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お菓子な気持ち 9

 18, 2011 00:39
その頃比嘉は、秘書室に行き真琴の午後の予定を確認していた。
自分が変更した予定が最後の1件を除いては、元通りになっている。
「15時には退社出来そうですね」
ブツブツと独り言を言いながら、比嘉は最終調整をしていた。

あと30分で真琴を起し、午後1本だけ片づければ真琴の体は自由になる予定だった。
本当は熱のあるあの体で無理をして欲しくは無い。
だがそれを口に出すのは、何となく悔しいし、比嘉が言ってもネクタイを締めた真琴が聞くとは思えない。

念の為に女性秘書に声を掛けてから、比嘉も深く椅子に掛け目を瞑った。
だが目を瞑ると先ほどの真琴の恨めしげな顔が思い出され、自然と口元が緩んでしまう。

「比嘉さん……お時間です」
「ああ悪いですね、少し眠ってしまったようだ」
比嘉は起してくれた女性秘書に、社交的な笑みを見せてから社長室に戻った。
余程疲れたのか、真琴はまだ眠っている様子だ。
「ふっ……可愛い顔して眠っている」
昨夜の痴態は妄想だろうかと思う程に、あどけない顔で眠っている。

「真琴さん、時間です」
比嘉の声に重たそうに真琴の瞼が開いた。
「時間です」もう一度比嘉は呼び掛けた。
真琴に掛けていたケットを剥がすと、思った通りズボンも下着も着けていない。
比嘉はテキパキと真琴に身支度をさせ、最後にネクタイを締めさせた。
ぼんやりしていた真琴の顔がだんだんと、上司の顔に変わってくる。

そしてその日は、送るという比嘉に「用があるから、タクシー使うからいい」と言って真琴は一人帰った。
比嘉がその後、真琴の世話で残していた雑務に追われマンションに戻ったのは、夜も8時を過ぎた頃だった。
久しぶりに開放的な気分だった。
実際この所真琴の世話で自分の自由な時間がなかったのは確かだ。
だがこの自由な時間を少し寂しく思うのは……比嘉はそんな自分に溜め息を吐いてからシャワーを浴びに浴室に向かった。

明日は会社も休みだ、バーにでも飲みに行こうか?などと考えながらシャワーを浴び出て来ると丁度玄関のチャイムが鳴った。
柱の時計を見るとまだ8時半だが、この部屋に訪ねてくる人間は殆どいないはずだった。

比嘉はタオルを首に掛けたまま、インターフォンを取った。
見た事の無い男が画面に映っていた。こんな時間に何の勧誘か?と思いはしたが、その男の着ている服を見て不思議に思った。
レストランの白衣を着て立っている男は40代半ばくらいだろうか?

比嘉は全く予想もつかずに「どちら様でしょう?」と聞いた。
「遅くに申し訳ございません。私は隣の部屋のコックで御座います」
「隣と言うと……?」

比嘉がこのマンションを購入したのは2年前の事だった。
今の会社に移ってから2年目、ヘッドハンティングされた時の契約金や、過分な月々の給料や賞与を頭金にそこそこのマンションなら買えるだろうと探していた時に、社長が知り合いの不動産会社を紹介してくれた。

そこの担当者が、斡旋してくれたのが今住んでいるこのマンションだった。
新築だが一度人手に渡っているからと、破格の価格を提示された。
売主の老婦人は孫の為に買ったが都合が悪くなり、売却するとの事だったらしい。
売り急ぐと叩かれる場合もあるが、まだ未入居の部屋が半値近くまで下がるのは常識を逸脱していた。

比嘉は1週間待ってもらい、その間に調べられる事は全部調べた。
殺人?自殺?だが事件性も、その他のトラブルも何もない。
もしあったとしても比嘉もそこまで神経質では無いから、気にはならなかったかもしれないが、何よりもこの部屋の作りも立地条件も比嘉の求める理想を120%満たしてくれていた。
手放すには惜しい話である。

そして比嘉がこのマンションに住むようになってから2年。
その間に隣の住人と一度も会った事がなかった。
隣といっても、角部屋でマンションのパンフレットを見ると2億程する部屋で、リビングからはパノラマ状に東京の夜景が見渡せる部屋だった。

一度も会わない住人の事を、ここを担当した不動産会社の社員に聞いた事があった。
その時は他にも住居があって、今は管理の人間が出入りするだけで、無人だと言われた。
それを聞いて金持ちの税金対策か、などと思っていた。

「で、そのコックさんが何の御用でしょうか?」
インターフォンを通して比嘉が冷たい声で尋ねる。
「はい、もしお食事が未だでしたら、ご一緒に如何でしょう?と主人が申しております」
「食事?」
「はい、左様で御座います。今日からこちらに本格的に住居を移しましたので、そのご挨拶も述べたいとの事です」

比嘉は頭の中で色々な駆け引きをしていた。
そして瞬時にして答えを出した。
「判りました。ご招待ありがとうございます。とお伝え下さい」
「ありがとうございます。では9時にお越し願えますでしょうか?」
「では9時に伺わせて頂きます」

遅くまで仕事をしていた比嘉は勿論夕飯は食べ損ねているが、食事よりあの部屋の内装とその主に興味があった。
突然の招待と、9時という遅い時間に非常識さ感じるが、それより億ションと呼ばれる部屋を何年も放置出来る人物と、繋がりを持っていても損は無いだろう、という気持ちが強かった。

本来なら急な招待に手ぶらでも良さそうだが、比嘉はいざという時の為に日頃から年代物のワインを数本用意していた。
社長秘書をしていれば、いつ何があるか判らない。
実際何度かストックのワインが役に立ち、社長に感謝された事もあった。

今回は自分も飲む事になるかもしれないと考え、中でも一番好きなワインを抱え、9時2分に隣の部屋の前に立った。
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