天使の箱庭＜eternity＞

深田が部屋に戻ると、広海が心配そうな顔をしていた。
「紫苑大丈夫だった？」
「ああ、少し酔ってたけど・・・・・・」
深田がそっと自分の唇に指で触れた。
「何？キスでもされた？」揶揄するように広海に言われ深田は頷いた。
「へえ～良かったね」
「怒らないのか？」
「圭の目が・・優しいから、きっと性的な要素はなかったんだろうと思ってさ」

「勿論そんなのは無いさ・・・ただ紫苑が追い詰められてるんじゃないかと思って」
そう言って深田はさっき上の部屋で起きた事を広海に話した。
「・・・大丈夫だよ紫苑は、僕らが思っている以上に強いから」
そう言う割りには広海の顔もすっきりした様子では無かった。
「ああ、あいつは強い・・だがその強さは脆さの裏返しでもあるから・・」

「圭・・・何か切ないね」
「ああ・・・・広海こっちへ来て」
深田は自分が座ったソファの隣に広海を誘った。
そして隣に座った広海の腕を引き寄せ、唇を重ねた。
「紫苑と間接キスだ」微笑む広海にもう一度唇を寄せてから
「夏休みになったら、一緒に俺の田舎に行こう」
深田がそう言うと広海の瞳が一瞬躊躇った、そして
「信州でお蕎麦やさんだよね、嬉しいな本場の信州蕎麦！」
無理にはしゃぐ広海に「ちゃんと親に紹介するから」と深田が言った。

「し・紹介って・・・あぁ一緒に住んでるんだもんね、ちゃんと挨拶しなくっちゃ」
と惚けた事を言っている。
「一緒に住んでるし、これからもずっと一緒だと言うつもりだ」
「そんな・・わざわざ言わなくても・・・」
広海は深田の言葉に胸が詰まるような気持ちだったが、簡単に喜べない自分も居た。

「どうして？俺とずっと一緒にいるつもりはないのか？」
「一緒に居るよ・・・でもだからってわざわざ・・・」
「俺は・・社長みたいに籍を入れる事は無理かもしれない・・・
だからこそきちんと親には報告しておきたい」
「圭・・・・」深田のその言葉だけでもいいと思った。
その気持ちだけでもいい・・・と思った。
「俺はお前が離れて行かないか不安なんだよ・・
だからお前を繋ぎとめておく為に出来る事は全部やるから」

不安なのは自分だけだと思っていた。
深田の口から不安なんて言葉が出てくるなんで思いもしなかった。
「大丈夫だよ、こんな僕を愛してくれた圭から離れるなんて事ないから・・」
部屋の中では短パンを履いている広海の腿の付け根の傷痕を深田が撫でた。
「お前の過去もこの傷も全部愛してるって言っただろう、だからそんな言い方するな」

「圭・・・押し倒していい？」ふざけたように微笑みながら広海が聞いた。
「いいけど、どうせならベッドに行かないか？」
「うん・・・連れて行って、圭」自分から抱き抱えられるのを強請るなんて初めてだ。
深田はちゅっと軽く口付けを落としてから、広海を抱え上げベッドルームへと向かった。

誰もが不確かな関係に不安を持っている。
好きになればなる程にその不安も大きくなっていくのだ。
そして望むのは皆相手の幸せばかりだった。



「紫苑、風呂はどうする？入れるか？」
深田の帰った部屋で紫龍が紫苑に聞いている。
「はい、少し酔いを醒まします・・・今日は心配をかけてすみませんでした」
「他に言う事は無いのか？」思わぬ紫龍の反撃に体を強張らせた。
「・・・深田さんにキスした事は謝りません・・・」
「そういう事を言っているんじゃない、俺が今日見合いしたのは知ってるんだろう？」
「あぁその事ですか・・・はい、綺麗な方でしたか？」
紫龍の考えていた事と全く違う事を言われ紫龍も調子が狂ってしまう。

「まぁ普通だ・・・」実際の所見合いになどならなかった。
５分おき位に電話を掛けていれば見合い相手と話すどころか、顔さえゆっくり見ては居なかった。
「気に入らなかったの？」
「はい？」どうして紫苑の口からそんな言葉が出てくるのか？驚く。

「紫龍・・・僕は紫龍が黙って見合いをした事を責めているんじゃないんだよ。
もし惹かれる出会いがあったならば、それでもいいと思っている。
だから誤魔化したりしないで、本当の事をちゃんと言ってね」
紫苑の言葉を聞いた紫龍が厳しい目になった。
「お前は本当の事を言ってるのか？今の言葉は本心なのか？」


「だ・だって僕・・・紫龍の赤ちゃん産んであげられない」
「はい？産めないのか？」
「はい、ごめんなさい・・・」
紫龍は何となく紫苑につられてそんな言葉を吐いてしまった自分が恥ずかしかった。
どう転んでも男である紫苑が子供など産めるはずも無いのだから。

「別に子供など要らない・・」
「でも赤ちゃん可愛いよ、本当に欲しくないの？」
『紫苑が産む子供なら欲しい』それを言葉にすると又ややこしくなるから止めた。
今までに何度かこういう会話を交わした事があった。
不毛な話し合いは何度交わしても結果は同じなのに、紫苑は繰り返す。

「紫苑、お酒どのくらい飲んだ？」
「日本酒・・２杯くらいだったような・・・？」
『もしかしてまだ酔ってる！？』

「じゃ、風呂入ってこれから子作りしよう」試しに言ってみた。
「はい・・・」恥ずかしそうに俯く紫苑に酔っ払い決定の烙印を押した紫龍だった。

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