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ラストダンスは貴方と 21

 08, 2011 00:10
 その日の午前中、久美は故郷のある病院にいた。母親の入院を聞き見舞いに訪れたのだ。病院の前で暫くうろうろして意を決して病院の中に入った。
 久志の友達だと言えば通用するかもしれない。今日の久美は今風の化粧を施し、ぱっと見では分からないだろうと思った、思いたかった。

 受付で病室を聞き廊下を俯いて歩いた。見舞いに下げた果物の籠が酷く重く感じたが、元気な母の姿を一目見たかった。母が眠っていてくれる事を願いつつベッドに近寄ると、気配で閉じていただけの瞼が開いた。
「久志……?」
 さすがに母親だ、久美の願いは瞬時に粉砕してしまった。
「いえ……」それでも無理な足掻きを久美は見せる。

「これ、久志さんに預かって来ました」
「……そうですか、わざわざありがとうございます」
 久美は、果物籠を棚に置きそして一緒に持ってきた花を花瓶に挿した。やはり受付に預ければ良かったと内心後悔した時に母は静かに口を開いた。

「久志に伝えてくれますか?」
「はい……」俯いたまま久美は小さく頷く。
「あと2,3日で退院出来るから心配はいらないと」
「はい。では私はこれで失礼します」
 この部屋にいたのは、ほんの5分足らずだが久美は居た堪れなくて早々にいとまを告げた。

 立ち上がった久志に母は小さな声でごめんと呟いた。
「え……?」
 久美は聞き間違いかと反射的に母の顔を振り返った。
「女の子に産んでやれなくて……ごめん。と伝えて下さい」
「……はい」
 母親の目は誤魔化せないと……久美、いや久志は心で詫びながら病院を後にした。

 だが、少しばかり心の荷が軽くなったのは確かだった。お互いに口に出して告白しあったわけでは無かったが、それでも母は自分をきちんと分かっていてくれた事が本当に嬉しかった。

 そんな気分の久美の背後から「へえ……随分と綺麗に化けたものだな……」と言う声が聞こえた。久美はその声に聞き覚えがある。幸せだった気分は泡と消えた気がした。

 強張った顔のまま、久美は振り向くと思った通りの顔で男が口角を上げ、振り返った久美の体を視線で犯す。
「久志、久しぶりだな。随分とまた……」
 呆れたような、揶揄するような言葉を投げられ、久美は足早にその場から逃れようとした。

「おい、ちょっと聞きたい事があるんだが?」
「話す事なんかないから」
 男の言葉を無視して歩き出した久美の背後に男が付いて来る。
「痴漢だって大声出すよ?」
 今の久美だったら、その言葉は充分に周囲に通用する筈だと思って脅すように久美は言った。
「いいぜ、そうしたら俺もお前の素性を言うだけだぜ」
 ここは、久美の実家から一番近い大きい病院だ。自分を知っている人間が幾らでもいそうで怖かった。

「……聞きたい事って何?」
「うちの可愛い玲の居場所知らないか?」
「そんなの知っているわけない」
「そうか?後はお前の所くらいしか当ては無いんだけどな」
 久美は本能的に何もかも知られていると感じた。だが認めるわけにはいかない。

「玲がどうかしたの?私は今恋人と一緒に暮らしてて玲の事は知らないんだけど?」
「ほお、恋人ねぇ……」
 久美は玲を庇うあまりに、つい言わなくていい事まで言ってしまったのを気づいた。だが敢えて強気で言った。
「みんな知っているから、あんたが何か言おうとしても無駄だから」と。
「ま、そうだろうな。お前が昔男だった事くらい分かっていないと一緒には住めないだろうからな」
 この男に何を言われても不愉快になるばかりだ。久美はそう思って足早にその場から立ち去ろうとした。

 だが、男の方が動きが素早かった。久美はあっという間に腕を取られ、近くに停めてあった車に押し込まれてしまった。
「いいか?騒ぐとお前の母親が退院しても世間から好奇の目で見られるだけだぞ?」
 久美は、母親が入院している事まで知っているこの男に戦慄を覚えた。

「も、もしかして知っていたのか?」もう女言葉など使っている場合では無かった。
 男は薄ら笑いを浮かべながら、久美の問いかけには答えずにアクセルを踏み込んだ。
 久美の母親の入院を知り、久美が見舞いに来るのを見張っていたとしたら、凄い執着だと体が小刻みに震えて来た。それは自分への執着では無く玲への執着なのだ。

「あんた……玲をどうしようっていうんだよ?」
「親に暴力を振るって家出している息子を見つけ出して、お仕置きでもしておかないとな。しめしが付かないだろう?」
 とても楽しそうに怖い事を言う玲の義父を久美はただ、脅えた目で見るだけだった。



 久美が、玲の義父から解放されたのは、それから5時間も過ぎた頃だった。もう流す涙も残っていない。ただ悔しくて、恋人に申し訳なくて……久美は殆ど放心状態だった。
 自分だから解放されたが、もしこれが玲なら『親』という名の元に簡単に解放などしないだろうと、安易に想像出来た。
 もし、自分に未来が無ければ自分の為にも、玲の為にも殺したかもしれない。そう考えると違う意味怖くなって久美は男にしては華奢な体を自分で抱きしめ、震えが止まるようにその腕に力を籠めた。

 少し落ち着きを取り戻してから玲に電話を掛けてみた。寝ていた様子の玲は久美の声がおかしな事に気づいて、会いたいと言ってきたが、今会うわけにはいかない。いや当分は玲とは接触はしない方がいいだろうと思う。だけど注意だけはしておきたかった。
 久美とて根っこは男だ。玲を守ろうと心に決めていた。恋人とは違う意味で玲の事が大好きなのだ。それは多分弟に対する気持ちのようなものだけど、だからこそ尚更玲をこれ以上傷つけたくなかった。



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COMMENT - 3

夜来香(イエライシャン)  2011, 12. 09 [Fri] 17:06

心のパルス(pulse)

名探偵ホームズを書いたドイルは、元々探偵小説を書いていたのではなく、他の作品も書きたくて、ホームズを滝壺に落下させたのに、読者の嘆願が殺到して、ホームズを復活させました。ドイルが素人なら、好きな小説だけを書いていれば良かったけれども、プロだった為に出版社との関係もあり、連載を続けざるを得なかったんです。
ランキングが上位で本を販売されたりしているので、素人というよりセミプロ若しくはプロのように思う人もいるのでしょう。そういう人はメーカーの苦情係に苦情を訴える調子で、平気でクレームをつけているのでしょう。
又、自分に無いあなたの才能に嫉妬する書き手もいるかもしれません。
私は『裏大奥』の上様が好きで、以前、別の名前でコメントした事があります。蛍と祖母の想い出を書いた事があります。
腹黒息子も中学生になった娘も元気です。←誰かお分かりかも…。
『罪よりも深く愛して』を一気に読みました。やはり、筆力のある方だと思いました。速水先生、大好きです。

学校の父母会の役員の仕事は順調ですが、娘の勉強の指導が思った以上に大変ですし、忙しくてあまり読めないので、もうランキング上位者の方にコメントしないと決めていましたが、お元気を出して頂きたくて長々と書きました。この場所にコメントしたから、けいったん様にも見つからないと思います。
心安らかに、良いクリスマスと良い新年をお迎え下さいませ。

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けいったん  2011, 12. 10 [Sat] 22:48

私コメで すみません(o_ _)o))

夜来香さん♪
見つからないと、思ったんですか!
フフフフ、甘いですよ( ̄ー ̄)b...ニヤリ

腹黒息子君は、今年のクリスマスも 所在不明で携帯電話も繋がらないのかな?(笑)

ご多忙の様ですね。
久し振りに”お声”が、聞けて 嬉しかったです。
また何所かでね♪v(`ゝω・´)キャピィ☆...byebye☆

Edit | Reply | 

夜来香  2011, 12. 11 [Sun] 10:55

ユリカモメの来る頃

けいったん様は、ひょっとしたら大天使様かしら?神様だけがご存知だと思っていたのに(笑)。びっくりしました。お元気そうで良かったです。

冬になりました。賀茂川を犬と散歩していたら、この間、虹が架かっていたんです。
晩秋に北国から海を渡って飛来するユリカモメは、夜になると滋賀県の琵琶湖へ移動して眠るんですよ。

腹黒息子から爆弾発言!
「僕は子供が出来ないから。」
何を今更!
米国の代理/母の話をすると、
「代理/母が子供を渡したくなくて裁判したり、法律的にも色々と面倒あるよ。」←即答。
米国人の親戚も居ますから、別に国籍に拘りませんけどね、私達夫婦は。どちらにしろ、まだまだ先の話ですが…。

今回は異例でランキング上位者の方にコメントしましたので、けいったん様も私にはもう出逢わないと思います。

私は紅蓮会の皆様とは好みは違います。色々と好みはあるでしょうけれども、読者の皆様は作者様を温かく見守って頂きたいと思います。ドイルの例を挙げましたが、作者様には自由にご自分が書きたい作品を書いて頂きたいと思います。

けいったん様、お元気で!ごきげんよう。

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