「あの・・社長・・・・」
瀬田の焦りに戸惑いながら声を掛けてみた。
「出かけるから支度して」
そう言うくせに腕を放そうとしない。
「はい？俺も一緒に出かけるんですか？」
「ああ、携帯を買いに行こう」
「あ・・やっぱり必要ですか？」
大学で他の学生が『今月は携帯代３万だった』とか
『俺５万・・・』そういう会話を聞くととてもじゃないが
怖くて携帯電話を持とうなどとは考えなかった。
５万あったら家賃が払える。
でも家賃や光熱費が不必要な来月からなら、持とうかとも考えてはいた。
「社長・・俺来月からじゃないと無理ですから」
もう来月の家賃は支払い済みの拓海には痛い出費である。
「そんなの俺が出すから、必要経費だ・・」
「そ・そんな・・・」
「俺が心配なんだ」
どうして自分が携帯を持ってないと社長が心配なのか？
「ああ、そうですね急な連絡とかありますよね・・・」
その考えは少し違う気がしたが、それで拓海が納得するのなら・・
「そうだ、急用ある時はどうする？」
ハウスキーパーという仕事に支障があるのならば仕方ない。
「判りました、でも俺自分で買いますから」
だが拓海は今時の携帯電話が幾らするのか全く知らなかったのだ。
「とにかく一緒に行くぞ、今すぐだ」
「は・はい」
拓海は片付けもそこそこに瀬田に連れ出された。
初めて瀬田の運転する車に乗りその内装を見れば
この車が高級である事くらい車に詳しくない拓海にでも判る。
拓海は連れて行かれた店でまず携帯電話本体の価格の高さに驚いた。
そしてそんな事も知らない拓海に瀬田は驚いた。
結局何も判らない拓海は機種を選ぶ事から契約まで全部瀬田の世話になった。
帰りの車の中で「これからどうする？」と瀬田に聞かれた。
「社長の部屋の片付けが残ってますから」
その答えに瀬田は満足そうな顔で頷き
「じゃ部屋に帰ろうか？今日泊まればいい」
拓海が良い返事をするとは思えなかったが、瀬田は言ってみた。
「・・はい」
「え？いいのか？」
拓海は今朝の一件で自分のアパートに帰る気がしていなかった。
「一度お前の部屋に寄ろう、車だったらそう遠くない」
「は・はい・・・」
拓海は気が重かったが、着替えも必要だ。
車を暫く走らせた後、拓海のアパートの前に車を停め
「俺はここで待ってるから、必要な物を取ってこい」
そう言われて、拓海は車を降りアパートの外階段を登っていった。
「まさかな・・・二度続く事は無いよな？」
そう口に出して言いながら拓海はドアをそっと開けた。
「！」
今朝は違和感だけで見て直ぐ判る状況では無かった。
だが、今は違う、明らかに人が入った事が一目で判った。
棚の物全てが引っ張り出され落とされ、
地震の後のように物が散乱したり壊れたりしていた。
『一体俺は誰にどんな恨みを買ってしまったのだろう？』
一歩も入り口から動けずに立ち尽くす拓海の背後から
「用意出来たか？」と呑気な瀬田の声が聞こえた。
だが拓海の硬直した背中ごしに部屋の中を覗きこんだ瀬田も息を呑んだ。
「拓海！これはどういう事だ？」
「判りません・・・」
その声が少し震えていたのだろう。
後ろから瀬田が拓海を抱きかかえた。
「大丈夫か？怪我はないか？警察呼ぶか？」
耳元で聞こえる瀬田の声に、こんな状況にも関わらず
『あぁ低くて良い声だなぁ・・・』
パニックになりそうな脳みそは
その声にやっと落ち着きを取り戻したようだった。
何だか、いつＢＬになるの？って感じの流れで・・・
もう直ぐ一緒に住めるのに、その前に少し事件が・・・
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