天使の箱庭＜eternity＞

秀人の背中と蓮の胸が密着している状態で蓮は秀人の体の前に手を回して書物を広げた。
その体勢に最初は緊張していた秀人も慣れてきたのか、肩の力が抜け逆に体重を蓮に預けるようにしていた。
「秀人君・・最初会った時にどうして俺を嫌ったの？」
「き・嫌ってなんか・・・ただ何だか怖かった」
今もその怖さが完全に消えたわけでは無かった、ただそれよりも安心感の方が大きくなったみたいな感じだった。
暫くそうやって一緒に読んでいた蓮が少し休憩しよう？と言ってきた。

考えてみれば、この部屋に来た目的も飲食も忘れて秀人は書物を読み漁っているのだ。
「何か食べないと駄目だ」
「あ、ごめんなさい・・・僕夢中になったらいつもこんなで」
「いいよ、秀人君のことなら何でも判ってるよ」
言ってしまってから蓮は慌てて「いや、そんな事だろうと思ったよ」と訂正した。

「何か食事をして、風呂に入ってそれからベッドでゆっくりと本を読めばいいだろう？」
蓮にそう提案され、秀人もその方が眠りにつく寸前まで書物に触れていられると思い、賛成した。
「さて、何を食べようか？和食がいいよね。人参はまだ食べられないの？」
「人参嫌い・・・」
蓮の失言を秀人は抵抗なく受け入れ返事をしたが、その事の重大さに秀人は何も気づかないでいたのだった。

「う～ん、普段家で食事をしないから材料が何も無いよ」
大きな冷蔵庫に入っている物は殆どが飲み物だと蓮は申し訳なさそうに秀人に言った。
「僕、インスタント食品でもいいよ」
「外に食べに行こうか？」
「時間が勿体無い・・・でも、蓮さんが外で食べたいなら・・付き合う」

「困ったね、じゃデリバリーしてもらおうか？」
「はい！」一番良い考えに秀人も笑顔で返事を返した。
「ピザでいい？それくらいしかやってないから」
「はい、お任せします」
そう言いながら最初は触れなかったあの書物を秀人は胸に抱いている。
「大丈夫なのそれ？」蓮は確認したくてそう聞いてみた。
「あ・・本当だ・・今は離している方が辛いっていうか・・・よく判らないけど」
何だか体の一部みたいだ・・・そう言いたかったが変な表現だから秀人は言うのを止めた。

電話を切った蓮が「あと４０分くらい掛かるそうだから、先にお風呂に入れば？」と入浴を勧めてきた。
「あ・・でも」さすがに秀人はこの部屋で入浴するのは、あまりに図々しい気がして躊躇った。
「大丈夫遠慮しないで、脱いだ服は洗濯機に入れておけば、朝には乾いているよ。それまでは俺の服でも着ておいて」
「すみません、僕本当に図々しいですね・・・」
「いや、俺は甘えてくれれば嬉しいけど」

湯を張る準備を整えてから、新しい下着と洗濯した部屋着を持って秀人を浴室に連れて行った。
秀人は無防備に蓮の前でシャツを脱ぎ捨て、上半身を蓮の前に晒した。
ふと蓮は秀人の背中に目をやると、肩甲骨の少し上の辺りに３ｃｍ程の薄い傷痕を見つけ、強張る顔でその傷の訳を聞いてみた。
「あぁこれ生まれた時からあったみたいで・・・でも女の子じゃないから気にしないです」と平気な顔をして答えた。

『ごめん・・俺がちゃんと掴まえててやらなかったから・・』
蓮は一緒に山に入った時に秀麗が小さな谷で足を滑らせた時に秀麗を掴み損なって傷つけた事を知らず知らずのうちに秀人の向かって謝った。
そしてその背中の傷痕にそっと唇を付けた。

「あっ！」その瞬間に秀人の幼い体が艶かしく揺らいだ。
後ろから繋がる時にはいつも達する前にその傷を舐めていたのだ。
「ご・ごめん秀人君」秀人の反応に慌てて蓮が謝った。
「あ・いえ・・ちょっとびっくりしたのと・・・」背中がぞくりと粟立ってしまった事など秀人は蓮には言えなかった。
一瞬の事だったのに、体の芯を何かが走り抜けた。
それは不快感というのではない、違う芯が頭をもたげる様なそんな感覚だった。

「じゃ着替え此処に置いておくから、シャワー浴びている間にお湯は溜まると思うよ」
そう言ってその場を逃げ出したのは蓮の方だった。
あんな秀人の顔を見せられたら、自制心が吹っ飛んでしまいそうな気がしたからだ。

蓮はまだ迷っていた。
秀人が思い出さないのならば、それはもうそれでもいいと。
初めて出会った者として、秀人を愛し、愛されるように努力すればいい。
だけど、体を繋ぐ事で秀人が覚醒する心配も拭えない。
その相手が自分である事を強く願ったが、こればかりは秀人の意思を尊重したいと思っていた。


だが秀人が覚醒した時に自分が傍に居ない事は怖かった。
蓮三郎という男を愛し、１２年一緒に房総の山の麓で仲良く暮らした事だけを思い出すのなら問題はない。
例え死に別れが辛いものであっても、それまでの愛は大きかったと自信を持って言える。

だが・・・秀人は思い出して欲しくない事まで思い出したらどうする？
あの大奥での月日を思い出してしまったら・・・
上様に愛され、体を貫かれ、そして裏切るように自分と交わった過去は秀人にとって簡単に受け入れられる事では無いような気がする。

『このまま秀人の前から姿を消した方がいいのだろうか？』



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