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お菓子な気持ち 10(完結)

 24, 2011 23:44
比嘉がドアの前に立つと、チャイムを押す前に中から鍵が開く音がして、ドアが開けられた。
「お待ちしておりました」
先ほどのコックではない初老の男が比嘉の前に立っている。
「この度はお招き頂き、ありがとうございます」
形式的な辞令を述べると「どうぞお入り下さい、ご主人様がお待ちで御座います」と恭しく頭を下げられた。

通されたのは、リビングではなく広いダイニングだった。
キッチンに近い場所にもテーブルが置かれていたが、手前の広いテーブルの上に豪華な料理が並べられていた。
普通の家ならこのダイニングだけで、一軒の家が入ってしまいそうな広さである。
並んでいるリビングからも、このダイニングからも東京の夜景が輝いて見える。
「素晴らしい部屋ですね……」
珍しく素直な感想が比嘉の口から零れた。だが、見回してもこの部屋の主の姿は見えない、先ほどのコックも見当たらなかった。

「私は、ここの執事の井上で御座います。ご主人様は只今入浴中で御座いますので、暫くお待ち下さいますか?」
人を招待しておいて、入浴中とはふざけていると思いながらも、比嘉は勧められた席に腰を下ろした。
一体この部屋の主は何者なのだろうか? 益々疑問が膨らんでくる。
比嘉は、持参したワインを大理石のテーブルの上に置く。食卓の上には、豪華な日本食が色彩豊かに、そして美味そうに並んでいる。コックの姿から洋食を想像していた比嘉は意外な気分でそれらを眺めていた。

「フランス料理は冷めますと味が落ちますので……」
比嘉の様子に執事が言い訳のような言葉を発した。この執事はなかなか侮れないらしい。
実際バターを多く使う料理は冷めたら不味い、その点和食の方が味は落ちにくいだろうと比嘉も想像できた。

そんな事を考えていると、背後に人の気配とボディシャンプーの匂いを感じた。
(やっとお出ましか……)
そう思いながら、振り返り比嘉が固まった。

「あ……」
「ようこそ」

そんな比嘉をからかうような視線を投げかける男を直視する。
「どうして……?」
「お腹空いたから、食べながら話そう?」
主が戻ったのを切欠に、執事が動き出し食卓のセッティングが全て整う。
「では、私はこれで失礼致します。比嘉様ごゆっくりとお過ごし下さい」
比嘉に向かい頭を下げ、そして主にも「では、ごゆるりと……」と言葉を残し部屋を出て行った。

「どういう事ですか?」
「こういう事」と言いにっこり笑う笑顔を、比嘉は張り倒したくなった。
「もしかして、私がこのマンションを破格の値で購入出来たのは?」
「知らない……」
流石に悪さがバレたと察したのか真琴は、比嘉の顔を見ようとはしなかった。
だが、比嘉にしてみれば悪さという範疇を超えていた。相場の半値で購入して喜んでいたマンションが……

「失礼します」比嘉が立ち上がろうとして椅子を引いた時に、真琴がぽろっと零した。
「ばか……比嘉の馬鹿」
「そうですね、私は馬鹿ですよ。何もかも貴方の思うままに動いて、さぞ面白かったでしょうね」
比嘉は金持ちの下らないゲームにでも付き合ったような気分だった。

「料理には罪はないよ、食べよう?」
真琴が小首を傾げて可愛く……いや小憎らしくそんな事を言って来た。
実際食卓の上の料理を無駄にするのに、比嘉も抵抗はあった。
比嘉は苦々しい顔で、立ち上りかけたその腰を又下した。

「いただきまーす」
「いただきます……」
流石にプロの料理人の作った料理は美味かった。
「美味しいね」
まるで、比嘉が怒っていないとでも思っているような言葉に、曖昧に頷いた。
「え?美味しくない?比嘉の好きな物ばかりの筈なのに……」
そう言えばそうだと比嘉は改めてテーブルの上を見回した。山うどの酢味噌和えなど普通並ばない。そして改めて少し気落ちした様子の真琴に向き直った。

「貴方は……。気まぐれで私の気持を弄ばないで下さい」
「弄ばれているんだ?比嘉」
言質を取ったと言わんばかりに真琴がニヤリとした。
「はぁ……大人をからかって何が楽しいのですか?大金まで掛けて……」
「何それ、マジで言っているの?」
急に真琴の顔が厳しくなった。

「伊達や酔狂で僕がこんな事をしたとでも思っている?」
「仕事から住居まで知らないうちに他人の手で操られていたのですよ。普通じゃない事は確かです」
「そうだよ、普通じゃない事は僕が一番分かっている。でも……それでも比嘉の全てを支配したかったんだ」
「支配ですか?」
比嘉は真琴のその言葉に完全に切れた。
「やはり貴方は私を弄んでいたようですね」
好きな料理を無駄にするのは勿体無いが、やはりこの席にはいられないと思い比嘉は再び立ち上がった。

「比嘉……」
とても悲しそうな目で、真琴が比嘉を見上げる。その顔に少し心がぐらついたが、人としての矜持がその手を取る事を止めた。
立ち上がった比嘉を真琴はまだ恨めしそうな顔で見ている。
「だって……本当は僕が比嘉を抱きたかった……」
「はい……?」
今聞いたのは空耳なのだろうか。とても信じられない言葉を聞いたような気がした。

「本当は……僕が比嘉の全てを支配して、この胸の中で微睡ませてやりたかった。でも比嘉はそれを望んでいない事を分かって。だから僕は比嘉に……」
「貴方は……貴方は私を抱こうとしていたのですか?」
「うん、僕の下でいっぱい感じさせて、僕も比嘉の中でいっぱい感じて。あぁ……」
想像したのか、真琴はうっとりとした表情を見せ始めた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
すっかり真琴のペースに引きずり込まれそうになって、比嘉は真琴を手で制止した。そして一度立ち上がった椅子に、再び深く腰を下ろし、頭を抱え込む。
真琴に抱かれる方は象像もしていなかった分ショックが大きい。全く真琴の思考には付いて行けない、脳みその中を一度覗いてみたいものだと思っても仕方ないだろう。

比嘉がつい我を忘れて思い悩んでいると、いつの間にか真琴が背後に来ていた。そして後ろから比嘉の体を抱きしめる。
「比嘉、怒ったの?もしかして金持ちの茶番だと思っている?」
「そう思われても仕方ないのではありませんか?貴方は少しおかしい」
「僕が何の努力もしないで比嘉を手に入れたとでも思っているの?」
「それは……」
「僕の父はああ見えても根っからの商売人だよ。無駄な投資はしない人だ」
それは比嘉も頷ける。父親の信用を勝ち取る為に真琴が努力した事も認めよう。だがそれでも言葉では言い表せない部分で納得できないのだ。

「僕はただ……比嘉が好きで、その為に使える全てを使った事が悪い事?僕に愛される資格はないの?」
「いや……愛に資格もなにも……」
「そう?じゃあ僕が比嘉の事をずっと好きでいいの?」
「駄目と言って聞くような人ですか、貴方は?」
「聞かないね」
真琴は、そう言って比嘉の体をぎゅっと抱きしめる。
「比嘉……今度抱いていい?」
「それは駄目です!」
比嘉はそれだけは即答で否定した。
「じゃあ僕をこれからも抱いてくれる?」
「まあ……それなら……」
「比嘉、好きだよ。比嘉は?」
「ふぅ……」
真琴の問いかけに比嘉は小さな吐息を漏らした。

「結局全てが真琴さんの筋書き通りですか……」
結局、真琴に言いくるめられたと比嘉は気づいた。普段着の少し可哀そうな頭の真琴も、ネクタイを締めたやり手の真琴もいつの間にか大切な人になっていた事に気づいた。何よりもこんなに自分を求めてくれた奴はいない。

比嘉は抱きしめていた真琴の腕をそっと解いて立ち上がった。その行動に真琴が不安な視線を向ける。
「真琴さん」
「はい……」
「私も貴方が好きですよ」
比嘉の言葉に真琴の顔が輝いた。
「本当に貴方って人は……こんな私のどこがそんなにいいのやら……」
「だって、好きなものは好きなんだもん」
「まったく……本当におかしな人ですね」
比嘉はそう言いながら真琴の顎を人差し指でそっと上げた。真っ直ぐ見つめてくる瞳には吸い込まれそうな艶が滲んでいた。

比嘉は、真琴の唇にそっと自分の唇を重ねる。真琴は比嘉にしがみつくように体を預けた。
美しい夜景をバックに、二人の新し夜がこれから始まろうとしていた。


                     <おわり>
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-  2011, 12. 25 [Sun] 17:22

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