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結局千尋は二日間部屋で安静に、という光輝の命令に従って大人しくしていた。その間も仁が千尋の為に食事や身の回りの世話をしてくれた。
「仁君色々ありがとう」この数日で千尋もすっかり仁に気を許し、年が近い事もあって沢山話もした。
光輝との関係を何も気づかない仁に、わざわざ言う気にはなれなかった。他人にカミングアウトする勇気は今の千尋にはまだ無かった。折角友達になれたのに、色眼鏡で見られたくは無かった。

千尋は仁が買出しに行っている間に風呂に入った。ここ二、三日ゆっくりと湯船に浸かっていなかったから、久々に手足を伸ばしのんびりした。風呂上り火照る体を冷ますように、腰にタオルを巻いたままでダイニングに入った。男だったら普通するだろうこの格好は仁の前では出来なかったからだ。

仁が買い物から帰って来るにはまだ大分時間に余裕があった。だが冷蔵庫の取っ手に手を掛けた時に玄関のドアが開き「やっべー、財布忘れちゃったよ」とボヤキながら仁が入って来た。
「あっ!ちひ……ろ……さん?……」
仁の声にミネラルウォーターのペットボトルを手にしたまま、千尋もフリーズしてしまった。
「じ、仁君……」

(見られた!)
千尋の火照った体はしっかりと背中に菩薩を浮き出していた。
「あ……おれ……財布忘れて……」
そう呟くと仁はテーブルの端に置いてあった財布を手にし、脱兎の如く部屋を飛び出して行った。一階に降りるエレベーターの中で仁の脚はガクガク震えていた。仁は今自分が見た事が信じられなかった。
(どうして千尋さんの背中に彫り物が?)
―――見間違いでは無かった、あの白い背中の観音菩薩。

仁は今まで組で多くの彫り物を見て来ていた。若頭の昇り竜も、補佐の虎も……どの彫り物も男っぽさと、強さを強調するような額彫りで迫力満点だった。だが今見た千尋の彫り物にそんな雰囲気は無かった。
深い森の奥に楚々と湧き出る泉のような……何とも表現し難い物だった。
(あの綺麗な千尋さんの背中に……)仁は千尋の白い体を思い浮かべ、慌てて被りを振った。そして改めて若頭との関係を考えてみた。

―――いったいあの二人はどういう関係なんだろう?
今まで知り合いの世話をしている、と言うのを何の疑問も持たずに受け入れていたが、千尋の刺青を見た事で改めて考え直す必要があるような気がした。
(もしかして若頭の隠し子?いや年が近い……じゃ組長の?だから他人から隠すようにあのマンションに住まわせている?異母兄弟か……それにしても同じベッドで寝るなんて仲良いよなぁ……)

ぼうっとしながらレジ横に取り置きしてもらっていたカゴを返してもらい、レジで清算して袋に詰めながら、そんな事を考えていた。だが頭の隅にあの白い背中が浮かんで、その手は何度も止まってしまう。

マンションに帰ると、千尋はもう服をきちんと着てソファに腰掛けていた。
「あ、お帰りなさい……仁君……」千尋が困ったような顔で仁を出迎えた。
「あ、ただ今っす……」仁は少しぎこちない態度で、買い物して来た品をキッチンのカウンターに置いた。

「あ……千尋さん……痛かったっすか?」
「えっ?」思っていなかった問いに千尋が戸惑う。
「刺青って彫る時に凄く痛いんでしょう?」
仁はいつか自分も彫りたいと思っていたが、何よりもそんな資金は仁には無かった。その上兄貴分たちに『お前の根性じゃ我慢できないだろう』といつも揶揄されていた。

「あ……うん……痛かったよ」
実際彫雅の残された時間を考えると、普通の人よりもかなり早いペースで彫ってもらったのだ。その分千尋の負担は大きかったが、千尋には耐える事でしか伯父の思いに答える事が出来なかったのだ。

恩よりも何よりも、ただ彫らせてやりたかった。
命を削ってまででも彫らせてやりたかった。
『彫雅』として死なせてやりたかった―――。

「仁君、ちょっといい?」千尋は仁を連れて仏壇のある部屋に入った。
「この人が『彫雅』僕のお伯父だよ」
そして雅の遺影に向かって「伯父さん、僕の友達の仁君だよ」と遺影に向かって仁を紹介した。
それを聞き「仁です、宜しくお願いします」と仁も頭を下げる。そんな仁を優しい目で千尋は見ている。
「仁君、この人が若頭や組長、そして僕の背中に刺青を彫った人だよ」
仏壇の横に『彫雅』という看板が置いてある。
仁はまだ組長の彫り物は見た事が無かった。トップの彫り物など構成員より下の仁などが見る機会など到底無かったのだ。
「す、凄い人だったんですね……」仁はあまり判らないが、組長や若頭が彫ってもらったんだから凄い人なんだと思った。

「で、でも、千尋さんはヤクザじゃ無いのでしょう?どうして彫ったんですか?」
仁は素朴な疑問を投げかけた。
「うん、そうだね僕はヤクザじゃないし、なるつもりも無い。この背中は、僕の伯父の形見なのだよ……もし伯父が何か形の有る物を作る人だったら、それを貰ったかもしれない。ただ、伯父の生きた証は誰かの体にしか残せなかった……それだけの事だよ」

「形見ですか……」それだけで仁は涙ぐみそうになった。仁の大好きな任侠映画の『これあの人の形見です……』というシーンが頭を過ぎった。
「な、なんか凄い形見ですね……」
「だからこれは……あまり人に知られたく無い……」
「はいっ!誰にも言いませんからっ信じて下さい!」
「ありがとう、ごめんね」そう言った千尋の顔が少し淋しそうに見えた。
「謝らないで下さい、俺一生誰にも言いませんから」と仁はもう一度千尋に誓った。

仁は千尋の秘密を知った事で、少し千尋が近くなったようで嬉しかった。
(俺なりにこの人を守って行こう)
男としても、ヤクザとしても、まだまだ非力な仁だったけど、千尋を大事に思う気持ちは本当だった。


光輝は虎太郎と一緒に都内のホテルのラウンジに居た。
「おう、待たせたな」二人に美丈夫な男が声を掛けて来た。
「杉浦、悪いな忙しい所呼び出したりして」虎太郎が立ち上がり労いの声を掛けた。
「光輝の頼みじゃ断る訳にもいかないだろう」

この杉浦という男は、暴力団の若頭と補佐を前にしても臆するところなど微塵も無い。
「その子は?」杉浦の後ろに立っている青年を見て虎太郎が尋ねた。
「麗だ、杉浦麗……まっ、俺の伴侶だ」杉浦も、にやっと笑って二人に紹介する。
「こんばんは、杉浦麗です」綺麗な肌の青年が少しはにかんで挨拶した。
「杉浦?……お前入籍したのか?」驚いた顔で虎太郎が聞いた。
「ああ、一生添い遂げるつもりだからな」
その青年は杉浦の言葉に困ったような顔で静かに微笑んでいた。
「こいつは身寄りが無いから、早いとこ籍入れて安心させてやりたかったんだよ」そう言う杉浦も幸せそうな顔をしている。

「上に部屋をとってあるから、麗は先に行って待っていろ」
杉浦は頷く麗の耳元で何か囁いていた。頬を染めた反応を見ると、どうせ情事を匂わせるような事を言ったのだろう、と光輝も虎太郎も口には出さないがそう思った。

麗が席を外すと「綺麗な子だな……」と光輝が揶揄した。
「何言っているんだ?光輝こそ凄い子を手に入れたらしいじゃないか?」
「まあな……」光輝は千尋の顔を思い浮かべ口元を緩めた。

「ところで、堅気の俺をこんな所に呼び出すなんて、余程の事なのか?」
「悪いが、俺らよりもお前の方が堅気に見えないんだけど?」
「宝田物産の宝田流星って知っているか?」
ちょっと驚いた顔をした杉浦が「ああ面識は無いが知っているよ」と答えた。
「どんな奴だ?」
「一言で言うとやり手だが係わり合いたく無いタイプだな」
「お前が言うくらいだから余程だな……」
「その宝田がどうかしたのか?」

光輝に替わって虎太郎が事情を説明した。千尋の背中の彫り物の事は今回伏せたが……
虎太郎と杉浦不動産の杉浦俊介は中学の同級生だった。高校を一度中退している虎太郎とは、それ以上学校が重なる事はなかったが、妙に気が合って今でも付き合いは続いていた。立場的に公で付き合う事は無かったが、良い意味でお互いに利用しあっていた。

「あそこは二ヶ月前に、社長が亡くなって宝田流星が跡を継いだんだ」
「じゃ今頃になって千尋に接近してきたのは、遺産相続か?」
「ああ多分そうだろうな、億単位の権利はあるんじゃないか?」
「俺の調べたところでは、宝田流星は十三歳の時に宝田に養子に入っている。ちょうど千尋さんの母親が駆け落ち同然に家を出た頃だな」虎太郎が手帳を片手に説明した。
「養子?」それは杉浦も初耳だった。
「ええ、遠縁の子を養子にしたらしい」

「駆け落ち?」光輝はそっちの言葉に反応を示した。
「ええ千尋さんの母親は十八歳の時に、高校教師だった千尋さんの父親との間に子供が出来て、それが父親である前社長の怒りを買ったわけでして……」
それから父親の目の届かない地方都市で細々と生活していたらしいが、その間の事はまだ調べが進んでいない、と虎太郎は付け足した。

「千尋が雅さんの所に引き取られたって事は、雅さんとだけは連絡とっていたって事か?」
「そういう事でしょうね、もう真実を知る人はいませんがね」
「骨になった娘は引き取ったが、憎い男が生ませた子供までは引き取らなかったって事だな……」光輝が渋い顔で呟いた。

「その千尋って子は引き取られた先で幸せだったのか?」杉浦が苦しそうな顔で聞いた。
「ああ、雅さんの所で千尋は幸せに育ててもらったよ」光輝が答えると「麗は……引き取られた先で虐待されていた……」
杉浦は初めて麗を見た時のあの痣だらけの体を思い出し、顔を歪めた。

「……そうか……幸せにしてやるんだな」
「今はもう充分幸せさ」杉浦が嬉しそうな顔で笑った。
「俺も千尋を幸せにしたい。どんな奴が現れても絶対離さない」
「もし相続の件なら、早いうち相続放棄させるんだな」
「勿論、宝田からの金なんか千尋も受け取らないだろうし、そんな金は無くても俺が充分な事はしてやる」

「ただ……これは噂だが、宝田流星って奴はかなりの美食家らしい。美味い物、綺麗な物には目が無い、例えそれが男でもな……気をつけろ」
杉浦の言葉に(それか!)と、光輝の胸に引っかかっていた事が解明したような気がした。
あの男の千尋を見る目を不気味と感じたのは、それだったのだ。光輝は新たな怒りに拳を震わせた。

今夜は酒を飲んだから、ホテルに泊まるという杉浦に礼を言い別れた。間際に「おい光輝、もう少しましなビデオ作れよ」そう一言だけ言い捨て杉浦は、軽く手を挙げ麗の待つ部屋にいそいそと戻って行った。

「俺達も帰るか……」光輝は帰って早く千尋の顔を見て安心したかった。そして、この腕に抱きしめたかった。
「程々にしておけよ」虎太郎がそんな光輝に揶揄するように声を掛ける。
「ちっ、お見通しか……」光輝は程々で止める自信など無かった。
千尋を前にすると理性などぶっ飛んでしまうのだ。
(千尋の体を一度知ったら手放せない……誰でも……)
―――光輝は拳をぎゅっと握った。



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愛おしそうに千尋の肩に口付けるこの光輝が大好きです^^

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