「これ違っ」「給料の三か月分」

(えっ……)

「……三か月分とまではいかないけど、俺頑張ったよ」
密着していた男の躰が少し離れた。
那月は、手の平しか見られない体勢から腕を動かす事が出来た。
手の甲を見ると、プラチナに小さなダイヤが1個埋め込まれた指輪が輝いていた。
那月は、いつでも振り向ける隙間があるのに、振り向く事が出来なかった。



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COMMENT - 2

けいったん  2011, 06. 01 [Wed] 20:05

昨日は 説教隊員のNKたん、ちこちゃん、お疲れ様でした┏○))ペコ

那月が また痴漢の被害!と、思ったら 泥棒!と、思ったら・・・
駿平だったのかぁーーΣ(・ω・ノ)ノオォー
なんちゅう登場の仕方するんだ、コイツは~ε-(゚д゚`;)フゥ...

給料の3ヶ月分だなんて もう定番な言葉だけど許して ア・ゲ・ル♪
エッ 私って ぉ邪魔かしら?.....(*ノзノ*)...byebye☆

Edit | Reply | 

NK  2011, 06. 01 [Wed] 22:19

再登場が強烈だわ。
感動の再開が痴漢??

でも、いつもは飲みになんか行かない那月さんにちゃんと付いてくる
なんて、やっぱりわんこ並の追跡能力に驚き。

給料の3か月分てことは、婚約指輪のつもりかな♪
良かったね、那月さん。今度は意地張らないでね。

Edit | Reply | 

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