「とにかく中に入って確認してみろ」
「は・はい」
瀬田の言葉にやっと現実を確かめなくてはならないと気付く。
拓海の部屋には高価な家具も家電も無い、確認するのは貴重品だけで充分だった。
拓海は食器棚の引き出しの中を確認したかったが
引き出しごと外され床に散乱していた。
色々な書類の中から現金24万円の入った茶封筒は出てきた。
「良かった・・・あった」
このお金だけは盗まれる訳にはいかなかった。
いつあの男に会えるかは判らない。
だけどその時にはきちんと返そうと頑張って貯めたお金だった。
現金で部屋に置いていたのは、その時の為だった。
箪笥の下着の引き出しに少しだが貯金してある通帳も印鑑も見つかった。
こういう金が無事だったという事は、やはり今朝の電話と関係があるのだろう。
「貴重品は大丈夫か?」
「はい、全部あります」
拓海の言葉に
「おかしいな?こんだけ荒らしておいて金目の物を盗まないとは」
瀬田が不思議に思うのも当然だった。
第一、こんな金の無さそうな部屋に盗みに入るのも不思議な事だ。
「とりあえず、警察に連絡しよう」
そう言いながら携帯を胸ポケットから取り出した。
「あの、待って下さい!」
瀬田のその手を拓海は止めた。
「あの・・・実は今朝からおかしな事があって・・・」
拓海はそう切り出して、今朝写真が破られていた事と電話の件を話した。
「何故今まで黙っていた!」
思いもかけずに瀬田の声は怒気を含んでいた。
「あ・・・すみません」
どうして自分が叱られるのか?ちょっと腑に落ちない気持ちだったが
心配を掛けてしまったのだろうと思い謝った。
さっき一度放した拓海の体をもう一度引き寄せ、抱き締めた。
「しゃ・社長?」
「良かった・・・お前が無事で良かった」
拓海は何かある度に瀬田が自分を抱き締めるのが子供になったようで
少し恥ずかしかったが、それが心地良いものに変わって来ているのも事実だった。
「社長・・苦しい」
いつまでも放そうとしない瀬田の温もりが気持ち良くて甘えてしまいそうだったから、
大して苦しくもないのに苦しい振りをした。
「今日はこのまま帰ろう、明日もう一度業者を連れて引越しの準備に来よう」
「そんな業者なんて・・荷物なんて段ボール5個もあれば・・」
12年もこのアパートに住んでるはずの拓海の荷物が
たったの段ボール5個とは・・・何故かそれが瀬田には悲しかった。
「悪いな・・・お母さんとの思い出が詰まってる部屋を出ろなんて言って」
「いえ・・母は心の中にずっと居ますから・・・
それに、あんまり楽しい思い出ってないですから、気にしないで下さい」
「そうか・・・」
そう呟くと瀬田は又拓海の体をぎゅっと抱き締めた。
拓海の寂しい少年時代を思うと胸が詰まってくる。
「ほら、着替えとか大学に必要な物くらい今持って行けるだろう?」
そう言って拓海を促した。
10分もすると、ボストンバッグと紙袋に必要な品を詰めた拓海が
「あはっ・・もうこれだけで充分なくらいです」とおどけた。
拓海自身も自分がこんなに大事な物を持ってない事に驚いた。
そんな拓海の心を読んだように
「思い出も品物もこれから増やせばいい事だ」
瀬田のその言葉は拓海の心に沁み込んだ。
「社長ありがとうございます」
何故だか拓海は感謝の気持ちを瀬田に伝えたかった。
「行くぞ」
そんな拓海の髪をくしゃくしゃにしながら瀬田は
拓海の荷物の1つを持とうとしたから、拓海が慌てて
「そんな、自分で持てますから・・たったこんだけだし・・」
照れたように言う拓海に向かって、
「俺も拓海の大事なもん持たせてくれよ」
そう言うと瀬田は照れたように口角を上げた。
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