天使の箱庭＜eternity＞

その行為は拓海にとって、とても長く感じられるものだった。
だけど多分１分程度・・・
瀬田は唇を離すと、肩で息をしながら呆然とする拓海に向かって
「どうか、参ったか？」などと訳の判らない事を言っている。


「・・・俺のファーストキス・・・」
「あ、すまん・・・違うぞセカンドだ」
以前唇が掠った事を言ってるのだろうか？

「ファーストキスだなんて女みたいな事言うんだな？」瀬田に揶揄され
「それに俺男ですから・・」
考えてみれば、男にファーストキスを奪われた自分も情けなかった。
「もう１回やってみるか？」
「遠慮します」

「という事は新山とはまだ何もしてないのか？」
「訳わからない・・・」どうして新山が出てくるのか。

「これで此処を出て行く気は無くなったか？」
どうして濃厚なキスをされると、出ていかなくていいんだろう？
「余計訳判んない・・・」
「だから・・すなわち・・・此処を出て行くのは許さないって言ってるんだ」
「だって、会社バイト禁止だし・・・」
「えっ？」
この男は自分の会社の規則を知らないのだろうか？
拓海は内心そんな事を考えていた。

すかさず瀬田は携帯を持ってきて、誰かに電話を掛けている。
「あー俺だ、うちの」「はい、副業禁止です」
瀬田が言い終わらないうちに、狭山がそう答えた。
「お前はエスパーかっ！」
そう言い捨てると、瀬田はその携帯を畳んだ。

「判った、じゃバイトを辞めるか会社を辞めるか決めろ」
突然そんな選択肢を拓海に突きつけた。
「そ・・・・そんな・・せっかく入れた会社を辞める訳ないじゃないですか」
どう考えても会社を取るだろう、瀬田の考えが判らない。

「判った、じゃ来月からお前には此処のバイト代は払わない、家事もしなくていい」
「・・・はい」
そうなると必然的に此処を出て行かなくてはならない。
拓海はそう思うと、寂しさを隠し切れなかった。

「来月からは無料奉仕すればいい」
瀬田の突飛な考えに思わず、瀬田の顔を見つめた。
「どういう事ですか？」
「バイト代を払わないんだ、気が向けば、イヤついででもいい・・
洗濯も２人分も１人分も変わらないだろう？」

「あの・・意味が判らないんですけど・・」
「全く鈍い奴だな、此処から出て行くなって言ってるんだ」
「鈍いって・・・誰だってそんな言い方されたら判らないですよ」
瀬田の言葉についムキになって言ったが大事な事を聞き逃したような気がした。

「え？出て行かなくていいんですか？」
「嫌か？此処にいたくないのか？」
「イヤ・・・じゃない・・です。いいんですか、此処にいても？」
「勿論だ」
「俺仕事始まったら、この部屋の事も手抜きになりますよ？」
「気にするな、俺も手伝う」

手伝ってもらうのは遠慮したいが、今はその言葉を飲み込んだ。
「本当に俺、出て行かなくてもいいんですか？」
「その代わりバイト代は出ないぞ」
「勿論です・・そんな事、あ！俺家賃入れます」
「お前がそんな事をする必要は無い」
「でも・・・」

「これは捨てるぞ」まだ何か言いたそうな拓海に
サイドテーブルの上にあった情報誌を取ってゴミ箱に捨てた。
「あの、ひとつ聞いていいですか？」
「何だ？」
「社長は・・誰にでも抱きついたり、こ・・こんなキスしたりするんですか？」
「はあ？する訳ないだろう」
即座に拓海の質問を否定する瀬田だった。

「じゃどうして俺に・・？」
「したかったから？」
そういえば以前もそんな言葉ではぐらかされた気がする。
「さあもう寝るぞ」
「・・はい」
瀬田に促され立ち上がると、瀬田は拓海の腕を掴んで寝室に向かった。

その手のひらの熱さに拓海は何故だか胸が痛くなった。
この手を離したくないのは俺だ・・・
拓海は瀬田のキスを全然不快と思わなかった自分に気付いた。
そしてその気持ちに一人戸惑っていた。

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